23.好きという事
一晩ぐっすりと眠り、少し頭がスッキリしたルチアは改めてレオポルトについて考えてみた。
若きコンスタンツィ侯爵家当主レオポルト。
見た目は無表情が多く、口下手。だが一度懐に入れた者にはとても優しく使用人達からも慕われている。
家族同然のアラーナ達をとても大切にしていて、愛情深い人である。
仕事の面でも有能だという事は、コンスタンツィ領の豊かさを見れば自ずとわかる事だ。
期間限定の妻であるルチアにも、とても良くしてくれて感謝しかない。
ルチアにはレオポルトを好きになる理由は沢山あるが、嫌いになる理由を見つける事が出来なかった。
このままでは本当に好きになってしまう。
いやこんな事を考えている時点で、既に後戻り出来ない状態ではないかとルチアは思った。
そもそも彼女がレオポルトを好きになってはいけない理由は無いはずだ。
彼からも最初の約束で好きになるなと言われた訳ではない。
だとしたら、好きなのだと認めて好きになってもらう努力をした方が建設的ではないかとルチアは考えた。
彼には現在秘密の恋人も親しくしている女性もいないと彼自身が話していた。ならばルチアにも可能性はある。
幸い一年間妻として側にいる事ができる彼女は、他の女性達より有利なはずだ。
ただ約束の一年がきた時に、振り向かせる事が出来なければ、きちんと気持ちを整理してお別れしなければならない。それはかなりの覚悟が必要なことだ。
それでもルチアは頑張ってみたいと思った。
しかし、ルチアには恋愛経験がなくどうしたら好きになってもらえるのか皆目検討もつかない。
既に結婚をしてしまっている以上、誰かに相談するということも難しい。
しかも相手は誰にも落ちないと有名なレオポルトだ。一筋縄ではいかないだろう。ルチアは困ってしまった。
色々と考えているとリリーが来て、朝の準備を始めてくれた。
髪を梳かしてもらいながら、リリーに質問してみようとルチアは声を掛けた。
「ねぇリリー。あなた……男性とお付き合いした事ある?」
「え?」
ルチアの質問に、リリーは目を瞬かせる。
「えっと、無いわけでは無いですが……」
「本当!?」
ルチアが嬉しそうに目を輝かせた為、リリーは苦笑する。
「はい。そうですね」
するとルチアは意を決したように拳を握りしめ質問をした。
「……じゃあ、男性が喜ぶ事って何か分かる?」
「だ、男性が喜ぶ事ですか……?」
「ええ。これをすれば男の人を虜にするような事よ」
ルチアの言葉に、リリーの顔が真っ赤になる。
「それは、その……」
鏡越しにうつる期待の眼差しに何か答えなければとリリーは焦ったが答えに窮する。するとルチアは首を傾げた。
「例えば、贈り物をすると喜ばれるかしら?
私、絵を描いているでしょう?いつもお礼を頂いているのだけれど、この前に依頼された絵を渡したらいつもよりお礼がとても多かったの。
辞退しようと思ったんだけど、この絵にはそれだけの価値があると言って下さったのね。
だから資金面でも何とかなると思うのよ。
グッと男心を掴むオススメの贈り物とかあるかしら?」
リリーは、ルチアの言葉にそっと胸を撫で下ろした。
「そういう辺りの話ですか……」
「え?どういう事?」
ルチアが不思議そうに目を瞬かせると、リリーは首を横に振った。
「いえ、深い意味はございません」
「そう?私ね、レオ様に喜んで頂きたいの。けれど、その方法が分からなくて……」
ルチアは困ったように眉を下げる。するとリリーがウンウンと頷いた。
「分かります!奥様、不安なんですね!!」
「ふ、不安?」
「はい!確かに旦那様は無口ですし、無愛想ですし、何考えてるか分からない方ですから奥様が不安になる気持ちが大変よく分かります。
きっと二人きりになっても、可愛いねとか綺麗だねとか、好きとか愛してるとか言葉が無いのですね、不甲斐ない!」
「えっと……リリー?」
ルチアは困惑していたが、リリーは興奮気味に話を続ける。
「ですが、旦那様は奥様を大変愛しておられます。
見ていれば分かります。
結婚前の旦那様ときたら、忙しいのを理由にして食事も執務室で適当に済ます、熱が出て体調が悪くても仕事に明け暮れ、挙句たまに休めばずっと寝ている。そんな生活を送っていたのです。
ところが結婚後は、きちんと朝と夜の食事は奥様と共にとっていますし、仕事を調整してデートにも出掛けました。
素晴らしい進歩でございます!使用人一堂、奥様には大変感謝しているんですよ!」
熱弁を振るうリリーに、ルチアは苦笑する。
「あ、ありがとう」
ルチアはお礼を言ったものの。レオポルトが生活を改善したのは、恐らくアラーナを安心させる為だと思うし、デートではなくただのお出掛けである。
感謝されるようなことは全くしていないとルチアは申し訳なく思った。
ただリリーがかなりレオポルトに対して辛辣な言葉を発してるので、使用人達にも色々と苦労があったのだろうとルチアは思う。
「そうですね。では、こういうのはどうでしょうか?甘えてみるのです」
「甘えてみる?」
「はい!手練手管の百戦錬磨の女性が使う技です!甘えてみて、我儘を言い男性がどこまで自分の要求に応えられるかを見る事で、愛情を測るのです」
「それは、嫌われてしまわないかしら?」
リリーの提案にルチアは不安になる。
「大丈夫です!奥様は全く我儘を言わないので、少しくらい旦那様に我儘を言うべきです。きっと、旦那様も頼られたとお喜びになられます!」
自信満々なリリーではあるが、ルチアには不安としか思えなかった。
その方法は既に愛し合っているもの同士だから有効なのではとルチアは思う。
しかしそうは考えるものの、甘えてみるというのはいい提案ではないかと彼女は思った。
とにかく最初はルチアの気持ちを感じてもらう事から始めるべきなのだ。
行くべき道が見えた気がしたルチアは安堵した。
安堵した瞬間、思い出したのはアラーナの事だった。
昨日は離れ家から突然帰ってしまったので、彼女にもお詫びをしに行かなければならない。
ルチアはケーキでも作って謝りに行こうと考えていると、扉がノックされた。
「誰か来ましたね。少しお待ちを」
リリーはそう言うと、扉の方に向かう。ルチアは鏡越しに扉に視線を向けた。
「旦那様」
扉の前にはレオポルトが立っていた。ルチアはその姿に胸が高鳴った。頑張ろうと思った矢先だったので、ルチアは彼と顔を合わせるのが恥ずかしい。
「ルチアは、起きているみたいだな」
「はい」
「少し入ってもいいだろうか?」
レオポルトの言葉に、ルチアは立ち上がる。
「ど、どうぞ」
そう答えると、レオポルトが近づいてきた。
ルチアはどうすればいいのか分からず立ちつくしていたのだが、レオポルトが心配そうに質問をしてくる。
「調子はどうだ?」
「え?」
「昨日、夕食を食べなかっただろう。調子が悪かったのでは?」
そう言われてルチアは気が付いた。
昨夜、頭が働かず夕食の席につかなかった。体調不良と言って部屋に篭ってしまったのだ。
それを心配して来てくれたのだと思うとルチアは申し訳ない半分、嬉しい気持ち半分になる。
「申し訳ございません。もう大丈夫です」
「そうか……それならいいのだが。もし気分が優れないのなら医者を呼ぶぞ」
「いえ、そこまでして頂く必要はありません。大丈夫ですから」
ルチアは平気だと示す為にニコリと微笑んだ。するとレオポルトは安堵した。
「では、朝食は一緒にとれるか?」
「はい。大丈夫です」
ルチアの返事に、レオポルトはフッと笑みを浮かべる。彼の微笑みに勇気を出すぞと彼女はギュッと拳を握った。
「あの、レオ様」
「ん?」
「……先日お出掛けした時、とても楽しかったのでまた一緒にお出掛けして下さいますか?」
するとレオポルトは驚いたように目を見開いた後、頬を緩めた。
「ああ、もちろんだ。その為にもたくさん食べて元気になってくれ」
「はい。たくさん食べます」
ルチアは自分の勇気に拍手を送りたくなった。
とにかく一緒にいて楽しいと思ってもらう事が一番だとルチアは思った、だからこれはその第一歩である。
やっと両片想いが成立しました!!




