ここではない、どこかへ
ボクは現在十五歳のごくごく平凡な高校生だ。
成績も普通。
運動も普通。
性格も普通。
容姿も普通。
何から何まで平均値。いや、まあ、中の上くらいにはいるかな。
そんなボクは、ある日、瓶詰めのカミサマを拾った――正確には瓶に閉じ込められたカミサマ、か。
「ねえ、ちょっと、そこのキミ。これの蓋を開けてくれないかな」
たいして盛んでもない部活をサボってブラブラと家に向かっていたボクの耳に、そんな声が届いたんだ。
「ここ、ここだよ」
誰もいないのに、声だけが聞こえる。
キョロキョロとあたりを見回すと、道端に瓶が一本転がっていた。
「そう、それ。ほら、拾って拾って」
ボクは決して臆病じゃないけれど、勇気溢れる、というわけでもない。
気味が悪いし素通りしようと少し足を速めたら、次の台詞で引き止められた。
「助けてくれたら願いを叶えてあげるよ。大丈夫、ホントに願い叶えるだけだから。後で悪いことなんか起きないよ、絶対。アフターケアもバッチリ」
う~ん……胡散臭い事この上ないけど、そそられる。
ボクは瓶を拾って太陽に透かしてみた。
確かに、何か入ってる。
迷う。
どうしよう。
「ほら、一思いに、開けちゃって!」
……なんかライトだし、ま、いいか。悪そうって感じ、全然ないもんな。
キュキュッと捻って蓋を外すと、中からふわりと霞のようなものが出てきた。
もやもやしていたそれは、ボクの目の高さではっきりとした形を取り始める。
なんだろう、強いて言うなら、トカゲ……?
猫みたいな耳とトンボみたいな羽は生えてるけど、基本はトカゲかな。
「やあ、ありがとう、助かったよ。ウチは狭いとこに入るのが好きでね。いい感じのヤツがあったからついつい潜り込んじゃって、気付いたら蓋閉められてたんだよね」
しゃべるトカゲってのは、シュールだな。
そんなふうに思ってると、トカゲは得意気に言ってきた。
「さあ、願い事は何? お金が欲しい? 頭良くする? 見た目変えるのは、色々大変だからやめといたほうがいいけど、周りに気付かれない程度にチョビッとイケメンにしてみるとか。一応ウチはカミサマの端くれだから、そこそこやれるよ?」
やけにフランクな自称カミサマだな。
まあ、試しになんか言ってみるか。
そうだな、……そうか、アレだ。
異世界。
ほら、ラノベとかなら、現実世界では平凡だったり平凡以下だったりするのが、異世界行ったらモテモテになったり英雄になったりするじゃん。
あれ、試してみたいな。
その願いを言ってみると、カミサマは渋い顔になった。
「……ホントにそうしたいの?」
「なんだよ、できないの?」
「いや、できるよ。できるけどさ……まあ、いいか。気に入らなかったらウチを呼んでよ。あ、名前はサラムだから。じゃ、いくね」
これまた軽い調子でサラムが羽を一振りした。
途端。
「――なんじゃこりゃ!?」
目の前に、巨大な昆虫。
立ってるボクより、遥かに大きい。
その上見た目はアレだ。Gで始まるヤツ。
「サラム! サラムサラムサラム!」
名前を連呼すると同時に、ボクは元の世界にいた。
目の前には、自称カミサマ。
いや、カミサマなんて言ってやるもんか。このトカゲモドキめ。
「何なんだよ、あれは!? なんであんなヤツがいるんだよ!?」
食ってかかると、サラムはしばしばと瞬きをした。
「いや、だって、異世界に行きたかったんでしょ? あそこ、こことは違う世界だよ?」
「もっと普通なとこがあるだろ!? ほら、ボクとおんなじような人間がいるところ!」
「あ、そこも注文に入ってるのね。異世界なんて腐るほどあるんだからさぁ、先に言っといてくれないと。ここと似たような、ね。だいぶ絞られてくるけど――じゃ、次」
場面一転。
あ、今度は普通だ。
ていうか、ファンタジーに出てきそうな感じ。中世っぽいっていうか。
そうそう。こういうとこなら、ボクも活躍できるじゃん。
まあ、最初は地道に生活して、そのうちほら、国を追われたお姫様とかと知り合って、とか。元の世界じゃ目覚めなかったボクの中の何かが目覚めたりするんだよな。あるいは、学校で勉強したことがこの世界ではすんごい知識だったり。
――そんなこんなで、三日三晩が過ぎた。
「お前、皿洗いもできんのか!? 無駄に水使いやがって、さっさと出てけ!」
……これで、追い出されるのは十件目だ。
バイトみたいな感じで日雇いの仕事はすぐに見つかるんだけど、ことごとくうまくいかない。
だって、おかしいだろ?
皿洗いって言ったら、普通に水ですすいで洗剤付けて洗ってまた水ですすぐもんじゃないか。
それを、汚れを藁で拭って砂でこすって払い落とすって?
不潔だろうが。
その前は掃除で汚れたから風呂に入ったらクビになるし。
その前は注文取りしてたら何故か客が怒り出した。
くそ、もうこんな世界でやってられるか。
「サラム!」
名前を呼ぶ。
と、また元の場所に立っていた。
「やあ、どうだった?」
「あんなとこ、ボクの住む世界じゃない。もっと文明が進んでるとことかないのかよ」
「文明ねぇ。……あそこならいいかな」
場面一転。
おお、ここはエラいSFちっくだな。
いかにも未来って感じだ。
よし、さっそく生活の基盤を……
――
――
――誰も雇ってくれない。
面接では必ず物理っぽい質問とか化学っぽい質問とかされるんだけど、さっぱり解らない。
視線がキツイ。
超能無しを蔑む眼差しだ。
理系教科は得意な方だったんだぞ、これでも。
ただ、ボクの世界の高校レベルが、この世界の小学生レベルらしい。
ボクが持ってる知識なんてカスもいいとこ。
くそ、ここもダメだ。
「サラム!」
また元の世界。
「どう?」
「もっと、普通な世界ないの? ここと似たような、でもちょっと違うってくらいの」
「え、でも、それじゃ意味ないと思うんだけど……」
「いいから!」
「んー、じゃ、あそこ」
場面一転。
今度はなんだか色々見慣れた感じで、普通に馴染めそう。
馴染めそうなんだけど、なんか、人の、顔が……皆超ブサイク。
よし、ここならボクってイケメンレベルになれるんじゃね?
特に取り柄がないのにハーレムでウハウハで働かなくても女の子が面倒見てくれたりとか。よくあるパターンだよな。
さっそく女の子に声をかけてみた。
「あ、ちょっと、キミ……」
女の子は振り返ってボクを見て――何、その顔。まるで、化物でも見たような……
「キモ」
は?
それって、『気持ち悪い』の短縮形?
何言ってんだよ、お前のほうがよっぽどブサイクだろうが。
腹を立てつつ、次のターゲットに。
「ねえ、キミ――」
「やだッ」
逃げられた。
何なんだよ。
ムカつきながら辺りを見回すと、やけにボクに視線が集中している。それも、あまり良くない感じで。
これは、僕らがキモオタに向ける目と同じような気が……
「サラム!」
元の世界。
「どうどう? 今度こそ楽しめた?」
「次!」
――それから、数限りない世界を訪問した。
ある世界では魔法で火も付けられないのかと罵られ。
ある世界では剣も振れないのかと罵られ。
ある世界では男だというだけで罵られ。
「――どういうことなんだ?」
地を這うような声でサラムを問い詰めると、ヤツはきょとんと見返してきた。
「え、何が?」
「なんでこんなに変な世界にばっか送り込むんだよ?」
「変、て……」
「もっと、ボクが活躍できるような世界があるだろ!? そういうところにしてくれよ」
「それは、結構難しいと思うけどなぁ」
「何でだよ?」
「だって、キミの知識、常識、文化、感覚……そういうものは、この社会環境で生きていく為に積み重ねられてきたものだろう? 別の文明に行ったら違和感ありありなのは当然じゃないか。キミが十五年かけて得てきたものは、今キミが立ってるこの場所で生きるためのものなんだから、ここが一番キミに適してるのが当たり前だよ。そもそも、この世界の中でだって、違う国に行ったら生きづらいだろう? 世界が変わったら、そりゃ大変だろうさ」
「……」
「で、どうする? 次行く?」
「……やめとく」
「あ、そう。じゃ、助けてくれてありがとね」
そう言って。
トカゲモドキは姿を消した。
――これが、ボクのカミサマとの遭遇及び異世界転移の顛末だ。




