二十☆【後編(下)】ねむりひめ……。
泰斗の存在……。
再度ノックする音が聞こえ、楓が「どうぞ〜」と言い、「今度はに〜っぽいね」と迎えに行った。
戸を開けると案の定、コウがお見舞いの手土産を持って入ってきた。そのコウに勢い良く抱きつく楓。
「に〜だ!ぎゅぅぅ〜」
「おー楓!お!柚葉!泰斗もいるのか!」
「に〜何これ?」
「あー。これお見舞いにスイーツ。ケーキっぽいの。そろそろ食欲とかも出てくる頃かとね」
「お〜!に〜!神なのか!」
「あんたにしては気が効くじゃない。わたし四日分食べなきゃ」
「おいおい。急に食べ過ぎたら良くないだろ。程々にな。みんなの分もあるぞ〜。さっすがおれ!」
そんな話をしていたら少し遅れて邦正も病室に入ってきた。
「なんか騒がしいね〜あ。柚葉ちゃんお久し〜」
「お。ってことはコス部関係者全員集合だな。やっぱりこうでなくちゃな」
「わぁ〜凄い!色々な種類のケーキがあるわ!しおんから選んで!」
「え!じゃ〜このモンブランにしよっかなぁ〜」
「次、楓かな〜?」
「っはは。楓でいいぞ!レディファーストだ」
そう言って女子達がケーキに集中している合間に泰斗と一緒に病室の隅で二人で会話をするコウ。
「お前、大丈夫だったか?ありがとな」
「お前の為にやったんじゃない。これは俺の為にやったことだ。勘違いするな。今のところ問題はない」
「いまのところ?」
「ああ、まだわからないだろ?取り敢えずしおんの意識は戻った。俺はそろそろここから離れなきゃ奴に怪しまれる」
「おい。使い魔にはうまく演じきれたのか?」
「どうだろうな?やり過ぎてしまったところもありそうだ」
「お前……」
コウは泰斗との策を思い出していた……
「使い魔は泰斗に好意を持っているようだ。てことは泰斗が柚葉に感覚共有の術を掛けていたことにするのはどうだ?泰斗の記憶がなくなったのは、感覚共有中の柚葉に使い魔が術を掛けその影響で泰斗の記憶にも影響が出たことにする。そうすれば二度と同じ術を柚葉に掛けようとは思わない筈だ。なぜ泰斗が眠っていないのかは術に対しての抵抗力が強くあり、一部の記憶を欠いただけで済んだことにすればいい。そして柚葉に掛けた術をなるべく早めに解かせる。解けた後の泰斗に記憶が戻らなければ辻褄が合わないが、ここも泰斗の術に対しての抵抗力が原因なのか、まだ上手く記憶が取り戻せていないことにすれば何とか誤魔化せそうだ」
「それには使い魔からの信用を得ないと上手く治まらなそうだな……」
「それは確かにある。相手のスペックにもよると思うが。どうだ?何とかなりそうか?」
「何とかするしかないだろう……」
「まぁそうなんだけどな。ただ、無茶はするなよ!」
「ここで無茶をしないでおれはいつ無茶をする」
「お、おう……それもそうなんだが。気をつけろよ」
「ああ。じゃあな」
そう言って泰斗は背を向け去りながら方手を上げ簡単に左右に振り二人は別れた……。
柚葉が二人の会話の深刻な空気を感じ真剣に泰斗を射るような眼差しで問う。
「ねえ、もしかしてまた魔術が原因だったの?」
「おー。察しがいいな」
「だって。四日も起きなかったなんて不自然じゃない。わたし……魔術を調べたい。ママがいなくなったのもきっと魔術が原因だと思うの」
「どうだろうな。あり得なくもないだろうな」
泰斗が単調に答えた。コウが邦正を巻き込む。
「どうせこれからどうするのか考えてたところだ。おれと邦正は手伝うぜ」
「また勝手にこうは〜。まぁ。暇だからいいんだけどね」
「私もやらなきゃいけないことが多い時期だけど、できる限り協力するわ」
「もち楓も〜!」
その流れを切るように泰斗が告げる。
「悪いがおれはそろそろ行く」
振り返り急ぐ泰斗に邦正が尋ねる。
「なんだよ泰斗〜何か予定でもあるの〜?」
「ああ。ちょっとな」
コウが引っ掛かったことがあり泰斗を追い掛ける。
「ちょっと待て泰斗!病院の外まで一緒に行こう。おれも外に行きたくてな。皆はケーキでも食べててくれ」
病院を出て直ぐの階段を降りようとした時に泰斗が手摺りにもたれかかる。コウがそれに気付き泰斗を支えようとする。
「泰斗!大丈夫か?何かあったのか?」
「いや、何もない。ただ、頭が割れるように痛む……もう少しリーシャの様子をみなければ……」
「サキュバスのことか?」
「ぬうあああぁぁぁ!!」
泰斗が地面に倒れ込み頭を抱えもがき苦しみ始めた……左右に転がり悶えている。明らかに泰斗の様子がおかしい。コウが倒れた泰斗の肩を揺さぶり呼び掛ける。
「泰斗!大丈夫か?泰斗!泰斗!!」
「っはは……馬鹿な。嘘だ!嘘だああぁ!!」
コウのその呼び掛けが届いているのか届いていないのか……。
数分経ち多少痛みが和らいだ様子の泰斗が低く暗い声でコウに問う。
「おい……数年前の俺は……どんなだった?」
「そうだな。友達も多く、社交的なところがあり情報通だったぞ。今とは別人のようだがな」
「……別人だと……ふっざけるなぁぁぁ!!!」
必死に叫び拳を握り締める泰斗。その声はコウに向けているのではなく、何かを悔しがる泰斗にコウはどうすれば良いのか分からずに呆然としていた。
やっと我にかえりコウは精一杯の呼び掛けをする。
「……おい!大丈夫か?泰斗!泰斗!!」
「……………………」
泰斗の沈黙が続き放心状態で空を仰いでいる……
暫くしてふらつく体を気力で支え自らの力で立ち上がった泰斗……
「悪い。やらなければならないことがある……」
体を引きづりながら進む泰斗をコウが追いかけようとする……
「お前大丈夫なのか?……待てよ!」
「来るな!!……頼む。一人にしてくれ!」
「お、おい。泰斗……」
泰斗は余裕が無いのか会話と言うよりは一方的に話しをし続けていた。
「おそらくおれはもうお前の目の前に現れなくなる筈だ……何も言わなかったらお前は俺を助けようと捜し回る。お前はそういう奴だ。見つけるまで捜し回られても困るからな。詳しくは伝えられないが、俺はもうこの世界には存在しないんだ……わかったか?助けようにも存在しない。だから頼む。俺を追わないでくれ……」
そう告げて去って行く泰斗……
その背中は悲しさと寂しさを隠すことなくあらわにしていた……。
「おまえ……何を言っているんだ?存在しない?……そんなの……理解できるわけないだろ……」
泰斗が暮れなずむ夕陽に向かい遠くなる……
泰斗の新たな一面を……
触れてはいけない部分を見てしまったようでコウは躊躇っていた……。
「一体……何が起きている……」
目の前の出来事を処理しきれなかったコウは暫くそこに一人佇むことしかできないでいた……。




