17.晩餐会(1)
ブルネッタ侯爵家の屋敷は、街並みの雰囲気とは違い物々しい要塞のような建物だった。
どこの誰が攻めて来ても返り討ちだ!という雰囲気を醸し出している。
一般的な貴族の屋敷とは全く趣が違う様子にルチアはとても驚いた。
驚いた彼女はそのままレオポルトのエスコートで屋敷の中に入っていく。
「おお、レオ!!久し振りだな!元気にしてたか?」
迎えてくれたのは、とても筋肉が立派な年配の男性だった。背が高いレオポルトよりも更に大きな男性で、黒のタキシードを着ているのだが筋肉の太さで少し服がきつそうに見える。
深緑の髪を短く刈り上げているのがよく似合っていた。
「お久しぶりです、ブルネッタ卿」
レオポルトの返事によって、彼がブルネッタ卿だとルチアにも分かった。
ブルネッタ卿はレオポルトの手を掴むとブンブンと握手を交わす。
普通ならば、最初に出迎えるのは執事だと思うのだが執事らしき人物はブルネッタ卿の大分後ろに控えていた。
「いやぁ、立派になったもんだなぁ!爵位を継いだ頃は、まだこんなガキだったのに、いつの間にか可愛い嫁さんまで迎えてなぁ!」
豪快に笑うブルネッタ卿は、貴族としては異端だろう。だがルチアは彼の態度に親近感が湧いた。
そう考えていると、ブルネッタ卿がルチアに視線を向けてきた。
「この子だな!ディーノ達が言ってた通り可愛らしい子じゃないか!私はカジェロ・ブルネッタだ。よろしくな」
「あ、はい。ルチア・コンスタンツィと申します。よろしくお願い致します」
圧倒されたものの、ルチアは何とか挨拶を済ませる。
「うむ。気軽にブルちゃんと呼んでくれて構わんぞ!」
「え……?」
「ほら、ブルちゃん」
「え、えっと……?」
顔を近づけてくるブルネッタ卿に、ルチアはどうしたらいいのか分からず涙目になってしまった。
「ブルネッタ卿、妻を怖がらせないでください」
レオポルトがルチアの腕を掴み、自分の後ろにサッと隠した。
彼女はホッと息を吐く。
「むっ、そうか。ほらほら、おじちゃんは怖くないぞー」
ブルネッタ卿は、ニッコリとルチアに向かって微笑んでくるが、レオポルトが彼の前に立ちはだかった。
「顔が怖いんですから、自重して下さい」
「なんだ、失礼な奴だな」
レオポルトの言葉に、ブルネッタ卿はムッとした表情を浮かべた。
「あー、親父!!こんな所にいた!!」
突然そんな声が聞こえ、ルチアはそちらの方に視線を向けた。
二人の若い男女が近づいてきたのだが、二人ともブルネッタ卿と同じ髪の色をしている。
男性の方は長身で筋肉質だが人の良さそうな顔立ちをしていて、女性の方は背の低い可愛らしい顔立ちの女性だ。
「あ、レオじゃん。久し振り!」
「ディーノ。久し振りだな」
ディーノと呼ばれた男は嬉しそうにレオポルトの肩を叩く。
「結婚式ぶりだな。元気にしてたか?」
「ああ、まあな。ディーノはどうだ?」
「見ての通りさ!おっ、お嫁さんも連れて来たんだな」
ディーノは、ルチアに向かって丁寧なお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました。私は、ディーノ・ブルネッタと申します。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、ルチア・コンスタンツィと申します。よろしくお願い致します」
ルチアも慌ててお辞儀をすると、彼はニカッと笑みを浮かべた。
「堅苦しい挨拶はこれくらいにして。うちはこの親父を見ても分かるように貴族らしさが全然ないから気楽にしてくれ。ほら、ヴァニアも挨拶しろよ」
ディーノは、後ろに居た女性にそう促した。
「は、初めまして。ヴァニア・ブルネッタと申します」
「ヴァニア、結婚式で一度挨拶したろ」
「あっ!す、すみません。二度目まして……」
緊張感が伝わってくる挨拶に、ルチアはついつい可愛い人だなと思ってしまう。
「よろしくお願いいたします。ルチアと申します。すみません……結婚式の時は、きちんとご挨拶出来ていなかったのではないでしょうか?」
「仕方ないさ、人多かったもんね。コンスタンツィ夫人にとっちゃ初対面の人ばかりだっただろう?」
ディーノが気にするなと言わんばかりにもう一度ニカッと笑う。
「さあさあ、挨拶も終わったなら飯を食うぞ!」
「イテッ!」
ブルネッタ卿がディーノの背中をバンッと叩いた後、歩いて行ってしまう。
ヴァニアは小さな溜息をつくと、レオポルトとルチアに声を掛けてくる。
「お二人共、父と兄が失礼ですみません。あの、どうぞこちらに」
「いつも大変だな、ヴァニア嬢」
「いえ……慣れていますので」
レオポルトの言葉に、ヴァニアは苦笑する。
ヴァニアの案内で晩餐会が開かれる食堂に移動したが、到着すると既に数人が集まっていた。
その中にはレオポルト達に挨拶をしに来る人もおり、その方々は彼の学生時代の友人達が多いようだった。
時間になると二人は隣同士の席に着いた。
二人の周りにいるのはレオポルトの元学友達ばかりで、学生時代の話をしながら彼は楽しそうに会話に加わっていた。
「この前、初めて列車に乗ったよ」
「え、今更か?」
「いや、うちの両親が、未知の乗り物に拒否反応を起こしてて、禁止されてたんだよ。あまり必要も無かったしな。
けど、急ぎの用事があって王都に列車で行ったんだよ。いやあ、速くて快適だな」
「一度乗ったら、乗らずにはいられないよな」
ルチアはその会話を聞きながら、列車という乗り物に想いを馳せた。もちろんルチアは乗った事がない。列車が必要な程遠くに出掛ける事がなかった。
いつか乗ってみたいと思っていた乗り物だ。
ひと通り食事が終わると、今度は男女別の部屋に別れるのが貴族社会の習わしである。
男性陣はお酒を飲みながらテーブルゲームを楽しんだりする。一方女性陣は別の部屋で、紅茶を飲みながら会話を楽しむというのが貴族の嗜みといわれている。
というわけで、ルチアはレオポルトと一旦別れる事になった。
ルチアは部屋を移動した後、ヴァニアに誘われて同じテーブルで紅茶を飲むことになった。
ところが、何故かルチアの周りにどんどんご令嬢方が集まって来てしまった。
思わず身構えてしまうと、彼女たちは興味津々といった様子で話しかけてきた。
「コンスタンツィ夫人、一体どこでコンスタンツィ卿とお知り合いになったんですの?」
そんな質問が飛び出してくるのも時間の問題だったのかもしれない。
「えっと、その、昔夜会でちょっと……」
ルチアは求婚の際にレオポルトが語った嘘の出会いを思い出し、それを説明した。
「まあ、そうでしたの。でしたら、それからずっと愛を育んでおられたのね!」
「素敵!」
育むも何も出会ってまだ数ヶ月ほどしか経っていない。
ルチアはこの状況に冷や汗をかいていた。もっと出会いなどをどのように説明するかレオポルトと話し合っておくべきだった。
興味を持たれると思っていなかった事が失敗だった。
「本当にすごいわよね。あの、コンスタンツィ卿を射止めるなんて」
「落ちない男で有名でしたものね。お話してても全く手応えがありませんもの」
「途中で心折られてしまうのよね」
彼女達の話で、レオポルトが余りモテていなかった事実をルチアは知った。確かに彼は無表情で取っつきにくい印象を持たれがちだろう。
「誰があのお方と結ばれるか、男性陣の間では賭けの対象になっていたらしいですわよ」
「え、そうなんですの?」
「ええ。因みに一番人気はヴァニア様だったらしいわ」
「え?私ですか??」
思わぬところで名前が出てきて、ヴァニアは驚きの声を上げる。
「ええ。ほらヴァニア様のお兄様とコンスタンツィ卿は仲がよろしいでしょう?
それに幼馴染ではないですか。ですから一番人気だったそうですわ」
「そんな事あり得ません。確かに幼い頃から知っておりますが、それは父同士が仲良かったからです。
私にとっては、もう一人の兄……みたいなものです」
ヴァニアが慌てて言うのをルチアはジッと見ていた。
本当にそうなのだろうか、幼馴染のお兄さんに恋をする。恋愛小説の王道ではないか。
しかしレオポルトの本命はセスである。
けれど、性別と身分の問題があるので、可能性としてはヴァニアの方が優位なのではないかとルチアは思った。
ヴァニアは話を変えたかったのかルチアに違う話題をふった。
「それより、コンスタンツィ夫人の結婚式の時の花嫁衣装、とっても素敵でした。
今日のお召し物も素敵ですけれど……」
「ありがとうございます!」
彼女の言葉にルチアはニコリと微笑む。これはいい機会なのではないかとルチアは思った。
「あの花嫁衣装は私の生家であるカファロ領の名産、カファロ織の生地を使っております。
スカート部分の柄はアイリスの花をモチーフにしているのですが、それも元々はカファロ織のデザインとして使われているものなのです」
ルチアの言葉に、女性達が騒ついた。
「まあ、そうでしたの。私の母はカファロ織の製品が好きなんですよ」
「ごめんなさい。私は知らなかったけれど、あの花嫁衣装はとても素敵だったわ。今度カファロ織の製品を取り寄せてみますわ」
「私知っていますわ。最近有名な舞台女優の衣装にカファロ織が使われたと聞きましたわ。コンスタンツィ夫人のご生家でしたのね!」
とてもいい反応が返ってきた為、ルチアは成功だと内心ほくそ笑んだ。
けれど、カファロ織のハンカチでも持って来て配れば良かったとルチアは残念にも思った。
暫くその話で盛り上がっていたのだが、だんだんと今回晩餐会に出席していた男性達の噂話に移行していった。
そんな女性達の様子をルチアは見ていたのだが、ヴァニアが小声で話しかけて来る。
「あの、コンスタンツィ夫人……」
「はい、何でしょうか?」
「あの……、コンスタンツィ家での暮らしは如何でしょうか?」
「暮らしですか?皆さん大変良くしてくださいますよ」
「そ、そうですか」
ヴァニアは、もじもじと何か聞きたそうな雰囲気を出している。
やはりヴァニアはレオポルトが好きなのだろうか、だからルチアの事が気になるのではないかと思った。
けれど問題は自分よりもセスですよとルチアは教えてあげたい気持ちになったが、それはダメだと自重した。
「あの、その……」
「はい」
「せ、せ、せ……」
ルチアはヴァニアが何を言おうとしているのかさっぱり分からなかった。取り敢えず話を切り出すまで待つ事にした。
「せ、セスは……お元気でしょうか?」
「セスですか?元気にしてますよ。今日も朝からレオ様と鍛錬をしてました」
「そ、そうですか」
ホッとしたように頬を緩めるヴァニア。
「ヴァニア様は、セスともお知り合いなんですね?」
「は、はい。えっと……コンスタンツィ家には、父同士が仲が良かったのでよくお邪魔していたんです。
兄とコンスタンツィ卿は仲が良かったので、私の相手は自然とセスがしてくれていて……それで……」
ヴァニアの言葉にルチアは納得した。セスは女性を放っておける人ではない。きっと優しく相手をしていたに違いない。
「良いですね。幼馴染って……私も領地の子達と遊び回ってましたよ」
「……はい。私も、あの頃が一番楽しかったと思ってます」
「私が言うのもなんですが、またコンスタンツィ家に遊びに来て下さい。レオ様もセスも喜びます」
「そ、そうでしょうか?」
「はい、もちろんです」
ルチアはニコリと微笑む。
幼馴染が遊びに来て嫌がる人なんていないだろう。
ヴァニアは可愛らしいし、ルチアは是非とも自分とも仲良くして欲しいと思った。
「そ、それで……セスは、今どうしてらっしゃいますか?」
「どうしてとは……?」
「その、恋人とか結婚とか……」
ヴァニアはそう言いながら、見る見るうちに顔を赤く染めていく。
え?そっち?そっちなの??
ルチアは、ヴァニアの顔をじーっと見つめてしまう。
ヴァニアはレオポルトではなくセスに好意を持っているのかとルチアは気がついた。
確かにセスは王子様然とした美形である。あの軽薄そうな印象も人によっては優しく気安く話しやすいと、好意的に見られる事もあるかも知れない。
「そういう話は聞いた事がないですね」
「そうですか……!」
ヴァニアの表情がパアッと明るくなった。
ルチアは恋する乙女のヴァニアを素直に可愛いと思った。
しかしここで問題が発生する。
レオポルト、セス、ヴァニアの三角関係が勃発してしまったのだ。
ルチアは大恩人のレオポルトを応援している。だが、可愛らしいヴァニアも応援したい。
それだけではない。セスはあくまでもコンスタンツィ家の使用人であり、貴族令嬢のヴァニアとは身分差がある。
とはいえ、あのブルネッタ卿ならば娘の為にと簡単に了承してしまいそうな気もするが。
やはりここで一番重要なのはセス本人の気持ちであり、セスがどちらを選ぶかによってルチアのするべき事は大きく変わってくるのではないかと考えた。




