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Muse Night:origin  作者:
ラウン編『人造ペシミズム』
13/25

ショウカフリョウ

今週も4000字!ヒーハー!

「目を覚ましたか。どうだった? 仮眠はできたかい?」

「……めちゃくちゃ寝覚めが悪いです」

「だろうね」

 トオルは冷たい床の感触から逃れるように起き上がり、あたりを見渡した。

 恐らく世界で最も冗長で苛酷な五分だっただろう。彼は風邪をひいた日の夢に近い悪夢を見て、そこから救い上げるように響く荘厳な声を聞いた。

「……俺の願いが、やっとわかりましたよ」

「そうか、契約を交わしたんだね」

 ボルゾー氏はトオルの瞳孔を覗き込むと、満足そうに笑みを浮かべた。

「ようこそ、こちら側の世界へ。見渡してごらん、何かが変わってるはずだ」

「あの、俺は一体何を投与されたんですか?」

「知らない方がいい」


 トオルはごしごしと目を擦り、変貌したはずの世界を体感しようとする。内心では半信半疑であるが、この一日で情報の洪水に晒されたせいもあり、彼の価値観は根底から歪み始めていた。

「…………!?」

 彼が目撃したものは、この広い研究室にいる数々の動物達だ。先程まで何も無い空間から現れたそれらの生き物は、宙に浮き、人語を介し、ぎらついた目をしていた。

「これが……」

「見えたかい? ……そうか、おめでとう、実験は成功したよ!」

 ボルゾー氏はニヤリと笑い、持ち出した檻をトオルの目の前に置いた。錆びた鉄の匂いが辺りに充満し、トオルは思わず苦い顔をする。

「じゃあ、これも見えるはずだ。元気かい、レオンハルト?」

『貴様が起こさなければ、もう少し元気でも居られたのだがね』

 檻の中で話すライオンの声は、夢の中で聞いたものと寸分違わず同じものだった。威厳と覇気に圧倒されるような声だ。少し傲慢なようにも感じられる態度で、尻尾を床に何度も打ち付けている。

「このライオンは……?」

『まったく、これだから不遜な民は……! 余はレオンハルト、月輪王であるぞッ!』


「ボルゾーさん」

「何だい、トオルくん?」

「薬の効果って、まだ切れてませんよね?」

「いや、君はもう覚醒してるはずだけど……」

『安心しろ、現実だバカ者』

 冷めた声で言い放つ獅子の顔に目眩を覚えつつ、トオルは壁にもたれ掛かった。情報が錯綜しすぎている。自身の価値観が高性能な白血球のように自衛しているが、それでもその違和感の渦は彼の精神を消耗させつつあった。

『フッ、生前の余なら誰かの下につくことなど有り得なかったが……ディークとして生を受けたなら、貴様の願いを叶えてみせようッッ!』

「やめて、とりあえず黙って……! 整理させてくれ……整理を……!」

「もう一度説明しようか?」


「……と、いうわけだよ。このディークはまだ能力未発現(オリジナル)だから詳細な能力はわかっていない。ただ、生前の彼は大きな身体に釣り合うほど巨大な斧槍ハルバードを使用したとされている……」

「つまり、俺がディークノア化したらそのような斧が使えるってことですか?」

「うん、そうだ。使ってみるかい?」

「遠慮しときます……」

 この実験室には、時計がない。トオルの体内時計は消化不良を起こした胃のように痙攣し、今が何時であるかすらわかっていない。彼はラウンの様子を少し気にした。

「君が見た、陽炎のようにぼやけた生物が居るだろう? あれはね、ディークの幼体だ。彼らは宿主の人格に合わせてヒト以外の全ての動物に一度だけ姿を変えられる。しかし、このレオンハルトは違うんだよ……!」

「と、言いますと……?」

「レオンハルトは、呪いによってディークになってしまった。即ち、元が人間だ」

『皮肉なものだろう? 国を栄えるための呪詛が、巡り巡って自らをヒトならざるものにしてしまった』

 檻の中でライオンはそう語る。ボルゾー氏はそこにフォローを入れるように、わずかな補足事項を口に出した。

「まぁ、この『人間をディークに変える』実例のおかげで、ひとつ進んだ研究を行えたんだがね……!」

「ボルゾーさん、あなたは何故、俺とこの……」

『レオンハルト四世。呼びにくいならアローガとも呼んでくれて構わん……』

「じゃあ、アローガ。何故俺とアローガに契約をさせたんですか?」

 尋ねるトオルに、ボルゾー氏はきっぱりと答える。

「実はね、ある研究の手伝いをして欲しいんだ。本来なら甥が研究助手なんだけど、長らく留守なもので……」

 突然の提案にトオルが困惑していると、付け加えるようにフォローの言葉が飛んでくる。

「安心してくれ、専門知識は必要ないから。それに、賃金も少し上げよう。どうだい?」

「研究の内容にもよりますけど……」

「あっ、すまない。契約の際はこっちも正しく情報を提供しなければ……! 公正フェアじゃない依頼は不当だしね」

 ボルゾー氏はそう言うと、置かれた椅子から立ち上がった。そのまま何かを探しにふらふらと歩く姿は、幽鬼のような儚さすら感じられる。この親子には人間味を感じない。そうトオルは思った。共に暮らしていなければ、生活している様子をまったく想像できなかっただろう。


「この中身、なんだと思う?」

 麻袋を片手に尋ねるボルゾー氏に、トオルは首を振る。

「だろうね。まぁ、仕事を実演しながらゆっくり話すから、良ければ聞いてくれ」

 壁に埋まったケージから毛の長いイタチを取り出し、雇い主は麻袋の中身を物色する。

「そもそも、ディークは自然発生的なんだ。数多の動物と同じく、この世界中で見ることができる新生物だよ。ただ、彼らそのものに生殖能力はないんだ」袋から青い球体を取り出す。「だから、人間の身体を乗っ取って遺伝子を遺す。神話でよくある異類婚姻譚(いるいこんいんたん)ってやつだ。例外的に人間がディークになるパターンもあるが、人間化したディークの子孫は強いディーク化特性を持つ。人間とディーク、どちらにもなれる存在なんだ」

 彼は暴れるイタチに麻酔を打ち、握った球体をその腹に沿わせた。

「私はね、レオンハルトの前例から『ディークを人工的に増やす方法』を考案した。あらかじめ能力が開発された状態で把握できるから、便利だと思わないかい?」

 ぐったりと倒れているイタチの体内に、その球体が吸収されていく。哀れな獣は身震いすると、突如として目を覚ました。

「ほら、覚醒した!」

 イタチは、紅い眼光をたぎらせながら狂ったように室内を駆ける。実験道具の密集した机の上に飛び乗り、半狂乱でのたうち回った後、身体を窮屈に折り曲げて気絶した。

「適性だ、今日は運が良い!」

 身体を折ったままイタチは浮き上がり、軽薄そうな声で話しはじめる。

『頼む、助けてくれ、命だけは……って、あれ?』

「記憶の混濁が起きているね。ちゃんと下処理して欲しかったな……」

 状況が飲み込めずに騒ぐディークに、ボルゾー氏は無表情で麻酔を打ち込む。そのまま延びたイタチをつまみ上げると、トオルの方へ投げ渡した。

「これ、そこの檻に入れといてくれないか?」

「あっ、ちょっと雑じゃ……」

「これがディークの人工増殖だよ。改良すれば、ゆくゆくはもっと強い種で可能になるだろう。DNAさえあれば、恐竜などの古代生物でも不可能ではないね」

「なるほど……」

 トオルは袋の中の球体を見つめる。その視線を察してか、ボルゾー氏は袋から掬いあげたその物体をトオルの眼前に近づけた。

「触ってみるかい?」

 その物体は、球体というより雫型をしていた。透き通るような青は冬の空のようで、トオルはかつて見たアクアマリンの輝きに近いものを感じた。水風船のような見た目に対して触感は硬くも柔らかくもあり、ガラス細工のような透明感を放っている。

「これ、なんですか?」

「魂だよ」

「……えっ?」

 戸惑うトオルに、ボルゾー氏は一切の感情を廃したような声で語る。

「だから、人間の、魂だよ……」

 物覚えの悪い生徒に根気よく教える教師めいた口調で、ボルゾー氏はゆっくりと話す。冗談を言うような態度ではなく、トオルは思わず後ずさる。

「異常です……! こんなの、魂を冒涜してます……!」

「異常……これがかい? どうして?」

「命をこんな風に弄んで良いわけが無いでしょう……!?」

「へぇ、そういう考え方もあるんだね。君は臨床実験用のモルモットにも情けを掛け、かすみを食べて生活するのか……」

「そんな事は無いですけど、流石に人間の魂は……」

「傲慢だね、自己矛盾の塊だ。動物の犠牲なら良くて、人間はダメな理由を教えてくれよ……」

「モルモットは新しい術式や薬で誰かを救うための尊い犠牲です。命を頂くのは、生きる為です。生きるための犠牲は肯定されるべきです」

「それなら、私の研究も認められるべきだ。人間の魂を使うのは、“生かすため”の尊い犠牲だ。最大多数の幸福にもつながる……」

「あなたこそ矛盾してます。どんな命も平等じゃないんですか!?」

「確かに平等だよ。ラウンの命に比べると、人間も、動物も、『平等に無価値』だ」

「でも……」言い淀むトオルに、ボルゾー氏は研究の意義を熱弁する。そこに自己弁護をする気配はなく、自らの行為をまったく後悔していないようにも感じられる。

「いいかい? これは永遠の命を造るための研究だ。趣味と実益を兼ねている。いずれ迫る死からラウンを守れるし、実用化すれば世界中の人間が高額で買うだろう。実際、スポンサーも付いてるんだ」

「スポンサー……」

「君には断る権利がある。研究の手伝いを無理強いするわけには行かないんだよ。だから、これを見た上で明日までに進退を決めてほしい」

 ボルゾー氏はちらりと腕時計を確認する。

「さて、もう昼だ。次の仕事も頼んだよ……」



「永遠の命?」

「うん、永遠の命だよ」

 無理やり昼食を詰め込み、嫌悪感と睡魔が同時に襲ってくる昼下がりに、トオルはラウンにもやもやした気持ちに対する救いを求めた。

「永遠の命かー……。ボクは要らないかな」

「なんで?」

「人生ってさ、入り組んだ迷路みたいだと思わない? 死というゴールに突き進んで行く迷路。不思議なもんでさ、普通の人はゴールが近づくと出たくなくなるらしいんだよ。そして、そういう人ほど途中リタイアに厳しいんだよね。『ゴールに迎えない人も居るのに、途中リタイアなんて勿体ない』ってね」ラウンはうんざりしたような顔で、薄く笑った。「永遠の命なんて、ゴールのない迷路だよ? 楽しくないし、飽きるし……最悪でしかないね!」

 トオルはその返答を聞き、親子の見識の相違になんとも言えない気分になった。

「似てるわ、やっぱり……」

「何が?」

「君ら親子は、悪い意味で似てるわ!」

 明日になったら、ボルゾーさんに答えてやろう。望まない実験を止めるために、貴方に協力しますって。トオルは肩の力を抜いて、柱にもたれた。

説明的かつ冗長でごめんなさい!

次回はもっとドラマティックにします┏○ペコ

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