14.天使の絵
ある日、レオポルトの仕事が立て込んでいるとの事でルチアは一人で夕食をとった。
その後湯浴みを済ませ自室でのんびりと本を読んでいたのだが、そろそろ日を跨ぐという時間に、ノックの音が響いた。
「はい」
「レオポルトだ。少し良いだろうか?」
来客者はレオポルトだったようだ。ルチアは急いで扉を開ける。
「遅くに済まない」
「いえ、お仕事は終わりましたか?」
「ああ、大丈夫だ。話があるんだが」
「分かりました。どうぞ」
ルチアはレオポルトを迎え入れた。
彼がこの部屋を訪れたのは初日だけだったので、今回が二度目である。
前と同じように二人ともソファーに腰掛けた。
「それで、お話とは?」
「ああ。実は夜会の招待状を受け取ったんだ。送り主はカジェロ・ブルネッタ卿。ブルネッタ侯爵家の当主だ」
「ブルネッタ卿……」
「彼には色々と世話になっていてな。
私の両親が早くに亡くなってしまったのは知っていると思うが、父の代わりに領地経営の基本を教えてくれたのが、父と古くからの友人だったブルネッタ卿なんだ。
大恩人とも言える方でな……妻を連れて来いと」
「そうでしたか。もちろん私で良ければご一緒させていただきます」
「そう言ってもらえると助かる」
レオポルトはホッとしたような表情を浮かべた。
ルチアは最近になって、少し彼の表情の違いが分かるようになってきた。
無表情に見えるが、僅かに目尻が下がったり、口角が上がったりしているのだ。それに気がついたルチアは一種の喜びを感じている。
「晩餐会に着ていくドレスは、リリーに頼んでおくから好きなものを選んでくれ。新しく仕立ててもいい」
「新しくなんて、まだ着ていないドレスが沢山ありますよ」
「それは、ルチアがここに来る前に用意しておいたものだろう?もっと自分の好みとかがあるだろうから」
「ですが……」
「気を遣うな。君に不自由な思いをさせるつもりはない。これも侯爵夫人としての立派な勤めだ。リリーと相談して、よく考えて決めてくれ」
「……分かりました」
ルチアは深く頷いた。
確かに侯爵夫人として恥ずかしいドレスで晩餐会に出席など出来ない。レオポルトの言う通りだ。
ドレスについてはリリーに相談するとして、ルチアは今回彼に話したい事があった。
「あの、レオ様。一つお願いがあるのですが」
「何だ?」
「少し、お待ち下さい」
ルチアは急いでベッド脇のサイドテーブルの上に置いてあったスケッチブックの一ページを開き、ソファーに座っているレオポルトの前に差し出す。
「これは……」
そこには、レオポルトの絵が描かれていた。
「レオ様を描いてみました」
「ルチアが?」
「はい。昔から絵を書くことが好きで、趣味で描いていたんです」
「素晴らしい絵だな」
レオポルトは感嘆の声を上げる。色は付いていないものの、レオポルトそのものが生きている様に見える。
「趣味で描いていたんですが、ある商家の夫人が絵を気に入って下さっていて……。
何度か依頼があって描いてお渡ししたんです。大変喜んで下さってお礼も頂いたんですよ。
ですから、これからも依頼があれば描いていきたいと考えていたのですが、侯爵夫人がこのような事をしているのは問題かも知れないので、レオ様にお伺いしたいと……」
ルチアは禁止される事を心配していた為、不安げにレオポルトをジッと見つめ、彼の答えを待った。
「構わない。ここでは好きに過ごしていいと約束しただろう?」
「あ、有難うございます」
ルチアが嬉しそうに頬を緩めると、レオポルトがスケッチブックの絵に視線を落とす。
「しかし、本当に素晴らしい絵だな。肖像画をよく描くのか?」
「いえ、これはレオ様に見せる為に描いたものです。風景画なんかもよく描きますが、一番よく描いているのは、天使の絵ですね」
「天使?」
「はい。このスケッチブックにも何枚か描いてます」
「見ても?」
「もちろんです」
ルチアはレオポルトが見えやすいように、スケッチブックを一枚ずつめくっていく。
ルチアの家族の絵、カファロ領の絵、領民の絵、そして美しい女性の天使や子供の天使などが描かれていて、その全てが素晴らしい出来栄えだった。
「すごいな」
「あ、有難うございます」
「私も何か一枚欲しいな」
「本当ですか?じゃあ、取って置きの絵を描いてレオ様にお渡ししますね」
ルチアはレオポルトの言葉が嬉しくてスケッチブックから視線を外し、彼の方に視線を向ける。絵を見せていた為、思っていたより間近にレオポルトの顔があり視線が絡む。
ルチアは驚いて距離を取った。
「す、すみません。近過ぎました……!」
「あ……いや」
レオポルトも気まずそうに視線を逸らした。
「あの……絵が描けたら、お渡ししますね」
「あ……ああ。宜しく頼む」
ルチアは、どうすれば良いのか困り果て、スケッチブックを閉じるとそれをギュッと抱き締める。
「……ああ、そういえば……アラーナの所に行ったと聞いたが?」
「え?あ、はい。こちらに来る時に持ってきていたカファロ織の新品のタオルがあったので、お近づきの印にと思って持って行ったんです」
「そうか。……クッキーを焼いたと聞いたが」
「はい。タオルだけだと寂しいかと思って……。料理長に厨房を貸してもらったのですが……駄目でしたか?」
クッキーを作るくらい構わないだろうとルチアは思っていたのだが、侯爵夫人が厨房に入るのはあまり褒められた事ではないのかもしれない。
「駄目なわけがない。……私も食べてみたいと思っただけだ」
「クッキーお好きなんですか?ならいくらでも作りますが……普通のクッキーですよ?料理長が作るデザートの方が絶対に美味しいと思います」
「クッキー……が好きなんだ」
「そうですか?分かりました、今度お作りしますね」
「頼む」
レオポルトが実は甘党なのか、ならばバターをたっぷり入れたサクサクのクッキーを作って渡そうとルチアは思った。
「……そろそろ戻る」
「あ、はい。では、お休みなさい」
「……お休み」
レオポルトはそう言った後、そそくさと部屋を出て行った。
残されたルチアは、そろそろ寝ようかとベッドに潜り込んだ。
あれ?予約してたのに掲載されてない……??
すみません、いつもより遅くなりましたm(_ _)m




