約束
週刊連載 (ギリギリ)
「おい、早くしろ!いつ追っ手が来るかわかんねぇ……」
「OK……。あとは逃げるだけだ!」
裏路地に乱雑に停めたライトバンの前で、男たちは合図を交わした。白いスーツの男が運転席に座ると、もう一人の丸サングラスの男は彼を制止する。
「待てよ……。アントニオに撤収するって伝えないと……!」
彼が新品の無機質な携帯電話に見張り番の番号を入力すると、呼び出し音が静かな路地に響く。
プルルル……プルルル……
「アントニオの奴、何やってんだよ……!」
男の苛立ちに呼応する様に、見張りのいる方から物音が聞こえた。木箱から黒影が飛び出し、アスファルトに倒れる。
「!? ……アントニオ?」
照らした月光は、額から血を流した見張りの男の姿を彼らに見せた。さながらトマトジュースを掛けられたように、外傷のない額と鮮血は彼らに不可解でアンバランスな印象を与えた。
「おい、誰にやられた!? ファミリーの掃除屋か!?」
男はアントニオを揺さぶり、詰問した。しかし、彼が漏らすのは唇から余った荒い息だけだ。
「あっ……アレ見ろ! あいつは……!」
運転席の男が指さす先には、一人の少年が居た。漆黒のジャケットとパンツに返り血を喰わせ、顔を覆うほど大きなシルクハットが視線を遮り、その隙間から覗く燃えるようなワインレッドの瞳は覚悟と殺意を帯びていた。
「あいつは……『血みどろの幻影』!?」
サングラスの男はアントニオを置いて助手席に乗り込み、それを合図にライトバンはトップスピードで路地を抜ける。狭い道に置いてある荷物を薙ぎ倒しながら大通りに出た車は、突如轟音とともに急停車する。
「チッ、後輪がパンクしやがった……!」
「だから四駆にしろっつったんだよォォ!」
言い争いをする彼らの前に躍り出た黒装束の少年は、フロントガラス越しに彼らを見えない弾丸で撃ち抜いた。
『いやー、ホント凄いよね! めっちゃ無表情で撃ち抜いてたもん! 怖かったんだけど、何考えてたの!?』
「いや、『コロッケ食べたいなー』って……」
『そこは年相応なんだ……?』
汚れたジャケットを脱いだライは、洗濯の面倒さを嘆きながらライトバンのガサ入れを始める。
「『狙いをつけて撃ち抜く瞬間、決して目と目を合わせてはいけない』って言うしな……! ん? 何このアタッシュケース……」
少年が見つけたアタッシュケースには、自らの尾を喰らう蛇のエンブレムが刻まれていた。それを開けると、白い粉の入った小袋がぎっしりと詰め込まれていた。
「あー、なるほどね! イリーガルな奴ね! ……志柄木さーん!?」
あたふたとしながら上司の名を呼ぶライの前に、丸く肥えたタヌキがとことこと現れる。戸惑う彼を尻目に、タヌキは機械的に声を張り上げる。
『伝言ヲ……! 志柄木サンニ伝言ヲ!』
「で、伝言……!? えー、もしもし……志柄木さん聞こえますかー?」
『聞こえてるよ』
「うわっ!?」
無機質な声は穏やかな老紳士の声に変わり、茶縞の尻尾がぴんと跳ね上がる。
『僕のディーク――チャガマの能力がコレなんだよ。テレビ電話みたいだろ?』
「そっ、そんなことより! 今回もハズレでした。ただ……」
『ただ?』
「ライトバンに積んであった荷物、どうもクスリっぽいんですよ。それにケースのこのマーク……」
『ケースのマーク? ちょっとチャガマに見せてくれないか!?』
ライが言われたとおりにケースを見せると、チャガマ越しの志柄木は感嘆した声を上げる。
『なるほど、ヴェルティゴ一家か……』
「ヴェルティゴ一家?」
『この街で幅を利かせてるマフィアだよ。龍醒会ってヤクザと対立しながら裏社会を牛耳ってる』
「へー……! アントニオって名前の発現前の宿主も確保しといたんで、ここから先は志柄木さんと南雲に任せますね!」
『了解! 報酬も振り込んでおくね!』
「さて、南雲くん。会議を始めようか……」
広い会議室の角に陣取ったDCCCのスペースで、志柄木と南雲は話し込んでいた。
「それより、彼の私への態度……。あれ、どうにかなりませんかね?」
「良いじゃないか……。若さ故の向う見ずな姿勢、君も好きだろ? 南雲管理官!」
「その呼び方は止めてください。確かに、若さは何より欲しいものですね……!」
「それに……。あの子の勢いは、何か神がかったものを感じるんだ……!」
「はぁ……」
「南雲くんもそうだし、あの子もそうだ。まだディークノア能力が発動してないっていうのは、なんてイノセントだろう……!」
老紳士はふと真面目な表情に返ると、アルカトピアの全容が記された地図に赤い円をつける。
「やっぱり、監視カメラに映ったワゴン車のナンバープレート。この目撃情報を照らし合わせると、誰かと落ち合っていることがわかる……」
「はぁ……」
「南東エリアの洋館だ……! 笛吹き男はそこで誰かと会ってるんじゃないか!?」
「推測の域を出ませんね」
「何だっていい! 調査だよ!」
「ふー、コロッケも買ったし! アレも買ったし! 満足満足!」
『あのー、私に言ってる? 独り言ならでかくない?』
冬の夜風はライの手を少し冷たくさせた。身震いをしながら帰り道を歩く彼は、自然公園の前でふと足を止めた。
満月とそれによく似た街灯が照らすブランコに、眼鏡をかけた少年が腰掛けていたのである。
「あっ、兄さんお帰りー……!」
「ハクト!? お前、何でこんなところに!?」
「えへへ、兄さんなかなか帰ってこないから迎えに来たんだよ!」
ハクトは安心をストレートに顔に浮かべ、兄に歩み寄る。ライは怒っていいのか喜んでいいのかわからないような顔で、弟の手をきゅっと握る。
「バカ、帰るぞ! 今日はコロッケだ!」
「ねぇ、兄さん? 僕の不安を話していい?」
「えっ、急に何!? お兄ちゃん怖いよ!?」
「僕の不安はね、兄さんが無理してないかってこと……!」
「無理?」
「うん、最近なんか顔が疲れてるなーって! 生活が苦しいなら僕も倹約するから! 兄さんは僕から離れないでね……」
ライが感じる弟の握力が少し強くなったようだ。彼は弟の小さな頭を乱暴に撫でながら、大きな声で言った。
「よし、クリスマスは一緒に過ごそう! 大丈夫、絶対帰ってくるから!」
「何に賭けるの?」
「そうだなー……。あの月がふたつにでもならない限り、絶対に!」
佳境と逆伏線