24.王宮からの招待状
ルチアは気持ちを自覚したものの、最近は何の進展も見込めていなかった。
毎日、朝食と夕食をレオポルトと共にしているが今現在の接点はそれだけなのである。
この短い時間でどうやって自分を売り込むのか攻めあぐねていた。
ただルチアは前にセスがしてくれた提案を採用した。
それは、朝起きて庭で花を選びレオポルトの執務室に飾る事。
レオポルトからもお礼を言われたので、この試みは成功だとルチアは思っている。
ここまでレオポルトとの時間が取れないのには理由があった。
数日前、王宮から舞踏会の招待状が届いたのだ。
王都の舞踏会に出席するとなれば、数日ここを離れなければならない。
その為レオポルトは仕事を前倒ししていて忙しくしているのだ。
最初にその招待状を受け取ったレオポルトはアラーナの事もあり、出席を渋った。
だが王宮からの招待をコンスタンツィ家として断る事は出来ないと判断し出席を決めた。
もちろん妻としてルチアも行く事になっている。
「王宮での舞踏会、女性にとっては憧れですよね」
リリーはルチアに紅茶を淹れた後、うっとりとした様子で呟いた。
「そうかしら……?私は緊張しかしないわ」
舞踏会も緊張の対象であるが、数日間レオポルトと一日中共に過ごす事を想像すると、楽しみ半分胃が痛い半分のルチアだった。
「どんなドレスにしましょうかね」
「晩餐会の時のドレスでは駄目なの?」
「何おっしゃってるんですか!結婚後、初めての舞踏会ですよ!!しかも王宮の!
しっかりと侯爵夫人としての威厳を示さなければ!!」
拳を握り締め気合の入ったリリーにルチアは苦笑する。
「えっと……程々にお願いね」
そう言ったものの、ルチアは気合の入ったリリーを止める事が出来るとは思っていなかった。
「今回の舞踏会は、留学から帰国したばかりの第一王子殿下のお披露目なんですよね。
素敵なんでしょうね……王子様」
うっとりとしたリリーを見ながらルチアは舞踏会について考えてみる。
第一王子殿下は、13歳から今年18歳の卒業まで隣国の有名な貴族学校に通っていた。
なので13歳から現在まで、公の場に姿を現した事が殆どない。
しかし絵姿が出回っているので、国民の大半は彼の姿を知っているだろう。
「きっと、ご令嬢方は気合の入ったドレスをお召しになってくることでしょう。奥様、負けてられません!」
そんな発言をするリリーを見ながらルチアはため息をついた。
ルチアはこれでも既婚者である。
未婚のご令嬢方より目立ってはいけないのではないかと思う。
その時、コンコンっと扉がノックされる。
「あら、誰ですかね?」
リリーはそう言いながら扉を開けに行くと、やって来たのはセスだった。
「奥様、少々お伺いしたい事があるのですか?」
いつもより真面目な表情で質問をしてくるセスにルチアは首を傾げた。
「どうしたの?」
「はい。今度の舞踏会の事なのですが、奥様はダンスの嗜みはございますか?」
「そうね。ひと通りは習ったけれど……不安はあるわ」
ルチアが答えると、セスがニコリと微笑む。
「では不肖私めがダンスの練習の相手を務めさせて頂きたいのですが、如何でしょうか?」
セスの言葉にルチアは目を瞬かせる。しかしこれは有り難い申し出であると思った。
「そうね。本番でレオ様に恥をかかせるわけにはいかないもの。セス、ダンスの練習の相手をお願い出来るかしら?」
「もちろん、喜んでお相手させて頂きます」
セスが優雅にお辞儀をした。
場所は変わって大広間。昔は侯爵家でも舞踏会が開かれていたらしいが、ここ数年……前侯爵夫人が亡くなってからは一度も行われていない。
ダンスの相手はセス、ピアノを弾いてくれるのはリカルド、そして観客はリリーである。
「では、お願い致します」
「ええ、よろしく」
ルチアはワンピースの裾を掴み、お辞儀をした。
リカルドのピアノ演奏が始まる。
切ない雰囲気の曲、所謂ワルツを踊る為の曲だ。
ルチアはゆっくりとセスに近付き彼の手を取る。
ワルツは三拍子の優雅なダンスで、一般的にダンスを教わる時に最初に練習するものだ。
音楽に耳を傾けて、ルチアはステップを踏む。
背筋を伸ばし、笑顔を絶やさない。
音楽をよく聞いて、しっかりとしかし優雅に動く。指先一つにも気をつけて。ルチアは集中して身体を動かした。
最初のワルツ曲が終わると、続けて早いテンポの曲が流れる。
続いてはベニーズワルツ。舞踏会ではよく踊られるダンスだ。
ワルツよりクルクルと周り、とにかく早い。ワルツよりも難易度が高いと言われている。
それでもルチアは音楽に合わせて踊った。
その後も、ゆったりと踊るスローフォックストロット、飛んだり跳ねたりとにかく軽やかに動くクイックステップなど、ひと通りのダンスを練習することができた。
踊り終えた後、ルチアはふうっと息を吐く。
「久しぶりのダンスは結構疲れるわね。けど、楽しかったわ」
相手を務めていたセスは驚きの表情を浮かべていたのだが、リリーが大きな拍手を送ってくれた。
「素晴らしいです!!奥様、私感動いたしました!!」
「本当に、完璧なダンスでございましたね」
リリーに続きリカルドもそう言いながら拍手をくれた。
「ありがとう。久しぶりに踊ったから心配だったけれど、上手く踊れたみたい」
「いやぁ、本当に素晴らしいダンスでした。こんなに踊れるとは思いもよりませんでした。
ひと通り教わったという水準を超えてますよ」
セスは伺うようにルチアをジッと見てくる。
「そうかしら?多分マウロのお陰ね」
「マウロ?」
「ええ。カファロ家唯一の執事なの。
彼はすごいのよ。ダンスは完璧だし、何種類も楽器を扱えるし、何ヶ国語も話せるの。
そんな凄い執事が何故カファロ家に仕えているのか不思議に思うかも知れないけれど、彼は先代……私のお祖父様に凄くお世話になったらしくて、そのままうちに仕えてくれているの。
私が貴族令嬢としてそれなりに見えるのは、全部マウロのお陰なのよ」
ルチアの説明に、セスは納得したように頷いた。
「そういう事でしたか。奥様はマナーも完璧ですし、博識でもいらっしゃる。私が言うことは何もございませんね」
セスはそう言って、ルチアに向かって微笑んだ。
「ありがとう。また踊りましょうね」
「はい。私でよければいつでも」
ルチアとセスのやり取りを見て、リリーがリカルドに話しかけた。
「うちの奥様って、実は凄い人なんですね……」
「そうですね。何処に出しても恥ずかしくない完璧な侯爵夫人です。寧ろ旦那様のダンスの方が心配になってきましたね」
リカルドの言葉に、リリーは心配そうな表情になる。
「だ、旦那様、ダンス踊れるんですよね……?」
「昔はセスと同等の腕前でしたがね。旦那様も最近踊ってらっしゃいませんから、心配かも知れません」
「そ、そうですか」
リカルドの言葉にリリーは一抹の不安を覚える羽目になった。




