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21.お出掛け

天気の悪い日が続きますね。皆さまお身体に気をつけて下さい。

本日は少し長いです。

「お出掛けですか?」


夕食の席でルチアはレオポルトに明日共に出掛けないかと誘われた。


「ああ。こちらに来てから殆ど出掛けていないだろう?一緒にどうだ?」


レオポルトの提案は、明日一日コンスタンツィ領内を案内するというものだった。

確かにルチアは全く外出していない。侯爵夫人がフラフラと出掛けるのは良く無いかと思い自重していた。


「それは嬉しいです。一度ゆっくり領内を見て回りたいと思っていたので……。ですが、折角の休みに付き合って頂いてよろしいのですか?」


とても嬉しい誘いだったが、ルチアはレオポルトが忙しい事を知っているので、申し訳ない気持ちの方が勝ってしまった。


「たまにはいいだろう。私も気分転換したいと思っていた」


彼の言葉に安堵する。


「ありがとうございます。楽しみです」


ルチアは心から楽しみで、久しぶりの外出に胸を踊らせた。

まさかレオポルトに誘われるとは夢にも思ってなかった彼女は、夜もなかなか寝付けなかった。


次の日の朝、とても早くリリーがやって来た。ルチアは既に起きていたがいつもより随分と早い。


「今日はデートです!しっかりと準備しなければ!!」


デートではないんだけれどとルチアは思ったが、側から見れば二人は夫婦なのでデートに見えるのは当たり前だ。


気合の入ったリリーは、いつものように髪を梳かす事から始めた。その日は邪魔にならないように頭の後ろで編み込んでひとつ結びにしてもらった。

化粧は自然に見えるような薄め、裾がフワッと膨らんでいる葡萄酒色のワンピース、歩き回るので靴も踵が高くないモノにしてもらった。


準備が終わり玄関ホールに向かうと、既にレオポルトが待っていた。


茶色のスラックスとシャツに薄手のセーターという軽装をしている。髪型もいつもよりふわっと緩い。

お洒落な街の青年といった出で立ちで、いつもより若く見える。


「レオ様、お待たせしました」


そう声を掛けると、レオポルトはいつも通り黙ったままジッとルチアを見てくる。

ルチアも慣れたもので、レオポルトに向かってニコリと微笑んだ。


「そういった服装もお似合いですね」

「あ…、ああ。仕事の時の格好だと目立つからな。ルチアもワンピース……いいな」

「ありがとうございます」


いつものように服を褒められたが、それは織り込み済みなのでルチアは何とも思わなかった。


「髪型も……いいな」

「え……?」


思ってもみなかった事を言われて、ルチアは目を瞬かせる。


「あ、ありがとうございます」


ルチアは服以外を褒められたことに照れて俯いてしまった。それを見たレオポルトは頬を緩めた。


「では、行くか?」

「はい……」


レオポルトに言われてルチアは頷く。


使用人達に見送られながら、予定通りルチア達は車で市街地に向った。到着した後、二人で街を散策する事になっている。


ここはコンスタンツィ領内で一番大きな市街地だ。

煉瓦造りの建物が多く、ブルネッタ領は色彩豊かだったが、コンスタンツィ領は落ち着いた雰囲気の街が多い。


市街地は人通りも多く、たくさんの商店が軒を連ね、広い公園や大きな時計台もある。

街行く人々も活気に溢れていて、田舎町で育ったルチアには見るもの全てが新鮮だった。


キョロキョロと辺りを見渡していると、レオポルトが手を差し出してきた。


「ルチア、迷子になるといけない」


差し出された手にルチアが困惑していると、レオポルトが彼女の手をとった。


「さあ、行こうか」

「は、はい……!」


ルチアは何故レオポルトと手を繋いで歩いているのか意味が分からなかった。

だがその疑問より戸惑いと恥ずかしさでいっぱいだった。


彼は優しいから、迷子になる心配をしてくれただけだとルチアは自分に言い聞かせる。

胸が高鳴っているのは驚いたせいだ。他に意味などないのだ。


確かに人通りが多く、田舎町でのんびり育ったルチアには、一瞬の気の緩みで迷子になりそうだ。

歩く度に店頭で客寄せをしている店員に声をかけられたり、若い男女が道端で楽しそうに話し込んでいたり、小さな子供が母親と手を繋いで歩いていったり、様々な風景がルチアの目の前を通り過ぎて行く。


最初こそ手を繋いでいる事に気恥ずかしさを感じていたルチアだったが、彼女の関心は直ぐに街へと向かった。


先ず初めに目に付いたのは、可愛らしい雑貨屋だった。

ルチアが足を止めてしまった為、それに気がついたレオポルトに促されて店の中に入った。


可愛らしい小物や小さな置物が沢山並んでいて、ルチアは興味深くそれを見ていった。動物や果物、花などの置物が並んでいる。


「あ……」


ルチアがその中で手に取ったのは、二人の小さな天使が寄り添っている可愛らしい置物だった。


「そういえば、ルチアは天使の絵をよく描いているんだったな」


置物を見つめていると、レオポルトが質問してくる。


「はい。天使って幸運を運んできてくれるような気がしませんか?

気休めかも知れませんが、自分の絵を飾ってくれる方が幸せになってくれるといいなと思って描いているんです」

「そうか」

「絵を依頼してくださっている夫人は、お祝い事の時に私の絵を贈り物にしているらしいので、余計にそう思うのかも知れません」


ルチアがそう言うと、レオポルトが優しい微笑みを浮かべた。


「ルチアは、優しいのだな」

「いえいえ、ただの気休めですから。私の絵にご利益なんて無いですけどね」


ルチアは楽しそうにクスクスと笑った。


「その天使の置物、気に入ったのなら贈らせてもらえないか?」

「え?そんな自分で買いますよ!?」

「いいだろう?夫が妻に贈り物をするのは普通の事だ」


レオポルトはルチアから置物を受け取り、サッと会計を済ましてしまった。


「ありがとうございます」


戻ってきたレオポルトにルチアはお礼を言う。


「帰ったら部屋に飾るといい」

「はい」


その後もちょっとした屋台で買い食いをしたり、画材屋を見つけ入ってみるとルチアが欲しかった絵具があったり、本屋に行ってレオポルトが気に入った本を買ったりと、散々歩き回った。


「すみません……はしゃぎ過ぎました」

「大丈夫か?」


ルチアは現在、公園のベンチに座りグッタリしていた。

興奮し過ぎて体力の限界を把握出来ず、ルチアは突然立ちくらみを起こしてしまった。

レオポルトに支えられながら、何とか公園のベンチに座ったのである。


「何か飲み物でも買ってくるか?」

「いえ、暫く休んだら大丈夫ですので……」

「そうか?楽しんでくれたのはいいが、あまり無理しないようにな」

「はい、すみません。珍しいモノがたくさんあって、楽しくて……」


ルチアは、不甲斐ない自分を恥ずかしく思った。

レオポルトはルチアの隣に座ると、フッと笑う。


「またいつでも来たらいい。どうせ1日で全部見て回るなんて事出来ないんだ」

「……そうですね。コンスタンツィ領は、本当に大きい領地ですから。街もたくさんありますし、レオ様の大変さが分かります」

「まあ、そうだな。だが一人で全部管理しているわけじゃない。優秀な部下がきちんと代役を務めてくれている」


レオポルトは、そう言いながら辺りを見渡した。


「レオ様が忙しくしてらっしゃるのは知っていましたが、大きな活気のある街を見ると、改めてその凄さが分かります」

「凄いのかは分からないが、父が死んでからは必死だったな。

落ち着いて来たのもここ数年といったところだ」


レオポルトが言うとルチアはニコッと笑った。


「なら、私はレオ様の貴重なお時間を頂いているという事ですね。何だか得した気分です」

「そうか……」


レオポルトの表情が緩んだので、ルチアは彼が喜んでくれているのだと思い嬉しくなった。


「最初、私はレオ様の事変な人だと思っていました。

突然の結婚の申し出でしたし、期間限定も意味が分かりませんでした。

それに、家族と離れるのも寂しいと思っていました。

けれどこちらに来て、レオ様や屋敷の皆さんに良くして頂いて、今は期間限定でも来て良かったと思います。レオ様、本当にありがとうございました。

カファロ家の事も助けて頂いて、感謝してもしきれません。

だから……どこまで出来るか分かりませんが、期間が終わるまできちんと侯爵夫人としての務めを果たしたいと思っています」


ルチアは、レオポルトに向かって頭を下げた。


「その事なんだが……」

「はい?」


言葉を濁すレオポルトにルチアは顔を上げる。彼は困った様子で眉を下げている。


「妻を続けるのは、嫌じゃないのか?」

「え?」


レオの突然の言葉に、ルチアは驚いた。


「あの、何故そんな事に?先程言ったように、私はこれからも頑張りたいと……」

「だから……せ、セスの事とかだな」


レオポルトが苦々しい様子でそう呟いた。

彼がセスの事を思っているとルチアにバレていることに気がついてしまったのだと彼女は慌てた。


「セスのことは……えっと、心配しないでください!

私、偏見とかありませんし。寧ろレオ様の事を応援してます。

でも、ヴァニア様の事もありますし、ちょっと悩んでいるといいますか……何と言いますか……」


ルチアは困ったように言葉を濁らした。するとレオポルトの眉間に皺が寄る。


「何故ヴァニア嬢が出てくるんだ?」

「え!?あ……そ、それはその」


ルチアは失敗したと思った。ヴァニアの気持ちは自分の胸の中だけに留めておくべきことだったのに、つい口走ってしまった。


「いや、ちょっと待て。そもそも何だその偏見が無いとか応援するとか……?」


レオポルトの言葉にルチアは冷や汗をかく。

こんな場所でレオポルトの秘密を暴露したようなことを言ってしまったのだ。

彼はきっと隠し通したい気持ちだったはずなのに、ルチアはどうしたらいいのか混乱してしまった。

そんな慌てたルチアを見て、レオポルトは大きな溜息をついた。


「ルチア、もしかして妙な思い違いをしていないか?」

「いえ、私は、別に……」


何も知らない風を装ってみても、もう既に時は遅かった。


「カファロ卿の言っていた事はこういう事か……」

「お父様が何か?」


ルチアは思いもよらない名前が出た事に驚いた。


「カファロ卿からルチアの話を聞いたんだ。

時々思い込みで、驚くような勘違いをする事があると」

「父がそんな事を……?」


ルチアは恥ずかしかった。父よ、何て事を話しているのだと。


「先程の話から推測するに……私がセスと何かしらの関係があると思っているのでは無いか?」

「え!?えっと……その」


ルチアの目があからさまに泳ぐ。すると、レオポルトは呆れた様子で自分の額に手を当てた。


「やはりな。……一体何がどうなってそんな考えに至ったのか。

断じてセスとは何の関係もないし、想像したくもない。

あいつは私の執事兼護衛、そして乳兄弟である以外何の関係もない」


レオポルトは真剣な眼差しでそう言い切った。ルチアはその様子に本気を感じた。そう感じた瞬間、ルチアは慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ございません。

最初は……、その期間限定の妻にという話だったので、もしかしたら身分違いの秘密の恋人かなにかがいらっしゃるんじゃないかと思ってたんです。

レオ様はセスを信頼しているようでしたし、彼にだけは屈託のない笑顔を見せていたので……もしかしたらお相手は彼……あ、すみません。

あの、本当に私何て謝っていいか……」


ルチアは穴があったら入って隠れたかった。申し訳なさ過ぎて、彼女は俯いてしまう。

レオポルトはため息をついた後、首を横に振った。


「いや、勘違いさせた私にも問題があった。ルチアが謝る必要はない。

ただこれだけは覚えておいてくれ。私はセスの事は絶対に何とも思っていないし、秘密の恋人もいない。

妻以外の女性と関係を持つような不誠実な事をするつもりも無い」


きっぱりと言い切ったレオポルトにルチアはまた頭を下げる。


「本当に、申し訳ございません」

「いや、誤解が解けたなら構わない」

「はい……あ、ありがとうございます」


許してもらえたもののルチアは気まずかった。やはり俯いてしまっていると、レオポルトが質問してきた。


「ルチアこそどうなんだ?」


その質問の意図が見えず、ルチアは顔を上げた後首を傾げる。


「どうとは?」

「だから、ルチアこそセスに気があるんじゃないかと聞いているんだ」

「えぇ!?」


ルチアは思わぬ言葉に目を見開いた。


「どうしてそんな話に……?」

「それは……以前に聞いてきただろう。身分違いの恋をどう思うかと。それにセスに好みを聞いたらしいじゃないか」

「そ、それは……ただの調査です。レオ様を応援する為に聞いて……あっ!すみませんでした……」


ルチアがまた謝ると、レオポルトはホッとしたように息を吐く。


「それならいいんだ。ただ、ルチアがセスに対して何らかの気持ちがあるなら……私の妻を続けるのは辛いのではないかと思ってな。

それだけ聞いておきたかったんだ」

「それなら心配いりません。

セスが有能なのは知っていますが、ああいう軽薄そうな人は好みではないので魅力を感じません」


ルチアはつい思った事をそのまま言ってしまったが、余計な事まで言ってしまったと気がつき慌てて言い訳をする。


「す、すみません。えっと……セスが良い人なのはよく分かっているんですよ。

女性に好意を持たれやすい美形だとも分かっています。

ただ私の好みからは外れているというだけで……。

別に嫌いとかじゃないんですよ、優しいとも思いますし……し、仕事も出来る男ですよね。そう、そういう所は女性にとって好ましく思える部分ではないでしょうか……はい」


そこまでルチアが一気に話した後、レオポルトはプッと吹き出し大声で笑い始めた。

ルチアはレオポルトが声を上げて笑っているその光景に驚愕した。まさかこんな風に笑っているところを見る事が出来るとは思っていなかった。


ひとしきり笑った後、レオポルトの表情がスッと元に戻る。


「はあ、笑いすぎて疲れた」

「大丈夫ですか……?」

「ああ。ルチアがいると飽きないな」


レオはまたクスリと笑った。


「あの、本当に申し訳ないと……」

「もう謝るな。それに私はルチアを凄いと思うぞ」

「え?」

「私がセスをと思って応援してくれようとしたんだろ?

妻がいるのに別の……というだけでも軽蔑の対象になりそうなのに……ルチアは違うんだな」

「それは……私はレオ様に感謝しているんです。だから幸せになって欲しいと思っただけです。

相手が誰であろうとその気持ちは変わりません」


ルチアが言うと、レオポルトは苦笑する。


「気持ちは嬉しいんだがな……。そうだな、私もルチアには幸せになって欲しいと思っている」

「私ですか?」

「ああ。私は……私達は家族だろ?家族なら幸せを願うものだ」

「家族……」


レオポルトはルチアの頭をポンポンっと撫でた。


「私に出来ることなら何でもしよう。ルチアの幸せを祈っている」

「そんな……もったいないお言葉です」


ルチアは畏れ多い気持ちになった。


「家族は助け合うものだろう?」


そんなレオポルトの言葉はルチアにとってとても嬉しいものだった。


「あ、ありがとうございます」


ルチアの返事にレオポルトは満足そうに微笑んだ。


「ところでルチア、気分はどうだ?」


レオポルトの質問に、ルチアは立ち上がって嬉しそうに答えた。


「はい、もう大丈夫です」

「そうか、良かった。さて、これからどうするか……」


レオポルトが悩んでいると、ルチアは彼の手を掴んだ。


「今度はあっちに行ってみましょう!」


彼女が市場の方を指差すと、レオポルトも立ち上がる。


「なら行こうか。だが、無理はするなよ?」

「はい!」


ルチアはその日、とても楽しい時間を過ごした。


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