十七☆【前編(下)】白でも黒でもない色……たーっまやー!……。
続……それぞれの想い……。
「え?どうして私に謝るの?」
なゆりが丸い眼をしながら右に首を傾けた。
「わたしが皆を好きだったことでその関係をしていた記憶全てが消されていたのよ!こんなの……全部私のせいじゃない!」
柚葉が少し感情的になり内に秘めていた思いを吐露した。それでも優しく微笑みながらなゆりは応える。
「それは一つのマイナスな視点からしか捉えられていないと思うの。しおんのその気持ちがあったことで私は沢山救われていたの。これは嘘ではないわ。言うなれば失くしていた記憶は私がしおんに会った時期のことだから、記憶を失くしたってことはしおんに会う前の私に戻ったのと同等だと考えたの。一度離れ離れになったのにこうしてまたしおんに会えて、そしてまた仲良くいれていることが、しおんと私は切っても切れない仲のように思えて嬉しい程なの。だから私はしおんとできることならば仲良くいたいの。しおんには私はどう映っているのかな?」
まだ早い秋虫の音が微かに響く公園には他に人はいなく二人の声が途切れると、数匹の秋虫の音が綺麗なハーモニーを奏でている。なゆりの純朴な視線がしおんを捉えていた。心まで捕らわれ返答に遅れた柚葉。
「……そんなの好きに決まってるじゃない……なゆりの記憶が消されてしまったことでそんなの明らかでしょ?でも、わたしは謝りたかったの。過去のことはどうあがいてももう取り返しがつかないから……」
五指を折りまげ強くにぎり固めた手。そうして言葉を噛みしめながら告げる柚葉が切実になゆりに映った。
「ありがとう。その気持ちだけで充分だわ」
伝えようとしている柚葉への思いを曇りなく映す満面の笑みで応えたなゆり。その後に顔色を変え真剣な面持ちで告げる。
「もう一つ、あの……桐宮くんのことなんだけど……私は待っていようと思うの。私だったらこの二人に約束をしてしまっている現状。えっと……『桐宮くんが自分の信念を貫いていればあり得ない現状』に困惑してしまうと思う。悩み、塞ぎ込んでしまうのも分かるわ。桐宮くんは部屋から出ようとしない私に手を差し伸べ外の世界へ連れ出してくれた……桐宮くんと見た外の世界は私にとっては新鮮で心が震えることばかりだった。それは現在もそう。取り戻せた過去の記憶の中でも変わらなかったわ。もう私にとって桐宮くんも特別な存在なの。だから私は桐宮くんが納得いくまで考え、導き出す答えを待とうと思うの」
多くの思いは『曖昧』な位置にある。それは白でも黒でもない色で……どちらにも転べそうな灰色をしている。
全てを十と考えた時、白いものが一。黒いものも一。そして残る八を占めるのが灰色だとする。
誰かにどこかへ遊びに行こうと誘われた時に迷ったことがあるだろう。
それを灰色だとして、灰色はほんの少しの情報や状況で白にも黒にも変わる。『誰々がいるから行こう』とか、『最近睡眠不足だから今回は行かない』とか……そんな時に全く迷わないで答えられるのが白や黒。
柚葉はなゆりの透明感が好きだ。
真っ直ぐな眼差し。嘘がつけなく不器用でそのままの心境を映し出す表情。
『不器用』の中には『純粋』が潜む。『器用』の中には数パーセントの『策略』が潜む。
なゆりのその不器用な白を見て柚葉はふと懐かしさを感じることがある。迷いの中にある『灰色』が白く変わることがある。
柚葉は器用な方だ。何でも人並みにこなす。ただその器用さを時にズルく思ってしまう一面もあった。
会話の中で空気を読む時もそうだ。無難な反応をして当たり障りのない答えで言葉を返し様子を探る。そして『大丈夫』と判断した後にまともに伝える。もちろん状況によっては伝えないこともある。そこに『純粋』はないのではないか。
勿論、本音がいつも正しいとは限らない。ただ、本音で話すことの出来る人の方が信用があり安心が出来る。柚葉から見たなゆりはいつも白かった。壊れてしまいそうに見えることもある程に純朴で、損をしている時もあるだろうと思える程に正しくて潔かった。
その純粋な気持ちに真っ正面から応えようとする柚葉。
「正直なことを言うとね。わたしはどうにかしてコウをわたしに振り向かせようと考えていたの。今となれば恥ずかしいくらいよ……なゆりからのメールが来た時に気付いたの。大事なものを無くすとこだったことを。その時に浮かんだ気持ちはもうとにかく『謝りたい』だった。なゆりとこうして話していることが日常だった日まで戻りたい。今度は失った記憶も得た上でまたあなた達と共に過ごしたい。皆でいたい。皆でいる日々がずっと続けばいいのに……といつも思っているわ。コウのことはもう考えても考えてもどうすれば良いのか全然分からないから、なゆりの言うようにわたしもコウを待つことにする……」
何も隠さずにあらいざらい打ち明けた柚葉。ブランコに座ったまま空を見上げ初める……
なゆりは知っていた……柚葉はそんな時には悲しい顔をしていることを。
「しーおんっ!」
そう言ってなゆりは柚葉を背中から抱き締める。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!」
柚葉はそう言いながらなゆりに気付かれないように人差し指で滴を拭った。
「ありがとう。もう大丈夫!わたしがずっと側に居るわ!ふふっ」
「もう!今、ダメなんだから……」
「な〜んでっかな〜」
なゆりは柚葉の肩に顎を乗せ涙に濡れた自分の顔を見せようとする。
柚葉はなゆりとの気持ちの繋がりから流れ出た嬉し涙を……そう。少しの後悔と色々な感情の高まりから溢れでた涙を、なゆりにみられないように相変わらず目を合わせようとしなく、なゆりの涙に気付けないでいる。
「もう……そうやって。わたしをからかって……」
「ふふっ。いっつもからかって来るのはしおんだもんね!もう離さないからね〜。でも大丈夫だよ。私もだもん」
「ちょっと。そんなにくっついたらあっついじゃない!え?あなたも泣いてるの?」
「いいのいいの。ふふっ。もって他に誰のことかな〜?」
「もう。なゆりのばか……うっ……ふふっ」
「あははっ。しおんの泣き虫〜」
「これは違うわ……良いのだからノーカンよ!うっ……あははっ、もう!」
二人の笑い声と嬉し泣きが繋いでいた……
同じもので泣き同じもので笑う。
その絆に変わる思いがとても温かかった。
なゆりは柚葉の背後から回した腕を少しきつく締めた。
それを柚葉は照れながらもなゆりの手に触れた。
もう心は決して離れることのないようにと。
互いの思いが温かくて……
暑苦しい筈のこの季節もなぜか心地いい……そんな夏の夜だった……。




