十五・五☆【前編(中)】エピソードゼロ……。
柚葉しおんの憂鬱……。
ある日ふと泰斗の眼鏡を柚葉が借り掛けた時、眼鏡が表情を隠してくれているようで少しだけ穏やかな気持ちを感じた。
以前に前髪を伸ばし顔を隠す部分を増やすことで気持ちが僅かに楽になった時と同じだった。
柚葉は元々視力が多少弱かったので、父に眼鏡を作ってもらえるように頼んだ。それから柚葉は眼鏡を掛けていることが日常になっていた。
更に弱い自分を悟られないように、周りには常に強気な態度を取ることが多くなっていた。父には「難しい年頃だからな……」と、思春期と判断されたようだった。
誰にも本当のことを喋れないと言うのは皆に嘘を付いているような気持ちと似ている。『誰にも頼れない』そんな思いが態度に出てしまうのか、今までに仲の良かった相手とも、一人また一人と距離を取るようになっていた。
それから『誰にも頼れない』と言う思いが『誰にも頼らない』に変わるまではそう長くはなかった。
俯いて歩くことが多くなる。前を向いていたとしても見えて来るものは価値のある者や仲間ではないと思ってしまっているからだ。
一人で泣きそうになることが多くなった。でも泣いて仕舞えば堰き止めているダムが崩壊してしまいそうだったので、そんな時は好きなことを考えて可能な限り気持ちを紛らわした。
不安や迷いからか寝付きの悪い夜が続いていた……。
学校には問題なく出席していた。クラスメイトの話し声や騒音が時には心地良く、寧ろ学校にいる時間の方がどちらかと言えば不安を忘れるきっかけが多く、平穏の近くに居れた。
好きではなかった勉強が今は捗る。何かに集中をしている時の方が余計なことを考えないで済むから。
父にカメラの撮り方を色々と教わり始めた。記憶を残せないのならば写真として四角く切り取り残しておこうと考えたからだ。誰もが一度は夢を見る『愛すること』を失くしてしまった未来は、これから来るであろう青春を心待ちにしていた柚葉には辛すぎる現実で、失う未来を知ることで更に『愛すること』への興味は膨らんでいった……。
泰斗はそんな柚葉を気に掛けていたが何も出来ずにいた……明らかにあの日から徐々に変わっていった柚葉が痛々しく映り、大人に成るという成長の変化ではないことも明らかだった。
柚葉に魔術を進めたことを罪の意識として抱いている泰斗は、せめてもの罪滅ぼしに柚葉の側にいることを選んだ。壊れそうな表情に見える柚葉を守ってあげたいと思うことがあった。
次第にその思いは強くなっていき柚葉を想うことが増えていった……その恋心とも言える思いを伝えることで幼馴染のこの身近な関係が壊れてしまう可能性を恐れた泰斗は、その思いを心に秘めていた。振り返ってみれば随分前からこの柚葉への恋心は存在していたようにも思えた……。
無機質な日々……最小限の会話……退屈な日々……笑顔を失った会話……。
そんな繰り返しの毎日を送る柚葉。クラスメイトからは「あの子と話しをしてもつまらないわ」と、言われるようになっていた。
その頃にはもう梅雨は過ぎ、夏を越え、秋になり、冬を終えた春の卒業の時期だった。期待を失くしてしまった憂鬱に囚われた日々……柚葉は物悲しい世界から抜け出せずにいた。
桐宮虹の……。
コウが中学生になった頃のこと。満開だった桜の花びらも、数日前の生憎の雨と昨日の強風で約一週間程で落とされ、路地の隅に避けられていた。
コウはそんな憂いを秘めた時の流れに気付きもせずに新しい何かを探そうとしていた。
近隣の三つの小学校の卒業生達は、合わさり一つの中学校に進むことになる。
新しい環境に馴染めぬままにコウは一人淡々と歩いていた。通学路から逸れ、始めての道を歩いてみると少しだけ冒険をしているような高揚感を感じた。すると微かに聞こえて来る旋律に耳を澄ました……。
その音色は……律儀に規則正しく粒の揃った音。コウに音楽の細かいことが分かる筈も無いが、刺々しさは一切無く、一つ一つの音には漏れ無く優しさが混じっている。大袈裟ではなく、心地いい程にスマートに起伏を付けていく表現方法。
その温度は毛布で包みこむような優しい暖かさだ。それでいて素直さを感じる音色。
それを耳にした途端にコウは走り出していた。
カーテンの隙間から黒髪の女の子がピアノを弾いているのが見えた……庭の番犬がコウを威嚇をし懸命に吠えている。
その騒がしさに黒髪の女の子の視線がやっとこちらを向くことになる。
黒髪の女の子は白いワンピースを着ていた。何かを感じ取ったようでカーテンと窓を開け恐る恐るこちらに視線を向けていた。




