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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第3章 ミストラル王国迷走
85/135

留守にお客がやって来た

 ルーシュの家のソファーにレナ、クロード、マリエッタ、ソフィアの4人が卓を囲む様に座り、パトリシアが紅茶を淹れて全員分を置いていく。

 レナはどこから話せばいいのかな?と考えているとソフィアはジトりとレナを見て話し始める。

「一体、貴方達は何をたくらんでいるのですか?特にあの少年だ。尋常ならざる魔力、魔族なのに聖なる魔法を使う。この国を混乱させ、国王を取り込み、神聖教団の勇者を打ち倒す。君達のやっている事は我が教団に対する宣戦布告とも取れますよ?」

 レナは不思議そうに首を傾げる。

「それに貴女もだ。その青い髪、それに青い瞳、魔族の癖に神聖教団のアウロラ様の真似をするなど不敬なのもいい所だ。君達が特に悪意がない事は分かったが、私でなければ即座に殺されても文句は言えぬぞ。髪を染める薬剤や目に色付きガラスを入れるファッションなどもリヴェルタにはあるが、アウロラ様の青を使うなど言語道断だ」

 ソフィアはビシッとレナを指差して訴える。

「そうなんだー。…アウロラ……聞いたことある。あ、そうだ。お母さんが言ってた。悪い人と同じ名前だ」

 レナはポヤヤーンとしながらも、手を打って思い出す。

「!」

 絶句するソフィアだが、クロードが慌てて間に入る。

「わー、れ、レナさん。まずいって!教祖だから!アウロラ様は神聖教団の教祖で、勇者を導き、魔王を討ったとされてる偉大なるエルフなんだよ!神聖教団の人にそんな事を言ったら火炙りにされるってば!」

 神聖教団の勇者の前で、魔族が神聖教団の教祖を侮辱する等、その場で切り捨てられても文句が言えない状況である。

「そんなの知ってるよ。でも私がお母さんから教わったアウロラってエルフは最低なんだって言ってたから。まあ、世の中には同じ名前の人はいるよ、うん」

「お、同じ名前って…そんな名前を使っている存在がいるはずありません。偉大なるアウロラ様と同じ名を騙る等万死に値します!」

 ソフィアは慌てたように訴える。

「まあ、そっちのアウロラさんはしらないけど、私がイザベラお母さんに教わった双子の姉妹のアウロラさんってのは凄い悪い人なんだって」

 レナはそれはもう自信満々に喋っていた。



 曰く、母が双子の姉と仲間達と一緒に旅をして、悪の頂点が魔王と勝手な思い込んで殺した事。

 母とアウロラはクラウディウスと名乗る青年と共に暗黒世界を支配してみたけど魔族達が温厚で弱く、虐殺の限りを尽くした事を後悔した事。

 イザベラは、自分達の過ちを皆に告げて、人間と魔族を友好的に結ぼうとしたが、アウロラが自己保身のために自白しようとする自分を暗黒世界に封じ込めた事。

 イザベラは、自分だけ取り残され魔族に殺されそうになったけどお父さんが助けてくれた事。

 100年経って暗黒世界とグランクラブを再びつなげたものの、彼らと結んだ講和文書が握りつぶされて、未だに魔族が奴隷にされていた事。

 イザベラがグランクラブに絶望して、暗黒世界で自分を生んで人生を全うした事。



 その言葉は別人だと思っていても、ソフィアの知ってる歴史と異なるもので、しかし登場人物は良く知っている人物だった。

「あの、貴女のお母様の名前は?」

「だから、イザベラだよ?」

「嘘を言いなさい!」

「えー、何でダメなの?貴女のお母さんの名前を答えろって言われて、そのまま答えたら嘘吐き呼ばわり?」

 レナは困惑したように首を傾げる。

「で、ですが…」

「じゃあ、ソフィアさんのお母さんの名前は?」

 レナはムウと頬を膨らませてソフィアに逆に問いかける。

「わ、私の母ですか?私の母はフランカですが…」

「嘘吐き!」

「!?な、何で嘘吐きなんですか!?」

 ソフィアはまさか嘘吐き呼ばわりされると思わず抗議する。そもそもレナが自分の母親の名を知るはずも無いのだ。

「フランカって言ったら、バエラス小父さんの魔人のお友達で、ゲイバー勤めの人だよ!男の人から女の子が生まれるはずないじゃない!」

 レナは頭の中でフランカさんを探した結果、一番とんでもな人物に思い当たった。

 暗黒世界のバエゼルブ領の歓楽街にある『ゲイバー・フランカ』のママ(?)で、バエラス小父さんに連れて行ってもらった際に出会った人物だ。ルーシュのお尻に熱い視線を送っていたので、かなりの危険人物としてマークしていたから幸運にもその名前に強い心当たりがあった。

「そんなおぞましいのと一緒にしないで下さい!」

「私だって、神聖教団の教祖の妹なんかと、私のお母さんと一緒にしないでよ!」

「む、むう…」

 レナとしては引けないラインだった。

 自分達の家族まで他人の宗教でぐしゃぐしゃにされるのだけは我慢できない。

「境遇がちょっと似てるだけで同一人物にして、私を犯罪者とか、ルーシュを嘘吐きとか言わないで。それとも神聖教団っていうのは、似た人物がいるだけで悪者にする心の狭い新興宗教なの?」

「だ、誰が新興宗教ですか!」

 ソフィアは手をバタつかせて訴えるが、ここぞとばかりにマリエッタが挙手をして訴える。

「ラフィーラ教は創立して500年以上立つのです」

「暗黒世界の魔神崇拝は1000年になるもん」

「「たかが200年ちょっとの歴史の宗教が」」

 レナ&マリエッタのツープラトンアタックが炸裂してソフィアは口にしにくくなってしまう。

 この2人、あまり接点はないのだが、何故か妙に仲が良かった。遠い親戚という事らしいが最近ではなぜか姉妹の様に息が合うのである。

「あの、ソフィア様。相手に対して否定しに着たのではなくて、忠告しに来たのでしょう?あまり強く自分達の事を外に出すと攻撃する事になるぞと。何で口で負けて、意気消沈してるんですか?」

 パトリシアが情けない主に突っ込みを入れて、ソフィアはそうだったと慌てて立ち直る。

「そ、そうです。私は神聖教団自由派の勇者ですからね。ちょっとやそっとの相手の主張を否定するような視野の狭い教義の古典派とは違うのですから」


 思いっきり否定してたじゃん

 視野が狭さくなのです


 レナとマリエッタはここぞとばかりにコソコソと口にする。

 そこでパトリシアはコホンと咳をしてテーブルから体を乗り出す。

「つまり勇者様はこう言いたいのです。貴方達の行っている事に対して文句を言うつもりはありませんが、自粛しなさい。神聖教団とて色々な教義があり、中には古典教義以外は全て敵とみなし、人間以外を敵とするような派閥もあり、それに反する噂話はイヴェール王国の戦争にも繋がってしまうと」

 パトリシアの言葉に全員が首を傾げる。

「でも、正直言って、僕らに言ってもあまり意味ないと思いますよ?」

「何でですか?」

 ソフィアはクロードに詰め寄って訊ねる。クロードの視界にソフィアの顔がアップになり、かなりどぎまぎしてしまうのは思春期のなせる業だった。もう少し前に出ればキスの出来る場所なので尚更だった。

 マリエッタは頬を膨らましてクロードを睨んでいた。

「えと、そもそもね、僕ら、別に自分達が勇者だのなんだのと吹聴した事ないし。むしろ自粛しているし。ねえ?」

 クロードの言葉にマリエッタはうんうんと頷く。

「出来るだけ目立たないようにとは言われてここに来てるし。まあ、事件に関わって、同胞を助けようとしてその名前が広まってしまうことが多いけど」

 レナも弁解する。目立つつもりは無いのだ。そもそも目立っている諜報員とかありえない。

「……パトリシア、どうすればいいんだろう、こういう時」

「というか、状況を話したらどうでしょう?」

「そ、そうですね」

 うんうんと頷くソフィア。

「まあ、別に危害を加えるつもりはないんですけど」

「ルーシュに剣を向けたくせに」

 レナは最初にあったときの事を忘れていない。

「だ、だって、最初は人民を扇動して、イヴェール王国を乗っ取ろうとしている魔王がいると聞いていたのですから。本人もノリノリだったじゃないですか!」

 レナの鋭い指摘をされて、ソフィアは両手の人差し指同士でイジイジしながら、口を尖らせて言い訳をする。

 確かにルーシュはノリノリだった。ごっこ遊びをする年頃では無いのだが、そういう遊びをする年代を過ごしていない為にちょっと幼稚な所に走り気味なのである。思い切り悪役っぽい登場をしていたのは否定できない。

「扇動したのはルーシュじゃなくて、クロードだと思う」

 レナの突っ込みに、シーッシーッと口元に指を立てて涙目でクロードが訴える。

「そ、それは既に確認しました。わ、私の勘違いであった事も、ミストラル王国から過剰な話を持ちかけられていたことも。どうにも最初からおかしいとは思っていたんです。あの仮面の男」

 ソフィアは悔しそうに呻く。

「「「仮面の男?」」」

 レナ、クロード、マリエッタの3人は首を傾げる。

「ミストラルの将軍シルヴィオ・ハイドリヒ。神聖帝国から派遣された貴族でもあるらしいのですが、頭をすっぽり覆う兜を常につけています。ですが彼は神聖教団の聖人指定されている強力な聖なる魔法使いで、背教者の軍勢を皆殺しにしたとも言われている魔導師です」

「聖なる魔法?」

 レナは首を傾げる。クロードはそれ以前に聖なる魔法で万の軍勢を皆殺しにした聖人という部分が明らかにおかしいと首をかしげていた。

「聖なる魔法とは別に治癒魔法だけではありません。聖なる裁きとよばれる、光によって消滅する魔法が存在します」

 ソフィアが説明する。

 レナ、クロード、マリエッタの3人は同時に納得する。


(ああ、ルーシュの使ったレーザーの魔法ね)


「って、そんな魔力を持った人間がいるんですか?」

 レナは目を丸くする。

 万の軍勢を滅ぼす光の魔法の使い手というのは魔公であっても想像つかない。

 そもそも光の魔法を使える魔族はいないのだが、威力や範囲を考えたら魔公と呼べる魔力保持者でなければ困難だ。一般人が鍛えてその領域へ立てるなら、暗黒世界は魔公に頼った社会構成はしていない。思い辺りがあるとすれば、ハイエルフと呼ばれるエルフ族でも長寿な存在だ。彼らハイエルフは預言者の話しからすれば神の力を貰った魔公に似た種族である事が予測される。

「ですが…他種族に対して排他的な所がありまして、私のいる西側ではあまり良く思ってない部分がありまして」

「西の大陸と東の大陸でそういう事情が違うってのは聞いた事があるけど…」

 レナとクロード、マリエッタも北の大陸の宗教事情は、前回の騒動もあっておおよその理解はしていたのだが、神聖教団の事情は明るくない。イヴェール王国が神聖教団を国教にしていない所為もある。その為、多くの民は一括りに『他所の大陸は神聖教団を信仰していて魔族を迫害している』という印象しかなかった。

「全然違います。基本スタンスは同じですけど、西の大陸の大半ではすべての種族に人権が存在します。魔族にも…差別的な風潮はありますが、人として扱わない事なんてありえません。ですが、東の大陸だと完全なピラミッド構造になってまして、魔族の人権どころか、ドワーフや獣人の人権も低い地域があります。ミストラルには仮面の男が広めている神聖教団の急進的な教えの所為か、随分と差別が酷くなっていました。貧民街と人民街とで分けて、獣人族やドワーフはかなり酷い場所に住まわせてましたから」

「ミストラルってそんなに変な国なの?」

 レナはお隣なのに随分違うものだと思うのだが、そもそも隣であっても巨大な針葉樹林の密森を跨いだ先にある。隣と言うよりは向かいといった方が正しいのかもしれない。だが、隣である以上、そこまで大きく違うとは思っていなかった。

 暗黒世界もお隣の方針は似ている部分があって、南側が穏健派で北側が旧主派とグラディエーションをつけるように綺麗に意見や方針が変わる。

「少なくとも普通の国だったと思っていましたが、人間種が繁栄できないのは、他種族が高い賃金を得て仕事を奪っているからだ、と王様が言い出したらしく、2年前に人間が至上とするピラミッド階層を公布したと聞きます。それを指導したのが聖人シルヴィオ・ハイドリヒです」

 ソフィアの説明にレナは首を傾げる。

「人の気持ちは1年や2年で変わるものなの?」

 魔族は他人に興味がない個人主義者が多い一方で、頑固な存在も多い。何せ200年前の恨みを昨日の事に様に覚えている存在の方が魔公では多いのだ。

 イヴェールでも民衆の気持ちを考えないあまりに、下手なペテンを使って、逆に暴動を起こされて失脚した貴族達がいたのだ。

「元々、そういう感情はあったのでしょう。北の大陸は移民受け入れが寛容だった時代もありまして、仕事に就けないのは肉体労働に優れた獣人族やドワーフ、魔法労働に優れた魔族といった移民の所為だと。それに加えて神聖教団古典派の教えが見事に浸透したようです」

「コテンハ?」

 レナはさらに分からない言葉が出て首を傾げる。

「神聖教団は東西の大陸で古典派と自由派の2つに別れています。単純には神聖教団の教えにおける解釈の違いですが、簡単に言いますと古典派というのは人間至上主義的な考えがあり、自由派というのは種族の壁を自由に行き来できるようになりましょうと言う考えでしょうか」

「そのシルヴィオっていう聖人様は古典派の人で、神聖教団としては偉い人だけからソフィアさんは敬うべきだけど、自由派としては思想として受け入れ難いって事ですか?」

 クロードはソフィアに訊ねると、ソフィアはまじめな顔で首を頷かせる。

「ま、まあ、公に口にする事は出来ませんが…」

 ソフィアは渋い顔をする。

「他所の派閥でも、やっぱり同じ神聖教団の人を否定は出来ないんだ」

「当たり前です!アウロラ様の下に居座る偉大な司教様より賜った聖人様を否定等…。恐らく何か深いお考えがあるのでしょう」

 ソフィアは祈るようにして目を瞑って答える。

「何だかなぁ。光の魔法って使い手は少ないって聞いてたけど、ルーシュ、銀翼の魔公と来て、シルヴィオさんとかでて来て、もしかして流行ってるのかなぁ?」

「聖なる魔法ならば私だって使えますよ、裁きの光は無理ですが、軽度の怪我の治療くらいなら」

「ルーシュの魔法は凄かったね。そういえばクリストフさんが殺されかけた時も、見事に回復させていたよね?」

 クロードが地元に住んでいたエルフに教わった聖なる魔法も、ソフィアの言う軽度な怪我を治す程度だ。結局は、当人は魔法が苦手で使う事は敵わなかったが。

 だが、ルーシュの魔法は致死性のダメージを即座に完全回復させている。ちょっと信じられないレベルだった。

「そもそもルーシュは死んだ人を生き返らせるためにあの魔法を研究していたんだもん。結局、死人は生き返らないって結論で終わったけど。逆に言えば、死ななければ回復する程度の事は出来るよ?生きていれば魔力の残存する情報を読み取って魔法で再現するように強制的にエネルギーを与えて復元させるんだとか何とか言ってたし」

「ほとんど神の御業じゃないですか!?」

「そもそもルーシュは魔神の子孫だから」

「そんな筈はありません。魔神は滅び、子孫がいない事は聖書の創世期でも明らかにされています!神の子孫は世界でもラフィーラ神の血を引くアウロラ様だけだと世界中が認めています!」

「うわー、出た。聖書」

 ウンザリ顔のレナは引きつって埋めく。読書好きのレナは、暇があれば本を読んでいる。当然、この世界に置いてある聖書も読んだ。何せラフィーラ教会と神聖教団の簡易聖書はただで本屋に置いてあるからだ。

 その聖書の創世期が随分と胡散臭かったのは今でも覚えている。

 暗黒世界で伝わるシャイターンの逸話とほぼ同じだが、非常に悪意ある書き方にされていた。

 余計な装飾が多かったとも言うべきだろう。ミシェロスの狡猾ささえも見事な機転みたいな書き方に変わっている。

 場所によって変わるのは仕方ないし、真実を知る者はいないのだからどうしようもない。ただ、すべてが教団や教会に都合よくなっているので、弄られている事は明らかだった。

「な、何ですか?」

「別に」

 レナはあまり深く突っ込む気は無かった。

 暗黒世界の魔族が地上へ向かうまでの歴史などは、明らかに捏造されていた。魔神は確かに滅んでいるが、魔神の子孫はいないとされている。何せ魔神は悪神であっても人間の崇める神々と同胞である。その為、その魔王が神々と同胞だとは認められないからだ。

「そういう事で、ルーシュは後天的に覚えたから、どうして魔族が光の魔法を使えないか、光の魔法を使うために必要な事は何かとか、そういうのを分かってるの。小さい頃は、本当に黙々と魔法や人体の本を読んでたよ?」

「……そ、それが本当ならとても画期的な事では?」

「暗黒世界ではそれを公にしても意味がないと思う。だって魔族は光の魔法を認識するのが凄く難しいから。実際、私も感覚的に分からないし。物理的には可能でも、感覚的に出来ないってのが正しいみたい」

「ふーん。僕も師匠に教わったけど、感覚的に説明がさっぱり分からなかった。まあ、僕の場合は魔法そのものの認識が下手だってのもあるけど」

 クロードは首をひねる。

 レナもまた首を傾げる。そもそもクロードの生い立ちというのも不思議だった。クロードの周りにも幾人もの師匠がいたと聞いているが、光の魔法を使える師匠なんてレアケース過ぎて考えられないからだ。

 少なくともレナは、この王都で魔法の先生と言う存在さえ耳にした事がない。魔法は高等学問施設ばかりで、一般市民には本当に基礎的な事しか教えていなかった。あの解明的な国王が魔法を市民に教えないというのは考えられなかったからだ。

「というか、クロードさんは魔法の先生は聖なる魔法を使えたのですか?」

「う、うん。王都ではほとんどいないって言ってたから嘘くさいと思ってたけど、本当に珍しい事を知って逆に驚いた。魔法の師匠は何人もいたし…」

「何人も!?魔法を使える人間なんてそんなに多くは無いでしょう?クロードさんは一体どんな都市にいたのですか?」

「都市どころか人口100人くらいの小さな山村だけどね」

「……そんな所に何人も魔法使いが……」

「まあ、5人の師匠がいて、2人が人間、2人が魔族、1人がエルフ?で、エルフの師匠からは精霊術も教わったけど、そっちもさっぱりだった。皆、一様に才能がないと」

「いえ、100人ほどの山村に魔法を教える人間が2人もいる時点で異常です。随分特殊な場所にいたのですね」

 ソフィアはかなり驚いていた。

「はいはーい。そんなにおかしいの?ウチの領地は義務教育として魔法はあったけど」

「ま、魔族と一緒にしないで下さい。魔族は全員先天的に魔法を使える存在ばかりではないですか。人間は先天敵に魔法を使える存在はいませんし、才能の有無もありますが、厳しい修練を続けてやっと基礎魔法程度です。同時に魔力運用なども覚えますが、そこから実践に使う人はそんなにいませんから、警備隊や魔導研究職にでも就かない限り魔法を使うことはありませんから。この国は魔族が多いので基礎教育に魔法も組み込まれてますが、普通はありえません」

 魔族と人間の魔法事情を説明し、レナは初めてその事情を理解する。人間と魔族は随分と違うのだという事実を改めて把握する事となる。

 魔族蔑視はある種の嫉妬も入っているのだがそれはレナの知る由も無かった。

「ここでも多い方だったんだ……。魔法学校みたいのが特別にあったりしてたから不思議に思ってたんだよね。納得。人間ってそんなに魔法が苦手なんだ。ルーシュなんて感情が揺れるだけで魔法現象を起こしちゃうから、むしろ生まれてから制御できるまで大変だったのに」

「え?」

「あ、勿論、ルーシュはちゃんと制御できてるよ?魔族が焼かれているのを見ても、被害が起こらなかったでしょ?もしも本気で怒ったら、本人の意思に関わらず、この規模の町なんて一瞬で消し炭だし。まあ、ルーシュは人伝で殺されたなんて話は聞いても、目の前で親しい人を殺された事はないし。そうなった時にどうなるか、私も想像つかないなぁ」

「……とんでもない危険物が魔界から送られて来ているのです」

「あはははは。でも、送った人は穏健派、人類との共存を望んでる人だから、悪い意図はないと思うよ」

 レナはマリエッタに危険物でない事を否定する。

 だが、メリッサがレナの同行を認めたのは、イザベラの娘であるレナをこの世界が殺すようであれば、穏健派を捨てるつもりだった。その為、ルーシュが怒りに任せて大陸1つを滅ぼしても、一向に構わないと言う裏事情が存在している。勿論、レナ達の知る由も無い話だが。

「…まあ、何となく理解は…」

 ソフィアもその点は認めざるを得ない。先ほど、大事な存在と思しき子犬を治すのに凄まじい大魔法を使っていた。

 1000の火に包まれていた魔族を瞬時に癒したという魔法が、それを行なう敵に対して攻撃的に向けられた場合、この国がどうなっていたかなど、火を見るよりも明らかだ。それを考えるとルーシュの度量の広さはかなりのものだ。

 一瞬、ソフィアの中でルーシュという存在が自身の師匠であるグローリアの姿と重なり、あまりにもそれが不敬すぎて慌てて頭を振って考えから追い出そうとする。あんな短慮なお子様が偉大なるグローリア様と同じ筈がないと心に言い聞かせて。


 そこでパトリシアがティーカップにお茶を入れなおしつつ

「話が逸れ過ぎていませんか?」

 と忠告をしてくれる。

 全員が、そういえば何の話してたんだっけ、みたいな反応になる。


「確か神聖教団の内部事情の話から魔法の話になって、ルーシュお兄さんが危険物であった事が発覚したのです」

「ああ、そうでしたね。まあ、つまり、神聖教団は古典派と自由派で違うのです。というか世界史の授業で習ってないのですか?」

「いや、確か腐敗した東の大陸の神聖教団に対して西側で新たに神聖教の西方教団が出来たってのは知ってるよ?グローリアの威光(150)、西方教団って歴史年号で覚えるし」

「そもそも神聖教団の歴史よりもラフィーラ教の流れの方がこの国では教わるのです。教師もそっちの方が詳しいのです。勿論、ラフィーラ教が腐敗していないとは言えないのです?」

「まーね。その前の騒動もラフィーラ教の枢機卿の画策が大きかったしね」

 クロードはげんなりと肩を落とす。

「今回、私がここに来る事になったのもミストラルの顧問司教兼聖剣騎士団として出向しているシルヴィオ氏が、イヴェールでの騒動が魔族による謀略だったと聞いてここに」

「ルーシュにそんな謀略が出来るなら、とっくにイヴェールは問題にさえならなかったと思うけど」

「そうだね」

 クロードもそれに関しては同意する。ルーシュは決して頭が悪いわけでは無さそうだが、裏で何かを企めるほど器用ではないと認識している。自分の間諜である事に疑いもせず。

「そのシルヴィオなんとかさんは偉い人なのは分かったけど、何者なの?」

「クラウディウス神聖帝国にある神聖教団正教の司教で、2年前にミストラルの神聖教団布教の為に赴任した方です。突如滅んだベアリンドルフの生き残りで、ハイドリヒ侯爵の養子となった方で、背教国ゲルブディーネとリンザールを滅ぼした事で聖人認定をされた魔導師でもあります」

「滅ぼし……」

 ソフィアの言葉にクロードもマリエッタも絶句する。レナからすると、背教しただけで国ひとつが滅ぶ事が逆に恐ろしく感じる。そんなに東の大陸は神聖教団が強いのかと。

「聖なる魔法を使って裁きの光で背教国を滅ぼした偉大な魔導師として知られてます。近年、北の大陸はラフィーラ教以外にも神聖教団自由派の考えが広がりつつあったので、正教として楔を打とうと、ミストラルへの布教を強める方向に動いたとか」

「何でまたその古典派の人の手先となって自由派の人が動くの?」

「聖人認定者はどちらの教団全体として支援するのが絶対です。でなければグローリア様が西方教団を維持できる訳が無いじゃないですか」

 レナの質問にソフィアは膨れ面で答える。ソフィアも実の所、納得行っていなかった任務らしい。その割にはノリノリだったが。ルーシュと相性が悪そうなので、レナとしては敵視する理由は全く無いのだが。

「聖人認定された限り、どちらも文句は言えない不可侵な存在になるという事です」

 パトリシアが補足してくれる。

「まあ、どちらにせよ、ソフィアさんはその聖人相手に何かしら情報を持って行く必要はあるんでしょう?怒られないの?」

「……勇者として何をすべきかは考えておりますが…、正直、この国に問題があるとは思えません。だからこそ、一体、魔族が何をやったのかを正確に知る必要があるのです」

「はあ……。魔族がやったことって何?」

「さあ、知らないのです」

「ルーシュが怪我した人を治して回ったくらいじゃない?」

 クロード、マリエッタ、レナの3人がそれぞれ口にする。この国では差別もほとんど少なく、魔族は普通に暮らしている。貴族にはいなくても国政の重要な立場に魔族がいる数少ない国家であるから当然なのだ。

「今回の騒動に魔族は関係ないと思いますよ。貴族達が教会の権威を利用して、反乱の口実に使っただけで、焦点は魔族だったかもしれないけど、別に王族が文句を言えないネタだったら何でも良かったっていうのが、真実だから。そう伝えれば良いんじゃないのかな?」

 クロードは纏めに入る。

 その段階で、ソフィアも気付く事になる。聖人シルヴィオは最初から、イヴェールに介入する口実を作るために自分を向かわせたという事に。

「一度…この国の王と話を通した方が良いようですね…」

 ソフィアは悩む。

「また怒られますから、ちゃんと物事は整理したほうが良いですよ?」

「うぐ」

 ソフィアはパトリシアの忠告に口元を引き攣らせて

「怒られたんですか?」

「怒られたというか呆れられたようです。何も知らないで首を突っ込んで、自分の勝手な思い込みを他人に押し付けて、話す価値も無いみたいな扱いだったそうで」

「あー、陛下は……苛烈だからなぁ」

 クロードはセドリックのひととなりを知っているので、彼女のようなタイプにはかなり酷く扱うだろうと容易に想像がついてしまう。

 正義感に燃えるのは良いが、周りがちょっと見えていないのだ。クロードはどちらかというと正義感はあっても周りを気にしすぎて彼女のように一生懸命になれるのは羨ましくもあった。

 逆に、セドリックはルーシュを魔界にある一国の君主として敬意を持って遇している。ルーシュは浅慮に見えるが、その実は魔族の事や周りの人間達の関係を第一に考えての行動に奔走している。やる事は子供っぽいのだが、中身はちゃんとあるのだ。

「正直に言うと、再度会うのは気が重いのですが…」

「僕も一緒に行きますか?一応、近況報告とかしたかったけど、一般人なので中々会えなくて…」

「本当ですか!?一緒に行って頂けると凄く助かります!」

 ガシッとソフィアはクロードの手を握って熱い瞳で見つめてくる。デレデレするクロードにジトときつい視線を向けるマリエッタがいた。

「それはそれとして…なんでまたソフィアさんはこんな北の大陸に来たの?若くして勇者になったんだったら、他にやる事ありそうだけど」

 レナは手をヒラヒラとあげて訊ねる。

 その言葉にソフィアはクロードの手を離して、レナの方へ向き直る。

 すると代わりにパトリシアが説明を加えてくれるのだった。

「『勇者ソフィアよ。そなたは素直で真面目な聖職者であり、よき勇者の資質を持っておる。しかし、まだまだそなたは世を知らぬ。そなたの成長の為に、戦乱少ない北の大陸に行き、神聖教団自由派の人間として世界の真実を見極め、更なる勇者として飛躍をしてきなさい』…ってな事を言われて、ここに来たのです」

「世間知らずのお嬢ちゃんは、穏やかな北の大陸で世の中を少しは知ってきなさいって言われてきたのに、この体たらくなの?そりゃ、王様に怒られても仕方ないね」

 レナはダイレクトな突込みを入れて、ソフィアは思い切りガックリと肩を落として俯く。

「レナさん。ここは穏便に。勇者様は世間知らずのお嬢ちゃんなので打たれ弱いのですから」

 パトリシアは更なる追い討ちをかける。

(この人達、ソフィアさんで遊んでるなぁ…)

 クロードは主にパトリシアを見て引き攣ってしまう。

「まあ、ソフィア様も若輩ゆえ、ラフィーラ教と言えど勇者と呼ばれるクロード様がご一緒であれば国王様との謁見も心強いと思いますし、今度の報告では是非ともご一緒にお願い致します」

 パトリシアは自分が一緒にいれないのでクロードに託す事にするのだった。

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