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20.嫉妬

レオポルトは、執務室の窓から庭を見下ろしていた。


花束を持ったルチアが、セスと話をしているのが見える。

楽しそうな様子にレオポルトの脳裏には先日ルチアが質問してきた言葉が蘇った。


「身分違いの恋についてどうお考えですか?」


その質問にレオポルトは胸が苦しくなった。

何故そんな事を聞くのか、もしかしたらルチアは身分違いの恋をしてしまったのではないかと彼は思った。


しかし彼女にそんな様子は無かったはずだ。

だから、あの晩餐会の日ルチアと離れた時間に何かあったのではと悩んでいた。


だが一番可能性のある男の存在をレオポルトは忘れていた。

セスだ。


セスが美形なのは否定しようがない。仕事も出来る男だという事は、レオポルトが一番よく知っている。

軽薄そうな印象を持たれるが、決して不誠実な男ではない。


言葉も巧み、優しく声を掛けられればルチアも恋をしてしまうのではないかとレオポルトはギュッと掴まれたように胸が苦しくなった。


セスはレオポルトの気持ちを知っているため、ルチアに不誠実な対応をとる事などあり得ない。そう確信出来るほど、レオポルトはセスを信用している。

だがルチアが恋をする事を止める事は出来ない。


セスがルチアから離れたのを確認した後、レオポルトは窓から離れ椅子に座り片肘をついた。


同じ屋敷で暮らしていれば、嫌でも想いは募っていく。

事実レオポルトのルチアへの想いはどんどん膨らんでいる。もしルチアがセスに対して特別な感情を持っているとしたら、自分はどうすればいいのかと悩み、レオポルトは仕事が手につかず、頭を抱え込んだ。

その時、扉がノックされた。


「誰だ?」


レオポルトがそう言うと扉が開いた。中に入ってきたのは、セスだ。


「紅茶淹れてきた。休憩したらどうだ?」

「あ、ああ」


レオポルトの返事にセスはいつも通りの様子で紅茶を準備し始めた。

レオポルトは思わずジッとセスの顔を凝視していたのだが、特に不自然な点は見当たらない。

見られている事に気がついたのか、セスが眉間に皺を寄せレオポルトを見返してきた。


「何だよ?」


その質問に、思わずレオポルトはポツリと呟いてしまった。


「お前はいいな、綺麗な顔していて……」

「は?」


セスはレオポルトを不気味な物を見るような目で見てきた。失礼な奴だと思いながら、彼は意を決して質問をする。


「さっきルチアと一緒だったな?」

「ん?ああ。ルチアちゃんは、花を自室に飾るんだと」

「花?」

「部屋に花を飾りたいらしくてな、エドモンドに花を切って貰ったらしい」

「そうか」


ルチアは花が好きなのだとレオポルトはホッコリした気持ちになった。しかしそんな気持ちは、セスの言葉で水をさされた。


「それから……変な事聞かれたな」

「変な事?」

「ああ。どんな人が好みかとか。

可愛い子と男前な子は好きかとか。可愛い子は兎も角、男前な子って何だよって感じだよな」


セスが苦笑する。

だがレオポルトは気が気では無かった。ルチアがセスに興味を持っている事を知ってしまったからだ。

どんな好みを聞くかなど、気にしていると言っているようなものではないか。


「それから、レオの事も話したぞ」

「私のことか?」

「自室の部屋に花を飾るって言ってたから、俺が似合わないと思うけどレオの部屋にも飾ってやったらって言ったんだ。

そしたら、仕事中の気分転換になるかも知れないから飾ってみようと思うって言ってたぞ。

やっぱり、良い子だよな……ルチアちゃん」

「そ、そうか」


ルチアが自分の事を考えてくれた事に、レオポルトは嬉しく思い頬が緩む。

しかし、直ぐに表情を引き締めた。いくら嬉しくても問題が解決した訳ではない。セスに負けない為にもレオポルトはルチアとの距離を縮めなければならなかった。

彼女との距離を縮める為にどうすればいいのか必至に頭を巡らせる。

そして思いついたのが……


「よし、明日休みを取る」

「いきなり、何だよ」


レオポルトの言葉に、セスは驚愕している。仕事一筋のレオポルトが休みを取るなど明日は雷でも鳴るのかと彼は身構えた。


「明日は、ルチアと出掛ける」


そんなレオポルトの決意の言葉に、セスは安堵した後フッと笑みを浮かべた。


「いいんじゃないか?ルチアちゃん、こっちに来てから外出したのって、晩餐会の時くらいだからな。

たまには出かけた方が二人とも良い気分転換になるだろ」


セスにそう言われて、レオポルトは申し訳ない気持ちになった。

せめて気分転換に出掛けたらどうだと声をかける事くらい出来たはずなのに、それをしていなかった。

加えて仕事にかまけていてルチアをデートにすら誘えていない不甲斐無さに、自分でも情けないと思ってしまう。


こんな事では恋愛として好きになってもらう事など夢のまた夢ではないか。レオポルトはきちんと向き合おうと改めて決意した。


仕事を理由にしてはならないのだ。例えその後に仕事が立て込んで徹夜になろうとも、時間を作るのだ。そしてルチアとの距離を一気に縮める。


そう考えていると、セスが真面目な表情で彼の机の上に置いてあった書類をレオポルトに差し出してきた。


「ところで、この前に頼まれた事調べ終わったぞ」

「ああ」


レオポルトはそれを受け取ると、書類をめくり目を通した。


「レオの思ってた通りだった。どうする?」

「やはりか。もちろん制裁は受けてもらう。侯爵家を馬鹿にされて黙っている訳にはいかないからな」


読み終わった書類をレオポルトは机の上にバンッと置く。


「ルチアちゃん、人が良いんだよね」


セスの溜息に、レオポルトは静かに頷いた。


先日、ルチアが描いた絵を見せて貰った事は記憶に新しい。レオポルトの目から見ても相当才能があると思った。

ルチアは商家の夫人に依頼された時に、幾ばくかの謝礼を貰い絵を描いていると言っていた。


レオポルトは、それに違和感を覚えた。

幾ばくかのお礼だけで済ませるような才能では無いのではないかと思ったのだ。


だから、その商家の夫人を調べた。


案の定、商家の夫人はルチアの絵を高値で転売していた。

ルチアの絵は、ある界隈では作者不明の幻の名画として高値で取引されていたのだ。

ルチアはそんな事とは知らずに、商家の夫人に言われるまま殆ど善意で絵を描いていたのだ。


もし絵が正当な評価を受けていれば、カファロ家もあそこまで窮地に陥る事は無かっただろう。

ルチアはしっかりしているようで、きちんとカファロ卿の血を受け継いでいるようだ。優しくてお人好し。


しかしこの件は到底許される事では無い。

彼女は今コンスタンツィ侯爵夫人だ。彼女を騙す事はレオポルトを騙すに等しい。

レオポルトは厳しい目つきでセスに冷たく言い放った。


「セス、制裁はいつも通りに。二度と侯爵家を謀る事は許さん」

「畏まりました、旦那様」


レオポルトの言葉に、セスはお辞儀をした後部屋を出て行った。


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