十五☆【前編(下)】葬る思い……歴史に残る収穫……新しい日常……じゃおれ言っちゃうからね……。
抱き締めたくなる表情……。
遊び疲れたせいかコウは眠りに落ちていたようで、目覚めるとなゆりがさっきのままの姿勢を保ち、うとうとと居眠りをしていた。
おそらくあのまま動かさないで居てくれたのだろう。多少時間が経ったからか具合は良くなっていた。ただもう少しこのままで居たいという思いが、眠った振りをすることになった。
なゆりは今は充実した日々を送れているのだろうか……
なゆりの役に立てているのだろうか……
嫌な思いや、寂しい思いをしてはいないだろうか……
そんなことを考えていたら、なゆりが何かを喋り始めた。寝ながら喋る器用な特技までも持ち合わせているらしい。
「……くん……大丈夫?……桐宮くん……」
おれはなゆりの夢に出れるようになる位に、近い存在になれたているのだろうか?
そんなことを考えていた。皆はどこに居るのだろう……起きているのが気付かれないように視界の範囲内でさり気なく見渡すと、近くでちぃはミッシェルを抱え居眠りをしてた。マスターはソファーに座り読書のようだ。邦正は柚葉と楓と三人で他愛も無い話をしている……と言うか、邦正が一方的に弄られているようだ。
合宿か……もう半分が終わってしまった。楽しい時間はあっという間だな……再びなゆりを見ると目を覚ましていた。なゆりが皆には聞こえないような小さな声で話し掛けてきた。
「具合はどう?大丈夫?」
「ああ、やっと良くなった。わるい、寝てしまったみたいだな……居心地が良かったので起きてからも少し柊を見ていた」
「駄目よ。寝顔は見ちゃ駄目だったのに……」
多少膨れっ面になり、でも目は全く怒ってなんかいないなゆり。寝起きが故か、とても素直な感じに映った。
「そう言うと思ったんだがな、あまり見れない気がしたからな……もう少しこのままで居たいと思ったんだ」
「うん……」
抱き締めてしまいたくなる表情でなゆりが頷く、暖かい温もりが膝枕で触れている部分から肌を通して伝わってくる。周りの空気さえ暖かい安らぎの世界を魅せている……そんな空間に包まれている感覚だった。
「合宿……出来て良かったな」
なゆりが間髪を容れずに直ぐに応える。
「私絶対忘れないと思う……」
「えんじぇるが上手く行かなかったら来れなかったんだもんな。皆はちゃんと楽しめてるかな……」
「そうやって直ぐ皆のことを気遣うところ……それは桐宮くんの良いところだね」
「そうか。おれにも良いところがあったんだな」
なゆりがアイコンタクトで頷く……その柔らかく優しい視線に羞恥心が負けてしまい照れ隠しに視線を外すしかなくなったコウ。
そのコウの動作で起きたことに気付いた楓が焼きもちを焼きながら向かってきた。
そしてまたコウが謝りやがてまた笑い合って話しをする……
遅れて邦正と柚葉が来る……
またツンな言葉を柚葉がコウに投げかける……そしてコウは適当にそれを愉快な方へとパスを出す……
今はもうこんな会話が当たり前になり『日常』となっている。
「ふっかーつ!」
コウが大声でアピールするとみんなが多少驚き視線を向けた。
「よし!夜も深まってきたことだし。怖い話でもしないか?」
柚葉が不審な動きをし始めた。それを見逃さないコウ。
「まさか……柚葉さん。怖い話苦手なんじゃ……」
「何言ってるのよ!そ、そんな訳無いじゃない!」
柚葉の視線が泳いでいるのを見逃さなかったコウ。
「そう言えばこの別荘もな。実は、夜になると……水の滴る音が聞こえてきて……わーっ!!」
「きゃーぁ!!止めてぇぇぇ〜ダメだよぉぉぉ……ぅぅっ……」
コウの最短の怖い話ネタにまさかの既に泣き出しそうな柚葉。柚葉のデレも可愛いが、このギャップは桁違いに柚葉の可愛らしい魅力を引き出してしまっている。そのせいかSっ気全開になってしまうコウ。
「実はな。その水の滴る音だけでなく……他にも聞こえて来るらしいんだ。皆が集まった部屋の外の廊下には他にはもう誰も居る筈が無いのに、なぜか水に濡れた足音がゆーっくりと……ペタッ……ペタッと……柚葉!あー!!後ろ!!」
「んぎゃーあぁぁぁ!!!ううっ……もうぉぉぉ。こわいぃぃ。やだぁ……わぁーん……」
思ったより数倍苦手だったらしく、飛び跳ね腰が抜けたようになり泣いてしまう柚葉。
コウに罪悪感の波が押し寄せ冷や汗をだらだら流すコウ。そのコウに楓となゆりが拍車をかける。
「あー。しおん泣かせたー」
久々にじと目の楓。その後になゆりが追い討ちをかける。
「今のはちょっと。酷かったかな……」
罪悪感がマックスになり、柚葉が泣き止むまで自主的に正座を始めたコウ。柚葉をなゆりが介抱し始めた。
真っ青になり「ごめんなさい」を連呼しているコウ。珍しく邦正がコウのフォローに入る。
「柚葉ちゃんのリアクションが可愛かったから、こうがストップできなくなっちゃったんだよ。男心としてはおれもこうに共感したところがあったし。柚葉ちゃん許してあげてよ」
正座を続け土下座をしながら「もうしません」を連呼しているコウ。なゆりが柚葉の背中をさすってあげたり、ポン……ポン……と、ゆっくりと優しく宥めようとしている。
数分経ち、なゆりがコウを気に掛け柚葉と話し始めた。
「しおん。桐宮くん反省してるみたいだから許してあげて」
「うん……コウ。もうしないでね……」
少女の面影を残す柚葉の泣き顔は葬った思いを揺すり起こそうとする……ハッと正気に戻り真剣な表面持ちでコウ。
「うん。もうしません」
首を縦に何回も振りながら了承をするコウ。ただしおんのその弱さはコウにとってしおんの可愛さに映るのは確かだった。
柚葉がやっと泣き止んだ。だが表情を見れば今まで涙してたのが分かってしまうくらいに瞳は赤くなっている。
それもまた愛らしい表情だが湧いてくるSっ気を理性で阻止をする。柚葉に再度謝りに行くコウ。
「ごめんな。柚葉の反応が可愛らしくて、小学生みたいにイタズラして……度が過ぎることがあるのがおれの悪いところだな」
「可愛らしくてもダメだよ。こわいんだもん……」
多少思い出したのか再度涙目になり涙声で素直に答える柚葉。頭を撫でてあげたくなる位にあどけない表情をしていた……その分応答が遅れてしまうコウ。
「……お、おう。分かった……」
一旦気持ちを落ち着かせようと思い、コウはまた外の空気を吸いに出口へ向かった。その途中に邦正がいたので邦正を誘いマスターに外に行くことを伝え二人で外に出た。




