八☆【後編】オネエ……これは眠れない!……戦略……。
引き続き……えんじぇるにて……。
なゆりの問題発言に反射的に上半身だけ起き上がるコウ。高揚感はピークに達していた。色々やばい!
「……掌の……マッサージを」
「だあぁぁぁん。そっちかよ!良がっだぁぁぁ」
軟体動物のように脱力し、流れで何故かタコっぽく振る舞っているコウ。なゆりはまだ奪われていなかったのだ。
「はぁ、はぁぁ……危なかった。今までで一番の喪失感に囚われるところだった」
「しおん沢山シャッターを押すから指が疲れるんだって。じゃあ揉んであげるよって言ったらその後にしおんがわたしもしてあげるって言ってくれたの」
コウが頭の中で状況を整理している。マッサージを仲良くし合ってたのをおれに言うことも柊さんには恥ずかしい部類なのね。ああ……おれの心が少し汚れてしまっていただけですぅぅ。なんかもう全てがえっちなフレーズに聞こえてきた。
コウがぎりぎり平常心を取り戻し、多少遅れて応える。
「おう。でもそれなら良かった。はぁ……おれちょっと外の空気を吸ってくる」
「大丈夫?」
「ああ。問題無い」
店の外に出たコウ。まだ空は充分に明るく、心地の良い風が吹いている。道の電信柱に寄り掛かり呟く。
「なんか今日はさっきのコス部での着替えといい、しおんの撮影といい。青少年には刺激強すぎだろ。しおんめ……」
「こ〜に〜みっけ!きゃ〜っち!」
途中からどこかへ行ってしまっていた楓がコウが外に出るのを見て追いかけて抱き付いてきた。
「あっはは。楓どこ行ってたんだ?」
「かっこいいしおん見てた!」
「それで楓は居なかったのか。どうだった?良い写真撮れたっぽいか?」
「お〜!またもパ〜ぺき!」
「柚葉は流石だな。よし!じゃあミーティングの準備をしなきゃな。マスターは忙しそうだったか?」
「暇そうだった〜!」
「あはは。こりゃ早く手を打たないとやばいな」
店内にお客がいなくなり、店の奥のカウンターでお客が来るまでの端的な会議を開く。コウがこの場は仕切り始めた。
「では!第一回!えんじぇる会議を始める!」
「に〜それ言いたいだけっしょ?」
「何を言う!って当たり前だろ!楓には言わせん!」
「ううぅ。次回は楓が先にゆうし〜」
カウンターに頬杖を付きながらふくれっ面の楓。
「では、まず始めに報告だ。ホームページを作成した。そこに載せるのをさっき柚葉に撮ってもらった。それだけじゃ無く雑誌社に勤めている邦正のご両親に上手く話を付けてある。おそらく明日の営業時間内に取材に来る。雑誌に載せてもらい宣伝をする!それと邦正に頼んでポスターとビラを作ってもらった。これをなる早で撒きに行かなきゃな。あとはマスター!相談があるので、今日の営業終わりに時間を作って頂ければと思います。補足でホームページには源氏名を載せてある。なので皆の源氏名は既におれが決めてある。あとは店が盛り上がるようなイベント案や、メニュー案や、店内装飾案を募集中!取り敢えずはこちらからはそんなところだ!より良くなるように各自、良い案があれば出し合える……そんな話し合いの場を求めているので、全員で協力し合い、全員で何が何でもこの企画を成功させよう!」
「へぇ〜雑誌いいじゃない!」
「ああ。ただ直ぐにと言うよりは多少出版までに時間がかかるものだ。同時進行してポスター張りやビラ配りをやる方が良さそうだ」
再度柚葉が食らいつく。
「ラッピングカーとかはどうかしら?」
「勿論アリだが、経費がかかり過ぎると本末転倒だ。そのところを踏まえ……」
被せ気味に答える柚葉。
「おそらくその点は大丈夫そうだわ。お祖父様の知り合いであてがあるのよ。何とかなりそうだわ」
「それは心強い。急ぎで確認をしてほしい。一つ提案で、店内で時間が空いているメイドは、目立つ場所に立ち位置を決め、そこでお客様を待つ。そうだな……入り口付近で出迎えるやり方が一番いいと思うんだが。どうだろうか?」
「なるほどね。どんな子がいるのか気付けるきっかけにもなるわ」
急に杏が口を開いて一同が注目する。
「お店にいる時はミッシェルも一緒でもいいのかしら?」
お嬢様風に見えるのとは一変して思いの外、ガール発言に躊躇う一同。コウのみ自然な反応で返答する。おそらくミッシェルとは杏が常に抱えているウサギの縫いぐるみのことだろう。
「ああ大丈夫だ。そこは特に問題無い。何かを運ぶ際以外はミッシェルと一緒でいいし、ミッシェルを置く場所もある程度決めておいた方がいいだろう。おまえのキャラが一緒の方が引き立つし、おまえも安心できる筈だ」
「うん!」
「うっ……」
とても杏にとっては重要なことだったらしく、満面な笑みにハートを射抜かれるコウ。自分に子供ができたらこんな思いを抱きそうだ……と、想像してしまったくらいだ。
「縫いぐるみは大事だ。だから世の中にはこんなに縫いぐるみが溢れている」
杏を孤立させないようにさらっとフォローしコウが続ける。
「忘れないうちに伝えておきたいのが現状、お客とメイドの距離がありすぎると感じた。そこをなるべく改善できるように小さめのプチイベントメニューのようなものを作り、オーダーを取る辺りでそれを漏れなく読み上げることを追加したい。そんなこちらからのアクションを一つ追加することだけでも、お客と話すきっかけは増え、そのきっかけが増えるとプチイベントへの興味がわく筈だし、よりメイドに対する興味も湧く筈だ。そのきっかけさえあれば何の問題もなく常連客をつかめる筈だ。何せうちのメイドはどこよりも可愛い。それは断言できる。 ただその分、お客への敷居が高いイメージを与えてしまうのは否めない。そこをイベントメニュー読み上げで多少補える筈だ」
「いいじゃない!賛成よ!」
「に〜い〜ぞ〜!」
「私も良いと思う!」
「柚葉!そのメニュー表等を作るのはできそうか?」
「当然よ。そうね。やってみるわ!」
「あのー、私にも源氏名はあるのかしら?」
今まで口を閉ざしていたみうママが源氏名に食い付いた。
「勿論ある。美羽さんは純な恋と書いて『すみれ』だ」
「まあ。素敵〜」
両手を合わせ右の頬へ触れながら楽しそうにしているみうママ。その隣の杏。
「私のもあるのかしら?」
「杏のは呼びやすく、可愛いらしい愛着が湧きやすい名前を探していた。ひらがなで『ちぃ』だ。いは小さく書く『ぃ』だ。どうだ?おれはとても可愛いと思うんだが……」
「うん。とってもいいわ」
気に入ってくれたらしい。とても可愛らしくはにかんでいる。
「柚葉がネームプレートを人数分用意してくれる予定だ。えんじぇる内ではそれをいつも付け、えんじぇる内での呼び名は源氏名で呼び合うようにしよう……柊は花の音で『かのん』。楓は心の愛で『ここあ』、柚葉は『ジョセフィーヌ・エル』だ。源氏名は芸能人が人前に出るときの芸名と同じで、新しい自分になれるスイッチのようなものだ。これも一つのパラレルワールドのように別の自分への分岐点なのかもしれない。もしかすると今まで感じていた自分のイメージとは別の新しい自分を見つけることもできるかもしれない。そんな前向きな楽しみ方で使って欲しい」
「ジョセフィーヌって素敵だわ!エルって呼んでも良いかしら?」
杏が早速源氏名でのコミュニケーションを始めてくれた。予想外にジョセフへの好感を得てくれている。柚葉の反応が気になるところだ。
「ええ良いわ。ありがとう!ちぃも呼びやすいし可愛いくて素敵よ。ちぃちゃんと呼ばせてもらうわ」
コウが口を開かず目で訴えドヤ顔をしている……そのまとわりつく視線に気付いた柚葉は直ぐに目を逸らしツン全開の視線でプイッとした。
コウがずっと気になっていた話をマスターへ問う。
「マスター!学園長との話はどうなったんだ?」
「問題なく交渉成立じゃ。細かい数字はおまえさんに後で伝えることにしよう」
「ありがとな!了解!」
「今日は切りの良いところでこれ位にしとくか。柚葉はメニュー作成を第一に動いてくれ。では各自、より良い案が無いか次回までに考えてきて欲しい。今日の会議は以上だ!」
その日は店が終わってもコウはマスターと話をしていた。
心なしか杏とみうママも自然に話しかけてくれることも増え、次第に心を開いてくれているようだった。




