キミトノデアイ
ギリギリ年内!!
「そうだ、家は引き払わなくて大丈夫か?」
埃をかぶった階段を上りながら、ボルゾー氏は不意にそう聞く。
「今日の仕事終わったら一旦帰って良いですか? まだ荷物とか置いたままなので……」
「構わんよ、今日は顔見せ程度でいいんだ」
トオルは周囲をキョロキョロと見渡し、そこかしこに引かれたカーテンに若干の違和感を覚える。曇天の空はさほど眩しいとも言えず、人目を気にしなければならないほど住宅が密接しているわけではない。何か事情があるのだろうか。目の前の雇い主に若干の不信感を抱きながら、オレンジのネームプレートが掛けられたドアをノックする。
「ラウン、入るよ」
その部屋の少女は、隅に置かれたベッドに膝を抱えて座っていた。ブロンドの長髪に顔を遮られているが、辛うじて見える鼻の形が綺麗だった。
「あっ、とーさん……と誰?」
顔を上げて不思議がる少女の姿を見た瞬間、トオルは心拍数が跳ね上がるのを感じた。
彼女を端的に表すなら、『病的なまでに可憐な少女』だ。純白のワンピースから伸びる四肢は華奢で、触れれば儚く散ってしまう花のようだ。大きな瞳が左右に動き、立ち尽くすトオルの姿を捉えるまで、彼は言葉を失っていた。
「ほら、この前言っただろう? 君の友達を呼んで来るって!」
「あぁ、話し相手の人か。よろしくね!」
「あっ、はい! 三枝徹です、よろしくお願いしますっ!」
硬直した脳細胞に血液がなだれ込んでいく。なんとか絞り出した声は空回りし、さっきとは違ったベクトルの緊張が襲いかかっている。
「よろしくね、トオル。ボクはラウン、ラウン・ボルゾー」
ラウンと名乗った少女はベッドから降り立ち、トオルに向かってぺこりと会釈をする。
「じゃあ、今から喋ろっか? だから、とーさんは下がってて!」
「そうだね、あとは若いお二人で……!」
娘の前で破顔するボルゾー氏は、そのままくるりとその身を翻して階段を降りていく。ドア越しに聞こえる足音が遠ざかっていくのを確認すると、ラウンはトオルの経験した中で最大の笑顔を彼に向けた。
「理想の死に方って、なんだと思う?」
「轢殺は痛いじゃん! 水死は苦しいと思うし、首吊りが現実的かなぁ……」
「はぁ……」
俺はなんの話をしてるんだろう。トオルは聞き役に徹しながら考える。目の前の美少女は延々と死について語り続けているし、その話に相槌を打つトオルの姿は傍から見たら滑稽そのものだ。
「でもさぁ、死ぬならやっぱり綺麗に死にたいよね! ……ってことで!!」
ラウンが突然背後のカーテンを引くと、曇り空を裂くように射す夕陽が部屋に忍び込んできた。
「お嬢様、何を……?」
唖然とするトオルの背後を人影が横切る。ラウンに降り注ぐ陽光が再びカーテンに遮られ、息を切らせて安堵するボルゾー氏の姿がそこにあった。
「トオルくん、降りてきてくれ……。少し、話し合おうじゃないか……」
応接室で腕を組むボルゾー氏の姿は、トオルの胃を痛ませる要因の一つになった。雇い主は小さくため息を吐きながら、何かを話そうと思考を巡らせている。
「トオルくん。すまない、今回は説明していなかった私のミスだ……」
「説明、と言いますと……?」
「娘のある『体質』についての説明だよ」
ボルゾー氏は大きく息を吐くと、できるだけ平常心を保ちつつ語りだす。
「娘は、紫外線過敏症なんだ。極度の日光アレルギー、というかあの子の細胞そのものが日光を浴びることを想定してないんだよ……」
「細胞そのものが……」
「あぁ、身体組織が日光に対して強烈な拒否反応を起こす、という奇病なんだよ。最悪の場合、死に至る危険性が高い」
「死に至る……」
「だから、あの子を外に出したことは無かった。でも、そうするとあの子は退屈するだろう? 君を呼んだ理由、わかってくれたかい?」
「なるほど……。治療法はないんですか?」
「治療法、か。私はそれを探す仕事をしているんだよ……!」
「医療系のお仕事ですか?」
「いや、当たらずとも遠からずだよ。私は細胞生物学者をしている……」
「ところで、うちの娘は会ってみてどうだった?」
「なんというか、その……独創的ですよね」
「独創的……。そうだね、その通りだ」
ボルゾー氏は笑いをこらえながら、トオルの返答を噛み締めている。
「ところで、その……。明日も来てくれるかい?」
「もちろんですよ。独創的でエキセントリックなあの子と話してると、こっちも楽しいんで……」
「そうか、それなら良かったよ。また明日、よろしくね……」
あけおめ!!