105.敵襲再び
アナ姫とテトラは、獣人隊を引き連れて魔の谷からシデ山を移動中だった。
とりあえず食糧だということで、魔の谷でビーストボアーをたくさん狩ってきたところだ。
食事がキノコばかりでは、ドワーフたちはいいにしても、獣人たちは力が入らない。
ちょっと禍々しい形をしていることに目をつぶれば、シデ山でも木材は手に入るので、それでソリを作って引いてきている。
途中でどんなモンスターに遭遇しても、最強の二人がいる限りはまったく問題ない。
そう思っていたのだが……。
「何あれ?」
アナ姫は不思議そうに、前に立ちふさがったモンスターの群れを見る。
前方には、Sランクモンスター死霊騎士が三十騎も轡を並べている。
その後ろに、モンスター軍団が雲霞の如く集まり、アナ姫たち獣人隊は完全に囲まれてしまっていた。
シデ山付近とはいえ、もはや軍団と言ってもよい規模の異様な数である。
死霊騎士の前に立つ、首なし騎士のデュラハンが高らかに名乗りを上げた。
「フハハハ、久しぶりだな獣魔将テトラ! いや、今は卑しくも人間の犬に成り下がった使い魔か!」
「ギルメス!」
テトラの元同僚。
魔王の近衛騎士隊長であったデュラハン、剛魔将ギルメスであった。
「えっと、こいつらモンスターだから殺していいわよね」
アナ姫は即座にそう決断すると、敵の群れに飛び込み、神剣を無造作に一閃した。
「前の我々とは一味違うぞ。地獄より蘇りし……って、ちょっと待て剣姫! 話を、やめぇグギャッ!」
哀れ。
格好をつけてアナ姫の前になんか立つから、ギルメスはセリフを言い終わる間もなく、ズバンと切り裂かれて真っ二つに割れた。
魔王軍一の防御力を誇るギルメスは、蘇ってさらにパワーアップしていたはずなのだが、アナ姫からすると、ちょっと硬かったかな程度であった。
ギルメスですらそうなのだから、それよりも低い戦闘力のモンスターが敵うはずない。
その剣技、まさに神速。
魔王軍の軍勢は、待ち伏せしていたはずが、完全に機先を制されてしまった。
あとは、いつもどおりの阿鼻叫喚である。
彼らとて無策で来たわけではない。
前方からアナ姫に襲いかかるモンスターの群れと呼応して、影魔族の暗殺者たちが後ろから攻撃したのだが、その四方八方からの攻撃は全て弾かれて、逆に次々と切り裂かれてしまう。
最強の暗殺者たちが、ありとあらゆる手を尽くしたはずが、この有様。
「――化物め!」
そのまま為す術もなく迫ってくるアナ姫に、またかと恨めしそうにつぶやいた影魔将キルヒルの首が飛ぶ。
絶対的な死をもたらす赤い悪魔は、凶悪な魔族たちですら狼狽させ焦らせる。
「何をやってる、アイズマン早く撃つのだ!」
「お前に言われずとも今やる!」
「「いくぞ!」」
狂乱の炎と呼ばれた炎魔将ダルフリードが獄炎の魔法を放つ。
それと同時に冷酷非道の氷魔将アイズマンが、絶対零度の魔法を合わせて放った。
普段は相争っている魔人の二人が、ともに手を携え、魔力の全てを込めて放つ最終秘技、獄炎凍殺撃!
全てを焼き尽くす炎と、全てを凍てつかせる冷気が螺旋の渦を織りなし、うねりをあげながらアナ姫に襲いかかった。
それを、アナ姫は無造作に切った。
魔将クラスの極限魔法を、剣で切って無効化した!?
必殺の一撃と信じたものが、まったくの無傷。
信じられぬ光景に、二人は絶叫する。
「バカなぁ、なぜ我らの究極の魔法が効かギュァ!」
炎魔将ダルフリードの胴体が、剣姫が叩き込んだ一閃で、ねじ切れて吹き飛んだ。
「ダルフリード! だから私はこんな作戦は嫌だと、うぁぁああ!」
あまりの恐怖に腰を抜かしたアイズマンは、やめろぉと手を前に出した姿勢のままに二つに割かれた。
そして二人が地面に倒れたときには、アナ姫はすでに次の敵に向かっている。
それは、時間にしてほんの三十秒ほど。
たった三十秒で、復活した四魔将が全滅。魔王軍は壊滅。
地獄から蘇り、力を増したはずの魔王軍の軍勢が、時間稼ぎにすらならない。
味方のテトラたちですら、あまりの凄まじさに、何もできずに見ていることしかできなかった。
赤き死の旋風に蹂躙されていくモンスターたちは、攻撃を命じた魔族を呪って殺されていく。
絶望の中で、嫌という程に思い知る。
自分たちが、決して手を出してはいけない敵に触れてしまったのだと。
剣姫は、しばらく剣を振るい、倒し飽きたのか。
「ふう……」
ため息をついて、剣を振るう手を止めた。
それが合図だった。
地獄を生き延びた幸運なるモンスターたちは、一斉に悲鳴を上げて散り散りに逃げていった。
「だ、大丈夫か。アナストレア!」
テトラは、アナ姫に駆け寄る。
息一つ切らさず、アナ姫はテトラに静かに尋ねる。
「ねえテトラ、いまケインはどこ?」
「あるじは今、エルフの森の街に、ドワーフとの外交が上手くいった報告に戻っているはずだが……」
そう聞いて、冷静だった剣姫の額に冷や汗が浮かんだ。
前にもこんなことがあったと思い出したのだ。
自分たちは魔族の陰謀にハマって、ケインとまんまと分断されてしまったのではないか。
「こうしちゃいられない。ケインが危ないわ!」
すぐにケインの下に行かなくっちゃと、剣姫はただそれだけを思う。
「あ、待て、アナストレア!」
テトラが止めるのも聞かず、アナ姫はビュンッと飛び出して行ってしまった。
今回より第四章です。
いったい何魔将の陰謀なのか、ケインに危機が迫る!?