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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第3章 ミストラル王国迷走
94/135

シルヴィオ・ハイドリヒ

 ミストラル大聖堂、かつてラフィーラ教の聖堂だったものが神聖教団のものとして活用されていた。ラフィーラ教の象徴たる白い屋根と壁を持つ真っ白な聖堂は青い屋根に変わっていた。

 神聖教団の象徴は青である。これは教主アウロラの髪の色が青い事が由来となっている。

 この城塞内部にある建物の中では1~2を争う程高い物見の塔が3本も存在する巨大な教会でもある。

 背が高いので城から教会まで行く方向は良く分かる。

 だが、水路があちこちに通っており、至る所に橋が架かっている美しい町並だが、初めて来た人が船を使わずに移動するには迷宮のようにしか見えなかった。


 クロードはぐったりしながら大聖堂に辿り着くと、対応した人間がクロードの身元をしるなりシルヴィオの場所へと通してくれた。


 クロードは大聖堂の中に入ると、中は非常に静かであった。ラフィーラ教徒であるクロードでも、この教会の礼拝堂は、神聖な空気を感じさせるものがあった。

 南側の窓に巨大なステンドグラスの窓があり、昼間はさぞ美しいのだろうと想起させられる。ミストラルにおける観光スポットの1つでもある。

 巨大な礼拝堂の右手にある扉の奥へと進み、シルヴィオの私室へと通される。ほとんど事務的な質素な椅子とテーブルがある程度で生活観の無い部屋だった。



「ようこそ、クロード。……おや、どうしたんだい、その傷は?」

 シルヴィオは私室にいても顔だけでなく頭をも覆い尽くし、口以外に何も見えないような鉄仮面をつけていた。

 快く迎え入れてくれたが、クロードの様子を見るなり仮面の奥の視線がクロードの腹部へと向けられる。

「え、あ、いや…ここに来る途中、黒尽くめの変な人に襲われて……。何とか逃げてきたんですけど」

「…ふむ………城塞内で強盗とはとんと聞かない話だが…………」

 シルヴィオは顎に手を当てて考え込むようにする。

「見たところ致命傷ではなさそうだが、水に濡れているし、血が流れて体温が下がると良くない。あと着替えを出そう。ちょっとまっていてくれ。教会の者を呼ぶから手当てを受けて行くと良い」

 そして、外にいる使いの者を呼び出して、クロードに手当てと着替えを出すように指示を出す。シルヴィオは得体の知れない仮面を被っていて怪しげではあるが、普通に気さくに接してくれていた。少なくともソフィアの持っていた彼への偏見だったり、セドリック達がいうように獣人や魔族を殺し回っている悪党には見えなかった。



 暫くして、クロードは新しい服に着替えさせられて、シルヴィオと再び対面する。右手で持つ布袋の中には、ずぶ濡れで傷だらけだった服が入れられていた。

「何から何まですみません」

「私が呼んだ客人だし、それは当然の事だ。それにしても災難だったね」

「ここに来る途中でしたので何か思い当たる事とかあったりしますか?ぶしつけで失礼かもしれないのですが」

 クロードはここに着いて欲しくなさそうな雰囲気を相手からうかがえたからである。

「いくつかはあるが………そもそも君を殺そうと言う意図がさっぱり分からん。君と私が繋がる事で、不利益を被る存在はいないと思うが。まあ……頭が弱く自身の権威を守ろうとする小賢しい愚者が、手下に何か吹き込んだのだろうな」

 シルヴィオは呆れたように溜息をつく。その口振りからすると、暗殺者の背後にいる人間をおおよそ掴んでいるかのような口振りだった。

 これ以上突っ込んでも何も出ないだろう。少なくとも目の前の聖人の仕業ではないのが理解できたやり取りだった。


 クロードは椅子を勧められたので、その椅子に座る。シルヴィオは紅茶を入れて、クロードへティーカップを差し出してから、自分のカップを持ってテーブルを挟んだ対面に座る。

「えと……それで……僕が知りたい事っていうのは?その…ソフィアさんにも話せないと仰っていたようですけど……」

 クロードは本来の話へと戻す。

「逆に…聞いて見たいのだが、君は故郷のアルベールで何か聞いて無かったのかい?」

「……いえ、特に……普通の田舎村ですし…」

 クロードは理解できずに首を傾げる。

 そんな様子を眺めるシルヴィオはクロードが全く理解していない事を察する。

「なるほど。全て途絶えていたのか。それとも関係者が若者に口を閉ざしたか。まあ、イヴェールと交流が失われていたからな、神聖帝国は」

 シルヴィオは盛大に溜息を吐く。

「えと、僕の村って何か特殊だったのですか?」

 重要な機密を持った村だったのだろうか、とクロードは不思議に思う。だから銀翼の魔公に襲われたというのであれば、あの理不尽な出来事は納得もできる。

「イヴェールの北部は歴史を辿ればどこの国だったかは知ってるかい?」

「えーと………ガイスラーだったかな?当時は帝国じゃ無かったとか」

 クロードは習った歴史を思い出すように口にする。

「まあ、ざっくり言えばガイスラーだろう。ガイスラーはそもそもノルテン連邦共和国の南部に存在した王国だ」

「ノルテン連邦共和国?」

「ああ。モンターニュ山脈付近やその北側は連邦国家だったんだ」

 モンターニュ山脈の北側はほとんど冬で、雪が解ける事無く、極寒の地である。クロードは昔の人はそんな場所でどうやって暮らすのか、大きい疑問を持つ。そもそも北の大陸の人間がろくに知らないのに、どうして東の大陸の人が知っているのかも不思議だった。

「……何で東の大陸の人が北の大陸事情をご存知なのですか?」

 北の大陸に住むクロードよりも詳しいというのはありえない。だが、さも当たり前のように口にするシルヴィオが嘘を吐いているとも思えなかった。

 200年以前の歴史が途絶えている為、イヴェールの歴史家はその歴史文献を探しているとも聞く。その歴史をこの鉄仮面の他大陸に済む外国人が知る理由もわからない。

「そもそもノルテン連邦の生き残りが移住して出来たのが神聖帝国なんだよ。勇者も神聖帝国を作った北の移民団も、歴史では現存するガイスラー出身だとあるが、そもそもガイスラーはノルテン連邦の一国家だったんだ。当のガイスラーは占領されていた過去をなくしたように歴史を伝えているし、モンターニュ近隣の文明は200年前の騒動で歴史が途絶えたし、よほど世界中を回って歴史に通じている人物でないと知る筈も無いのだけれどね」

 シルヴィオはクツクツと笑って肩を震わせる。

「もしかして歴史に詳しかったりするんですか?」

 クロードはそれを訊ねつつ、歴史やら考古学の好きな名誉侯爵を思い出す。

「いや、私は生まれや育ちの都合上、知っていただけだよ。正しく伝わっているのは帝国の皇家や一部の研究者くらいじゃないのか?」

 シルヴィオはあまり興味無さそうに返してくる。その素振りからすると、立場上知っているだけらしいのは明らかだった。逆に、目の前の聖人が、それほど高い立ち位置にいる存在なのだとクロードは考える。

「君も他人事じゃない。君はそもそもノルテンの末裔なのだから」

「僕が…ですか?」

「アルトヴァルト。ノルテン連邦共和国に存在した生命研究施設の1つだ。イヴェール地方ではアルベールと呼ぶらしいね」

「生命研究施設?」

 クロードは聞きなれない言葉に首を傾げる。

「当時、ノルテン連邦共和国は現在のリベルタに匹敵する高度な科学技術を持っていたらしい。この世界にはアルベール発祥という乳牛や冬小麦、林檎や馬など、品種改良されて世に出ている動植物がたくさんある。君は地元民だからその位は知っているだろう?」

「アルベール産のものが多いなんてのは聞いた事がありましたけど、郷土自慢程度の話かな~と…」

 地元民で外を知らなかった所為もあり、小さい村で地図の片隅にあるのにさも大事を言う大人達をクロードは信用して無かった。『ウチの品種改良の牛も豚も馬も世界中に~』なんていわれてもピンと来ないのは仕方ない。

「まあ、住民がその事実を途絶えさせたのは仕方ないかもしれないがね。そもそも住民そのものが品種改良されて生み出された実験動物のようなものだ」

「え?」

「勇者クラウディウスはアルトヴァルト出身ではないが、ノルテンの異なる生命研究施設で生み出された子供だ。ノルテンは自ら生み出した対魔公生物兵器アルゴスを制御する事が出来ず、アルゴスによって滅ぼされた。旧主国を恨んでいたガイスラー王国は残ったノルテン領の国を支配し、帝国を名乗った。そしてノルテンそのものを歴史から消し潰している」

「消し潰したのに知っているのも、神聖帝国だからですか?」

「私はノルテンの関係者だ。でなければ知る権利さえ無かっただろう」

 肩を竦めてフッと自嘲するのが仮面越しでも分かる。

「それはともかく、神への頂に立とうとした愚かなるノルテンは自らの生物兵器によって国が滅ぼされたと言うわけだ。為になる話だろう?」

 シルヴィオの説明にクロードは複雑なものを感じる。アルゴスというどう考えても現代技術では起こりえない生物兵器が、実は自分の村の祖国が関係したなんて思いもしなかった事だ。

 クロードはシルヴィオの話に対して自分にも関わっている事だったので好奇心を刺激させられていた。

 そしてそれこそがシルヴィオの狙いだった事に気付いてもいなかった。


「さて、話は変えよう。ノルテンはアルゴスに滅ぼされたが、生き残った者達もいた。勇者クラウディウスもその生き残りだ。あまり歴史では語られていないが、故郷には恋人もいたようでね、旧ノルテンで生き残った村には子孫がいると囁かれている。これは東の大陸では誰もが知っている話だ。真面目に研究している人間もいる位だが、皇家としては継承問題に大きい欠落を出すから、存在しないと否定しているがね」

「はあ……」

「クラウディウスの持つ魔力無効化体質、あらゆる精霊から避けられ、光の魔法攻撃さえ食らわない、対魔族に対して無敵と呼ばれる体質だ。その体質を持つ人間こそが、クラウディウスの子孫である。………そう、君の事だよ。君の魔力を見て正直に驚いた。そして君の故郷を聞いて、その答えを聞いて確信した。皇家が隠したかった現存する唯一の勇者の血筋がこんな北の果てに生き残っていたのだと」

「…ゆ、勇者の子孫?ぼ、僕がですか?いやいやいやいや」

ブンブンブンとクロードは首を横に振る。

「だが、私の持っている資料ではそうなんだ。いや、少なくとも子孫でない可能性が有ったとしても、その魔力無効化体質は間違い無くこの世界で唯一、クラウディウスの親類と呼べるだろうな」

「で、でも神聖帝国は…」

「神聖帝国は何度かあった政変でとっくに皇帝はクラウディウスの血を一切継いでいないよ。無論、帝国はその事実を一切否定しているが…」

 目の前の帝国貴族が、帝国に一切の不審しか持っていない口振りにクロードは困惑する。そんな危険な事を自分の前で言われても困るというのが心の声だった。

「……誰に聞いても帝国自体は変な印象しか持てないんですけど」

 クロードは引き攣り気味にぼやく。

 神聖教団の勇者は偉大だと聞きながらもノイバウアーやソフィアといったちょっと勇者と呼ぶには色々と抜けた感じの人達だったり、怪しげな仮面の男と言われていたシルヴィオは話してみると意外に気さくな印象を持ったが、誰から聞いても神聖帝国はダメな国という言葉しか返って来なかった。

 帝国臣民からの話を耳にして、改めて感じるものがあった。

 それにはシルヴィオも腹を抱えて笑い出す始末だった。

「無論、祖国でそんな恐ろしい事は言わないがね。もしも私が祖国を侮辱していたなんて通報されたら、私は君を虚言を弄したとして火刑に処す所存だから公で口にしないように」

「は、はあ…」

 冗談めかして口にするが、実際に祖国を侮辱したら立場が悪くなり、しらばっくれるしかないのだからそうなるのだろう。

 クロードは楽しげに話すシルヴィオという男を見て、本音や冗談を簡単に口にする男が見た目に反してまともであり、当初持っていた偏見や不信感はかなり薄れていた。


「まあ、話を続けよう。別に私も帝国に君を差し出す積もりは無いよ。私の身も危ういしね。だが、私は君を探していた。帝国にはばれると厄介だから公にするつもりはない」

 皇族の生き残りが北の大陸で見つかったなんていわれたらどこかの勢力に殺されかねないのは明らかだった。まさか先ほどの暗殺もそれなのではと勘ぐるほどだった。だが、今日はそれを聞きに来たのではない。

「何で僕を探していたんですか?」

 クロードは不思議に思う。

「私の目的の1つに対して、君の力が非常に必要なのだ。そしてそれは君とも共有できる話だと思う」

 シルヴィオは当然の確信を持つ様に語る。

 クロードとシルヴィオは初見である。知る由も無かった。にも拘らずここまで確信を持って話せる理由が、クロードには思いつかなかった。

「アルベールを滅ぼした魔族へ復讐したくはないかい?」

「!」

 クロードは言葉を失う。

「私は2年前ほどに聖剣騎士団の将軍としてこのミストラルへと派遣されていた。公的な目的は布教活動と背信者の処罰となっているがね。私の真の目的はアルベールを滅ぼした魔族を討伐する事だ」

「あの…銀翼の魔公の事ですか?」

「…銀翼の魔公?………なるほど、そっちではそう呼んでいるのか。その方が響きは良いな」

 シルヴィオはクロードの言葉に考えるように自身の顎を撫で、コクリと頷く。

「今度からそう呼ぼう。で、その銀翼の魔公を私は追っているという訳だ。だが、中々手強い。しかも奴は己を魔神シャイターンの転生と嘯き、魔族や獣人達被支配階層を利用して我々への対抗勢力を作ろうとしている」

「…我々と言うと……神聖教団ですか?」

「いや………世界だ」

「は?」

「奴は母親を殺させたこの世界そのものを憎んでいる。奴はこの世界に報復をしたいのさ」

 シルヴィオはまるで知り合いの事を説明するように淡々と語る。

 クロードはそのあまりにも知っているかのような口振りに疑念を抱く。

「何故、ハイドリヒ卿はご存知なのですか?」

 クロードの問いにシルヴィオは自嘲するように笑う。

「その話をするにはやはり説明が必要だ。これは、君がクラウディウスの末裔だ…という話にも通じる。ノルテンの移民団が作ったのがクラウディウス神聖帝国。歴史で言えばガイスラー地方の民がアルゴス騒動を受けて船で移民した…とあったかな?」

 前者は実の歴史、後者はクロードの知る歴史である。

「そしてノルテンの民は、クラウディウス帝国領にある小王国で生命研究を継続して続けられた。それが私の故郷であり銀翼の魔公の故郷であるノルテンベルクだ」

 銀翼の魔公の同郷、その言葉で多くのことが物語られる。目の前に座る鉄仮面の聖人は最初から銀翼の魔公を知っていたのだ。

「人の身で神への頂へ到達するのがかの土地の目標。私と銀翼の魔公はその神への頂へ到達する過程に作った人工聖人だった」

「じ、人工聖人?」

 人の身で聖なる力をもつ存在を生み出すなんて神をも恐れぬ所業である。

「ありえるんですか?いや、でも…」

 クロードは質問してすぐにそれがあり得るのだと理解する。

 目の前の男は聖人指定されており、多くの戦場で聖なる魔法を使って敵を殲滅させたというのは有名な話だ。銀翼の魔公も立場は違えど似た噂は多く聞く。どちらも人工聖人である事は間違いないと言えるだろう。

「聖人の子供から聖人が生まれるとは限らない。だが、聖人から生まれる可能性は高い。聖なる魔法は高魔力でないと使えないから、魔力が低いと聖人にならないという意見が出た。そこで、魔力の高い女魔族から聖人を生み出せばよいと彼らは考えた。私の父は監禁していた魔力の高い女魔族を使って子供を孕ませた。そして生まれたのが私と銀翼の魔公だ」

「え?………って事は兄弟!?」

「そういう事になるな。だが決定的に違う。人と魔族の間に生まれる子供は魔族の時と人の時があるだろう?双子でありながら、私は人として生まれ、奴は魔族として生まれた。そして……私の弟は、神聖教団が認めていない聖なる魔法を使える魔族だった」

「!」

 銀翼の魔公が目の前の鉄仮面の聖人の弟?

 余りにも突拍子も無い真実にクロードは混乱する。

「神聖教団は私が魔族に似た容姿であったが、人間であったために聖人であると認定した。そして、この鉄仮面を与えてその容姿を隠すように命令をした。対して、知られてはならない聖なる魔法を使う銀翼の魔公とそれを産んだ我々の母を、神聖教団は殺す事にした。そして銀翼の魔公は……母親を殺される前に食い散らかし、全てを破壊した。研究施設も、村も、国も、全てだ」

「……母親を……食う?」

「分からぬ。事実としてそうなった。それを私は見たからそうとしか言えない。だが、私だけが生き残った。兄弟の情か、理由は分からないが…、奴は私を生かした。私は奴を止めねばならない。その罪を購わせなければならない。そして…私の同胞達を殺した奴に復讐せねばならない」

 深い悲しみと強烈な憎しみを押し隠すような声音でシルヴィオは復讐を口にする。

 クロードはその言葉を聞いて、ふと思い出すのは自分の故郷である。ちょっと出かけた帰り、黒い煙が村の方に上がっている事に気付いて、慌てて愛馬ロベールに乗って引き返していた。村の空を銀の翼を持つ何者かが去って行くのだけが見えて、そして辿り着いた故郷は何もかもが滅ぼされていた。焦げた死肉の臭いが充満し、建物は全て崩壊し、親がおらず大事に育ててくれた祖父母、仲の良かった友人達、実の親の様に接して物事を教えてくれた師匠や先生達、大事に育てた家畜、全て死に絶えていた。

 その後、クロード自身も何をしたかよく覚えていなかった。

 気付いた頃には、ロベールと一緒に近くの村に下りて、生活する事に必死だった。

 冒険者として活動する為に初級冒険者の多く集るピドの町に出ようと決意して、森を出た頃にマリエッタと出会った。

「………僕だって……故郷の事を忘れた訳ではありません。でも……」

 目の前のシルヴィオという男は、銀翼の魔公を倒す以前に多くの人々を殺している。手を貸すなんて考えられなかった。現在は北方で戦争も行なっているのは知っている。イヴェールの騒動の黒幕と言う噂もある。

 犯罪者であるノイバウアーが堂々とこの街にいるのも彼の影響は否定できない。そもそもこの国がラフィーラ教から神聖教団に鞍替えしたのも目の前のシルヴィオの手だと言う。どう考えても信用できない。

 その不信感は恐らくはシルヴィオもまた感じたのだろう。

「私は容姿が魔族そのものだ。故にこの仮面は外せないし、外す許可も得ていない。そして、神聖教団には一切反意を向けることは出来ない。私は非常に弱い立場だ。聖人指定されたが、その反面では弟が銀翼の魔公であるという事実もある。私は現在の父親であるハイドリヒ伯爵の一存で生かされている立場だ。神聖教団の古典派という人間とエルフを尊ぶ派閥に属してはいるが、故郷が故郷だけに決して人種差別を好んでしている訳でも無いのだよ」

 シルヴィオの自己弁護ともいえる説明は、クロードにとっては思う事がある。アルベールでも様々な種族が暮らしていた。彼もそうであったならば、変な差別意識はないのだろう。

「生きる為に仕方なく……ですか?」

「生きる?……ああ、君は神聖帝国を知らないのか?生きるより死んだほうがマシな地獄だよ、あの国における魔族の扱いは」

 ハハハハと笑うシルヴィオの言葉にクロードはぞっとする。乾いた笑い方に酷い説得力が存在していた。魔族にとっては地獄のような場所、たしかにそういう話を耳にはしていた。そこに生きる差別意識のない人間の口から言われてしまうと何も言い返せそうになかった。

「私ほど強力な聖なる魔法使いとなると強力な首輪も掛けられてる。裏切れば直に彼らは私を教団に連れ帰り地獄のような責め苦を味あわせて殺すだろうね。私が死ぬのは構わぬがね。彼等は銀翼の魔公の恐ろしさをよく理解していないのだ。私を殺せばアレを倒せる存在がいなくなると言う事実を本当の意味で理解していない。私はあの愚かな連中を宥めすかしながら世界を守る為に戦っている。教団の首輪がなければ、私とて銀翼の魔公討伐を最優先にして、ミストラルでの布教活動や戦争への加担などしたくも無い。そもそも教団はミストラルを利用して派閥を広げたいだけだからな。銀翼の魔公を倒したい私を利用しているだけだ。事実、北の大陸で私の悪評が多く飛び交っているだろう?全て教団の差し金だと弁解しておこう」

 シルヴィオは口元を歪めて自嘲する。母国に対して辛辣な言葉を吐く。

 クロードはシルヴィオの言葉が嘘でないとも感じ取る。難しい立場に置かされている為に、やりたい事が出来ていないというのは恐らく真実なのだろう。

 だからと言って人殺しの手伝いなんて許容できない。


「まあ、言い訳になってしまうがね、それでも私は今の状況を受け入れるつもりだ。世界を滅ぼす準備をしている銀翼の魔公を止める為に利用できるものは何でもすると決めている。だが、ここに来て大きい問題が出てきた。私の見立てではあと1月もしない内にこの北の大陸は厄災に見舞われる。奴が拠点にしている場所は、ミストラルより北方、ガイスラー帝国ヴァロワ領のさらに北にあるアルトベルクという旧ノルテンにあった生命研究所だ。名前を聞いて分かるだろうが、君のいたアルベールと同じような村だったらしい」

「そこを拠点とされると問題があるんですか?」

「どうも……私の斥候からの報告によるとアルゴスを作っているようだ」

「え」

 今から二ヶ月前、この世界グランクラブでいえば大体120日前ほど、クロードがアルゴスをその目で見てから流れた歳月である。だが、あの異様さは昨日のことのように思い出せる。それ程、恐るべきモンスターだった。

 確かに自分が倒したモンスターであるが、ルーシュがいなければ何も出来なかっただろう、あの山の様に巨大な生物は人知を超えていた。

 今、あんなモンスターが現れたとんでもない被害を出すのは明白だった。クロードもさすがに目の前の聖人がとんでもない魔法使いであるとは分かっていても、アルゴスと戦って勝てるとは思えなかった。

「ミストラル側についた状態で私はここに来ているから、聖剣騎士団を連れてガイスラー領を縦断してアルゴス討伐へ赴けない状況にある。正確にはアルゴスを新たに生み出そうとする銀翼の魔公を…だが」

「ガイスラーに協力要請を頼めば?」

「既に行なっている。とはいえ、どうも近年のガイスラーは領土拡大を望んでおらず、無用の戦争は避ける傾向があるようだ。まあ、だからこそミストラルが未だに滅ぼされていない訳だが、彼らは領外への活動そのものを禁じられているようだ。アルトベルクは軍事活動をしていないから攻め込むような事は出来ないらしい」

「だから戦争に介入しているんですか?」

「ミストラルが起こした戦争だが、私がアルトベルク襲撃をするための算段をその中で練っているという所だな。聖剣騎士団をどうにかアルトベルクへ進ませる為に戦線を東の方へとずらしている状況にある」

「国を迂回は出来ないんですか?」

 北の大陸の中央にある大森林はどこの国の領土でもない。遠回りだが、ミストラルから西へ向かい、大森林を北に進みつつ、モンターニュ山脈へ登ってから東へと戻ると言うガイスラー迂回ルートがあった筈だ。、

「それは厳しい。時間も足りない。かなり切羽詰った事になっている。敵や味方の数万が死のうと、アルゴスを止めなければ近隣住民数十万が軽く消えるだろう。被害がどれほど広がるか想像もつかない。私はアルゴスが動く前に銀翼の魔公を倒さねばならない」

「……それは…」

 アルゴスが復活すれば近隣の村が数十万は死ぬらだろう。軍人が戦争で数万人死ぬのとは訳が違う。

「手を貸して欲しい。戦争に加われと言うつもりはない。君がいれば銀翼の魔公との戦いは格段に楽になる。君のその異能は銀翼の魔公や魔王のように圧倒的な魔力を持つ魔族に対してのみ強力な力を持つ。この通りだ」

 シルヴィオは頭を下げる。

 神聖教団の聖人に頭を下げられて、きっぱりと断れるほどクロードも強く出来てはいなかった。何より、目の前の聖人は自身の過失を理解したうえで、世界を救うために多くの犠牲に目を瞑って、己の悪評を甘んじながら戦っているからだ。

 聖人……と呼ぶよりは勇者と呼ぶ方がよほどしっくりくる、クロードはそう感じるのだった。


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