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12.自分がするべき事

「今日は付き合ってくれてありがとう」


離れ屋からの帰り道、レオポルトが御礼を言ってくる。


「いえ。私も楽しかったので。ですが……少し罪悪感が有りますね」

「罪悪感?」

「期間限定なのに、嘘をついてしまいましたから」


ルチアは申し訳ない気持ちになっていた。

あれ程結婚を喜んでくれていて、自分の事を温かく迎えてくれたアラーナに嘘をついている事が心苦しい。

彼女だけでなくルチアはこの屋敷にいる人達全員を騙しているのだ。


「ルチア……今回の件の責任は全て私にある。君が罪悪感を覚える必要はない」

「いえ、それでも話をお受けする事を決めたのは私ですから」

「君に迷惑をかけてしまった……すまない」


もう一度レオポルトに謝られたが、彼には彼の事情があるのだ。ルチアは全ての責任がレオポルトに有るとは全く思っていない。

彼に対して感謝こそすれ、責める事など何もないのだ。


本邸に戻った後、レオポルトは仕事があるので出掛けてしまった。

残されたルチアは、屋敷内の案内の続きをリリーにしてもらう事にした。

コンスタンツィ侯爵家で働いている使用人達とも挨拶をしたのだが、全員の顔と名前が一致しているかと問われれば、不安としか言いようがない。

改めて少しづつ覚えていこうと彼女は思う。


「奥様、お疲れ様でした」


部屋に戻るとリリーが労うように温かい紅茶を淹れてくれた。

ルチアはそれを一口飲むと、フッと息を吐いた。


「ここは、使用人の人数が多いのね」


ルチアの言葉に、リリーが首を傾げる。


「そうですか?寧ろ少ないと思いますよ」

「そうなの?」

「はい。前侯爵夫妻が亡くなってから旦那様お一人ですから……。夫妻がご存命の時に働いていた女性使用人達は結婚などで辞めてしまった人が多いらしいです。

仕事が滞る程人が減った訳では無いですが、他のお屋敷に比べれば、少ない方だと思いますよ」

「へぇ、そうなの」


ルチアの家は使用人が一人だったので、彼女には平均がわからなかった。

けれど、リリーがそう言うのならそうなのだろう。


「そうだ。リリーに聞きたい事があるのだけど」

「はい、何でしょう?」

「離れ家に、リカルドの奥方のアラーナさんが住んでいるでしょう。

彼女の好きな食べ物とか分かるかしら?今度伺う時に何か持って行こうと思うのだけど」


ルチアの質問にリリーは表情を曇らせる。


「リリー?」

「す、すみません」


今にも泣きだしそうな潤んだ瞳をしているリリー。ルチアは心配になった。


「大丈夫?」

「大丈夫です。申し訳ございません。……えっと、アラーナさんの好きな物でしたよね?そうですね、何か好きな物……」


リリーは考えるそぶりをしているが、とても動揺しているように見える。

ルチアは先ほどの泣きそうなリリーの表情が気になった。


「ねぇ、アラーナさんに何かあるの?」

「い、いえ、その……」


彼女は、視線を彷徨わせている。やはり何かあるのだとルチアは確信した。


「リリー、私は侯爵夫人として認められていないのかしら?

もちろん、昨日来たばかりの私に何でも話せとは言わないけれど……。

とても寂しいわ」


ルチアは悲しそうな表情を浮かべる。

少し卑怯な聞き出し方かも知れないが、ルチアは何だか胸騒ぎがしたのだ。だから真実が知りたかった。


「そ、そんな事はないんです。ただ、私が話していいものかと」

「その話は秘密なの?」

「いいえ。ここの屋敷で働いている使用人は全員知っています。ですが……」

「無理にとは言わないわ。明日にでもレオ様に伺ってみるわ」

「それは……」


リリーは困った表情を浮かべる。レオポルトに聞くのはあまり好ましいことではないのだろう。


「リリー、あなたから聞いたとは絶対に言わない。約束する」


それでも躊躇した様子のリリーだったが、決意したように頷いた。


「……わ、分かりました」


彼女は一度大きな深呼吸をした後、話し始めた。


「旦那様は隠そうとしているわけではなく、ただ来たばかりの奥様を心配させたくないから仰っていないだけだと思います。

実は、アラーナさん……一年程前に突然倒れたんです。

その時は意識を取り戻したんですが。診察の結果、あまり芳しく無い状態だったそうで。

その、もう長くはないと……」


今にも涙が溢れ出しそうなリリーの潤んだ瞳に、ルチアは胸を痛めた。


「アラーナさんには、とてもお世話になりました。ここに来たばかりの右も左も分からない私に色々と良くしてくれたとても優しい方なんです。

ですから悲しくて……」

「そうだったの。その、なんて言っていいか。

私も今日初めて会ったばかりだけれど、とっても優しくてお話も楽しかったわ。……辛いわね」

「はい。でもリカルドさんやセスさん、それに旦那様は、私なんかよりずっと長くアラーナさんと一緒にいたんです。だから……私なんかと比にならないくらい辛いと思うんです。

でも、御三方ともそんな態度は全然見せなくて…。無理しているんじゃないかって、みんな心配してるんです」


ルチアは言葉にならなかった。泣いているリリーを慰めて、側にいる事しか出来なかった。

そして、辛い思いを隠しているレオポルト達の事を思うと、悲しい気持ちになった。


その後リリーが落ち着いた頃を見計らって、彼女を部屋から下がらせた。

一人になると、ルチアも段々と落ち着いて考えられるようになってくる。


何故レオポルトが自分を妻に迎えたのかルチアはずっと不思議だった。

確かに援助を必要としていた貧乏伯爵家の令嬢だから、期間限定の妻として迎え入れて、一年後に離婚したとしても煩わしい問題が発生しない、切り捨てやすいと思われていているのだろうと最初彼女はそう思っていた。


けれど、約束とはいえレオポルトはルチアの実家に対して想像以上の援助をしてくれている。

アラーナを母親代わりと慕っているし、彼は無表情だけれど心が冷たい人では無いと彼女はもう知っている。

だから、最初思っていた事は間違っていたのだ。


レオポルトは、アラーナの為にルチアと結婚したのだ。


彼女との会話を思い出し、彼女はレオポルトが結婚する事を望んでいた事が分かる。

そして、余命幾ばくもないともなれば、彼は彼女の憂いを失くす為に結婚をしようと考えるのもあり得る話だ。

それならば、一年という期間も頷けるし、場合によっては延長するという最初の約束にも納得が出来る。


そして、アラーナが大ファンだというカファロ織を守る為に、没落寸前だったカファロ家に援助を申し出たのではないだろうか。

……カファロ家の令嬢であるルチアは、アラーナにとって最も好ましい人物だったからこそ、期間限定の妻として選ばれた。


だとしたらルチアに出来ることは、アラーナが最後の時を迎えるまで、レオポルトの妻として過ごし、妻として認められる事だ。

ルチアは、彼女となら頑張らなくても仲良くなれる自信があった。

カファロ織の話ならいくらでも話せると今日会ってみて分かっている。


加えて、レオポルトの恋路の問題もある。セスとの仲を取り持ちながらも、アラーナと仲良くして彼を安心させる。

それがルチアがするべき事だと理解した。

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