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Muse Night:origin  作者:
ラウン編『人造ペシミズム』
11/25

チイサナウタゲ

夜食の美味しさと人間の醜さを語るだけの回

 カーテン越しに射す月明かりが、トオルの目を冴えさせた。

 この部屋に住み始めてから、二週間が経った。雇用主から借り受けた客室はそれなりに広く、小さな窓から見える景色も悪くない。置かれている家具はラウンの部屋の雰囲気に近く、この家全体に統一された印象をもたらしている。

 トオルはベッドに横になり、自らの人生に思いを馳せる。自分にとって、今まで生きてきた理由は何だったのだろう。無計画に生き、無計画に捨ててしまった可能性の欠片が彼の体にまとわりつき、血の出ない傷を刻む。

 寝間着代わりのTシャツが湿り始めた。彼は枕に自らの顔面を押し当て、小さな声で誰にも向けない呪詛を吐く。

「眠れないのか……?」

 不意に聞こえた声は、扉が開くと同時に部屋になだれ込んだ。


 レンガ造りのキッチンに置かれたフライパンには、溶けて小さくなったバターが加熱されている。髪の長い雇い主はそこに細かく切ったエリンギを入れ、フライパンを傾ける。

「あの、なんでこんな夜中に料理なんか……?」

「ちょっと待て、すぐに出来る……」

 彼は塩と胡椒を片手にそう答える。

 妙に手際が良い。着ている白衣を割烹着に変えても違和感がないほどだ、トオルは感心する。実際、この家の家事を担当するのはボルゾー氏であり、料理においても例外ではなかった。

 トオルが座るダイニングに白い大皿が置かれ、その上に料理が盛り付けられる。ナイフとフォークが手際よくセットされ、コンロの火が止まった。

「さぁ、どうぞ」

「いただきます!」

 できた料理は、エリンギをバターでソテーしただけの簡素なものだ。あっさりとした風味だからこそ、濃厚で香ばしいバターの香りが口の中に広がる。

「美味しい……!」

「お粗末さま。箸の方が食べやすいかい?」

 ボルゾー氏はキャビネットから黒い小さな箸を取り出し、トオルに渡す。

「あっ、ありがとうございます」

「すまないね、ここじゃあ箸を使う人は滅多にいなかったから……」

 トオルはエリンギを口に運び続け、頷きながら笑みを漏らす。

「美味しいです……。今まで食べたどのソテーよりも!」

「そうか、ありがとう」

「あの、何か隠し味とかあるんですか?」

「食欲を満たすのに最も適した時間は深夜だと思わないか?」ボルゾー氏は楽しそうに呟く。「背徳感は食事に彩りをもたらしてくれる。要するに、隠し味だ」

「言われてみれば、そうかもしれませんね」

「それに、この時間はお腹が空くだろう?」


「トオルくん、私は人間が嫌いなんだよ」大皿のエリンギをつまみながら、ボルゾー氏は訥々(とつとつ)と語りだす。「人間ほど狡猾な生き物はいないよ」

「なんで人間が嫌いなんですか?」

「そうだねぇ、人間と動物の違いって何かわかるかい?」

「言語を解すか、とかですか?」

「うーん、少し違う。ほら、狼は月に向かって吠えるだろう? 群れをなす動物固有のコミュニケーションツールを、ほかの種族の動物が理解できるわけがないんだ」

「道具を使うか、とか?」

「それも違うね。野生のチンパンジーはアリを喰うために木の枝を活用するし、カラスは胡桃クルミを割るために自動車すら利用する」

「えっ、そう言われたら人間と動物の違いなんて……」

「あぁ、ほぼ無いんだよ。我々人間は傲慢にも自分が自然界の頂点にいる生き物だと認識しているが、ただ幸運なだけだ。唯一の文明を作る頭のいい生き物だとして無意識にほかの動物を見下しているが、動物たちの作る文明など微塵も理解していないし、自分たちより頭の良い動物がいるという想像も出来ていない。ほら、傲慢だろう?」

 早口で話すボルゾー氏の言葉をエリンギととともに咀嚼そしゃくしながら、トオルは想像力を最大限まで働かせる。自分たちより頭の良い動物がいたとして、人間の文明をどう考えるのだろう? こう思えば、陳腐なSFの主題のようだ。もしかして、目の前の男はリトルグレイ的な宇宙人をイメージしているのだろうか?

「それに、これが一番嫌いな理由なんだが、大義名分を傘に欲望を隠すだろう? 理性的な大人であれば尚更だ」

「欲望を隠す……」

「うん、動物は本能を――云わば欲望だとか欲求を――糧に生きている。彼らが生きている理由は清々しいし、とても単純で綺麗なんだ」ボルゾー氏の語りに熱が入る。「その点、人間はどうだい? 欲望を理性で制御しようとしている。それに、自らの手に入れたものを手放したくないと思うことも、人間の悪癖のひとつだ」

 ボルゾー氏のフォークが空を切る。皿の上のエリンギはもうなくなっているのに、彼はそれに気づかず語り続けている。

「なぜだと思う? 手に入れた物が、いつか消えてしまうからだよ。そう、人間の命も永遠じゃない。永遠じゃないからこそ、人は欲望を晒せないんだ。もしもメビウスの輪のように、人の命も物質も永遠であったなら、人間は矢継ぎ早に求め続ける。美しくないかな? あるべき欲望の姿ではないかな?」

 ここまで話したところで、雇い主はふと我に返った。首を降り、はにかむような笑いをトオルに向けると、またゆっくりと話し始める。

「すまない、わかりにくかったね。例えば、貧乏人は金を時間で買い、金持ちは時間を金で買う。そういうことだよ」

「えっ、どういうことですか……?」

「欲を晒すことの出来る人間は美しい。それ以外の人間は嫌いだ。君は前者であり、後者でもあった。こういう事だよ」

 トオルは徐々に混乱してきた。脈絡なく詰め込まれていく情報の洪水に、眠っていない彼の脳は悲鳴をあげ始めている。ボルゾー氏は一度語りだすと止まらないタイプで、饒舌にトオルを採用した理由を語っている。

「ただ、君にはあまり欲望そのものが無さそうなんだよ。高いバイト代で強欲そうな奴を引き抜こうと思ってたんだが、君は君でなかなか面白いね……」

 やっと話が終わったようだ。ボルゾー氏は冷蔵庫からウイスキーとショットグラスを取り出した。

「確か、眠れないんだったね。アルコールは眠気を誘発してくれる。良いアイリッシュがあるんだ、呑もうよ」

「あっ……。俺、実は下戸で」

「そうか、残念だ……」

「さっきまで素面しらふだったんですね……。それより、コーヒーとか頂けません? 喉乾いちゃって」

「君、意外と図々しいんだね……」グラスを傾けながら、ボルゾー氏は苦笑する。「カフェインは眠気を醒ますと言われているが、君はこのまま徹夜するつもりかい?」

「あっ」


 シンクに溜まった水は小波さざなみを立て、底にある皿の汚れを浮かせる。それを引き上げ、洗剤を擦り付けるボルゾー氏の背中を見て、トオルはあることに気づいた。

「ボルゾーさん、肩の上に何かいるんですけど……」

 出来の悪い陽炎のようにぼやけた物質が、彼の肩上数センチのあたりを漂っている。決して羽虫ほど小さくなく、生後三ヶ月の小型犬ほどの大きさのそれは、トオルが目を凝らすほど消えていくようだ。

「そうか、見えたか……」

「えっ、見えた……って?」

「明日の朝、地下室に来てくれ。話したいことがある……」

今回ほとんど進んでねぇ

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