聖なる魔法と光の魔法
再びルーシュ周りの話に戻ります。
ルーシュはフェンリルへ渡す手紙をしたためていた。
ハティとスコールもそろそろ母親が恋しいだろうし、丁度良いだろうと思っていた。二頭にちょっとしたお遣いを頼んで、母親に少し甘えてくればよいと考えていた。
そう思ったのは、ティモが母親を探しにミストラルの孤児院へ移る事になったことが切欠になったともいえる。
「早く帰ってこないかなぁ。フェンリルにあえてハティもスコールも嬉しいと思うんだけど」
「なるほど、確かにあの子達もまだまだお子様だし、お母さんが恋しいかもね」
ルーシュの呟きに、レナも納得する。
ルーシュもレナも早い内から独立しているので、そういう感傷には慣れたものだが、両親と会えなくなってからは寂しい思いをしていた。
「レナも会いに行く?お父さん来てるんでしょ?」
「まあ、会いたくない訳じゃないけど……むしろお父さんはもっと反省すべきだよ。私は会いに行ってあげるべきじゃないと思うの」
「まーね。騙されたといえど、結果的にレナをベーリオルトさんの所に売る事になってたんだからね。ちょっとどころか凄く反省すべきだよね」
「うん。お母さんが生きてたら電撃で素焼きにされてたと思うの」
(そんな怖いお母さんだったのかな?)
ルーシュは1~2度位の面識はあるが、特に話したことの無い相手だったので、レナの言うイザベラお母さんがどんな人物か計りかねていた。一応、ルーシュの曾お祖父ちゃんたる大魔王ルシフォーンを倒した勇者パーティの1人だとは知っていたが。
まさか自分の母と双璧を成すような怖さが有るのだろうかと、ちょっと恐れを抱く。
「ルーシュこそ、お父さんに会いに行かないの?」
「えー?浮気して離婚され、女の人と再婚旅行している父に会いに行くの?気まずいんだけど。それに向こうはただの魔族さんだからね。僕は魔公だけど、魔王家の人間でもあるし…」
「言われてみればそうだね。その通りだね。お母さんと呼んでと言われても困っちゃうね。っていうか、向こうは魔公でもないただの魔族のお姉さんだって話だから、ルーシュのお義母さんなんて恐れ多くて困っちゃうよね」
レナはルーシュの言葉に気付く。
ルーシュは相手に対しても気を使っていたのかと。そしてルーシュが言うように再婚旅行の父に会いに行くのはさすがに気まずいだろう。いくら空気の読めないルーシュでも、それはきつい話だ。
2人が話していると、コンコンとノックの音が鳴る。
「はい?」
ルーシュはノックが鳴ったので、玄関へと向かう。だがノックなんてものを過去にされた事が無かった。レヴィアやレナはノックなんてしないし、ハティやスコールがノックをする筈も無い。
但し、玄関を開けると居間が直接目に入るので、レナが着替え等をしているとまずいから、ルーシュは紳士なのでちゃんとノックをしている。
無論、レナはルーシュがいようがお構い無しに着替えをするので、ルーシュの苦労を理解してくれる人は誰もいなかった。
ルーシュの母メリッサによるルーシュへの紳士教育は実に成っていたが、メリッサによるレナへの淑女教育は実に成って無かった。というかメリッサはレナに対して激甘である為ともいえる。
或いはこれが、思春期なのに春が一向に来ない鈍感なルーシュへの秘策なのかもしれないが、それはレナしか知りえない情報であった。
「どちらさまー?」
ルーシュが玄関を開けると…
「うあああああああっ!本当にいた!」
露骨に驚く女がいた。
ノックしておきながら、人が出て来て驚くとかどんなリアクションなんだろう?
さすがのルーシュも困惑していた。
目の前にいるのは昨日の女勇者とメイドのパーティだった。
ルーシュは4度目の勇者との対面に身構える。ルーシュは別にクロードの間諜であって、こっちの勇者の間諜では無いのだ。
しかも、現在はそれよりも優先順位の高い仕事を請けている。正直、勇者とかどうでも良かった。相手にするのも面倒だった。
「やっと見つけたぞ。魔公王子と言ったな、貴様」
と女勇者はルーシュを見てビシッと指を差して口にする。
だが、ルーシュとしては、神聖教団の勇者を相手にする暇はないのだ。父にもよく言い聞かされていたのだが、目の前の勇者は、面倒くさい系の女子である事は明らかである。
父曰く『思い込みが激しい猪突猛進型の女は口説くと大変な事になる』という、ルーシュ的には良く分からないアドバイスを戴いていたのだが、目の前の女性はまさにそのタイプで、残念な事に口説かなくても大変な事になっていた。
「……チェンジで」
パタン
ルーシュは何事も無くドアを閉める。
父親に教わった。お姉さんが家にやってきても、望まない時はチェンジを頼むと次は望んだお姉さんがやってきてくれるらしい。
……
「わ、私はそういう商売女じゃない!こら、魔族!出て来い!」
ガンガンガンガンガンッ
凄まじい怒声と同時にドアをガンガン叩かれる。
「な、何で怒ったんだろう。僕は父さんに教わったとおりにしただけなのに」
「その対応は、特殊なお仕事をしているお姉さんへの対応だからだと思うよ」
ルーシュの取った対応は、暗黒世界における訪問サービスをする淫魔族のお姉さんへの対応である。そしてグランクラブでも訪問サービスをする娼婦は存在する。
レナが同じ対応をされたら、間違い無くルーシュに必殺の雷撃で素焼きにするだろう。勿論、寂しがり屋なルーシュが数少ない友達のレナを拒絶する事はまず無いのだが。
「もー、なんなのー?虐めなの?虐めっ子なの?そういえばノイバウアーさんの時も何か虐められてた気がする」
ルーシュは久し振りにノートを取り出してペンでノートに新たな記述をする。
『神聖教団の勇者は虐めっ子』
ルーシュはメモを記入して満足すると、女勇者ことソフィアはドカッとドアを開けて、ルーシュのノートを叩き落す。
「誰が虐めっ子か!私はリヴェルタより来た正義の勇者だ!」
ソフィアは大きい声でルーシュに抗議する。
「うーわ、自分で正義とか言っちゃったよ」
「痛い人だったんだね」
ルーシュとレナは存外に対応が厳しかった。
老成した魔公達や個人主義者の多い魔族にとって、正義とはそれぞれの持つ正しいと信じる何かであり、他人とは必ず共有できるものでは無い事を理解している。その為、正義を語る事自体が、自分の身勝手な事だと教わってしまう。実際、ルシフォーンが暗黒世界を統一した時も正義という言葉を一切使わなかった。ゆえにこそ魔王なのである。
魔族にとって正義を自称する事、私は身勝手ですよと喧伝しているようなものなので、非常に痛い人と認識されてしまうのである。
「くっ……貴様…は、話がある。ちょっと聞かせてもらおう」
「…むー、もう、何だよー。勇者ごっこに付き合うほどヒマじゃないのに」
ルーシュは頬を膨らませてプンプンと擬音でも出そうにな感じで不平不満を口にする。
だが、ごっこではなく本物の勇者であった。
「貴様がこの町でやった事だ。何でも傷ついた者を癒し、この都市を救った救世主だという話を聞いたのだ。それは真実かどうかという話だ」
コホンと咳をしてから、既に町人達から聞いていた事だが、当人に確認する必要があった。
「きゅーせーしゅ?いやいや、そんな事して無いけど」
ルーシュは思い当たることが無い。この町を救った記憶なんて一切無い。この街の窮地は、この街の住人達が一致団結して勝ち取ったのだ。
確かに魔法で回復させたりはしたのだが、それは副次的な者であると認識していた。というか、魔族の火刑を止めさせるという大目標があったのに、目の前に倒れている人々を無視できず、火刑を止めさせる事が出来なかったので、むしろ役立たずだったと言う印象が本人にとっては拭えなかった。
無論、ルーシュの活動により、多くの民が感謝と崇敬の念を抱いているのは確かだが。
「だ、だが人々を癒したというのは本当だろう。何故だ!?魔族は聖なる魔法など使え無い筈だ。だが惜しげもなく聖なる魔法を使い傷ついた民を癒したというではないか!何の魂胆があってそのような事をした!大体、魔族は聖なる魔法を使え無い筈だ。貴様はどんなペテンを使ったというのだ!」
魔族は聖なる魔法を使えない。
これは一般常識であるし、実際に暗黒魔法でも聖なる魔法、つまり暗黒世界で言う所の光の魔法を使える魔族はルーシュだけだ。だが、光の魔法を研究したルーシュからすれば、それは魔族の特性が光の魔法にマッチしていないだけで、決して使えないという訳では無い事を認識している。
「えー。……魔族がせーなる魔法?それを使えないってのはデマだよ。意図的に使い難いだけで、使おうと思えば訓練次第で出来る筈だよ」
「そんなはずはない。穢れた魔族は神からは聖なる力を…」
「まー、いーや。そういう宗教の話は。で、僕が何で傷ついた人を癒したかって?」
ルーシュは聞きたがっている本題に関して訊ね返す。そもそも宗教は生き方を明示するものであって、事実を歪んだ固定概念で捻じ曲げるものではないが、そういう部分がグランクラブにはあるのが分かっているので、ここで宗教の話はしたくなかった。
そもそもルーシュ達、暗黒世界の魔族は、敢えてどこの宗教を信仰しているかと問われれば、魔神信仰である。
「そ、そうだ」
「……?むしろ………人助けするのに理由って必要なのかなぁ?誰でも、困ったり死にそうな人がいたら、取りあえず助けるものだと思ってたけど」
ルーシュは不思議そうに首を傾げる。当然の事を訊ねてくる理由が良く分かって無い顔だった。
「ルーシュ、勇者は正義の為じゃないと人助けなんてしないんだよ」
レナはハッと気付いて突っ込みを入れる。
「なるほど。正義は理由がないと人助けをしないのか。僕は悪者だから理由が無くても手の届く範囲は全て助けるのだ!フハハハハハハハハ」
「おー、ルーシュ、超悪者!」
拍手するレナと腰に手を当てて悪者っぽく高笑いするルーシュは2人で勝手に盛り上がっていた。
「勇者様が凄く腹黒い人に見えてきましたよ?」
ソフィアの斜め後ろに立っているメイドのパトリシアがジトとした目で自分の勇者を見る。ルーシュの理屈を聞くと、まるで正義の味方が悪者に聞こえてきたからである。
「ち、ちがっ……」
ソフィアは慌てて首を横に振る。
パトリシアはニマニマと楽しげに眺めていた。
だがルーシュ、レナ、パトリシアの3人は、「勇者は悪い奴だなぁ」と円陣を組んでヒソヒソやり出して、さすがのソフィアも自分がからかわれていると気付くのだった。
「って、パティまで私で遊ばないで下さい!」
「あ、ばれました?」
「当然です!大体、魔王の子孫と迎合して何をしているのですか!」
ソフィアは地団太を踏んで自分のメイドに説教していた。
「じゃ、またねー、パトリシアさん。また、勇者であそぼーね」
レナは手を振ってドアを閉めようとするのだが、ソフィアはあわててルーシュの家のドアノブを掴んで締められないように引っ張る。
「ま、待ちなさい!またどさくさに紛れて煙に撒こうとしても私は騙されませんよ」
「いえいえ、もう勇者は間に合ってますから」
「こっちの話を聞かずに勝手に話を終わらせないで下さい」
ドアを閉めようとするレナ。
ドアを開けようとするソフィア。
壮絶なドアの開け閉めバトルが始まろうとしていたが、そもそもそんな凶悪な力を持つ二者に耐えられるドアノブが存在する筈も無く、
バキッ
と見事な音を立ててドアノブが破壊される。
「ああああっ!僕の家のドアノブが!」
ルーシュの悲鳴だけが残されるのであった。
罰の悪そうな顔で、互いに破壊したドアノブを握り締めるレナとソフィアがいた。
「もう、勇者は人の家を略奪する公的盗賊許可があるからって酷いよぉ。そんなに僕の家のドアノブが欲しかったの?しくしく」
「いやいやいや、そんな許可はありませんよ!非常時に武器やアイテムの徴収を願える許可はありますが、平時に人の家から盗んだらただの盗賊じゃないですか!?そんな勇者いませんから!」
ソフィアは、怪しむ眼で自分を見るルーシュに対して、とにかく説得しようと頑張っていた。
確かにルーシュは頭が悪いお子様だが、数百年生きた海千山千の魔公の政治家と渡り合ってきた過去がある。
天然でソフィア相手を手玉に取れるだけの潜在能力が存在しているのだった。
「と、とにかく、私は聞きたいのは、どのような手管で聖なる魔法を演出したのかという事です!聖なる魔法は我らが神聖教団が独占していると言っても過言ではない魔法です。それを魔族が使えるなんてありえないのです!そんなペテンを使って、民を扇動するなど」
「じゃあ、僕の使った魔法は聖なる魔法じゃないんだよ!」
ルーシュは活気的なアイデアを出す。暗黒世界的には光の魔法なのだから、それが同じものであっても違うものと言い張る事にする。
ちなみにそれは詐欺師の手管である。
「だったら、何で民衆を騙すような事をするのですか!」
ソフィアは眼を吊り上げてルーシュに訴える。
「知らないよぉ。僕が魔法を使ったら、何故か皆が聖なる魔法とか言うんだもん。あ、今、クロードが皆に勇者って言われて迷惑している気持ちが分かった!超迷惑」
勝手な勘違いで囃し立てられる身と言うのは大変なんだと、ルーシュは初めて気付くのであった。
だが、暗黒世界でのルーシュはもっと崇め奉られているのだが、当人が全く気付いていない所か怖がられていると思っていた。回りの魔公も調子に乗らないように吹き込んでいたので、ルーシュは疎外感しか感じていなかった。
「今度からクロードを勇者ネタで弄らないようにしようね」
レナはルーシュが1つ賢くなったと考え、うんうんと頷いて感慨に耽っていた。
「は、話をそらさないでください!」
「むー。お姉さん、お友達とかに面倒くさい人って言われない?」
「!?」
ルーシュは頬を膨らませてソフィアに訪ねるとソフィアは絶句して凍り付いてしまう。
ソフィアはショックを受けたようにしてフラフラとドアの外に出て、地面に指で「○」の字を何度も書き始める。
「ああっ!何て事を!町一番の美人として名高かったのに、初恋のジョン君に面倒くさい女と言われて失恋し、師匠のグローリア・マッケローニ様にアンタの面倒臭さは絶対に婚期を逃すって言われている程にトラウマになっている言葉を使うなんて…貴方は魔王のような人だ!」
パトリシアは傷ついたソフィアをいたわり、そしてルーシュを非難する。
「えええっ!?僕はあんなにポンコツじゃないやい!」
一般的に『魔王=悪人』というイメージがあり、酷い人を罵る代名詞が魔王なのだが、ルーシュの知る魔王とはポンコツの象徴なのだ。
(話が凄くそれてるな~)
ルーシュ達のやり取りを眺めながら、レナは他人事のように状況の推移を見守っていた。
そんな時、さらに面倒くさい男クロードが現れた。
「あっ…ルーシュの家に来て見れば、ソフィアさん!」
クロードは同年代の美少女勇者を目の前にして、ブラウンの瞳を輝かしてルーシュ達の方へと駆け寄る。
「何でこの女がいるのです?」
そして、露骨に嫌な顔をするマリエッタは頬を膨らませて抗議するように口にする。兄の様に慕うクロードが、露骨にこの美少女勇者に好意を示すので、かなりマリエッタはご立腹だった。
「何かお客さんみたい。で、何しにきたの、クロマリ」
ルーシュは面倒なので取りあえずクロードとマリエッタを1セットで呼ぶ。
「2人1セットにされた!?いや、特に用事はないよ。ルーシュが国王様に呼ばれたって話を聞いたから何かやらかしたのかと思って心配しただけだよ」
クロードはルーシュへ訴えるのだが、マリエッタは1セットにされてまんざらでも無さそうな顔をしていた。
「そんな事より、何でここにソフィアさんが?ルーシュに虐められたの?だったら、今すぐ魔公王子退治をするけど。僕は勇者じゃないけど、貴方のためなら勇者にだってなりましょう!」
クロードは白い歯を輝かせて、鞘に刺してある片手剣に手を当ててルーシュを見る。そういうキャラじゃなかった筈だが……とレナも少し冷たい視線でクロードを見ていた。
「マリー。何、あそこにいる、浮かれた感じのダメ勇者は」
「知らないのです」
ルーシュはソフィアの存在に浮かれているクロードを露骨に否定するような口振りで指を差し、マリエッタは膨れ面でそっぽ向く。
「ふ、ふふふふ、魔公王子め。よくも私をコケにしてくれたわね」
クロードに味方をしてもらい、再び復活するソフィア。
「神聖教団とラフィーラ教会の勇者の夢の競演ですね」
パチパチと拍手するメイドのパトリシア。
「こうなったら、こっちも夢の競演だ。えーとえーと……………」
ルーシュは周りを見る。
だが幼馴染と知り合いの幼女とメイドしか他に人物はいなかった。幼い内から自活するルーシュにとって、周りの仕事をしてくれるというメイドさんは確かに貴重だが、ここでは特別な意味をもたなかった。実家にいた父付きのメイドさんはたまにルーシュの身の回りを手伝ってくれるので凄く嬉しかった。行事の時などは必ず色々と教えてくれるお姉さんのような存在だったので、メイドさんと言う職業に無駄な憧れがあった。
だが、今は何の役にも立たないのである。
「……えーと…………………zzz」
「寝るな!」
「夢に逃げたのです」
困ったルーシュはウトウトとし始め目を瞑るのだが、レナとマリエッタが同時に突っ込む。
突っ込みに疲れる友人に溜息を吐き、クロードは剣を腰の鞘へとしまう。
「ルーシュ、友達として自首を進めるよ。さあ、早く悪さした事を認めるんだ」
まるで犯罪者に自首を勧める憲兵のように、クロードはルーシュの肩を叩き、爽やかな瞳を向けてくる。
「自首といわれても……」
クロードに促されてルーシュは困ってしまう。
「一体、ルーシュには何の容疑が掛かってるんですか?」
レナは挙手して、頼りにならない女勇者ではなくメイドさんに尋ねる。
「まあ、さっきも触れてましたけど、魔族なのに聖なる魔法を使ったという虚言を世間に振り撒き、人心を乱すような真似をしてはいけませんって事なのですけど」
「でも、ルーシュは自分の使った魔法を聖なる魔法だなんて一言もいったことないし。そもそも暗黒世界に聖なる魔法って言う概念も無いし」
パトリシアの言葉にレナは的確に答える。
グランクラブの魔法は火、水、風、土、聖、雷、氷、邪の8種類の精霊魔法とその他の非属性魔法や特殊魔法があると言われている。
対して暗黒世界の魔法は火、水、風、土の4種類の精霊魔法と光と闇の魔法と特殊魔法とで分類される。この特殊魔法というのは相手の精神に与える魔法だったり、時空を操る魔法だったりである。
つまりルーシュから言わせれば聖なる魔法なんて存在しないので、当人も使っていないのだ。
「だそうですよ、勇者様」
「そ、そうなの?」
「そう、僕は聖なる魔法なんて使わない」
「嘘を吐いていないでしょうね」
ジトとソフィアはルーシュを見る。
「ふっ…嘘吐きは直に他人を嘘吐きだと思うのだから」
レナがふっと鼻で笑うようにソフィアを見る。
「だ、誰が嘘吐きですか!」
「そうだよ!神聖教団の勇者であるソフィアさんが嘘を吐くわけ無いでしょ!」
ソフィアとクロードが訴える。
((今日はクロードが果てし無くうざいな))
ルーシュとレナは友人に冷たい視線を送る。
女性に対してひっくり代わるその対応が、自分の父親を髣髴させるからなのだが、ルーシュはその事実に気付いていなかった。
「嘘を吐いていないというの?ならばその胸に手を当てて考えるが良い!その胸に!」
大きく膨らんだ胸当てを指差してレナは断言する。
「!」
ソフィアは愕然とした表情になり、口元を大きく引き攣らせる。
「こ、これは……」
ソフィアは激しく動揺する。
「「「?」」」
ルーシュ、クロード、マリエッタは不思議そうに首を傾げる。
「そのお姉さんの鉄の胸当てと胸の間には巨大な空間が存在する!つまり、その大きく見えるおっぱいは、実は胸当てだけが大きくなっている嘘吐き巨乳なんだよ!」
「「なんだってーっ」」
レナの言葉にルーシュとクロードが仰天する。
「う、うそではない。た、確かに、そ、その…ここまで大きくはないが。こう、ダメージを受けないように空間を作るとか、私の専属で使っていた防具屋のドワーフの少女がだな……、決してそれで人気を上げようとかそういう事は…」
慌てて事実に対して否定するように訴えるソフィアだが、そのうろたえっぷりはあまりにも見事だった。
「胸パットを入れてる女の子は皆似たような事を言います」
レナは丈夫そうな麻の服では隠しきれない大きい胸を両腕を組む事でで支えるようにして、格の違いを見せ付けるようにして断言する。
その言葉に、ソフィアは膝をついて地面に倒れ臥す。
「くううううっ……」
ソフィアは悔しそうにしているのだが、
「おっぱいが小さくても構わない!いや、むしろ…、無い方が良いような気がしてきた!大事なのは大きさじゃないよ!貧乳でも問題ないよ!」
「ひ、貧乳って程じゃないです!」
ソフィアは涙眼でクロードに訴える。
クロードに変なスイッチが入っているようだった。奴も所詮は思春期真っ只中の健全な男子である。
だがさすがにソフィアも胸当てを少し盛っているだけで貧乳扱いは納得いかなかった。
「勇者様、それはとっても大事なのです!」
グッと拳を握るのは10歳児のマリエッタ。成長前の幼女は胸元に完全無欠の絶壁を備え付けられている。
マリエッタがクロードとソフィア側に回る。
「なんだろう、貧乳派を訴えるラフィーラ教会の勇者と幼女に庇われるほど胸元が寂しいのか訊ねたくなるよね」
レナはここぞとばかりにこき下ろす。人の良いルーシュを散々虐めていた相手なので鬱憤を溜め込んでいた。
「ううう、わ、私だって好きでこのような事を…」
「そうです。勇者様は悪くありません。防具屋のドワーフの少女が、気を利かせて作った防具により、何故か勇者様が巨乳と言う噂が出て人気になってしまい、引くに引けなくなってしまっただけです。ドワーフの少女は気を良くしてドンドン胸にスペースを作って行ったのです!当人は悪く無いのです!断じて欺く為にエセ巨乳なわけでは無いのです!」
パトリシアはメイド服の奥に隠された豊満な胸を揺らしながら勇者を弁護する。
「うううう、せめて……あと胸パッド3枚分くらいあれば…」
幼馴染のメイドの胸元を、そしてレナの胸元を、親の仇でも見るかのように、ソフィアは視線を送る。
随分と盛り込んでるなぁ…と、レナとパトリシアは同情していた。
そして、意図せずに話は盛大に横にそれていた。
そんな中、
「わんっ」
と大きい声が響き渡る。
「ハティ。やっと帰ってきたの?よかったー、お願いがあって…」
ルーシュはハティの鳴き声をした方を振り向く。
ハティの前には、黄金の毛並みを赤く染めた子狼が倒れていた。息もほとんどしていない。右足は失われ、腹が抉られており血塗れになっていた。
「ス、スコール!?」
「くーんくーん」
ハティは涙眼でルーシュに訴え、ルーシュは慌ててスコールに駆け寄る。
ルーシュは即座にスコールの傷口に手を当てて光の魔法を使うのだった。
すると、右手から莫大な魔力による輝きが放たれて、スコールは神々しいまでの光を浴びて黄金色に輝く。
ルーシュはスコールの魔力が持つ情報を正確に読み取り、本来あるべき肉体の情報へと書き換えるように魔力によって体を構成させる。
あるべき肉体へ戻る様に、強制的に細胞分裂を促すように、ミクロレベルで順々に魔力によるエネルギーを与えて復元させていく。
順番を間違えると命に関わるが、ゆっくりしている余裕がない。スコールの莫大な生命エネルギーがなければ間違い無く致死に至るものだからだ。
その為、ルーシュは普段抑えていた魔力を一気に解放して速度を上げる。
まずは重要な内臓組織を、そしてその周りの血管、そして肉、神経、皮膚と順番ずつ治していく。
天に光が昇るほどの莫大な魔力が世界を覆いつくし、スコールの傷がまるで時間が巻き戻されるように徐々に治り始めていく。
致命傷である内臓を治し終えると、次に右足へと移行する。
右前脚の骨の再構成、そこから肉や神経、皮膚と順番ずつ治していく。
ルーシュもジワリと額から汗を流すが魔法を決して止めない。幼い頃に人間を生き返らせる為に覚えた魔法である。魔法構成には一切の無駄を省けるのはルーシュが魔族で、魔法感受性が高いからでもある。
生命力を持つ生物の傷を治すのは大した時間を要する事は無いが、生命力が尽きかけている相手を治すにはより莫大な魔力を必要とするし、時間が勝負となるし、処置の手順を間違える事も許されないので速度と繊細さがより重要になる。
ルーシュの莫大な魔力をもってしても、スコールの怪我を治すのには実に10分もの作業となった。手足を失った子供の体を直すのに1分と掛からないのだから、それほど生命力が失われているともいえる状況だった。これは体を治す際に使うエネルギー量が生命力維持にも必要とするからである。
「ルー君!何をやっておる!この辺一帯が大変な事になるじゃろう!」
王城から帰る途中のレヴィアは異変に気付いて、慌てて戻ってくるのだった。これほどの大魔法が使われればルーシュがやらかした事くらいすぐに気づくのだった。
これ程莫大な魔力運用をすれば世界にも影響を及ぼしてしまう。レヴィアは慌ててこの異常事態を止めに入ろうとする。
「少し黙れ」
ルーシュから低い強い言葉が掛けられる。
普段、温厚で争いをしないルーシュから出る言葉とは思えないものだったので、クロード達も絶句している。
とはいえ、レヴィアは魔王と並んでルーシュとは最も長い付き合いなので、それほど切羽詰っているのが分かってしまい、ルーシュが回りに気遣う余裕を失っている状況だと理解する。
ルーシュはスコールの傷を治す事に必死で周りを見えていなかった。その為、レヴィアは少し諦めたようにして周りを見る。
光の魔法が漏れる事で、辺りの草木にもエネルギーが伝わってしまい、急速に成長していた。近くにあった小さな銀の林檎の樹は一気に巨木へと変わり、小さな雑草は頭を超えるような草へと成長を遂げていた。
ルーシュの魔法によって、スコールの呼吸は落ち着いていく。
スコールが眼を開けて小さく鳴き声を上げると、ルーシュは心からホッとして魔法を止める。
「心配させるなよー、スコール」
ルーシュはスコールの頭を撫でてホッとする。
「くーんくーん」
ハティはスコールに体を擦り付けて無事な姿に安堵する。
「わうー」
スコールはフラリと四肢で体を起こすと、申し訳無さそうに尻尾と耳を垂らす。
やっとまともに話せると思ってレヴィアは咳をしてルーシュの注目を引く。
「で、ルー君や。この状況、どうするのじゃ?」
と問いただすのだった。
「…あ」
ルーシュは周りの景色が大きく変わっている事に気付く。
命を繋ぐ為に使った回復魔法の代償として、漏れ出たエネルギーを草木が受け取ってしまった。スコールの傷だけでなく、草木もすくすくと成長させてしまったのだ。ルーシュの借り家周りは一種のジャングルみたいな様相を呈していた。
明らかにそこだけ異空間で、クロードもマリエッタもソフィアもパトリシアも引き攣っていた。
レナはやらかしちゃったルーシュを呆れるように見ていた。だが、月1で地図を書き換えるような無茶をしでかすルーシュにしては可愛いものなのである。
「この状況は、後でセイに説明しておけば良かろう。それよりもルー君の魔力じゃ。随分と消耗しておるのではないか?」
「む」
レヴィアはルーシュの莫大な魔力を把握する事は出来ないが、魔王付き合いが長いので、さすがにルーシュの魔力が少し減少している事を察していた。
ルーシュは地上に来てからろくな食事をしていない。だがアルゴスとの戦いで戦闘魔法、火刑事件の時の大規模広域回復魔法などを使っており、さらに今回のスコールにも全力で魔法を使っていた。さすがに魔力が結構減っているという点に関して、否定できなかった。
「回復に出かけるぞ。レナ、後始末を頼めるか?」
「まー、ルーシュの魔力回復に私が付き合うと、私が死んじゃうし……。じゃあ、この樹はともかく、草むしりとかやって待ってるー。明日には帰る?」
レナは不安そうに訊ねる。
「うん、そんな感じ」
ルーシュは予定を頭の中で整理して頷く。
「私のお食事は?」
「…………」
レナの食事を作るのはルーシュの係である。『女1人も食わせられないような男は死ね』という母の英才教育による賜物なのだが、そもそもレナは両親がおらず収益もなく、婚約者として面倒を見るのは、母の観点からすると当然なのだそうだ。
「回復した魔力から直接吸い尽くしてやる」
レナは妖艶に桃色の唇を舐めながら、ルーシュの唇に熱い視線を向ける。
魔公の食事は魔力そのものなので、莫大な魔力を持つルーシュの体液は立派な食事と成りえてしまう。レナは他人から直接魔力を吸う事が出来るので、腹が減るとルーシュを食べて良い事になっていた。
その為、ルーシュはレナにとっての保存食でもある。それをルーシュは嫌がっているが、母が了承してしまっているので断れない。
「ううう、しゃーない」
ルーシュは魔族特有の長い耳を垂れさせて肩を落とす。
それと同時にレナはルーシュが見えないところで小さく拳を握りガッツポーズをしていた。
ルーシュとしても、スコールを助ける為とは言え、自分のやった不始末をレナに押し付け、義務であるレナの食事を1日でも作らない状況を作っているのだから心苦しい。
母親曰く男として(?)、責任は取らねばならないらしい。
「わふ」
申し訳ないとスコールとハティはルーシュの足をポムポムと叩く。
「良いんだよ、スコール。ハティ。僕は君達の元気な姿が見れるだけで大丈夫だから」
ルーシュの胸にスコールとハティが飛び込み、1人と2頭はヒシと抱きつく。
「その2頭も腹を減ってるじゃろうし、飯にするぞ。レナ、後は任せたぞい」
「いってらっしゃーい」
レヴィアは背の黒い翼を広げ、ルーシュはスコールとハティを両肩に乗せると翼を広げる。レナは上機嫌でそれを見送る事にする。
「あ、クロード、マリー、あとメイドさんとお付の勇者さん。僕、急用が出来たんで、じゃーねー」
ルーシュはそのまま去って行く。
ぽつーんと取り残された神聖教団とラフィーラ教会の勇者一行の4人は困り果てていた。
そもそもソフィアはルーシュに対して、聖なる魔法を使えるなどと言う嘘をつく事を諌める為にやってきていたのだ。
だが、自分から聖なる魔法を使えるなんて言ったことも無いと否定された上で、見た事も無い大規模な聖なる魔法を使われてしまい、どこをどこから突っ込めばいいのかさえ見失っていた。
その為、ソフィアは「メイド付きの勇者」と呼ばれていた事さえ気づかずに突っ込めないでいた。
レナは去って行くルーシュ達を見送ると、取り残されたお客さんをみる。
「で、クロードは何しに来たの?」
レナは首を傾げて
「いや、国王様に呼び出されたって聞いて。何か取り込み中みたいだったね」
クロードもスコールの酷い状況を見て、さすがにこれ以上首を突っ込むのはどうかと悩んでいた。
「まあ、明日には戻ってくると思うよ。ルーシュは魔力が減ると、強制的に大気中の魔力を呼吸で吸い取っちゃうんだ。この町の魔力を奪ってしまうと、イヴェール王国が滅びかねないから、魔力回復に行ったんだと思う」
土地が魔力を失うと精霊がよりつかなくなり、生物は死に絶え、水や大気は浄化されなくなり、毒の沼地や瘴気によって世界が混沌としてしまうのである。つまり暗黒世界のようになるという事である。
「……魔力回復って具体的に何をするの?」
「………世の中、知らない方が良い事もあるんだよ」
「……」
クロードは絶句する。本当に何をしに行ったのか不思議だったが、レナの言葉から知るのが怖くなってくるのであった。
レナは少し小腹が空いてしまったが手元に食事がないので困ってしまう。空には銀の林檎が輝いていた。食材は今の魔法で大量に備蓄されたのだが…。
「くっ…ティモがいればアップルパイを作ってもらうのに…」
レナは大きく成長した巨大な銀の林檎の樹を仰いで悔しそうに呻く。
ルーシュの所為で銀の林檎はたくさん成ったのだが、問題は銀の林檎を生で食べることは厳しい。食べられたものじゃないほど酸っぱいのだ。
調理する人間が不可欠である。
レナは長くルーシュの仕事の手伝いをしているが、銀のアップルパイを作る事自体は手伝ったことがなく、作り方を知らない。
正しくは覚える気が無いのだが。
「そ、それよりも、今の使った魔法は……」
ソフィアは驚きを露にして、声を上ずらせるようにしてレナに尋ねる。
「?……だから、暗黒世界で言う所の光の魔法だけど」
レナは首を傾げて返す。
「ひ、光?どう見ても聖なる魔法ではないですか。しかもこんな……最高司祭様どころか、アウロラさまでさえ出来ないような奇跡を魔族の身で起こせるなんて……」
「?…………まあ、確かにルーシュは魔力が高いから、お母さんが使った『痛いの痛いの飛んで行け~』の魔法よりも効果はあるけど……」
「と言うか、貴女、暗黒世界と口にしましたが……エルフ…の方ですよね?」
「うーん………」
どう説明したらいいかレナも悩んでしまう。
どこまで話して良いかという問題もある。クロードに話した内容では中途半端に伝わって悪い印象をもたれても困るので、レナとしてはちゃんと自分達の事を説明したい所であった。
亭主の不備は妻の私が、みたいな思惑もある。
「じゃあ、おうちに入る?順に追って説明するし。でも、私は台所の事は何も知らないからお茶とかでないけど」
レナは4人を招く。
「いえ、それなら私にお任せ下さい」
パトリシアの黒髪の奥にあるブラウンの瞳がパアッと輝く。このメイドさんはどうやら家事が好きなようだった。




