十五☆【前編(上)】葬る思い……歴史に残る収穫……新しい日常……じゃおれ言っちゃうからね……。
爆発するような思い……。
あれから考えていた……
コウは気付いてしまったことを信じたくなかった。
この気持ちと同じものを前にも感じたことがある……
心が爆発するような思い……喜ぶ顔が見たい。
この気持ちは紛れもなく、柊を思う気持ちと変わらない……
柊が知ったら悲しむに違いない。
コウはこの思いは愛情だと感じてしまった。コウは自分を責め続けた……
おれは何て節操が無いんだ。こんな思いは柊への裏切りでしかない。
この思いは忘れるんだ。それしか無い。それなら誰も悲しまない。簡単なことだ。
コウはこの思いを葬ることを誓った……。
「おーーーい!こーう!!」
邦正が呼ぶ声が聞こえる。コウは何故だか返事をせずに想いに耽っていた。暫くして再度誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「こ〜にぃ〜〜っ!!」
今度は楓でその声色は幼児が親を捜して叫ぶような声だったので反射的にコウは応える。
「楓ー!こっちだ!」
その後に柚葉に確認をする。
「もう平気か?」
「うん。大丈夫」
あのまま柚葉がじっと静かに泣いていたので離れずに側に居たコウ。外の気温は昼は暑過ぎたが、夜になり暑くも寒くもなく丁度良い。海に近いからか少し風が強いがその風も心地良い。楓が猛ダッシュで駆け付けて来た。表情は少しおこだ。
「もう!こ〜に〜!楓を置いてっちゃダメじゃん!!」
「わるいわるい。長居をするつもりではなかったんだ。ごめんな楓。よし!これから温泉行くぞ!」
「もー。おれの声では返事もしないんだから」
「わるいわるい。獣の雄叫びに聞こえたんだ。しかも食用の」
楓がまたきゃっきゃ笑っている。ふてくされながら答える邦正。
「まぁ食用ならいいけどね。温泉て近いの?」
「いいのかい!近いらしい。マスターに聞いてみよう。みんなで行くぞ〜」
泣き顔を隠そうと遠くを見ているフリをしている柚葉にさり気無く呼びかけたコウ。それに気付いた柚葉が応えた。
「あ、うん……」
別荘に入るとちぃとなゆりが仲良く小声で話しをしていた。マスターは椅子に腰を掛け休んでいる。
「……ってとてもステキだわ。かのんは好きな人とかいるの?」
「そ!そ、……それは。ええ。いるわ……」
「えー!凄い!!」
「あ!でも……恥ずかしいから内緒にしててね」
「分かったわ!誰にも言わない」
タイミングがいいのか悪いのかコウが大きな声で二人を呼ぶ。
「柊!ちぃ!温泉行こうぜ!近くに在るらしいんだ。なあマスター!」
「うむ。湯冷めするといけないからのう。近いが車で行くとしよう」
「いぇ〜い!いこ〜!」
「ちぃちゃん温泉だって。一緒に行こ?」
「うん!」
楓がテンション高く拳を突き上げている。なゆりが姉のようにちぃを構っている姿は見ていて心が温まる。ちぃと手を繋ぎ歩くなゆり。みんな支度をし、車に乗り、目的地へは数分で到着した。
「マスター……がっかりだ……」
地に両手の平と膝をつき、コウが全身で失望を表現していた。
「何がじゃ?まさか。混浴だと思っとったのか?」
「ああ。そうだ。その通りだ。何故に分ける!親睦を深めるには風呂と昔から相場は決まっている!これじゃあ仲良くできないじゃないか!」
「こう。奇遇だな。おれも倒れ込もうとしたが理性が勝ったよ。だがしかーし!敢えて倒れ込むぅー!」
二人で地に倒れ込み失望を表していると、柚葉がカメラで写真を撮る。
「はいはい。面白いけど一枚撮れば充分だわ。早くしないと同じ時間に入り、隣の女子風呂の声が聞こえてくるくだりさえ出来なくなるわよ」
何かに転びそうな時に反射的に軸足が支えていたりする……そんなような瞬時に反応する瞬発力でピンっと立ち上がるコウと邦正。
「ちくしょう……柚葉の釣りとわかっていても体が勝手に立ち上がってしまった」
「逃してたまるかー!」
脱衣場で着替えを済ませちゃっちゃと洗い、湯船に浸かるコウと邦正。ほぼ貸し切り状態の温泉で羽を伸ばす一行。柚葉達の声が聴こえてくる……。
「貸し切りみたいなもんなんだからいいじゃない」
「返してよー。もう……しおんの馬鹿……」
「可愛いおっぱいしてるんだからいいじゃない」
「ちょ!っ……どんな理屈よ!」
「ヤッホ〜い!」
「ちょっと楓!また裸で走り回って。調子に乗ってると転ぶわよ!」
「なゆね〜ゲッツ!むにゅ~」
「ちょっと!楓!髪の毛がくすぐったいよ……あははっ」
楓が頭でなゆりの胸を目掛け追突した。
「こ〜に〜!どう?見える〜?興奮した〜?」
楓の誘導尋問には引っかかってはいけない。だがなゆりと柚葉をからかいたくなったので敢えて引っかかる。
「おー。丸見えだ!楓の全部見えてるぞー。柊ー!そのおっぱいがあるなら隠さなくてもいいと思うぞ。タオルなんかそのまま柚葉にくれてやれ。柚葉は相変わらずスタイルいいな。おまえそんなところにホクロがあったのか。この温泉で本当によかった。これなら親睦をきっと深めらる!さっすがマスターだ!」
「あんった良い度胸ね……見えていても見えていなくても腹立たしいのは変わらないわ!良かったわね。また別の世界線へ旅をすることができそうよ!」
柚葉がたらいを集めている……かこんかこんとたらいの縁が当たる音でコウが気付く。
「おい!まて!柚葉たらいを投げるのはまずい!因みに見えたからたらいとわかったのではなく、音で察したんだ!他の人に当たったらどうする!!」
「そうね。この際、コウの覗きを止めなかった全員を共犯と見倣すわ!」
再び暴君降臨。男湯から「たらいはヤダー!」と言う声が響き渡る。コウだけではなく、邦正やマスターの声さえも聞こえる。さっきの涙を僅かに引きずっている柚葉が溜め息と共に脱力感に襲われる。
「はぁ……なんか今日はあまり気分が乗らないわ。たらいは止めてあげるわ。次は無いわよ」
男湯から「たらいの神様。ありがとう!」と言う声が響き渡る。コウだけではなく、邦正やマスターの声さえも聞こえる。




