傭兵団副団長旅行記
時代はそのまま公爵令嬢物語④に引き続き、セドリック視点で続きます。
仮面舞踏会が終わり、俺、セイ・レ・ビスコンティはセルプラージュに滞在していた。
オリハルコンの潜入メンバーから、イヴェール王国の情報を貰っていたのだが…
「まずネヴェルス公爵領は奴隷制度というものを採用していて、牢獄のような領土でした。中に入って移動するのも少々厳しかったですね」
「……初耳だな」
「今の公爵がかなり血統主義者で、庶民からは愚痴しか聞こえてきませんでした」
「戦力は?」
「無論、兵士達もよく思っていませんので士気は最悪です。粘ってはいますが、第二王子派が勝利するでしょう」
ネヴェルスのクズは、父上が病床であるのを良い事に、好き放題やっていると言うのは本当だったらしい。
とんでもない連中だ。
「なるほど。じゃあ、第二王子派を諜報活動していた方はどうだ?」
俺は第二王子派の同行も確認しておく事にする。
「ハッキリ言えば恐怖政治ですね。第二王子はハッキリ言ってかなり評判が悪いです。お忍びで街に出て、店の対応が気に食わないと王子権限と言い出して一家を殺した事件が何回かあったらしく、シャトーでは第ニ王子が指名手配犯の様に店の奥に張られていて、やってきそうな曜日は店仕舞するとか」
「何だそりゃ!?」
アホだアホだと思っていたら、そこまで図に乗っていたのか?
「しかも自身の正妻であるジョスリーヌがまた非常識なほどの浪費家で、彼女が欲しいものを買わせないというだけで家臣の首を切り、彼女が気に入らないというだけで侍従が首を切りという状況です。勝たなければ殺されるという強迫観念に駆られた兵士達というのが正しいでしょう」
バカにバカが嫁いでしまったというのか。
フランシーヌとは舞踏会で会えなかったが、あのバカに嫁がなくて正解だったかもしれない。あのまま婚約をしていても、あのバカを躾けようと命を懸けて頑張ったかもしれないが、そんなくだらない事に人生を浪費する等は、ばかげているとしか言いようが無い。
「……第一王子と第二王子の抗争の余波による依頼が入っているし、まずは様子を見る事にしよう。こっちも、西部諸王国軍の戦争に首を突っ込んでいる状況だし、この国の内乱に介入するのはもう少し考えるか」
俺は部下たちを任務に返すと、クリストフ・アングレーム名誉侯爵の私邸へ向かう事にした。
アポをとり翌日には面会が叶う事となったのだが……
驚いた事にそこにはサヴォワ公爵が、まるでアングレーム名誉公爵の付き人の様に横に存在していた。
付け髭を蓄えても分かってしまいますよ?
もしかしたらダイヤクラブのビスコンティがこんな場所でフラフラしているのを怪訝に思って、直接調査をしに来たかもしれない。
「ビスコンティ卿が私に会いたいとはどのような用件で?」
クリストフは少し緊張した面持ちで私に尋ねる。
今は別人として成りすましているので、少し寂しいものだ。昔は忌憚無く対等に話せる友人にも近い恩師であったのだが。
「国王陛下への謁見を求めたいのです」
「国王陛下への?……しかし、存じていましょうが病床の身です。陛下との謁見を求めても周りの貴族達が遮るでしょう」
だが、それを打ち破れる筈だ。アンタは父上の恩師でもあり、かつての俺と同じような関係を結んでいたと聞いている。父上はアンタを心から信頼しているのだから。
「西方の光の薬エリクサーを持っております。献上いたしたいと考えておりますが」
「!」
俺の取り出した西方国家の万能薬を見せると、彼らは驚きを見せる。
強力な聖なる魔法と水の浄化魔法を詰め込んだ水で、毒素を打ち払い、体を治すといわれている。
ただの病気ならば十分に効果があるだろう。
死にかけている父上にどこまで効くかは怪しいが。
「で、ですが、そのような事に貴殿はどのようなメリットが?」
「私達は傭兵団です。この国はリヴェルタに似た気風があり、北部大陸の拠点にと考えてました。ですが、国王の病床以降、酷く荒れていると聞いてます。実際に部下からもそのような報告を受けてます。出来ればこの国の諸王国軍対策として、我が軍を雇い入れていただきたいと思っていたのですが……正直に言って次期国王のどちらにも組するのは危険だと思っています」
本当は父上を救う事が第一で、これは口上として用意していたものだ。救える可能性のある力を手に入れたのだ。ここに来たのは全て父上を助ける為だけにやって来たのだから。できれば、フランにも会いたかった所だが、それは父上を救ってからでも問題ない。
何せクレマンとの婚約はつぶれているのだから。
「傭兵団が健全な場所での活動を求めるとは…」
「傭兵団というよりは我々は派遣技術者集団マギテックのように、派遣軍隊と呼ぶほうが適切です。そもそも勝者側でないと多くの収入は得られません。健全な国と契約をしたいと思うのは当然なのですよ」
「なるほど。貴殿の言い分は分かりました。ですが、流石にダイヤクラブの幹部殿とは言え、傭兵団の人間を国王様に謁見等厳しいでしょう。今は我々も会えません。私だけであればどうにか隙を見計らって会えましょうが……」
「………」
確かにクリストフの言葉は正しいだろう。
恐らくクリストフも正規のやり方では会えないと見ている。口煩い連中の隙を突いて、かつての侯爵として立場を利用して父上の周りにいる従者達に頼んで隠密裏に会うのだろう。
「私を貴殿の付き人として一緒に連れて行ってくださるだけでも構いません」
「…お気持ちは分かりますが…」
頑なに拒むクリストフ。まあ、逆に私が父上を殺害する恐れとてあるのだ。実際、そういう事を傭兵団でやっていたのを、聞いている可能性はある。
とはいえ、クリストフだけであるなら良いが、さすがにサヴォワ公爵に素性を知られたくはない。
「いや、貴殿には絶対に公で面会できる機会があると思っている。国王陛下の最も信頼する侯爵に、陛下は遺言を賜る筈だ。その時に帯同したい」
「……私はそこまで信頼されてはいませんよ。それに第一王子派と第二王子派は国王陛下の周りを固めている。第三者の派閥がおいそれと接触はできませんでしょう。互いに牽制しあっている状況ですし」
クリストフは私を父上に合わせる積もりは一切無いようだった。
「……人払いを願えますか?少々、混み入った話をしたいと思います」
クリストフだけならば俺も信用できるので全て話してしまっても構わない。だがサヴォワ公爵は国家の為に全てを尽くす人間だ。第三王子が極秘裏に国王に接触しよう等と知れば絶対に止めに入る。これは避けたいのだ。
「ここにいる者達は口も堅く信用のおける人間です。それに私は政務から離れている身ですし、どこかに吹聴するような事はありませんよ」
「ですが、さすがにサヴォワ公爵の耳に触れられる可能性もありますからねぇ」
俺は変装しているサヴォワ公爵をジトと睨む。
「ぷっ………バレバレみたいですよ、閣下」
クリストフは笑って背後にいる執事風のサヴォワ公爵に声を掛ける。
「……はあ……。アングレーム卿、そこはしらばっくれて頂かないと困ります」
サヴォワ公爵は大きく肩を落としてクリストフを攻める様に口にし、付け髭と黒い髪の鬘を取り外す。
「何の余興なのでしょう?」
俺としてはこんなサヴォワのお茶目を見に来たわけではないのだ。
「君の事を知りたかった…と言ってはいけないかね?」
「私の事を?」
「先日の舞踏会で、私の娘が君の事を気にしていたのでね」
サヴォワの言葉に俺は首をひねる。
一体、いつフランシーヌと会ったとでも言うのだろうか?外相の息子に連れまわされ、テラスに逃げ出したくらいだ。その時、少しだけ同じく逃げ出してきた女性と話はしていたが…。フランシーヌは俺に気付いていたのか?ならば、どうして声をかけてくれなかった?
疑問に疑問が出てきて、とりあえずサヴォワの話をもう少し掘り下げる事にする。
「それは光栄ですね。かの公爵令嬢にお目をかけていただけるなんて」
俺は当たり障りの無い話を続ける。
「あの子が異性と楽しそうに話していたのは第2王子との婚約が決まる前までだった。そんなあの子が貴殿の事を大層気に入っていたようなので人となりを知りたかったという事だ。テラスで話していたでしょう?」
「……ああ、あの女性が……」
公爵令嬢と言う部分を隠す為に、ドレスのランクを下げていたのだろうか。あのドレスでは公爵令嬢という身分とは思わないだろう。
だが、言われてみればあの好奇心の塊とも言うべき部分は昔とかわって無かったかもしれない。まさかフランシーヌを探していて、探している当人に見つからなかった等と口にしていたとは思いもしなかった。
情けない話だ。
「この国は貴殿の見立てどおり非常に厳しい状況にある。実は…先日、第一王子からフランシーヌに結婚の申し出があった」
「?………確か第一王子には既に正妻がいたはずですが?」
「ああ。フランシーヌはこの国の正妃となって、この身を生贄にして国に捧げるつもりだ。内部からネヴェルスを正し、国を正しい方向へ導く為に」
サヴォワ公爵は淡々と語る。娘の事を理解した言い分だ。
俺もまた、あの日別れてから、やはり頑固で国を誰よりも思っているのは変わっていないのだと理解させられる。
「だが、あの子は分かってない。戦争が終われば殺されるのが目に見えている。あいつらはそういう連中だ」
ギリッと歯軋りをしてサヴォワ公爵は吐きつけるように口にする。
「貴殿は私に何を求めている?」
「あの子をこの国の外に連れ出しては頂けないだろうか。私はもうあの子の苦しむ顔を見たくない。妻は誰よりも国を思っていたが、娘にそれを強いる気も無いだろう。どうせ国は滅び行く。私は民の為に最後までここで戦うしかないと思っているが、娘だけは幸せになって欲しいというのは私のわがままでしかないでしょう」
サヴォワ公爵ももはやこの国はどうにも出来ないと断じてしまっている程度には厳しいらしい。偵察していた際に見たシャトーの活気の無さは酷いものだった。
エリック兄上やクレマン兄上の回りも悪評ばかりだった。
「無理でしょう。フランシーヌ様は頑固でいらっしゃる。死ぬまで民の為に戦うでしょう。尻尾を巻いて逃げるより、民より先に死ぬ事を望む人です。彼女を幸せにしたいなら、この国を栄えさせるしか無いのです」
「!」
サヴォワ公爵も娘の頑固さを分かっているのだろう、俺の言葉に凍り付いていた。
「フランシーヌ様は?」
「今日の朝に第一王子派閥と共にシャトーへ入っている。数日内にも婚約発表をして、この内乱を終わらせるでしょう」
「終わるでしょうか?第二王子派はいよいよ追い詰められて内乱を激化しかねない」
クレマンは基本的に超バカだ。自分が正しく他人が間違っていると本気で思っているようなバカだ。
それを止められるのがメルクールだが、国家反逆罪となるメルクールは殺さねばならない。つまり、メルクールを生きて引けるタイミングを作らなければ、バカ王子と共に国を滅ぼすまでとことん戦い果てるだろう。
この戦争は、王太后やメルクールが上手く生き残れるタイミングで、第一王子を王に立たせなければ意味が無い。
恐らくネヴェルスは相手を滅ぼせば勝ちと思っているのだろう。現状、滅ぼしたら国そのものが滅ぶという事実を理解していない。何せ国の3分の1を滅ぼし、滅ぼした側も多大な被害が出るのだ。完全に誰がどこの派閥かを明確にしている以上、引き際が非常に難しくなっている。
首都を焼くような内乱をすれば、復興も厳しいだろう。
サヴォワはそれを正しく理解している。
それを止める為にフランシーヌも輿入れするのだろう。ネヴェルス公爵の内部に入りこんで、メルクールに引き際を作ってやるつもりなのだろう。
「貴殿は……この戦争の落とし所はどこにあると思う?」
「……公爵閣下が仲介できるならとっくに終わっているでしょう。私も傭兵団を率いて多くの戦争に関わっています。内乱もここまで大きくなると、我々はさっさと報酬を貰って逃亡しますよ。滅ぶ国にいつまでも長居は出来ない。この内乱は泥沼です。国王陛下が完治して、一度立て直し、王位継承を正さねばならない。だからこそ私はエリクサーを持ち寄っているのです」
一番の理想はこうだろう。無論、病状によっては利くかどうかはわからない。
「……難しいですな」
クリストフは溜息と共に口にする。
本気でこの国を立て直すには、戦争を極力小さく終わらせねばならない。そして後に立つ統治者は頭が良くなくてはならない。
サヴォワ主導で立て直すなら上手く行くだろうが、そもそも戦争は絶対に長引く。互いの存亡をかけた殺し合いになる。なあなあで済まない。そもそも負けた側は国家反逆罪となって処刑される法律が存在しているし、寝首を掻かれたくもないのだ。
互いに矛を向けた以上、互いに妥協は許されない。まだ矛を向けられていない王族が国王になってしまえば、彼らも尻尾を丸めて逃げ出せただろうが。
この国には他に王族はいない。
…って、そういえば1人だけいた。
そういえば俺はこの国の王族だった。うっかりしていた。
だが、俺はもうこの国の王様よりも遥かに大きい力を手にしている。
何で格下げされなければならないのだ?それが嫌だから、クリストフに隠密裏に話をつけにきたのだ。
とはいえ、フランシーヌの婚約の話を聞いている以上、動き方は慎重にしなければならない。
「エリクサーでの完治がこの国の進退の賭けとなります。ですが効かない可能性もあります。もしも病気で無く毒物ならば、再び痛みを伴わせる事になります。一時的に治癒しても、再び毒が体の中から体を痛めつけるので意味が無い。だから私の帯同を訴えています。エリクサーを使って無為に苦しませて死なせるよりは、心安らかに眠っていただきたいでしょう?傭兵団では疫病のある場所にも行けば、毒を使った敵とも戦ってきましたので知識は多く持ってます」
「なるほど…」
サヴォワ卿は納得した顔で俯く。
「貴殿のエリクサーに賭けましょう。どうにか貴殿も私と共にシャトーへ来てはいただけますかな?…見計らって共に陛下と謁見できるように取り計らいましょう」
クリストフは俺に頼むように頭を下げる。
それから数日後、俺はクリストフと共にシャトーへと行き、父上との謁見のタイミングを見計らっていた。その機会は存外に早くやって来た。
第ニ王子派に組しながらも、第一王子派がサヴォワ家を手元に入れようとしている噂を聞いてこのままでは滅ぶ事を危惧していた貴族が、クリストフに泣きついて来ていた。そこでクリストフが上手く国王との謁見する機会を取り付けたのだった。
痩せこけて真っ青な顔をした男がベッドで寝たきりとなっていた。意識はあるようだが体は起こせないとの事。
「クリストフ様。陛下は非常に危険な状況にあるので…」
侍従の女性はクリストフに注意を促す。
「分かってます。……それにしても……何とお労しい……。あれから数ヶ月というのに…」
クリストフは愕然とした表情で口にする。
どうやらかつての壮健だった頃の面影さえ失いつつある男が私の父のようだ。一目見て気付かない程度に随分と変わってしまっていた。
「クリ…ス…トフ…か」
「久し振りです陛下」
父上はクリストフを見て少しだけ嬉しそうな表情を見せる。
俺は近くにいた侍従に父の病状を訊ねる事とする。どういう症状なのか、どういう状況なのか。
その状態は……東の大陸で流行っている毒薬と同じものと考えられた。エリクサーでは一時的な治癒しか出来ないだろう。
クリストフは俺に縋るように視線を向ける。
俺は首を横に振るしか出来なかった。もう、父上は余命幾許も無い。残念だが遅すぎた。そもそも父上の病気によって倒れたという話を聞いて、どうにか面会する渡りをつけようとして100日以上掛かったのだ。それまで生きて会えただけでも良かったのだろう。
「そち…らは?」
父上は俺に視線を向けて尋ねてくる。
「彼はダイヤクラブの幹部レ・ビスコンティ卿です。陛下のお見舞いにとやってきた次第です」
「おお……それは…ゴホッゴホッ」
忝いとでも言おうとしているのか、父上は咳き込み血を吐く。
「症状はどうでしたか?」
クリストフは俺に再び尋ねる。何かの間違いであろうと問いただすように訊ねてくる。
「陛下の病気はおそらく死帽茸による毒素と思われます。治療には毒を高位の水魔法で洗い流してエリクサーか光の魔法で回復しなければならないが、ここまで進行していると水系精霊召喚魔法を使える術者も必要ですし、エリクサーの量も足りない。それに、治療に伴なう痛みや体力の消耗は……もう陛下には耐えられないだろう」
「そんな!」
愕然とした表情をするクリストフ。
そんな顔をしないで欲しい。俺だって自分の父親の余命を宣言等したくないのだ。
「私でもその程度に分かる事です。専門医ならばどれほど無理な事かハッキリ分かるのでしょう。そして…この国の医者のレベルではそれさえも分からない。リヴェルタの高位の医者を呼ぶにも時間が掛かりすぎる」
「……」
クリストフは頭を抱えて俯く。
「せめて…初期段階で私が来ていれば…申し訳ありません」
俺はせめてもと頭を下げる。
結局、間に合わなかった。
自分の事ばかり考えて、家族を省みなかったツケがここにあった。俺がずっとこの国にいて、才能を示し続けていれば今の状況から国を守る事も父を守る事も出来た筈だ。
だが自分の力をつける為、己の為だけに国外へ逃げた結果、祖国を滅ぼし、父を何者かに殺されてしまった。助ける手立てはもはや存在しない。
もはや多くの仲間の死に慣れてしまった俺の目元から、不覚にも涙が流れてくる。
「申し訳…」
「……大きく……なった…ものだ」
父上はぼそりと口にする。
「?」
「余が…不明……だった。………セイ……お前は………私の……誇りだ…」
「父上?まさか…気付いて」
「……死の…際で………また……会える……とは…」
嬉しそうに目を細める父上。
別れてから9年も経つ。誰にも気付かれなかったというのに、父上は俺の事を気付いていたとでも言うのか。
俺は家族なんて母親以外に信じていなかった。父は国王で、男爵令嬢の三男坊から見れば遥か遠い人間と思っていた。
「ま、まさか……セ、セドリック様!?」
一番親しい貴族のクリストフさえ気付いていなかったというのに、ほとんど顔も見て来なかった父上が気づくのは驚いたものだ。
だが、もしかしたら父上はセイ・レ・ビスコンティが俺だと気付いていたのかもしれない。
セイは俺の小さな頃の愛称で、父上は俺をセイと呼んでいた。
「はは…に……よう……似て……いる。……済まぬ…なぁ………。お前も……母も……守れなかった……」
申し訳無さそうに俺の手を握り、謝る父上の姿は痛々しいものだった。
幼き頃、見られるだけで竦んでしまうような威圧感を持っていた国王の威風堂々とした姿は、微塵もなくなっていた。こうなってはただのセドリックの父親アドルフでしかないのだと感じるしかなかった。
「気にしないで下さい、父上。俺はこうして元気です。父上と母上がいたからこそ、私は生を受けている。私が子供で不甲斐ないばかりに父上ばかりに責を押し付けたからこのような事に。申し訳ありませんでした。…父上を救う事は叶いませんが……せめて父上の心残りがあるならば、それを叶えて見せましょう。今の俺にはこの世界さえ動かす力があります」
嘘じゃない。ダイヤクラブの幹部には全てを動かす力がある。
すると父上は侍女を手招きで呼びつけて何やら紙とペン、そして玉璽をもって来させる。王子たちに奪われないように、魔法の金庫に隠していたと聞いていたが、そんな所から出てくるとは思ってもみなかった。
王として命令と言う形で何かをやらせなくても、別に何でもやる積もりだったのだが…。
父上は短い文面を長い時間掛けてどうにか書き終えると、最後に玉璽を押し、安心したように再び横になる。
「自由…に……生きろ」
父の遺言は、俺に対して現状維持を示すものだった。
だが………渡した書面は全く異なる意味を持っていた。
『イヴェール王国第11代国王アドルフ・イヴェールは、セドリック・イヴェールを第12代国王に任命する』
つまりこの書面をどう使おうと構わないと言っているのだ。
アドルフは頼むと口にして玉璽をクリストフへ渡す。
俺はこのまま王城を出て、クリストフの持つ王都の私邸へ泊まらせてもらう事にした。
「セドリック様だったとは……どうして仰られなかったのですか?」
クリストフは騙された悔しさからか、俺に噛みつくようにクレームをつけてくる。
「サヴォワに知られたくなかったからだ。クリストフに人払いを願ったのに、お前はあの公爵を居座らせ続けたではないか。お前だけなら、正直に父に会いたいからどうにかしろと言う積もりだった」
「気を遣わせて申し訳ありませんでした」
クリストフは申し訳無さそうに頭を下げる。クリストフも自身の落ち度に気付いたからだろう。
「あの父上があんなに弱気になるとはな。毒を盛ったのはどっち側だ?」
「分かりません」
「メルクールら王太后が最も怪しいが……証拠は探せないだろうな。くそっ……それにしても父上は何を考えている」
俺は次期王の任命書を見て頭を抱える。
「陛下もセドリック様の事を心配しておりました。自由に生きろというのは恐らくそのままなのでしょう。それでも…何かをしてくれるというなら国を救ってくれという意味だと思います」
「難しい話だな。俺がイヴェールを占領するのは難しく無いが、シャトーを焼く事になれば新国王に民が反感を持つ」
「イヴェールを占領するのは難しくないという時点で……セドリック様がどこまでの力を手に入れたか良く分かりましたよ」
クリストフは昔のように呆れた表情で俺を見る。この顔を見ると、戻ってきた感じがするのはどうなのだろう?
「多くの犠牲によって支えられた身だ。イヴェールの為に今の地位を落とす訳にも行かぬ」
「でも、きっと陛下は安心したかったのでしょう」
「安心?」
「自分が亡くなっても、もしかしたらセドリック様が国を救って下さるという思いで書いた。心残りを全てその書に預けたのだと…。平民に成り下がってから西の大陸で王と呼ばれる場所にまで伸し上がったセドリック様ならば、この最悪な状況も打破してくれると言う夢を見て最期の時を過ごせるでしょうから」
「……父上…」
俺は飲みたい気分だったので、夕暮れ過ぎに貴族街の高級なバーのある方向へと足を運ぶ。騒ぐよりも、ただしんみりとしたかった。
そんな夜に侍女を連れた女性が歩いていた。
「貴方は…レ・ビスコンティ卿?」
目の前の女性から声をかけられて俺は気付く。仮面がないと確かに面影は残っていた。これなら間違いようもなく気付けただろう。
「これはこれはフランシーヌ様」
「あ…も、申し訳ありません。私をご存知で?」
「ええ。先日、サヴォワ公爵とお話させて頂きまして、舞踏会では知らず無礼な事をしたのではと」
「いえ、私こそ。何やら色々と聞きまわってしまって」
フランシーヌは慌てた様に首を横に振る。
そうだった。フランシーヌはこんな感じで、下手に出られると逆に恐縮してしまうような子だったと、懐かしさを覚える。
「ビスコンティ卿はどちらへ?」
「ええ、ちょっとバーにでもと。実は久し振りにこの土地へやってきたのですが、どうも父が危篤状態でして。あの怖いという印象が強かった父が、弱々しく私に謝る姿を見て、どうにもやるせなくなってしまって。飲まないとやっていけないみたいな所でしょうか」
セドリックであることを打ち明けるべきか悩むが、周りの目もある。相手は一応、婚約者がいる身なので、本音をそのまま伝えつつ、自分の素性を一切隠す事にする。
「そう…。私もご一緒して良いでしょうか?」
「お嬢様!?」
困ったように声を上げる侍女の姿を見ると、侍女もどこか懐かしい面影がある。孤児を拾って育てるような事もしていたなと思い出す。その中でもフランシーヌに懐いていた女がいたはずだ。
立派な侍女になったものだと思うが、動きが微妙に暗殺者のそれに似ているのは気の所為だろうか?
「構いませんよ」
「しかし、お嬢様」
「独身最後の夜くらい自由にさせて下さい。それに何かあれば貴方がいるから大丈夫でしょう?」
「お忘れなきよう。ダイヤクラブの幹部でも、私は傭兵上がりなので女性に負けるほど弱くはありませんよ」
「あら、この国の妃になる女性を手篭めにして責任なんて取れるものですか」
クスクスとフランシーヌは笑う。
結局、俺はセドリックである事を告げず、彼女の愚痴を聞き続ける役に回る事となっていた。随分と鬱憤が溜まっているようだった。
その中には、いなくなったセドリックに関してのものもあり苦笑して聞くしか無かった。
「何で誰も民の事なんて考えてくれないの。貴族は民の為に命を張るからこそ特権が認められていたというのに…。好きでもないくそったれと結婚する身にもなれって…いうのにぃ」
「フランシーヌ様。それはさすがに…」
「私が……私が諦めたら、皆困るもの。シャトーの民もセルプラージュの民も、たくさん友達もいて………私が……」
凄い勢いでぶちまけていて、さすがにバーのマスターも閉口していた。
俺は金を握らせて口を塞がせる事にするが、バーのマスターは金を突き返して、我ら庶民はフランシーヌ様の味方ですからと言い切る。
随分と人気のある公爵令嬢様のようだ。
嫌な男に嫁ぐ事を決め、国のために必死になって勉強して、厳しい作法を学び、なのに婚約破棄をされ、大恥をかかされて。
それでも政治のカードとして違う派閥が脅しかかってくる。
この国をどうにかして助けたくても、どうにもする力が無い。不平不満だらけなのに、ただ流されるて、極力国のためになる選択しかとれない自分が歯痒いようだ。
この数年で随分と溜まっていたらしい。
確かにこういう事を愚痴れるのはこの国の人間じゃない方がいいだろう。
「そんなに嫌なら逃げますか?攫って逃げましょうか?」
「そんな事…出来る訳無い。しちゃ駄目なのよ。私は大好きな幼馴染の誘いを断ってここにいるのだもの。なのに、今になって逃げるなんて」
結局、俺は、彼女が強いアルコールを口にして好き放題に愚痴るのを、ただ宥めて励ますしか出来なかった。
この原因の1つは間違い無くセドリック・イヴェール、8年前の俺に大きく起因しているのだから。
結局、フランシーヌは酔いつぶれてしまい、侍女に背負われて帰る事となる。
「すいません。その……、この事は内密に」
侍女も申し訳無さそうに俺に謝り、そして口止めを頼む。
「もちろんですよ。というか、恐ろしくて公に何て出来ません。それにしても、大変そうですね、公爵令嬢殿も」
「フランシーヌ様は……幼い頃から私のような下賎の者も大事に扱ってくれました。そして…貴族達の政治による被害が、真っ先に私のような下々に向かう事をご理解しています。フランシーヌ様はすべての民に優しい方です。だからこうして身を粉にして頑張ってました。私はフランシーヌ様を支える事しかできないのですが…命を懸けて守るつもりです」
侍女は背で眠る主へ尊敬と親愛の籠った視線を向ける。
俺の幼馴染は最後に出会った頃以上に多くの人間に愛されているようだった。
幼い頃の初恋と言うものは、大人になると得てして残念な現実を見る事になる。だが目の前の女性は頑固で民想いなまま、真っ直ぐに成長してきたのだと感じる。8年前に別れた頃よりもずっと美しくそして良い女になっていた。
世界中を回ってきて様々な女を見てきたが、彼女ほど真面目な子はいなかった。
「今日は本当にありがとうございます。フランシーヌ様がこんなに本音を口に出来たのも、ビスコンティ卿のお陰です。ずっと1人で抱え込んできた人ですから」
「みたいだね。フランは相変わらず頑固で頑張り屋で泣き言を口にしなかったからね。だから、俺もずっと知らなかった……。何で国を出てしまったんだろうなぁ。結婚等できなくても、近くで支えてあげる事くらいできただろうに」
俺は侍女の背で酔い潰れて寝ているフランシーヌの頭を撫で、アングレーム邸の方向へと去る。
「え?」
侍女は驚いたように俺を見るが、これは俺の失言だった。
セドリック・イヴェールはいない事になっているのだから。
ネタバレ済みの物語なので安定して進みます。
どんでん返しとかありません。




