11.紹介したい人
朝食……それは大変豪華なものだった。
ルチアがカファロ家にいた時の朝食はちょっと硬いパン、スープ、サラダくらいが並んでいたのだが、侯爵家の朝食は一味違っていた。
パンは見たことがないような沢山の種類のフワフワのパン。海鮮が入っているトマトスープ。サラダも色とりどりの野菜とハムが乗っている。ゆで卵も専用の銀の器に乗っていた。
デザートの果物も盛り沢山で、飲み物も何種類もある。
但し、その朝食はレオポルトの前にだけ並べられていた。
先程リリーに頼んだ通り、ルチアの前には果物の盛り合わせと干した果物が練りこまれたパン、それと飲み物が数種類。
レオポルトの前に並べられた食事を全て食べろと言われても、量的に彼女には絶対に無理だった。
「ルチア、それで足りるのか?」
着席した後そう聞いてくるレオポルトにルチアは頷いた。
「私のお腹には、レオ様ほどの量は入りません」
「そうか、そうだな。ルチアの方が小さいからな」
これでも一般女性より背が高い方なのだがとルチアは思う。
それにここは男性と女性の違いと言わないだろうかとも思ったが、それより目の前の果物が美味しそうだった為、早く食べ始めないかなという気持ちの方が強かった。
レオポルトが食べ始めたのを確認してからルチアも食べ始める。ヘタが外された苺は真っ赤で瑞々しくとても美味しそうだ。フォークに突き刺して口の中に入れると甘い果汁がジュワッと広がった。
「……甘くて美味しい!」
思わず声が漏れる。
「美味しいか?」
「はい。とても美味しいです」
「それは良かった」
レオポルトは上品なマナーで朝食を食べていた。ルチアもマナーに気を付けながら食事を進めていく。
「こんなに美味しい果物があるなんて。弟にも食べさせてあげたい……」
ルチアは無意識に零した言葉をレオポルトに聞かれると思っていなかった。
「エリクくんは、果物が好きなのか?」
「え?」
「弟にも食べさせてあげたいと……」
「す、すみません。つい」
「いや、構わない。エリクくんは何が好きなんだ?」
「そうですね……。果物なら林檎と葡萄が好きです」
ルチアがそう答えると、レオポルトは少し考えるような仕草をする。
「なるほど、ならカファロ家に果物の詰め合わせを送っておこう。林檎と葡萄を多めにな」
「え?いえ、そんな気を遣って頂かなくても」
不用意な言葉で迷惑を掛けるわけにはいかないとルチアは辞退を申し出た。が、レオポルトは首を横に振る。
「構わないだろう?エリクくんは私にとっても義弟なんだ。仲良くしたいと思っている」
「あ、ありがとうございます」
なんていい人なんだろうとルチアは感激した。
期間限定の妻の家族にも心を砕いてくれるレオポルトは神様か何かなのかもしれない。
「では、レオ様は何がお好きなんですか?」
「私か?そうだな……やはり肉か」
「お肉?」
「ステーキやカツレツ、串焼きとかだな」
レオポルトの好きなものの選択肢に、ルチアはクスクスと笑ってしまった。
「どうした?」
「す、すみません。レオ様は割と味覚が子供向けだと思ってしまって」
ルチアが思わず正直に答えると、レオポルトは目を見開く。
珍しく表情が変わったとルチアは少し得した気分になったが、気を悪くさせただろうかと慌てて謝る。
「申し訳ございません。余計な事を申しました」
「いや、構わない。自分でも子供舌だと分かっている。昔はよくリカルドに野菜を食べろと叱られていた」
「ふふ。エリクもよく野菜を食べなさいとマウロ……うちの執事なんですが、に怒られていますよ」
「そうか。案外エリクくんと私は似ているのかもしれないな」
「かも知れませんね」
今日のレオポルトはよく喋ってくれる。
思っていたよりずっと話し易い人だとルチアは思った。
セスに見せていたような笑顔を見る事は出来ていないが、あれは特別な相手に見せるものだろうからルチアに向けてくれる事はないだろう。少し残念に思う。
ただ期間限定とはいえ妻になったのだから、それなりに上手く関係を構築していきたいとルチアは考えていた。
「昨日の話だが……」
彼が話を始めたので、ルチアはそちらに注目する。
「はい」
「朝食が終わったら、付き合って欲しいと」
「覚えてます。紹介したい人がいるんですよね?」
「ああ。そんなに長くは掛からない」
「分かりました」
さて紹介したい人というのは、秘密の恋人ではなさそうだ。
何故ならレオポルトにはセスがいるから。
だとしたら誰なのだろうかとルチアは首を傾げる。
朝食後レオポルトに連れられてルチアは庭までやって来た。
庭を通り過ぎて、木々が生い茂った辺りに石畳みの道が続いている。
「こちらだ」
その石畳みの道を進んでいくと一軒の家が見えてきた。
早朝、ルチアが部屋の窓から見た可愛らしいお家だった。
「ここは?」
「離れ家だ。私の乳母が暮らしているんだが、少し体調を崩していてここで療養している。
ルチアにも会って欲しい」
レオポルトの表情はいつもと変わらない無表情だったが、その瞳には悲しみが現れているように見えた。
「体調を崩しているとの事ですが、大丈夫なのですか?」
ルチアの質問にレオポルトの表情は、やや険しいものに変わる。
聞いてはいけない質問だったのかとルチアは口を噤んだ。
「乳母のアラーナは、忙しい両親の代わりに本当に良くしてくれた。私にとっては母代わりのようなものだ。
私の結婚も喜んでくれている。……だからルチアにも会って欲しい」
レオポルトの声は、とても優しいものだった。彼にとってアラーナがとても大切な人だということが伝わってくる。
だからこそ紹介されるのが自分で良いのだろうかと、ルチアは疑問に思った。
自分はあくまでも期間限定の妻である。
けれど請われればルチアには断る権利はないとも考えた。
「私もお会いするのが楽しみです」
結局、彼女は笑顔でそう答えた。
離れ家の周りには花壇がたくさんあり花に囲まれていた。大きな窓も多く日当たりも良好そうだ。
レオポルトが扉をノックすると、程なくして出て来たのはセスだった。
「先程ぶりです奥様。ようこそ我が家にお越しくださいました」
セスが優雅にお辞儀をする。
我が家と言われ、ルチアはまさしく愛人宅かと一瞬頭によぎったがレオポルトが説明をしてくれた。
「言い忘れていたが、この男とは乳兄弟でな。アラーナはこの男の母親だ」
「お母様でしたか」
つまり家令のリカルドと乳母のアラーナの息子がセスということになるようだ。
「お二人ともどうぞ中へ、母も起きておりますから」
「ああ」
中に入っていくレオポルトをルチアは追いかけた。
家の中は綺麗に整えられていて、居心地が良さそうだ。家族の温かみが感じられる落ち着いた雰囲気のいい家だった。
そのままセスの案内で二階へと向かうと、その一番奥の部屋に彼女はいた。
ルチアは中に入った瞬間、感嘆の声を漏らした。
部屋の中には、見覚えのある物が沢山あった。
カーテン、ベッドカバー、クッションカバー、壁掛け、テーブルクロスなど、ルチアに馴染みのあるカファロ織の製品で埋め尽くされていたのである。
その部屋の奥にあるベッドの上に年配の女性が座っていた。
肩くらいまでの長さの赤色の髪は、セスより明るい色だ。だが顔色は青白く少し頬が痩けている。
それでも笑顔でルチア達を迎え入れてくれた。
「アラーナ、調子はどうだ?」
「おはようございます、坊ちゃん。今日はとても調子がいいんですよ」
にこやかに答えるアラーナは、とても優しそうな女性だった。
「そうか。今日は妻を連れて来た。紹介する、ルチアだ」
レオポルトに促されて、ルチアはアラーナに近づくと彼女に向かって微笑んだ。
「ルチアと申します。お会いできて光栄です」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、レオポルト坊ちゃんの乳母を勤めておりましたアラーナ・モートンと申します。
ベッドの上からで申し訳ありません」
「いえ、体調が悪いとお聞きしておりましたので、お気になさらずに」
ルチアが言うと、アラーナは微笑み返した。
「お気遣いありがとうございます。……ふふ、思っていた以上にお美しい方で、私吃驚してます」
「い、いえ、そんな」
褒められた為、ルチアは恥ずかしくなった。少し顔が熱くなる。
「坊ちゃん、顔に似合わず面食いだったんですねぇ」
「アラーナ!何を言う!?」
レオポルトの慌てた様子に、アラーナは無邪気に笑った。すると、セスもニヤリと笑みを浮かべる。
「本当、母さんの言う通りだよな。レオは可愛らしい系が好みだったみたいだ」
「こら、セス。あんたなんて口の聞き方してるの」
「何だよ。母さんだって人の事言えないだろ」
「私は良いのよ。もう仕事を引退したんだから」
「いや、そういう問題じゃないないだろ。夫と息子がこの家の使用人だぞ」
親子二人の言い合いに、呆れた様子でレオポルトが間に入る。
「おい、お前達良い加減にしろ。主人を蔑ろにしすぎだ」
『おや、申し訳ございません。旦那様』
アラーナとセスの言葉が重なった。
「全く……」
二人の言葉にレオポルトは溜息をつく。
この部屋に入った彼は、とてもリラックスしている。表情もいつもより柔らかい。彼にとってここがとても大切な場所だという事が分かった。
「アラーナ。ルチアは、カファロ伯爵家の令嬢なんだ」
レオポルトの言葉に、アラーナは目を見開く。
「まあ、そうなのですか!?」
彼女は目を輝かせてルチアに視線を向けてきた。
「私、カファロ織の大ファンなんです」
ルチアは、想像していた通りの言葉を貰うと嬉しそうに頬を緩める。
「ありがとうございます。この部屋にも沢山カファロ織の製品が揃っていて、吃驚しました」
「ふふ、私の母も好きで、その影響を受けたんですよ。幼い頃から少しずつお金を貯めて、コツコツ買い揃えて……好きなものに囲まれて暮らしたかったんです」
「そんな風に言ってくださって嬉しいです」
ルチアが嬉しそうにそう答えた後、アラーナはサイドテーブルの上に置いてあった手鏡を手に取る。
「この手鏡、カファロ織の生地を貼り付けたんですよ。この柄がとっても気に入っているんです」
それは真っ白な小さな花が沢山描かれている柄の生地だった。
「それは……スイートアリッサム」
「可愛らしいでしょう?一目で気に入ったんですよ」
「嬉しい!それ、私がデザインした柄なんです」
「まあ!?そうでしたか!デザインもなさっているのですか?」
「はい。と言っても私がデザインしたものが採用されたのは三度程です。
カファロ織を購入される方は、固定ファンが多いので、新しい柄よりも昔からある柄の方が好まれるんです」
「そうですか……確かに薔薇シリーズはずっと素敵で人気ですからね」
「はい。薔薇シリーズは、私の祖母がデザインしたものです。ずっと不動の人気一位なんですよ」
「美しいですものね」
この屋敷に来て、カファロ織について話す事が出来るとは思っていなかったルチアは、アラーナと話せてとても嬉しかった。
ついつい話に夢中になり、レオポルトとセスの存在を忘れたくらいだった。
「本当に坊ちゃんの奥様がこんな素敵な女性で良かったです。
なかなか結婚しないものだから、ずっとヤキモキしていたんですよ。何度も口を酸っぱくして言ってたんですけどねぇ」
「アラーナ、そろそろ身体に障る。お喋りはそのくらいで」
どれくらいの時間話し込んでいたのか、レオポルトに声を掛けられてルチアも気がついた。
「アラーナさん、長々とすみませんでした。でも、話せてとっても楽しかったです」
「私もです。またいつでもいらっしゃってくださいね」
「はい。アラーナさんもお身体に気をつけて下さいね」
「ええ、ありがとうございます」
アラーナとセスに別れを告げて、ルチアはレオポルトと共に本邸に戻ることにした。




