侯爵回想録②
ブクマ、評価等々ありがとうございます。
時系列がメチャクチャですが……公爵令嬢物語と男爵令嬢の独り言の辺りの時代の話です。
クリストフ・アングレーム元侯爵視点での物語です。
全部終わったら、スコールの物語をちょっと場所をずらして、整理する予定です。
私、クリストフ・アングレームが侯爵を辞めた智暦207年の水の月の頃でしたな。
セルプラージュに小さな屋敷を購入し、年金生活をしていました。
率直に言えば、私はやっと侯爵位を甥に告がせる事に成功したのですな。
甥達が五月蝿く言うので仕方なく……という態で継がせたのですが、正直に言えば今の国家事情は非常に不安定で、逃げたと言うのが正しいですな。
内政において影響力が強くなり過ぎてしまい、どこの派閥にも着きたくは無いのですが、何処かにつかなければ殺されかねない状況だったからですな。
議会は大きく荒れています。真っ二つといった所です。ネヴェルス公爵令嬢と結婚しているエリック第一王子派とメルクール公爵の孫でもあるクレマン第二王子派が真っ二つに別れており、これにサヴォワ公爵擁する中立派が状況を見守る形になっていました。
サヴォワ公爵家は日和見だと周りから非難する貴族も多いですが、喧嘩を売って逆側に付かれたら負けるのが目に見えているので、大きい声で非難する者もおらず、国家は3派閥に分かれている状況が出来上がってます。第一王子派、第2王子派とは言ってますが、中身は簡単でネヴェルス家とメルクール家の争いと言っても過言ではありますまい。
そんな頃、私は病床の国王様に呼び出され、寝室へと足を踏み入れる所だったのですが…
「父上、もはや宮廷は無茶苦茶です。あのバカはサヴォワ家を蹴り飛ばし、父上の病床である事を良い事に好き放題に国を動かしている。アイツのバカさ加減は常軌を逸していましょう。どうか私を王太子に任命してください。そうでなければ父上が亡くなり次第に国は潰れてしまいます」
痩せこけて病床で寝たきりとなっている国王に、任命書を持って迫る第一王子エリック殿下の姿は非常に滑稽なものでした。第一王子派閥がここまで盛り返したのは彼の知略によるものが大きいのですが、人間性でいえばクレマン王子と大差ありません。国をわざとクレマン殿下によって追い詰めさせているのはこの人なのですから。
国王様は咳き込み侍女を呼びつけてゴミ箱に吐血する。侍女は労しげに国王様の背を擦る。彼女はラフィーラ教の神官で、水系魔法を得意とする治療士で、6人ほどでローテーションを組んで陛下の看病をしています。
「父上、さあ、早く。この書状に玉璽の印を押すだけで問題ありません。後は私に国をお任せして休養ください。さあ」
エリック殿下は紙を病床の国王様に押し付けるようにして迫ります。
「殿下。陛下はお疲れですので、この辺で…」
侍女は、国王の疲れている様子を見て止めに入るのですが
「黙れ、侍女風情が王太子になる私に対して口を聞くとは無礼者が!」
エリックは侍女を怒鳴りつけ、拳を持ち上げました。
侍女は恐れて体を竦ませてます。
「エリック殿下。国王様の命によって時間通りにはせ参じました。国事にとってとても重要な相談事との事ですのでどうかお下がりいただけないでしょうか?」
私はエリック殿下が今にも侍女をこの場で殴りつけようとしていたので仲介に入りました。
「ゴホッゴホッ……エリックよ。………私は………クリストフ………と話が……ある…。………外せ」
「し、しかし…」
目でジロリと陛下はエリック殿下を睨み追い出す。
国王様は、病床に入ってから暫く経ちます。その為、久し振りに陛下に謁見したのですが、陛下は随分とおやつれになられていました。
「久しいな」
「侯爵を辞めて直にお倒れになられたと聞いて驚きました」
「1月前から体調を悪くしてまして、コルベール枢機卿のご紹介で高名なお医者様に薬を貰っておりますが…」
「そうですか……」
病気なのでしょうか?
この時勢、毒を陛下に盛っている可能性もあるが、そうだとするとどっちの陣営かも予想が付きません。第二王子派が怪しいですが、今のエリック殿下の様子を見ると第一王子派も怪しいとしか思えません。
「ご自愛下さい。国のことなど忘れて自分の事を第1に…」
「身近な人間に心配される等……久しく無かったな……」
ゴホゴホと咳き込み苦しそうな顔をした陛下を見て、心配しない人間がいないのかと首を傾げる。
「エリック殿下の事でしょうか?」
「息子達は皆同じよ……」
吐き捨てるように口にする国王様。
侍女もまた渋い顔をする。どうもエリック王子だけでなくクレマン王子も同じ調子なようです。死ぬ前に自分を王太子に任命しろと訴えているようでした。
「太子を選ぶ気にはなりませんぬか?」
「……どちらもかわるまい。エリックの方がマシ……というレベルだ」
「どうしてでしょうか。陛下は王などなりたくないと口にしていたのに、殿下達は王位になりたがっているようです。やはり公爵家が付いていたからでしょうか?」
「そう…だろうな。……セドリック…どうしているかな」
国王様は小さくつぶやかれた名前は、かつて私が教師を務めた第三王子の名でした。家でをして以来、いないものとして国の中では扱われている方です。ですが、確かに、今の状況になるとあの方がいれば何か変わるのではと思ってしまいます。
「殿下はあれで賢い方でしたから。国を割りたくないという理由で愚者を演じ、国を出て行っても追手に対して尻尾1つ見せませんでしたからね。今思えば、一種の化物みたいな方でした」
「……私の目が曇ってなければ………」
国王様は後悔の念を抱き俯く。
「いえ、あの方は自分が愚か者である事をむしろアピールしてましたから。ただ…確かに今となっては…」
あの2人は自分達の立場を利用して好き放題している。
一番やらかしたのはクレマン第2王子殿下でしょう。ボロを出さないエリック第一王子殿下と違い、堂々と好き放題をして、学校卒業と同時に結婚したジョスリーヌ様の我侭を聞いて、国庫を食いつぶす勢いです。
最悪なのは、2人が競うように宮廷でパーティを開いて自分の派閥を広げようとしているので、税金が上がっていく一方という状況です。まだ数十日という状況でこれなのですから、その激しさは相当のものでしょう。
「セルプラージュに越したそうだな…」
陛下は私に尋ねるので、私は頷いてその言葉を肯定する。
「ええ。わが国のあの都市が、一番、海外と密接に交流しておりますから。考古学や歴史学を調査するには情報が必要です。物資や情報を手に入れやすいあの都市が一番ですな」
「やっと趣味に没頭できる…か」
「まだ人生はこれからですな。陛下もまだまだですぞ。私より10も年下なのですから」
陛下とてまだ50代、ふける年齢でもないのですな。
「……セルプラージュか。フランシーヌ殿には悪い事をした。代わりに謝ってはくれぬだろうか…」
「……フランシーヌ様はただただ国の為に身を粉にして頑張る方です。むしろ…このような事になって申し訳なく思っていることでしょう」
「だからだ」
陛下は本当に悲しそうな表情で口にする。
「だから……こそ、あの子を……国母にと……考えていた」
そう、陛下は息子達に期待をしていなかったのだ。誰が王になっても変わらないなら、一番派閥のしっかりしやすいメルクールとサヴォワをくっつけて磐石にすれば国は揺るがないという理由でした。
「……幼いのに……しっかりした子だった……。両親に似て……我が国を……一番に……思ってくれていた……。私が……不明だったのだ」
せめてセドリック様がもっと良い血筋で生まれていたらか、或いは長男であったならば。
いや、今、国にいてその才能を発揮していれば、ろくでもない長兄や次兄を差し置いて、国王様はセドリック様を次期国王に任命していてもおかしくない程、あのお2人はどうしようもない方々でした。不敬罪で捕まりそうなので、絶対に口にはしませんが。
「フランシーヌ様は、もう国の義務から解放されて、自由に生きていただければと思います。此度の事で社交界等にでれようもありませんし、この国の貴族との婚儀もかないますまいが、他国の王族を婿に迎えても良いでしょう」
私の言葉に、すこしだけ肩の荷が下がったように陛下は笑ってくださいました。
どうしてこうなってしまったのでしょう。
首都シャトーは活気を失いつつありました。
第1王子派と第2王子派の内戦があるのでは、という声が広がっており、貴族達の腹の探りあいも非常に厳しいものです。そして貴族達も自分達の権威ばかりを口にして、平民に当り散らす事も多いと聞きます。
残念ですがその悪徳貴族の中にはアングレーム侯爵家の名も聞きます。私の甥夫婦も余す事無く悪徳貴族の仲間入りですな。
ネヴェルス公爵家は自領で堂々と奴隷制度を復活させて平民は生かさず殺さずというスタイルを貫いております。経済的にはそれにより高い水準を保っていますが活気の無い貴族主導の土地となっていると聞きます。
対するメルクール公爵家は相変わらず弱者を見下す風潮で、当主に至っては女と見れば手当たり次第に無理やり手篭めにして子供が生まれようなら殺すなり捨てるなりしているそうです。
どちらも平民にとっては地獄でしょう。今のような国はもう廃れてしまうかもしれません。陛下に出来るだけ長く生きていただくことだけがこの国の寿命を伸ばす事としか思えません。
国王様には非常に申し訳ないとは思いながらも、そんなシャトーを捨て、私は晴れて自由の身となり、名誉侯爵となってセルプラージュへとやってきました。この町は非常に活気があります。
他国との交流も多いので、人種や貴賎に囚われない自由さがあります。どっちが首都か分からない、それほどこの都市は栄えています。
私は移住に際し、サヴォワ公爵家へと挨拶へ向かう事となりました。
「お久し振りです、サヴォワ閣下」
「久しいですな、アングレーム先生」
迎えてくれたのはダビド・サヴォワ公爵閣下でした。当人が門前に出迎えるとはちょっと驚きでした。
「先生は辞めて欲しいですな」
「何を仰る。若い頃、私にあらゆる政務を教えてくださったのはアングレーム候ですからね。何でも我が領で暮らすと?歓迎いたします。まあ、盛大なパーティなど開きたいのですが、領事情が厳しくて…」
申し訳ないようにサヴォワ公爵は苦笑を見せる。
「領事情?」
「税金ですよ。関税額や領税が跳ね上がっておりまして……これはもはや両陣営からの経済制裁としか思えない状況です」
「なんと………陛下はその事を何もおっしゃって無かった。フランシーヌ様に申し訳なかったと伝えてくれと……」
私も顔を顰めざるを得なく、ダビド殿はかなり厳しい状況に追い込まれているようでした。
「ええ。陛下へ取り次いで貰いたいと言っているのですが、一切音沙汰がありません。無論、陛下が病床で苦しんでいるゆえ、面会は叶わないと言われているので仕方ありませんが」
「白々しい…」
第一王子が自分へ王太子を任命せよと病床の王に訴えかけておきながら、公爵の言葉は無視と来ている。
第一王子にも第二王子にも国を渡したくないから、国王は今の状況でも太子を口にしていないのが目に見えてしまいます。
この国はもう駄目なのかもしれません。
「まあ、なので国外の貿易に重きを置いております。フランシーヌの進言で、少し遠回りですが関税の低い東隣りの辺境伯家の港も使わせてもらい、新しい貿易網を作っているところです。お陰でどうにか領民の負担は税額の増加程度で済んでます。ただ……こういうやり方をすると王都に物が入らなくなるので、我々は大丈夫ですが王都周りは地獄を見るでしょうね」
「……シャトーが目に見えて衰退しているように見えたのはそれが原因ですか…。サヴォワから搾り取ろうと目先の欲に駆られ、それ以上に自分の首を絞めているとか、何を考えているのでしょう…」
本当に頭を抱えてしまいます。
サヴォワ公爵も王都から引いて久しいので、情報を欲しているようです。何せ王都からの仕打ちは目に余るものでそこに行っては殺されかねないから近付きたくも無いようです。
私は公爵に王都の惨状を説明しておりました。
「それにしてもフランシーヌ様はお元気で?陛下からのお言葉を直接お伝えしたいのですが」
「陛下はフランシーヌをお気に掛けていただけていたのですか。それだけでも…」
「フランシーヌ様を国母にすれば、どうしようもない息子が継いでもどうにかなるだろうという考えだったようです。今の状況を見れば、お気持ちは分からなくもありません」
「まあ、私としては国のためにと育てたのですが、些か堅すぎて、自分の幸せを捨て気味なのが……。もっと自由に生きても良いのだと伝えても、大事な領民達は私の振舞い1つで苦しむのだからと……。あれは亡き妻に良くも悪くも似すぎてしまった」
ダビド閣下は苦笑する。
ダビド公爵閣下の妻は王族、アドルフ・イヴェール国王陛下の従妹で、前王弟の長女でした。
前王は子宝に恵まれず、ダビド公爵の亡き奥方は王位継承権は第二位になっていた方です。国に災いを齎したくないと言う理由で、公爵家に降嫁している方で、アドルフ陛下が王太子になる前は女王を嘱望されるくらい優秀な方でした。
確かにフランシーヌ様はサヴォワ公爵閣下の奥方にそっくりです。
「まあ、親バカを言うようですが、あの優秀な娘の夫になるには、並の男では厳しいでしょうな。相手次第では公爵夫人でもよい気がしますな。まあ、こんな事になったのだから自由に生きてくれればと思います」
「はははははっ……」
「他国や私の陣営の貴族などを呼んで、今の状況の事情説明をするついでに懇親会と称してあの子の婿探しもしようと画策しています」
サヴォワ公爵は身内のパーティをして、娘に新たな婿探しを画策しているようです。確かに王都の社交界に出ることは無理でしょうが、国外とのつながりが大きいサヴォワ領からすれば、国内を相手にする必要はないのです。中々にこの方も策略家ですな。
「それは良いでしょう。国王様も弱気になられておりましたし、フランシーヌ様の良い報せを聞けば安心するでしょうから」
「まあ、あの子は適当な養子でも取って継がせればいい。何せ『私は結婚をするつもりも無い、国を追い詰めたのは自分の所為だ』と自棄になっている部分がありますから。だから、画策しているんですよ。アングレーム先生もお眼鏡にかなうような年頃の男性に心当たりがあれば是非」
「ははは、そうですな。まあ、悪くない人材というなれば……。ただ、フランシーヌ様のお眼鏡にかなうかどうか…」
まあ、年よりとしては子供達の将来がもっとも心配という事ですな。
私がセルプラージュへ引っ越して、月日は流れ、光の月から水の月へとかわりました。
国家は大きく動く事になります。
王太子の任命をしない国王陛下に業を煮やした第一王子派閥と第2王子派閥はますます激しい争いを始め、軍隊同士が小競り合いを始めたのです。
王都は厳戒態勢が敷かれており、ついに王都西部ではネヴェルス公爵家とメルクール公爵家傘下の貴族が内戦を始めたのです。これは明らかに第1王子派閥と第2王子派閥の代理戦争と言う形となっておりました。
こんな事態で侯爵の身を退いた私のような人間がいう事でも無いのですが……嘆かわしい話です。こんな事を出来るという事は国王様の病状も厳しくなっているのでしょう。




