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地震の日(思い出)

作者: 一ノ瀬 航

子供の頃に、地震に遭遇した。僕が5歳の時だ。

母親と地下のショッピング街を歩いていた。

その頃、母親の年齢など気にしたこともなかったが、今、計算すると、母親は28歳だった。離婚していたので、物心ついた時には父親はおらず、母は僕を溺愛していた。僕も母が大好きだった。


地震の瞬間は覚えている。

グラグラ、とかではない。

かすかな揺れを感じた瞬間、大音響と共に体を突き飛ばされたように跳ね上げられ、真っ暗になり、そして落ちた。「俊ちゃん!」母親の悲鳴のような叫び声を聞きながら、床よりも低く落ちて行った。

僕は地震の地割れに落ちたんだと思い、地底深く吸い込まれる恐怖に慄いた。

だから、直ぐに地面にたたきつけられたとき、痛さよりも安堵の気持ちの方が強かった。

しばらくして、痛みが体中を襲ってきて、そして動けなかった。

もうもうとした砂煙なのだろう。真っ暗で見えなかったが口の中がジャリジャリして息苦しかった。


「おかあさん!」暗闇の中、叫んだが返事は無かった。

「おかあさん!」もう一度叫んだが、やはり返事は無かった。


どこかで非常灯が点灯しているのか、暗さに目が慣れてくると、ほんのり周りの様子が見えてきた。僕が落ちてきたと思われる天井の割れ目から、先ほどまでいた地下街が押し潰されているのが判った。僕がいた部屋も押し潰されて低くはなっていたが、幸い大きな梁が斜めに崩れ、それが押し潰された天井を辛うじて支えていた。


これだけのコンクリートが隙間なく崩れて、さっきの地下街を歩いていた人達はどうなったのだろう。

自分は足元が崩れて下の部屋に落ちたことで、助かったんだと理解できた。

母親は?

「おかあさん!」もう一度さけんだが、返事はなかった。遠くから何人かのうめくような声が聞こえた。

体は相変わらず動かず、そのまま気を失うように寝入ってしまった。


しばらくして、目が覚めた。どれほどの時間が経ったのかは判らなかった。ふと、自分が柔らかな膝枕の上で寝ている事に気が付いた。

「目が覚めた?」母親の声だった。

「おかあさん!」頭を撫でていてくれている母親の手を強く握った。

「よかった、おかあさん、無事で!」

「男の子ねえ、自分よりもおかあさんの心配してくれるなんて。探したのよぉ。随分長い間、一所懸命探したのよ。良かった、会えて。良かった生きていて。」

「足が痛いよ。動かない。」

「動かさないで、折れてるの。でもきっと治るから」

母親との会話以外、音は全くなく静寂な空間だった。

母親は、服とかが破れて汚れたり、手足に擦り傷があったが、、その他に大きな怪我はなく、髪の毛も乱れておらず、きれいに見えた。


「お腹すいた。」

「大丈夫。」そういって母親はコンビニ袋を見せた。中には僕の好きな甘いコーヒー牛乳とコッペパン、クリームパンが入っていた。

「お財布無くしたの。店員さんに言ったら、商品散乱してるし、好きなものを持って行っていいって。お金はいらないって。」

「やさしいね。」と僕。

「うん、やさしいね。」と母親。


コッペパンを食べてコーヒー牛乳を飲んだら落ち着いた。

また、母親の膝枕で寝ながら話をした。


「すごい地震だったね。僕たち閉じ込められたんだね。助かるかな。」

「ええ、きっと助かるよ。」根拠はないだろうが、母親としてはそういわざるを得なかっただろう。

「おかあさんも落ちたの」

「ううん、上の階にいたの。あの穴から、俊ちゃんを見つけたとき、動いてなかったから心配したのよ。生きているのが判って、ほんとに嬉しかった。」


母親とはしばらくの間、色々な話をした。


「ここ出られたら、どこへ行きたい?」

「USJに行きたい。」学校で友達が自慢げに話をしていた、が、直ぐに家にお金があまり無い事に気が付き「あっ、でも大丈夫、行かなくても」と言った。

「バカな子ねぇ。ごめんね。こんなに小さいのに気を遣わせて」

「でも、大丈夫。おかあさん、UJS貯金してるから。もうすぐ貯まるから。」

「ほんと? 行きたい!」


母親は生活の為によく働いていた。僕はそれをいつも見ていた。

「僕は大きくなったら、弁護士になる。」

「どうして?」

なにも崇高な目標があったわけではなく、テレビとかで弁護士はお金を稼げるというイメージがあり、ただ、それだけで弁護士になりたかった。

「だって、儲かるじゃない。おかあさん。僕が弁護士になったら、もう働かなくていいからね。」

「あら、嬉しい。じゃあ、俊ちゃんが弁護士になるまでは、かあさん頑張るね。でも、俊ちゃん、本当にやりたい仕事に就いていいんだよ。」

「じゃあ、お医者さん」

「それって・・・」

「うん、稼げそうだから」

「もう、この子は・・・」そういって笑った。

「でも、ありがとう、俊ちゃん。おかあさん、俊ちゃんの事、大好きよ。」

「僕も、おかあさん、大好きだよ。」


話しをしている間に、また、眠くなりいつも間にか寝入っていた。


重機の音で目が覚めた。

「助けに来てくれたんだ!」

「良かった。助かるね。だから大丈夫って言ったでしょう?」まるで自分の手柄のように言う母親が可愛かった。

「どのくらい経ったの」

母親は時計を見ながら、「地震から丸一日かな」


時々、重機の音が止まった。

誰かいないか、中の音を聞いているんだと気が付いた。

「助けて!」母親が大きな声を出した。

「助けて!」僕も一緒に大きな声を出した。

「声じゃだめだ、なにか音を出さなきゃ」

コンクリのかけらで床を叩いた。声よりは大きな音が響いた気がする。でも、聞こえただろうか?


また、重機の音がしはじめたが、少し遠ざかった気がした。

不安がよぎった。


「今度、音が止まったら、おかあさん、上に行って、助けてって叫んでくる。」

そういって、斜めになった梁を起用に伝って穴の方へ登って行った。

なるほど、降りてくるときもあの梁を使ったのか、と思った。

穴に飛びついたとき、きれいな足とパンティが良く見えた。

「おかあさん、パンティ見えてるよ」

「バカ」

そう言って、上の方へ消えて行った。

随分時間が経った気がした。

穴の上の、大きなコンクリの破片が除かれる音とともに、こっちだ、こっちだ、という声が聞こえた。

そして、穴から隊員が覗いて、僕を見つけ「大丈夫か?」と大きな声をかけた。

「大丈夫です! おかあさんは? おかあさんが知らせてくれたのですか?」

少し間をおいて

「そうだ、おかあさんが、君がここにいると知らせてくれた」


隊員に抱きかかえて吊り上げられ、穴を通過したとき、穴の上の床に「子供が下にいます。助けて」と血で書かれた文字が見えた。


--------


「子供が母親を探していますが・・・・。」

「お前、ちゃんと話しろ。」

「いやですよ。こういうのは苦手なんです」

「お前が、母親が知らせてくれたって言ったんだろ?」

「それはそうですが・・・、実際あのメモでわかったんですし。」

「いつ、亡くなったんだ?」

「おそらく、地震のほぼ直後。子供を探し回ったのだと思います。近辺、這った血の跡があっちこっちに付着してます。穴から子供を見つけて、最後の力を振り絞って書いたのでしょうね。でも、子供は今さっきまで一緒にいた、と言ってます。」

「う~ん、混乱してるんだろう。でも、よく食料が手元にあったよなあ。よく、コンビニで食料を買っていたものだ。あのおかげで怪我はしてるが、元気だ。」

「それが・・・」

「ん?」

「あの、コンビニ、地上にありますよね。そこの店主が救助を手伝ってくれてて」

「ああ、俺の先輩。元消防隊員。助かるよなあ」

「えー? そうだったんですか。道理で手際がいい。早く言ってください。」

「で?」

「ああ、あの女性の遺体を見て、あれ、この女性、地震のあと、店に来たはずだけど、と驚いてました。」

「・・・・・」

「・・・・・」

「何なんだろうな・・・。」

「解りません。解りませんが、でも・・・なんだか、母親の愛って、すごいなぁ、と。」


「そうだな。・・・・お前、やはり、お前があの子に伝えてこい。」


「そうですね。・・・僕の役目ですね。母親がどれだけあの子を愛していたのかも合わせて伝えてきます。」


しばらくして、母親の遺体にすがりながら、泣き叫ぶ子供の声が響き渡った。


-------


「お父さん、ミニオン、あっちだよ」手をつないでる聡が半分走りかけながら言った。

「急がなくても大丈夫」エクスプレスパスを持っている僕は強気だった。

妻の智子は、そんな二人を後ろから微笑みながら優しく見ていた。僕は左手を智子に差し出し手をつないだ。結局、USJ貯金は見つから無かった。


「智子は今年28歳だね。」

「そうよ、会社で、女性に歳尋ねると嫌われるわよ。」

「セクハラになるから訊かないさ。」

「お母様が無くなったのも28歳ね。」

「ああ。」

「私の今の歳で亡くなるなんて、私には想像もできない。どう、私はお母様ほどでは無いにしろ、良き妻、良き母かしら。」

「理想の妻、理想の母だよ。」

「褒めすぎだわ」

「何、話してるの」聡が話に割り込んできた。

「おかあさんは美人だなって、話してた」

「友達も言ってたよ。聡のお母さん、美人だなあって」

「あら、そうかしら」まんざらでもない表情をした。

右手を聡と左手を智子と手をつなぎ、別に誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

「俺は何があっても、お前たちを守る。絶対に守って見せる。」

智子には聞こえたのだろうか。繋いだ手の力を入れた後で、手を腕に絡めてきて、つぶやいた。

「愛してるわ、あなたも聡も。心から。」

僕は空を見上げた。青い空が眩しい。

愛情に包まれた何気ない日常を過ごせている、この上ない幸せで、涙が流れてきた。そして、言った。


「おかあさん・・・、おかあさん、ありがとう。」


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