マリオネット
週刊投稿も板についてきた
「もうすぐ着くから、じっとしてるんだよ……」
ハンドルを握った男は、ライに向かって笑顔でそう言う。ワゴン車の中はカーテンで覆われ、前方からはイルミネーションに彩られた街が見える。
彼は少しの後悔を表情に出さず、おどおどした人畜無害な少年を装っている。早く誘拐犯のアジトに潜入し、家で帰りを待つ弟を失望させないようにしないといけないのだ。ライはクリスマス・イブに呼び出した志柄木を恨みつつ、先刻の会合を回想する。
「つまり、笛吹き男はここで誰かと落ち合ってるんだよ……!」
「そこに潜入しろ、そういうことですか?」
会議室に呼び出されたライは、DCCCの総勢三人というメンバーの少なさに驚きつつ、地図を見ながら作戦内容を確認する。
「ああ。僕も洋館の周辺に潜り込むから、ライくんは中に子供がいたら連絡してくれ!」
「えっ、南雲の仕事は……?」
「南雲“さん”と呼べ……。私は不測の事態に備え、ここで作戦を立てる」
「一人だけ仕事楽すぎない?」
「よし、君の安全は私たちが全力で保証しよう! 戦ってきてくれ!」
ライは南雲の待遇に幾許かの不服を覚えたが、志柄木の一言で真剣な表情に変わる。
「何かあったら骨は拾ってくださいよ……!」
「やめてよ、縁起でもない……! そうだ、みんなで写真撮る?」
「また唐突な……!」
「良いじゃないか、決戦前の禊だよ」
志柄木はポラロイドカメラのシャッターを押すと、南雲やライのいる場所まで走る。ぎこちなく笑う彼らの間で、老紳士は穏やかな笑みを浮かべていた。
ヘッドライトの照らす景色が変わっていく。市街地を抜け、郊外へ突き進んでいくワゴン車は、やがて暗い海の見える埠頭へたどり着いた。
「さぁ、着いたよ!」
「ここ、家じゃないんだけど……」
「あれ、そうだったかい? でも今日はもう暗いし、この倉庫で一泊していかない?」
笛吹き男はライを倉庫の中に招き入れる。ライは戸惑いつつ、彼の本拠地に足を踏み入れた。
倉庫の中は薄暗く、時折床板が軋む音が響く。パーテーションでいくつかに小分けされた部屋を見渡しつつ、ライは男に手を引かれて歩く。
「坊や、ここでちょっと休んでいてよ! 俺は外の様子見てくるから、そこの子と仲良くしてね!」
大きな柱が特徴的な部屋では、鎖に繋がれて震えている少年が体育座りをしている。白い服とズボンを穿いた彼は、蒼白な頬を涙で濡らしていた。
誘拐犯が去ったあと、ライは震えている少年に声をかける。
「大丈夫、ヒーローが助けに来たぜ……!」
「ヒーロー……?」
「君、名前は? 好きな音楽とか有る?」
「ナオ……。好きな音楽……?」
ナオと名乗る少年はライに弟の姿を重ねさせた。彼はナオの頭をしっかりと撫でる。
「俺はライ、夕澄ライ。俺のオススメの音楽聴く?」
ナオは嬉しそうにイヤホンを付け、音楽を聴いている。
『ねぇ、もう出ていい?』
「OK。あの男に見つからないようにな……」
「ヒーロー? そのコウモリって……?」
いつの間にか、ナオの瞳はライの肩を注視していた。
「お前……見えんの?」
「うん、僕のはここに来た時に出会ったんだ……!」
ライは辺りを見渡すが、それらしい姿は見えない。ミューズもディークの気配を感じとろうとするが、外に微弱な気配を感じるのみだ。
「ホントだって……! 臆病だからなかなか出てこないけど、確かに居るんだ!」
「まぁどっちにしろ、あんまりディークの言うことは信じるなよ! お前が振り向くならどんな嘘でも吐くから!」
『ライくん、そろそろ電話したほうが良くない?』
「あっ、色々あって忘れてた……!」
ライは借りた携帯電話をポケットから出す。
「もしもし、こちらライ。現場に到着しました……!」
「南雲だ。今どこにいる?」
「南雲……? まぁいいや、埠頭だよ。埠頭の倉庫に連れ去られた。今のところ、一人生存者がいる……!」
「埠頭か……。 アルカトピアで埠頭のある港は一箇所だけだ……!」
「とりあえず調査を続けようと思う。志柄木さんにすぐに伝えてくれ!」
「あぁ、俺もそっちに行こうと思う……!」
「そういや……この部屋の奥の扉、あそこにも誰かが居るのかな?」
「あの人が言うには、『俺の大切な人が隠れてるから入っちゃダメ』なんだって……」
ライはナオからその話を聞くと、小さく扉をノックする。返ってくる音はなく、開けようにも固く閉ざされてびくともしない。
「ちょっと待ってろ……!」
彼は緋銃を発現させると、鍵穴に押し当て、軽く引き金を引いた。
ピキッ
「開いたぞ……」
扉の奥はカビ臭く、ひどい湿気と臭気にライは顔をしかめる。さほど広くもない部屋に不釣り合いな大きさの円卓が置かれ、ハエの集ったコンソメ・スープが並べられている。
「気持ち悪ィ……」
そう言い、顔を上げた彼の表情が変わる。円卓には何者かが既に座っていたのだ。
「おい、なんだよ……何なんだよアレ……!」
そこには小学生ほどの少年少女が集い、円卓の上のスープを匙で掬っていた。誰も彼も虚ろな目をし、濁った液体を掬っては口の近くで皿にこぼしている。
耳を澄ますと、心臓の音が聞こえる。しかし、呼吸の音が聞こえない。整備不良のからくり人形のように、延々と無機質な動作を繰り返しているだけだ。
「生きてる……! こいつら生きてる!」
ライは思い出す。笛吹き男のまだ見つかっていない被害者の顔は、ここにいる彼らに瓜二つだった。
「……見てしまったね」
「…………!?」
背後の声は、やけに冷静だった。部屋の観葉植物を買い換えたかのようなフランクさで、笛吹き男は彼らの自慢を始める。
「そこの子、可愛いだろ? 須藤みかちゃん、刑事の娘だったかな? 見ていても綺麗だし、触れても最高だった……。魂を抜く時、興奮したよ。そこの男の子は妙に反抗的だったけど、三日放置プレイしたら従順になった……。締まりも良かったね!」
「…………」
「さて、君も俺の秘密を知ったからには、生かしておけない。ここの足りない一枠になるんだ。光栄に思ってくれなきゃ……!」
「…………野郎……」
「ん?」
「屑野郎…………!」
来週は投稿できないかも