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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第3章 ミストラル王国迷走
87/135

王様と王子様

ルーシュ達と面談を終えた後のセドリックの話です。

 セドリックはルーシュを呼び出した後、執務室で黙々と自分の仕事を終わらせる。

 最後の書類に判を押し、担当者に書類を渡す。仕事を早く終わらせたので、冒険者の館に顔を出そうかと考えていた。

 とはいえ、流石に国王なので早々に外に出ることは許されていない。その為、小さい頃から使っている抜け道を使ってお忍びで抜け出す事にするのだった。

 実際には公務として外に出たいところだが、冒険者という仮の姿を他人に知られるわけにも行かないのだ。冒険者内では知られていたとしても、国王が堂々と他国に介入可能な冒険者協会を利用する等公にするわけには行かないからだ。


 だがセドリックは城にある抜け道へと入るところでバッタリと自分の息子に出会ってしまう。

 自分同様に金髪碧眼で、冒険者然としたみすぼらしい姿であった。たまに外に抜け出しているのは知っていた。だが、よもや同じタイミングで出会うとは思わなかった。

「ルカ。どこに行くつもりだ?」

 セドリックは、こそこそと裏手の道を歩いて行こうとするルカに、背後から声をかける。

 市井にお忍びで出掛けるときは別の格好だったと認識していた。だが、卿の姿は明らかに冒険者風の姿である。

「え、えーと………ちょ、ちょっとお出かけを」

 ルカはビクリと反応して、オドオドと背後を振り向く。父の姿を見てかなり緊張していた。国王と王子ともなると血は繋がっていても通常の親子として接することは叶わない。

 国王は仕事で忙しく宮廷で活動する事が多く、妻子は後宮で暮らすからだ。

 特にルカはつい先日までクレマン王兄の暗躍があり命を狙われていた為、王妃フランシーヌが一手に支配している後宮から出る事は非常に少なかった。

「ふむ……冒険者の館は危ないから1人で行くのは禁じていたが……」

「はうぅ」

 ルカは図星を疲れて顔を青醒めさせる。

 父親であっても接点は少ないが故に、威厳のある国王にジロリと見られて、息子はかなり恐れていた。

 とはいえ、セドリックとしてもいくら接点が少ないとしても息子にここまで恐れられるのは悲しかった。

「俺は冒険者の館に用事がある。一緒に来るか?」

「…よ、良いのでしょうか?」

「嫌なら来るな」

「行きます!」

 ルカは慌てて一緒に行く事を訴える。

 ルカにとって父親に対する感情は恐れでもあるが、それとは別に父親と一緒に行動できる事に興奮もしていた。調べれば調べるほど、教育を受ければ受けるほど、父親がどれほど偉大な存在なのかが分かってきて、強い尊敬を抱いていた。

 その父親と一緒に行動できるというのはとても嬉しかった。




 そんな事もあり、セドリックは子連れで冒険者の館にやって来ていた。金髪碧眼だが冒険者然としたみすぼらしい姿はどう見てもこの国の国王には見えなかった。

 とはいえ、流石にこの町に住む人間が自国の王を知らない訳もなく、シャトーに長く住む冒険者は一目で分かるのだが、見て見ぬ振りをするのがお約束となっている。

 セドリックは冒険者の館にある受付にてファルコン便で届いている手紙を受け取る。息子は何をしているのだろうと見上げていた。


「やはりか…」

 セドリックは手紙の中身をザッと読んで、溜息交じりにぼやく。

「お父様、それは何ですか?」

 ルカはセドリックにしがみ付いて訊ねる。手紙を見ようと背伸びをするが見えそうには無かった。王子ルカ・イヴェールは冒険者然とした格好をしているが、齢6歳であり、セドリックよりも女顔でどちらかというと妻フランシーヌによく似ている。

 セドリック1人だったら没落貴族程度にしか見えないが、さすがに親子でいれば国王と王子であることはバレバレであった。


 国王様と王子様だ。

 バカ、話しかけるな。

 あの方はセイ・レ・ビスコンティ様とルカ様だ。王様と王子様じゃない。

 ここに来ていることは見てみぬ振りをするんだ。



 そんな感じでコソコソと小さい声が漏れている。

 セドリックは気付いているが、気付かぬ振りをしていた。冒険者気分をしたいルカを尊重したかったからだ。

 セドリックは必要に迫られて冒険者協会へと仕事で来ているが、ルカはただの好奇心で一緒に同行しているだけである。

「ミストラルの指示でここに勇者が来ていたが、どうにも裏にあるミストラルが胡散臭いと思ってな。隣接した場所に領を持つ友人に連絡を取っていたんだ」

「お父様。胡散臭いとは?あの勇者様はとても真面目な方に見えましたが。頭は固そうですが…」

 ルカはアップルパイを買いに行った際に、ルーシュに迫った女勇者を思い出して、何となく答える。

「……昔の友人にグローリアという女がいるんだがな。西の大陸の神聖教団自由派に属する聖女だ」

 セドリックは思い出すように口にする。

 聖女グローリア、神聖教団のあり方に疑問を持った信者の中から、より自由な思想を許容する派閥を作り、西部大陸最大派閥を作り神聖教団自由派、或いは西方教団として地位を作った女性である。若い頃は冒険者として勇者と聖女の称号を受けてすべての大陸を歩き回ったといわれる偉大な女性である。

「グローリアに手紙を貰っていてな。とても良い子なのだけど、頭が堅くて視野の狭い勇者がそっちに行くから、正しく成長できるように導いて欲しいと頼まれたんだ」

「お父様の知り合いは凄い人がいっぱいで羨ましいです」

 聖女グローリアは歴史上でも西の大陸では西方帝国初代皇帝やリヴェルタ独立運動の指導者に並ぶ大人物である。一国の指導者として面識があるのではなく、冒険者時代に友好を結んでいるという点が他者とは全く違う部分でもある。

「だがな、俺はああいう女勇者みたいな人間は苦手なんだよ。気が強くて正義感が強くて生真面目で融通が利かない」

「あー」

 ルカは言葉の大半を理解出来なかったが、真面目で融通がきかない人間という点で何となく理解する。自分の母がまさにそんな感じだからだ。

 セドリック・イヴェールは、多くの改革を興し、イヴェールの国力を貧弱な北の大陸最大国家から世界の大国へとのし上げた名君である。普段は傍若無人で適当な振る舞いをしているが、若き天才国王として国民に畏敬を持たれている男だ。しかし、王妃の尻に敷かれているのは有名である。

「ウチの嫁みたいに思慮深さの1つもあれば良いのだが、あの女は典型的な神聖教団のお嬢様だろう。ありゃ手に負えないね」

「はあ……」

 肩を竦めるセドリックに、ルカは生返事で返す。ルカも母親を相手に歯向かおうと思った事はないので同感ではあった。

「人は頭をもっと柔らかくしないといけない。固定観念というものこそが、邪魔になる。国家の思想や宗教は善悪や真偽を超越して固定観念を植え付ける。偉大だとか偉いとか、そういう考えは辞めた方がいいな。リヴェルタでは、これこそが最も正しい学術理論と呼ばれていたものや、正しい歴史と教わったものが、突然の発見によりひっくり返る事がよくある。人類が先へ行くには何もかも柔軟に受け入れていかなければならない」

「……なるほど。お父様は凄いなぁ」

 ルカの知る父親はとても賢い。世界の色んな事を知っている。知らないことなんてないのではないかと思うほどに。自分と同じように様々な勉強を続けている。ルカは偉大な父親を尊敬するような目で見上げていた。

「で、話は飛ぶが、この受け取った手紙はオリハルコン時代の元部下の手紙だ。今はガイスラー帝国で貴族になって、ミストラルと隣接した辺境領を治めている」

「あ。もしかして鬼神スティードですか?獣人族の英雄」

 ルカは父のかつての部下に偉大な人物や英雄がいるのもちゃんと知っているので、目を輝かせて、畏敬の念をさらに深めて訊ねる。

 そんな息子に気圧されるようにセドリックは苦笑を見せる。

 鬼神スティード、かつて大陸に存在した鬼族のように強い事からその名で世間には浸透したが、オリハルコンの同僚からは性欲魔神と恐れられた。


 あんなのにまで憧れてくれるなよ?


 父親としての常識というものを持つなと言っておきながら、世間一般の常識的観点で心配する。

「どのような事が書かれていたのですか?」

 好奇心に赴くままに息子は父親の手を引っ張って話をせがむ。

「ミストラルは随分と様変わりをしていて、戦争が絶えないと愚痴が書かれていた。それと、亡命してくるのが獣人族や魔族ばかりだと」

「?」

 とはいえ、セドリックの説明はいくら帝王学を学ばされていても、子供の身の上で分かるものではなかった。

「簡単に言えば、ミストラルは戦争を仕掛けてきて、ガイスラー領にいるスティードの領内は困っている。どうやらミストラル国内は獣人や魔族に対して良くない状況が続き、ガイスラーに逃げてるって事だな」

「その前の魔族差別もありましたが、どうして魔族や獣人の方はいじめられるのでしょう?」

 王妃フランシーヌや、フランシーヌが信頼する人間に躾けられたルカは人種差別自体を理解できなかった。イヴェールはそもそもラフィーラ教徒が大半。先の戦争で魔族が国際的に差別対象にされていたが、この国では差別する理由が曖昧に伝わっている。国際協調をするなら魔族は差別すべき、という程度にしか認識が無いのだ。

「ふむ。歴史は習って無かったか。簡単に言うとだ。昔、人間とエルフの冒険者パーティによって魔王を倒した。だから魔族は悪、人間とエルフが偉い。それだけの理由だ」

 それだけで世界的に差別を受けるのはおかしいのだが、クラウディウス神聖帝国と神聖教団は魔族を貶める事で人気を稼ぎ、成り上がっているので、東の大陸における魔族排他主義は徹底されている。

 西の大陸では反乱が起こったが、東の大陸では最大国家と宗教が結びついて徹底して弾圧していた。その力は北の大陸にも伸び始めている。

 セドリックはそれがミストラルにまで飛び火したのだと感じていた。でなければ神聖教団を国教としているガイスラーに、宗教の自由を与えていた筈のミストラルから、魔族や獣人族が亡命する筈も無いのだ。

 本来であれば逆なのだ。

「なんだか……モヤモヤします」

 息子は親しい隣人を虐められているような感覚を感じて怪訝そうな表情を作る。

「国の事情なんて理不尽なものだよ。その理不尽を纏めるのが国王の仕事だ。面倒くさい事この上ないだろう?」

 ワハハハハと笑い飛ばすセドリック。

「そうなのですか?」

「ほら、税金は払いたくないけど、設備は作って欲しいという国民。税金取らなきゃ設備なんて作れないだろうに。国だって、将来はこうしたいけど、今すぐこっちの仕事を先にやらせないといけない。そうするとお金がないから税金を上げないといけない。国債を発行するというのも1つの手だが、そもそも開発しても元手を取れるか分からないのだから、借金をする意味も分からない。この国は俺の資本投資によって出来てるからな。だが投資はほとんど回収できないとんだ不良物件だ」

「そんな事を言いながら正しく国を発展させるお父様は凄いのだってお母様は言ってました」

「いつか、国が俺の手から離れたら、3人で世界を回ってみよう。リヴェルタは良いぞ。あの国にはすべてがある。旧アレックス帝国の観光地も趣があるし、西方神殿も綺麗で絵で見るよりも遥かに美しい」

「世界……冒険者みたいにですか?」

 ルカはお伽噺にある冒険者の格好良い旅を思い出し心を躍らせる。

「流石にそういう貧乏旅はもう勘弁願いたいが…」

 青い瞳をキラキラと輝かせる息子に対して、辟易するよな表情でセドリックがぼやく。

 セドリックは世界の厳しさをよく知っている。子供の描く物語のような冒険者らしい活動は格好良いものに映るかも知れないが、実際にはかなり過酷なのである。


 何せ、セドリックは厳しい下積み時代があったからだ。冒険者になって一旗挙げるなんて簡単、みたいなつもりで飛び込んだ世界だったが、実際にはそうではなかった。

 騙されて無一文で放り出されたり、宿屋の馬小屋で寝かせてもらったり、モンスターの集団から死に物狂いで逃げたり、何度となくモンスターや敵兵に殺されかけて生死を彷徨ったり、腹が減って雑草やミミズさえも食べた事がある。今でこそ偉大な冒険者だった過去も持っている王様だが、毎日をどうにか生き抜く事に必死だった時代もあるのだ。

 ただ、セドリックは頭が良かったので底辺からでもうまく抜け出せた。普通の冒険者は学が無いので抜け出す事さえかなわない地獄であろうと同情する。


 息子の事は置いておき、セドリックは再び手紙に視線を戻す。

 手紙にはさらにこのように続いていた。

『亡命者が多く、我が領では手が回らない状況にある。ミストラルでは大改革が起こっているようでイヴェールにこちらで溢れている亡命者の受け入れを願いたい』

 本格的にミストラルは暴走し始めているのが、学の無いスティードからの手紙でも分かるように書かれていた。

 ミストラルの政治と宗教による弾圧で追い詰められた獣人族や魔族達が亡命を始めたのだろう。セドリックの認識ではミストラルは神聖教団とラフィーラ教会で2分された国家だったが、明らかに犯罪を犯した勇者ノイバウアーを無罪としており、完全に神聖教団側に立っている事が窺えた。

 だが、亡命状況を考えると、国の上層だけでなく国家の下々にまで影響が出ている事が分かる。つまり国民そのものが宗教的に変わっていたという事だ。

 ミストラルの北端と隣接するガイスラー領の西端に位置するスティードのヴァロワ領は亡命に丁度良い辺境である。ガイスラー帝国自体は現在のミストラルと同様に神聖教団正教団派に属している宗教が幅を利かせているが、ガイスラー帝国唯一の獣人種貴族という事もあり、景気が良くて人員募集されている為に、亡命先としては最良の地であった。


 神聖教団正教団派とは一括りにされがちだが、獣人を下等とする教えもあれば、獣人も普通の人と同じように扱う教えもある。ガイスラーに広まっている神聖教団はどうやら獣人を下等とするような教えではないらしい。実際、功績ある獣人を新しい貴族に取り立てているのだから。

 とはいえ、いくらヴァロワ辺境伯領が広大な辺境故に、人手が不足しているからと言え、いきなり大量の人が押し寄せれば、領政を逼迫する事になる。万を超える人間が十数万人しか住んでいない辺境伯領に流れ込んだら、難民を支える事が困難なのは明白だった。


「ミストラルの事情を裏で聞こうとしていたが、スティードの方が既に困っていたか。とはいえ、シャトーから海を越えて東へ直線距離にして2000キロもあるミストラル王国の人間の亡命に手を貸せといわれてもな。大森林を挟んだ隣国は、ぶっちゃけ遠いんだよなぁ」

 セドリックは呆れるように溜息を吐く。

「でも国境線は直近くにありますよね?」

「ほう、国境線は覚えてたか。さすが俺の子供だ」

 よしよしとセドリックはルカの頭を撫でる。

 それにルカは嬉しそうに笑顔を見せる。

 セドリックは自身が世界でもかなり珍しいレベルの天才児として生まれてきた事を自覚しているので、息子に自分と同じレベルを求めていなかった。だから息子が年相応以上に知識を見せれば、やはり嬉しそうに誉めるのである。

 それが良い循環となって息子が勉強熱心になっている事に気付いてはいなかったが。

 実際、宮廷では幼いながらも利発であると評判であった。少なくとも宮廷にいた頃のセドリックは愚者を演じていたので、親と違って息子は賢いと言われている。

 それに関しては心外だったが、我が子が誉められる事に関してはまんざらでもなかった。

「そう、国境線は近くに引いてある。我が国東端にあるノアイユ辺境伯領のイストボーは大森林の丁度真南にあるからね。そこから200キロほど東側にミストラルと大森林の国境線がある。さあ、では何で大森林で国境線が引かれているか、分かるか?」

「えと…モンスターがいるから?」

「それも正解の1つではあるが、あの付近の海と陸の境界線は沼地ばかりで、足を取られるとそのまま沼にはまり込んで出れなくなる地域なんだ。探検する人間が悉く行方不明になるから開拓が進んでいない。一応、モンスターが正解と言うのは、その北方はモンスターがたくさんいるから国境線を深く切り込めていないんだ。海沿いの開拓も森の開拓も出来ていないというのが我が国の東部国境線事情という事だ」

「そうなんだ…。冒険者の方々でも無理なのですか?」

 難しそうな顔でルカは首を傾げる。

 国境線開拓は本来国の仕事であり、国籍に縛られない冒険者の仕事ではない。冒険者が開拓を行なう場合は、国境の奥にある人の手の届かない場所だ。ミストラルとの国境付近の開拓なんてやらせることは不可能だ。

「冒険者は国の為に開拓させることは出来ても、ミストラルとの微妙な国境線の開拓は無理だな。あいつらの報告先がミストラルならミストラルの土地にされるだろうし」

 セドリックはどうも息子が冒険者に対して過剰評価しているような気がしてしまう。確かに勇者といえば冒険者出身なのだが、冒険者というのは言ってしまえば、特定した居住地を持たない無職で、モンスターの討伐を含む日雇いの雑用なのである。

「ああ、なるほど」

 ルカは納得したように頷くのだった。


 2人は冒険者の館を出て町を歩く。

 街並はいつものように賑やかで活気がある。冒険者然とした親子を見ても、大半はスルーする。だが、偶にギョッとして振り向くものもいる。

 商店街の小母ちゃんに至っては、セイちゃん久し振りね、今度店によってらっしゃい、などと声をかけるつわものもいた。


 そんな喧騒の中を溜息混じりにセドリックがぼやく。

「……近々、ミストラルと揉めるかもしれないなぁ」

「せんそーするんですか?」

 ルカははぐれないように父と手を繋いで歩きながら、不安そうな表情で父親の横顔を見上げる。

「それを揉めない様にするのが俺の仕事だが………向こうはやる気がありそうだな」

「なんだか、怖いです」

「ルカ。戦争は嫌だよな」

「うん」

「とはいえ、困っている人を見捨てるのも嫌だろ?」

「うん」

「だよなぁ。さてと、どうするかなぁ」

 ミストラルの亡命者を救う事は出来る。

 本気を出せばユグドラシルに手を回し、傭兵を動かして亡命者の救助を行ない、ガイスラー経由で、船によるイヴェールへの亡命をさせるという荒業だ。ミストラルにもガイスラーにも、冒険者時代にセドリックの息がかかった人間はいるのでどうにかなる。

 だが、理想としてはイヴェールと関係ない人が亡命者を救って、イヴェールに亡命者を送ってくれらのが好ましい。

 イヴェールにも人手不足な開発中の辺境が北部に広がっている。そこに多くの民を送って生活してもらえれば良い。ヴァロワ領と異なり、イヴェールにはそれを成す元手の資金が腐るほどあるのだ。

 実はイヴェール王国が暗黒世界の魔公達のサポートをして、多くの魔族の亡命者を受け入れているのは、かつてレヴィアに救われた恩義によるものであったが、実際には国の利もあったからだ。

 そこら辺を貴族達は理解していなかったが、北部開拓によって国益の10分の1が練り出されている。そして魔法に通じた魔族達の開発力は常人の倍は役に立つ。同じ支援で倍以上の速度で開発する魔族達が来てくれるなら願ったり叶ったりだったのだ。

「魔族だけの話なら、ルーシュに相談すればいいんだが…獣人までいるとなると想定される人口は万を軽く超える。それは個人に頼めるレベルを超えているなぁ」

「ルーシュ君は魔族なら救ってくれるの?」

 ルカは小首を傾げる。

「頼まなくても獣人も一緒に救ってくれそうだが、そうなるとアイツ個人じゃ無理だ。金も権力も無いんだから。魔族が焼かれている時だって、命を守りはしたが、最終的に彼らを助けたのは我が国の人民だからな」

 ミストラルの首都の人口は推定20万人。シャトーの半分程度。

 迫害対象となるドワーフや獣人、魔族などはその3分の1ほどという話しだった。おおよそ7万人はいるだろう。

 1000人ちょっとの魔族を救う事すら出来ない彼に、それを頼むことは不可能だ。

 西の大陸ならばリヴェルタが人権侵害をする国家に圧力をかけて、相手と交渉する事も可能だが、北の大陸では厳しい。

 人権や人道と言う考え方は、リヴェルタにとっての常識ではあっても、北の大陸や東の大陸では理解されていない。イヴェールの教育制度に取り込み、その事を教えるのは比較的簡単だったが、それは宗教的な道徳として『皆仲良くしましょう』というラフィーラ教会の教えがあったからだ。実はイヴェールに起こった貴族の反感がこういう部分からも来ている。

「ちょっと相談してみるかな」

「相談ですか?」

 セドリックのぼやきにルカは首を傾げる。

「ルーシュとは近い内に再び会って、話だけはするつもりだ」

「僕もルーシュ君とお話したいです。お父様はルーシュ君を頼りにしているんですね?」

 ルカは楽しそうに、しかし少しだけ羨ましそうにする。ルカとしては偉大な父親に認められたいと思っているが、まだまだ子供扱いされている。

 勿論、仕方ない事だと理解しているが、アップルパイ屋台の常連としては屋台の店主が認められているという事が少しだけ嫉妬を覚えさせていた。

「アルゴスという怪物を倒したルーシュの能力ならば、この町を滅ぼすなど造作も無いことだ。だが、あの子が今回の騒動で取った行動は非常に平和的解決を図るものだった。レヴィア様から言わせれば大きいリスクを持つ事だろうが……。信頼できるとは思う」

「あの勇者様より?」

「どの勇者かは知らないが、勇者なんてのは教会の作った偶像だ。偶像は心に安らぎは与えても、人そのものは決して救えない」

「…じゃあ、誰なら救えるのですか?」

「誰かが救うんじゃない。誰かに救ってもらおう何て思っているうちは誰も救われない。誰もが隣人を少しだけ気に掛けて、隣人を含めて皆で救われようと行動しないと自分が救われる事なんてないんだよ」

「?」

「まあ、いずれ分かる様になるよ」

 セドリックはルカの頭を優しくなでて笑いかける。

 以前、ちょろっと顔を出していたのですが、ちゃんと名前が出るのは初めてな王子が出ています。

 第二章で一切存在を匂わせなかった理由は本編の通り。決して作者がうっかり忘れていたわけではないのです。本当ですよ?(震え声)

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