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22.涙のわけ

レオポルトと街に出かけた後、ルチアは彼とかなり打ち解けられたと思っていた。

彼が声を出して大声で笑う姿を見た事はとても嬉しく感じられ街の散策も楽しく、またお出掛けをしたいとも思っていた。


セスの件の誤解が解けた今、レオポルトがルチアと結婚したのは、アラーナの為だったのだと改めて彼女は思う。

そんな事を考えていたルチアの耳にアラーナの声が届く。


「まあ、これは素敵ですね」


現在、ルチアは離れ家に来ていた。実家からカファロ織の新製品が送られてきた為、アラーナに贈ろうと思い持ってきたのである。


「これはアベリアという花をモチーフにしたデザインの新製品なんですよ」


アラーナのベッドの上には様々な製品が並んでいた。

ハンカチ、ポーチ、ストール、ブックカバーなど。大きな製品を送ってもらうのは大変なので、比較的小さな物だけなのだが。


「アベリアの花言葉は、『強運』なのだそうです。持ち歩いていると、良い事があるかも知れません」

「まあ、そうなんですか?」

「実はこれ、レオ様から紹介して頂いた方が提案して下さった事なんです。

商品を売る時に花言葉も伝える事で注目を集めるという手法です。

都会では、若い女の子達に占いなどが流行っているそうで、彼女達に目を向けてもらう為に、この製品は幸運を呼ぶかも……と噂を流すことで売れやすくなると」


ルチアの説明にアラーナは頷いた。


「なるほど。確かにカファロ織は手に取ってさえもらえれば、素晴らしい商品だと分かりますから。良い手法なのではないでしょうか」

「私もそう思います。あくまでも幸せになるかも?で済ませないといけないですけどね」


ルチアが苦笑すると、アラーナもクスクスと笑った。


「あ、そうだ。これ、この前レオ様とお出掛けした時に見つけたんです」


ルチアは小さな紙袋をアラーナに渡した。


「何でしょうか……?」

「開けてみてください」


アラーナは紙袋を開け、中に入っていた物を取り出す。


「あら、素敵」


袋から取り出した物は、髪飾り。スイートアリッサムの花をモチーフにしたもので、普段使い出来る軽いものだ。


「アラーナさんに似合いそうだと思ったんです。良かったら付けてください」

「まあまあ、ありがとうございます」

「気に入って頂けるといいのですが……」

「もちろん気に入りましたとも。とても素敵な贈り物です」


アラーナの笑顔にルチアは安堵した。


「喜んで貰えて良かったです」


アラーナは本当に気に入っていった様子で、髪飾りを丁寧に撫でている。


「本当に嬉しいです。私には息子しかいませんから。娘が出来たみたいで……って、坊ちゃんの奥様にそんな事を言っては駄目ですね」


申し訳無さそうにアラーナが眉を下げた為、ルチアは慌ててそれを否定する。


「そんな事ないです。アラーナさんは母親のような存在だとレオ様が言っていました。

私もアラーナさんと話すのはとても楽しいです。レオ様の昔話を聞けたりしますし、カファロ織の話をしたりも……。

カファロ伯爵領から一人でここにやって来た私にとっては、優しく接してくれたアラーナさんは、コンスタンツィ侯爵領のお母様です」

「嬉しい事を言ってくださるのね」


アラーナは、嬉しそうに微笑んだ。


「本当ですよ。私アラーナさん大好きです」

「ええ、ありがとうございます……」


アラーナの瞳が少しだけ潤んでいる。慌ててルチアがハンカチを差し出すとお礼を言って受け取り、涙を拭いた。


「ごめんなさいね……。

本当に、坊ちゃんの奥様がルチア様で良かったです」

「アラーナさん……」

「本当は、少し心配をしていたんです」

「心配ですか?」


ルチアが尋ねると、アラーナは頷いた。


「奥様は、私の病気の事はご存知ですか?」

「えっと……はい。詳しくは知らないですが」


ルチアがそう答えると、アラーナは何でもないような口調でサラッと声に出した。


「あまり長くないんですよ、私」


ルチアはその言葉に何も答える事ができなかった。それでもアラーナはニコリと微笑む。


「もう覚悟は出来ていますから、そんな顔する必要はありませんよ」

「アラーナさん……」


ルチアは胸が苦しくなり、彼女の名前を呟く声も震えてしまっていた。

それでも彼女は心配させまいと笑顔で話し始める。


「私、病気がわかる前に坊ちゃんと息子に、早く結婚して素敵なお嫁さんを迎えて安心させてくれって、口煩く言ってたんですよ。

けど、ほら息子はあんな感じですから、本命の彼女がいるんだかいないんだかでフラフラしているし。

付き合っても長続きしないみたいですしね。

坊ちゃんは仕事が忙しい事もあって、浮いた話の一つありませんでしたから心配だったんです。

だから早く二人にも支えてくれる女性が現れてくれないかと思ったんです。


ところが、病気が発覚して私は長く生きられない事が分かりました。

そんな中、坊ちゃんの結婚が決まりました。

驚きましたよ。そんな素振り一つもなかったですしね。

相手がカファロ領のご令嬢だと紹介された時は、無理して結婚を決めたのではないかと心配しました」


そこまで話して、アラーナはふうっと深呼吸をする。

ルチアはアラーナが全て分かっているのだと思った。彼女の言っていることは正しい。


「けれど、こうやって奥様にお会いして話をして関わっていく毎に、坊ちゃんが奥様を大切に思っている事が分かりました。

坊ちゃんは奥様が居てくれればきっと幸せになれると私は思っています」


アラーナの言葉に、ルチアは複雑な気持ちになり胸が痛んだ。


「坊ちゃんの側にいる事を決めて下さってありがとうございます。私は長く側にいる事は出来ません。

奥様、坊ちゃんをこれからも支えてあげて下さいね」


アラーナに笑顔でそう言われ、ルチアは小さく頷く事しか出来なかった。

お任せ下さいとは決して口に出して言えなかった。

自分は期間限定の妻で、偽嫁で、アラーナを騙しているから。


ルチアは酷く冷たくなった指をさすった後、立ち上がる。


「すみません。随分長居してしまいました。お身体に障るといけないので、私はそろそろ失礼しますね」


ルチアは上手く笑顔を作れているか自信が無かったが、ぎこちない笑みを浮かべる。


「そうですか?分かりました、またいらして下さいね」


アラーナがニコリと微笑んだので、ルチアは挨拶を済ませると彼女の部屋から逃げるように出て行った。


早くアラーナの側から離れたかった。離れ家を出て、暫く歩いた後、通り道の花壇の前にルチアは座り込んだ。

その瞬間、ポロポロと涙が出てくる。


ルチアは後悔していた。


彼女はただカファロ領が救われればいいと思い、この結婚を了承した。

期間限定の妻に安堵したのも事実だ。

レオポルトの事もアラーナの事も何も知らなかった。だから、安易に考えて期間限定の妻を受け入れた。


だけどそれはたくさんの人を欺く行為だ。これからもレオポルトを支えて下さいと言われても、ルチアにはそんな権利はないし、いずれここを出て行く身。

たくさんの人に祝福を受けたこの結婚は、全部嘘なのだ。


ルチアは自分がとても酷い人間だと思った。人を欺き、嘘をついて、これでは父を騙した詐欺師と同じではないかと。


けれど、今更後戻り出来るわけがない。

ルチアは恐れていた。嘘が暴かれ、皆を悲しませる事を……そして、嫌われてしまうのではないかと。

何て自分本位な人間なのだろうか。


「本当の妻になれば、こんな気持ちにならないで済むの……?」


思わず漏れた言葉に、ルチアは慌てて自分の口を手で覆った。


なんて事を口走ってしまったのか、ルチアは自己嫌悪に陥る。

自分勝手な事を考えてしまった自分を恥じた。


レオポルトとルチアの間には、期間限定の妻という約束があるだけで、お互いに愛など存在しない。


「愛……?」


本当に愛はないのだろうか、ルチアは痛んだ胸を押さえる。


ルチアにとってレオポルトは恩人だ。彼は期間限定の妻を必要としていた。

だからこそ秘密の恋人がいると考え、無意識に恋をしてはいけない相手だと思い込んでいたのではないだろうか。


彼の表情がだんだん柔らかくなって来た事に喜びを感じていた。作った料理を美味しいと食べてくれた。描いた絵を素晴らしいと言ってくれた。髪型を褒めてくれた時、照れ臭かった。

声を出して笑ってくれた時、そして……家族だと言ってくれた時、ルチアは嬉しかったのではないか。


だから、本当の妻でない事がこんなにも辛い。


ルチアは頭の中が混乱していた。

このままでは、倒れてしまいそうだ。とにかく部屋に戻ろうと、フラフラしながらルチアは部屋に戻った。

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