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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第3章 ミストラル王国迷走
82/135

お別れと進展

 ティモを引き取る孤児院の院長さんがやって来た日に送別会は行なわれた。

 少し悲しく、そして少しだけ豪華に、ちょっとだけ楽しく終わった。




 翌日、ミストラル行きの便にのるべく、シャトーの客船乗り場へと向かう。

「ティモ、元気でね」

「お母さんに会えると良いね」

 子供達は悲しそうな顔で友達の見送りをしに来ていた。ティモは大きいカバンに荷物を入れて出かける皆の前で涙目になっていた。

「ティモ、これを渡しておこう」

 そんな見送りの一団の中から、ルーシュは前に出ると、一枚のカードをティモに渡す。

「これは?」

 ティモはカードを見て首をかしげる。

 カードには『冒険者協会発行ダイヤクラブ社携帯魔導窯券』とある。

「ティモは冒険者登録しているでしょう?そのカードは冒険者カードと一緒に渡せば、僕が屋台で使ってるのと同じ携帯魔導窯が貰えるから」

「……!?…そ、それってとっても高いんじゃ。も、もらえないです。もらえないです!」

 ティモは慌ててルーシュにカードを返そうとするがルーシュは受け取らない。

 ルーシュはティモの頭を撫でてにこりと笑う。

「これはアルバイト店員ティモへの給料とかじゃなくて、師匠として弟子の門出祝いなのだ」

「門出祝い?」

「こう、料理人なら師匠が包丁をプレゼントしてあげるとか?そんな感じだよ。それに、孤児院には立派な魔導窯があるらしいからアップルパイはどこでも焼けるけど、お母さんと出会えても家でアップルパイが焼けるか分からないでしょう?このチケットがあればどこでもアップルパイの材料さえ揃えられれば焼けるようになるから。僕も…いつかお母さんにアップルパイを焼いてあげようと思ってるけど、グランクラブの方が断然良い魔導窯があるから、こっちで買ってから帰ろうと思ってるし。ティモのお陰でとってもお店が助かったからそのお礼だよ」

「ううう、僕の方こそたくさんお世話になったのに…」

 ティモの目にはうるうると涙が溜まる。

「元気でね、向こうに着いたら冒険者の館の言伝を僕宛に入れておいておいてよ。僕ならミストラルなんていつでもいけるから、遊びにも行けるし」

 ルーシュの認識では、地図で見るミストラルとイヴェールの距離を本気で飛べば何となく2時間も掛からない距離かなと感じていた。実際、ハティとスコールは話した事が無い(話せない)が、森の中を音より速く走ってミストラル領を日帰りしている。

「「くーん」」

 ハティとスコールはティモに擦り寄ってお別れの挨拶をしていた。

「えへへへ、ハティとスコールもまたねぇ」

 ティモは腰を下ろして2頭と顔を近づけて笑顔で挨拶をする。

「「わうっ」」

 スコールは後ろ脚で背伸びをして前脚でバシバシとティモの二の腕を叩き、ハティは自らの鼻をスンスン鳴らして見せる。

 暗黒世界は広くないので、別れとはそのまま死の別れとなる。その為、ルーシュ達にとっても送別会は初の試みでもあった。


 ミストラルにある孤児院の院長とティモの2人は大きい客船に乗って、孤児院の皆やルーシュ達と手を振りながら去って行く。


「またねー」


 港では孤児院の皆が船が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 ルーシュやレナ、ハティやスコールたちもぶんぶんと手や前脚を振って見送っていた。




 その数日後、意外な場所からルーシュへ連絡が入る事となった。

 連絡をしてくれたのはクリストフ・アングレーム名誉侯爵経由で、呼び出された場所はイヴェール城であった。ルーシュとレナ、レヴィアの3者はイヴェール城へと赴く事になる。




 ルーシュ達がイヴェール城にやってくると、兵士達は顔を見るなり城門を開ける。

 3人が通された場所は、以前セドリック達に騒動の後処理に関してを聞かせてもらった国王の執務室だった。

 部屋に通されてソファーに掛けると、お茶が出される。ハーブの良い香りのするお茶だった。

「よう、よく来てくれたな」

 セドリックはフレンドリーにルーシュに挨拶をして3人の前に立つ。

「何か用なの?」

 ルーシュは首を傾げる。

「ご婦人方もいらっしゃい。それに…お久し振りです、レヴィア様」

 セドリックはルーシュにちょっと待つように手で制してから、優雅に一礼してレナとレヴィアに挨拶をする。

「おお、セイではないか。久しいの。何じゃ、この国の王様みたいな格好をしおって」

「この国の王様なんですよ。10年振りでしょうか?ダイヤクラブの後ろ盾は役に立ってますか?」

「ふむ、お陰で多くの同胞を救えておるぞ。東の大陸にも入りやすくなったからの」

 レヴィアはカラカラ笑う。

「レヴィア様、知り合いだったの?」

 レナは不思議そうにレヴィアに訊ねる。

「昔、西の大陸で会ったのじゃ。ダイヤクラブを後ろ盾にしてくれたセイという男がこの者なのじゃ。まさかイヴェールの王になっていたとは知らなかったぞ」

「まあ、色々とありまして。今回はご迷惑をおかけしました。魔族の件はお聞きになられたでしょう?」

「人には出来る事と出来ない事があろう。苦しい思いをした子供達には申し訳ないが、主に謝られる事もあるまい」

 セドリックは今回の件でレヴィアに頭を下げる。それもその筈、イヴェールに逃がす為に後ろ盾になっているのに、当のイヴェールが魔族を攻撃するのでは何かの陰謀にしか感じられない。

 だがレヴィアもそれが意図とした事でないのは理解しているので、手を振って頭を下げないように言う。

「それでも、この国の王は私ですからね。さてと、ルーシュに来てもらったのは他でも無い、銀翼の魔公の件だ」

 セドリックの言葉に全員が一瞬で真剣なモードに変わる。

 ルーシュにとってもそれは重要案件だ。銀翼の魔公はクロードの仇だけではなくなっている。大事な先生を殺した仇になったのだ。

「見つかったと?」

「一度見つけたのだがな、やはり翼で飛ばれて逃げられると私達では追えない状況になる。5日前、西部の諸王国群で確認された。こちらが動く前に逃げられた…というか、向こうが用を終えて消えたと言うのが正しいな」

 西部の諸王国群……つまりイヴェール王国の西側に流れるプラー川の国境線の奥にある穀倉地帯プレーヌ平原に数多ある王国のどこかにいたという事らしい。

「……西部の諸王国群で何があったの?」

「………この国と同じことが起こった。だが随分と趣旨が異なるな。クラウディウス神聖帝国から派遣されたシルヴィオ・ハイドリヒから端を発した神聖教団による他種族への弾圧を始めた国は、銀翼の魔公によって組織された他種族との抗争が起こった」

「銀翼の魔公によって組織された?」

 セドリックの言葉を聞き、ルーシュは目を丸くする。

 組織を持っていると言う事はこっちの世界に何か権力的なものを持っているのかと考える。

「シャイターンの転生だと嘯き、他民族の希望として存在したらしい」

「ふーん。…困った人達を集めて助けようとしていたって事?」

 意外に良い人なのか?

 何か理由があるのかな?

 ルーシュは銀翼の魔公が何かを成そうとしているのかと考えるのだが…

「さあな。結論から言えばその国は滅んだ。王都近隣の平原にて数万と言う民と兵士の戦いが始まったが、その戦場と王都を端から端まで光の魔法によって消し飛ばしたらしい。今では国は消滅してただの更地となっているとか」

「は?」

 セドリックの取り留めない言葉に疑問符しか浮かばなかった。

 文章の内容を理解しようと思っても理解できない。


 暴動が起きました。

 光の魔法で王都が滅び人々は全滅しました。終わり。


 何それ?って感じである。 

「つまり…国中の人間を中心地に集めるだけ集めて、皆殺しにしたって話だ」

「そこに……何の得があるの?」


 困窮する人々を集めて、虐める権力者に逆らおうとしたのに、戦い始めたら皆を殺したという。それでは何も始まらない所か終わってしまう。

 意味の無い行動だ。

「銀翼の魔公側に立っていた獣人が、戦闘中に怪我をして、都市の外に退避している時に起こったらしい。空から光が降り注ぎあっという間に王都が滅び、戦っていた者だけではなく、避難せずに家の中にいた非戦闘員までも死に絶えたとの事だ」

 セドリックは淡々と説明する。

 するとレヴィアが唸る。

「一度、我も会っているから…何となく察する部分はある。ルー君はさっぱりわからんという顔をしておるがの。……あの銀翼の魔公という男、破壊願望が強いようじゃった。仲間の為という概念はないじゃろう。人間も恨んでおるじゃろうが、我ら魔族もまた何も救いを与えなかった事で恨んでおる。そういう目をしておった」

「じゃあ、本当の何の意味もなく人を滅ぼしてるだけって事?僕らも含めて?」

「仲間になっても、後でどうなるか分からんの。得体が知れぬ」

 レヴィアの言葉にルーシュはうううむと深く悩む。

「俺も国外のほぼ全てに手を出せるだけの戦力の伝はあるが……相手が相手だ。正直、それこそ勇者に頼むしかないような案件だと思ってる。とはいえ、勇者は……なんていうか…」

 セドリックは困ったような顔で腕を組んで考え込む。

 その気持ちはルーシュもよく分かる。

 預言の勇者は余りにも弱いのだ。

 世界の破滅を目論む銀翼の魔公を倒すのは、物語の都合で言えば勇者の仕事だろう。

 だが、今代の勇者は破格の弱さである。最初は誰でも弱いものだから仕方ないのだが。

「一国の王様が、勇者じゃなくて魔公王子に頼むのもどうかと思うがの」

「それはこの件を任せて欲しいと頼まれていたからでもある」

 セドリックはルーシュを見る。

 ルーシュもうんと頷く。

「だが…短期間で一国を滅ぼすような化物だ。正直、ルーシュの実力と比較して戦えるものか不安が残る。私もルーシュが一瞬で離れた距離にいるあれだけの人間を癒す莫大な魔力を持っているという時点で規格外だというのは分かっているつもりだが、正直銀翼の魔公の能力も規格外といえるからな。私とて戦うならば私が単独で暗殺を狙うようなやり方でないと難しいと思っている。とはいえ、今の私はイヴェール国王で、そういう事が出来る立場に無い。ルーシュからして実際にどうなんだ?」

 セドリックは悩む様に口にする。

 ルーシュは問われても首を傾げるしかなかった。

「直接見てみないと何とも。そもそも同じ光の魔法を使う人なんて見た事も無かったし」

 ルーシュも当然の返答をする。

「先に言って置くと、奴の目的次第では、ルー君が奴を倒せない事態はそのまま世界の破滅を意味するじゃろう。暗黒世界でルー君より強いのは魔王様しかおらぬからの。とはいえ、魔王様がグランクラブに出るような事態は非常にまずい。魔王様が負けることはまずなかろうが、ルー君と魔王様の喧嘩で山脈ひとつがなくなっておるからの。グランクラブみたいに人の住処の多い場所でそれをやると、北の大陸の住民の大半が死に絶えるぞ」

「……想像したくないな…」

 セドリックは頭を抱える。

 過去にルーシュと魔王は大喧嘩をした事がある。ルーシュが母のために作ったプリンを魔王が全て平らげたという、くだらない理由で始まった喧嘩だった。

 だが、実に暗黒世界中央にある山脈が1つ消し飛んで、今は暗黒世界最大の湖になっている。消し飛ばしたのはルーシュ。そのルーシュを無効化したのが魔王だ。

 ルーシュの規格外もさる事ながら、魔王の圧倒的な力がいまだ健在なのを示す事にもなった事件であった。あまりにバカみたいな話なので一部の魔公で口を噤み、世間にはルーシュが魔法の練習で失敗したという話になっている。


 だがその情報だけで、セドリックは暗黒世界の事情をおおよそ理解する。

 魔公は魔族のトップであるが、魔王家には敵わないと考えられるのだろう。魔王家と言うのはそもそも魔神シャイターンの子孫でもあると聞いていた。現魔王は恐らく200年前の魔王ルシフォーンと同等以上の能力を持っている。本気で戦闘をしたら大陸1つを滅ぼすというのも冗談ではないだろう。そしてルーシュは暗黒世界で魔王に次ぐ能力を有している。

 だが、ルーシュはまだまだ子供だ。能力以前の問題だ。相手が同年代の子供だとしても。

「銀翼の魔公はシャイターンの転生と言う話を聞いているが、もしそうだとしてもルーシュはどうにかできる自信があるのか?」

 セドリックはルーシュと言う恒久的に魔族の正しい指導者としてたてる存在を失うことだけは避けたかった。

 まだまだ幼いが王としての資質は十分に感じさせる。例えば、地上の魔族の指導者として中央大陸に立てる事が出来れば、世界はまた一歩進めることが出来るだろう。イヴェール国王としてではなく、世界の指導者の1人としての想いも持っていた。

 ルーシュの言葉を待たず、その前にレヴィアが口をはさんでくる。

「そもそも……銀翼の魔公がシャイターン様の転生という事に対して、我らは疑問を持っておる。確かにシャイターン様が亡くなられて丁度1000年後に生まれているらしいからの。じゃからと言って、それがイコールシャイターン様の転生と言うには少々怪しいの」

「違うと?」

「実はルー君も暗黒世界では同じ誕生日で、同じようにシャイターン様の転生と呼ぶ人間もおった。当人は自覚が無いがの」

 レヴィアはきっぱりと言う。

「っていうか、銀翼の魔公って本当にシャイターン様の転生なのかな?大体、そんな力を持ってたら生まれた瞬間に国が吹き飛びそうじゃん。それとも、ある日突然自分がシャイターンだって気付いて力があふれ出てきたのかな?」

 レナは首を傾げる。レナはルーシュをシャイターンの転生だとは思っていないが、シャイターンの逸話を聞く限りでは、シャイターンはルーシュに近い性格をしていたのは分かる。銀翼の魔公は余りにも魔王家としては逸脱した考えを持っている。育つ場所の違いがあるのだろうが、シャイターンの転生ならば魔王家らしい性格をしていないのはおかしい。

「はっ…俺はシャイターンだった。ふはははははは、力が漲って来たーーっ!…みたいな?」

 ルーシュがそれに追従し、レナはそうそうそんな感じと頷く。

「まあ、我々としては奴が何者かはどうでも良い。奴が関与した我が国での犯罪は当に生死を問わない指名手配犯の域に達している。問題は、どこにいて、どの程度の力があり、どうすれば対処できるか…という話になっている」

 イヴェール王国としての判断を明確にする。

「暗黒世界でも同じ意見じゃ。24魔公と呼ばれる初代魔公はシャイターン様の忠実な僕にして暗黒世界の本来のあり方を知る者。それを殺した存在はもはや暗黒世界は許容せぬ。とはいえ、200年前に、地上に出て勝手に自分の国を作ったバカがおる故、信用に足らぬ存在をこちらへは送れぬ。ルー君は指令書を読んでおろうが、……ルー君は現状を維持しつつも、銀翼の魔公の無力化という問題に対しては最優先で手を貸してもらう。そもそも勝てる人材がおらぬゆえ」

「う、うん…」

 ルーシュとしては人を傷つけるなと育てられたのに、その人達から人を殺せと命じられているので困惑してしまう。

 だが、銀翼の魔公という存在が、レヴィアでさえ敵わないというなら、自分が戦うしかないし、そもそも勇者やセドリックにも自分が矢面に立つ事は口外している。だからそれを拒否するつもりも無かった。

 だが、存外に殺せといわれるのはちょっと堪える。

「仲良く出来ないのかなぁ」

「ルー君にはちゃんと教えて無かったかもしれぬがな、魔王家が過去に多くの子供が生まれても直に死んでいるのは何故か分かるか?」

「力が強すぎて暴発したとか何とかかんとかって聞いたけど。魔王様が昔悲しそうに、自分の子供でも悪い子は殺さないといけない義務があるって言ってた気がする」

「大体、物心がついてから10歳くらいに掛けて、自分の力の強さに慢心し、他者をいたわれなくなってしまうのじゃ。自分が何をしても力があるから許される、そういう考えに至ってしまい、何度と無く矯正しようとしても話を聞かぬ事がままある。かつてシャイターン2世様は、自身より才能があっても、手に負えない暴君になる事を阻む為に、何度と無く我が子を殺しているのじゃ」

 レヴィアは悲しそうに口にする。

「!」

 歴史の授業では、さらりと流されるフレーズだが、レヴィアのその目で見ていた事を思い出すように口にすると非常に実感が篭ってしまう。

「殺せない暴君が支配する世界を作るわけには行かぬからの。シャイターン2世様は、そうして30人以上もの自分の子供を殺してきた。酷く悲しんでおったのじゃ。じゃから、ルシフォーンが生まれ、健やかに良い子に育った時は凄く喜んでおった。とはいえ、あの時代は魔王が2人も共存は出来ぬ時代じゃったからの。故にシャイターン2世様はルシフォーンに血肉を与え、暗黒世界と魔族達を救う事を託して朽ちたのじゃ。そういう観点で言えば……銀翼の魔公は歪んでおる。魔王家として始末せねばならぬのじゃ」

「………それは…僕の仕事なんだろうね。魔王様は優しいから、そんな仕事はさせたくないし……、シホには出来ない事だよね」

 ルーシュは消去法で自分がやるべき事なのだと理解する。

「14のガキに世界を託すのは申し訳ないのだがな」

 セドリックは苦々しい顔でルーシュを見る。セドリック自身は10歳ちょっとの頃から人を殺す職業をしてはいたが、一般常識からすれば子供に殺人を強いることは異常だという事を十分に理解している。

「まー、暗黒世界の行く末なんて大きいものを背負うよりは、マシな方だと思うし」

 ルーシュはあっけらかんと答える。s

 その言葉にセドリックもまた理解する。目の前の少年は圧倒的な力を持っていてもその力の意味を理解して自分の好きなように振るう事をしないで育った本物の魔王の子供なのだと。

 政治家にもなれば、直接手を下さないまでも、何万という人間の命を間接的に殺す事になる。その重みを理解しているからこそ、1人の犯罪者を裁く方が気楽だと感じられるのだろう。自身の政策1つ間違えるだけで、死ななかった筈の国民が何人も死ぬ事になるのだから。食事が無くて飢え死んだり、疫病対策で後手に回り死なせなくてすんだはずの人間が死んだり、余計な戦争や紛争で兵士が死んだり、公共事業政策の失敗で職を失い生きていけなくなったり。

 だが、直接手を下していないから、いくら死んだところで実感は伴わない。

 この政治と言う民の命を一身に握る恐ろしい仕事に対して、目の前の少年はしっかりと理解しているのだ。

「ただね、僕も銀翼の魔公対策は1つだけ考えてたんだよ」

「ほう?」

「ハティとスコールにフェンリルを呼んできて貰うってのはどうだろう?フェンリルはジブリードの記憶を持っているし、ジブリードとシャイターン様は仲良しだったんでしょう?フェンリルなら説得できると思うんだけど。それにシャイターン様だったら殺すのは困難だからね。罰を与えるにしても厳しいと思うんだよ」

 ルーシュの言葉に全員が沈黙する。いきなり他人任せならぬ他狼任せをしようという提案を始めたのだった。

「ふぇ、フェンリルを地上に解き放つのは最悪の事態が増えるだけのような気がする」

 レナは引き攣って口にする。

「えー、大丈夫だよ。フェンリル良い奴だよ?そうと決まればお手紙をしたためないと!じゃあ、あとはレヴィアたんお願いね」

「まつのじゃ、ルー君」

「ほえ?」

「フェンリルの前に聞くものがいよう?実際にリズ婆みたいなシャイターン様を知る者もいるのじゃから」

「えー、いーよ、面倒くさい」

 ルーシュは立ち上がり、要は急げと勝手に出て行ってしまう。

 レナはそれに付いて行く。




「まったく、忙しいの」

 レヴィアはルーシュを見送り溜息をつく。

 ルーシュ達がいなくなった国王の執務室には、レヴィアとセドリックが取り残されてしまう。

「大丈夫ですか?」

「………さあ。ただ、銀翼の魔公は我の手に負えぬ以上、もう魔神の裁きに任せるしかない。あるいは……銀翼の魔公という魔神の裁きが人類に振り下ろされているだけかも知れぬが」

「……魔公と魔王の能力差とはどの程度のものでしょうか?……レヴィア様の立場上、それを教えることは出来ますまいが」

 セドリックはそこら辺の事情を把握しておきたい思いはあった。案外ポロリと話してしまわないかと思って、ダメ元で聞いて見る。

「いや、それが、我は魔公とはちょっと異なっての。暗黒世界においてもっとも自由な立場にある。我は魔神シャイターンの手下ではなく魔神シャイターンの友人だった海神リヴァイアスの子孫じゃからな。シャイターンの子らを見守ってはいても、我に奴らのいう事を聞く制約は一切無いのじゃ」

 意外にも、レヴィアは重要情報をセドリックにさらりと流す。

 暗黒世界の魔族達からすればレヴィアも魔公の1人と言う考えがある。だが魔公からすれば唯一自由に振舞える立場であり、ルシフォーンに対して対等に意見を言える立場となっている。

「なるほど。それほど暗黒世界に置いて貴殿は力があると?」

 セドリックはレヴィアに力があると考える。権力と言う意味でだ。

「力自体は無い。我は魔公の血を取り込まれているが、出自がシャイターンのものではないというだけじゃ。だからこそ、我は200年前の戦争で最後までルシフォーンの地上開拓に異を唱えておった。結果は今の通りじゃ」

 シャイターンの眷属ではないからシャイターンの血を引く魔王家に従わなければならにと言う義務が生じないと言う。

 暗黒世界には何柱かの神の派閥があって、レヴィアは魔公であってもルシフォーン魔王家の派閥ではないという事をセドリックも理解する。ルーシュが魔王家の人間ならば敬意を示す筈だが、ルーシュとレヴィアの間には友達関係しか無かったようにも感じる。

「……なるほど。だからこそ、魔公達は貴方に対して敬意は持っていて、魔王家さえも一目を置く。だがその半面で大きい力はないと。ならば教えて欲しい。むしろ貴殿だからこそ知っている事も有りましょう」

 レヴィアは最初に尋ねた質問には答えてもかまわないという意味で説明をした事になる。セドリックは答えてもいいからそういう話をしたのだと理解する。

「そうじゃな。というか、魔公の出自は他の魔公から聞いているのではないのか?神喰らいの一族じゃと」

「まあ、それは…」

 セドリックはダイヤクラブは魔公と知り合いがいるし、西の大陸はかなり情報が入るので、かなり詳しく魔公のことも聞いている。ただ、魔公と魔王の違いと言うのが今一理解されていなかった。

「つまり神を食らった24人の魔族の子孫が魔公となる。無論、神の力をそのまま取り込めぬ。シャイターンは己の魔力を世界に拡散し、その上で血肉を魔族達に分け与えて滅んだのじゃ。つまり魔公とは……魔神の力の欠片程度のもの。現魔王様やルー君はシャイターン様に限りなく近い存在じゃからの。天然のルー君は理解しておらんじゃろうが、彼らと我らは大人と赤子どころか、人と蟻ほどの力の差がある。魔公など、所詮は魔人の延長線にある生物じゃからの」

 つまりルーシュがまだ赤子で、魔王が大人、魔公は蟻程度となる。赤子がちょっと歩いたら簡単に踏み潰される弱者だという事にもなる。

「……銀翼の魔公がどっち側かで、大きく話が変るという事か」

 魔公なのか、魔王なのか、それだけでも事情は大きく変わるとセドリックは、話の重要性をはっきりと理解する。

 これは知るべき内容だった、踏み込んで聞いて良かったと実感する。

 天界に刃向かう愚者はいないように、自分達は銀翼の魔公が神かも知れないのに刃向かおうとしていた可能性があった事に気付いてしまう。

「そう。魔神側にいる場合、殺そうにも殺せんからじゃ。生物として本格的に違う。我ら魔族は魔力こそが本体じゃが、魔公や魔人は肉に記憶が定着している。首を取れば死ぬ。じゃがの、魔神は他人に食われたり、魔力そのものを消されたりしない限り、大地の魔力を吸収して復活をする。木っ端微塵に拡散しても、本体となる魔力が残れば、いずれは周りから魔力が集り、その魔力が肉体を復元させて元に戻ってしまう。つまり寿命と言う概念さえも無いのじゃ」

「……」

 それは確かに神そのものといえるかもしれない。

「我は残酷よの。最悪、ルー君に同じ年頃の子供を食わねばならぬと言っておる」

「それは私も同じでしょう。だが……我々の共存共栄のためには仕方ない事でしょう」

「そうじゃな」

 レヴィアは頷く。レヴィアは人類の強さと賢さ、野蛮さを理解しているから200年前に起きた地上界進出に対して慎重論を唱えていた。だが、当時、ルシフォーンは暗黒世界を纏め上げており、ルシフォーンに逆らう存在がいなかったので、全員一致で地上界進出を進めた。

 だが魔公と言う強大な存在に恐怖した人間達は中央大陸にいる魔族の排除へと移った。

 戦争の始まり、魔公王子達の東西大陸の国家樹立、それに対抗する為に地上は戦力を蓄え、勇者による掃討と流れるように歴史は動いて魔族はこのグランクラブから追いやられた。

「……是非、魔王にも会って見たいものだな」

「会うとガッカリすると思うぞ?ルー君以上に天然な大人じゃからな。おバカでかわいいのは子供までじゃろ。200年も生きてアレかって思うじゃろうの」

 レヴィアは辛辣に自分の住む世界の魔王を酷評する。

(そういえば、この人、500年くらい生きてるって聞いてたなぁ)

 セドリックはレヴィアを見て、心の中で余計な事を考えてしまう。

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