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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第1章 勇者誕生
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初めての太陽

 ルーシュ達は塔の最上階にある次元がねじれている道を歩き終えると、人工の洞窟へと出る。周りは掘られて出来た岩になっており、洞窟には照明などは一切ないのだが、暗闇でも光るコケによって道がわかるようになっていた。コケ程度の明るさでも暗黒世界に生きている魔族からすれば十分に明るさがある。

「何だか軽くなった感じだ」

 ルーシュはねじれた空間から出ると、自分の身が軽くなったように感じる。ルーシュの肩の上ではハティとスコールが嬉しそうにピョンピョン飛んでいた。

「っていうか、耳がムワってしたよ、耳が」

「どうもこっちの方が気圧は高いのです。なので体に掛かる空気の…」

 レナは耳を押さえて呻くと、ダンタリウスは元々ルーシュ達の教育係を勤めたことがあったので、嬉々として説明を開始する。

 だが、ルーシュは犬と一緒にピョンピョンと跳ねて行き、レナはバタバタとそれに付いて行くので、全く話を聞いて無かった。

「ルーシュ様、あまり急いで外に出ると…もう少し心の準備を…」

 今度はダンタリウスが慌てて追いかける羽目になる。


 ダンタリウスの忠告も聞かずにルーシュとレナは洞窟の外の光のある場所へと飛び出す。だがそれと同時に悲鳴を上げて慌てて引き返す。

「ぎゃああああああああっ!なっ……明るい!目が痛い!何だここは!目が、目があああああ」

「にゃあああああああっ!焼けるうううう!何ここ、何ここ!」

 2人は自分の両目を押さえ、ゴロゴロと大地を転がって苦しんでいた。明るいのは最初から分かっていたはずなのだが、耐え難かったらしい。

 2人は慌ててゴロゴロ転がりながら洞窟へと戻ってくる。

「く、くうう、何だよぉ、ここ」

「ルーシュ、ここ変だよ。空が青いよ!雲が白いよ!大地に緑色の草とか生えてるよ!」

 2人はビクビクしながら洞窟内で、洞窟の外の光の世界を眺める。暗黒世界の空は黒く、雷雲が浮かび、草木は紫色の怪しげな毒草しか生えない不毛の地である。それしか知らないルーシュ達にとってここの光はまぶしすぎたのだ。

 とはいえ、お構いなしにハティとスコールは外へ出て、大地を駆け回っていた。



 広大に広がる青い空、空には太陽が燦燦と輝き、白い雲が低く浮かんでいる。大地にはあちこちに草木が生えている。遠く山々に囲まれており大きな窪地である事が伺える。

「こ、こんな明るいのでは、どうやって寝るんだ?目が潰れそうだけど、あの空に浮かぶ光の集まりは何?人間達はあんなのの下で生きてるの?…くっ…なんて恐ろしい生物達なんだ。道理で僕らの祖先が勝てない訳だ。あんな光を浴びても平気とか人間はやっぱりおかしいに違いない!」

「もう、帰ろうよぉ。無理だよ。勇者の諜報なんて!地上界怖いよぉ!」

 ルーシュとレナは半泣きで、洞窟の縁で腰を引けた状態でガクガクブルブル震えていた。

「久し振りですなあ、地上も」

 そんな状況でも、全く気にする事無く、ダンタリウスは懐かしそうに笑顔で光の下に出る。

「ワンワンッ!」

「ワンッ」

 ハティとスコールは嬉しそうに尻尾を振って、光の下からルーシュ達にこっちへ来いと言わんばかりに吠えていた。

「って、先生、なんでそんなに大丈夫なんだ。明るいぞ!?青いし白いし緑だし、なんなのここ!?」

 混乱しているルーシュだが、ダンタリウスはそんなルーシュに生温かい視線を向ける。

「これが地上ですよ。確かに暗黒世界出身の魔族にはこの明るさはびっくりするかもしれません。ですが大丈夫。そもそも、我々魔族は1000年以上昔はこの地上で生きていたのですから」

「ホント…?」

「ううう、確かに目は慣れてきたかも」

 ルーシュはオドオドしながら洞窟の影から出ようとし、レナもルーシュの背中に張り付きながら一緒に洞窟から出る。

「こんな世界が欲しいとかバカじゃないの先代魔王」

「失礼な事を言わないで下さい!」

 ルーシュのぼやきにダンタリウスは呆れたようにルーシュを叱りつける。

「歴史は教えたでしょう!?」

「そりゃまあ知ってるけどさぁ。こんな世界要らないようぉ。熱いし明るいし。ちょっと光量落としてよ」

「魔法じゃないから落とせません!全く、だから『ルシフォーン家史上最大の出来損ない』って言われるんですよ」

「その2つ名は初耳だよ!」

「あははは」

 ショッキングな事実を耳にしたルーシュは愕然と頭を抱えて広大な大地へ突っ伏す。

 どうもレナは知っていたようで右手で腹を抱えて、ルーシュを左手でバカを指すように笑っていた。

「っていうか、ポンコツ魔王以下か?…………欝だ……死のう」

 だが寝転がるだけでもジリジリと日差しはルーシュ達を照らす。

「とりあえず、ここは危険ですので、移動しませんか?」

 ダンタリウスはこのまま付き合っていると翌日になりそうだったので提案する。

「危険?や、やはりこのジリジリした熱光線は危険なんじゃないか!?」

 ルーシュは慌てて起き上がるのだが、ダンタリウスは首を横に振る。

「危険なのは周りに生息するモンスターです」


 空には巨大なドラゴンが舞い、大地には巨大な9つ首の大蛇やグリフォンなど異形の怪物が闊歩していた。暗黒世界とちょっとバリエーションの違う巨大生物がわんさか存在している。


「ここは暗黒世界に匹敵する凶悪な魔物が巣食っている土地です。人間達は誰も近付かないような秘境なのですから」

「でも、モンスターって魔公に近寄らないものなんじゃないの?」

「そ、それは弱い魔物だけです!暗黒世界だって、どんな魔公でも自分達の土地を魔力によってマーキングして近付かないように結界を張るから街が成立するのです。私でも、というかお父上やベリオールト卿でさえも普通にモンスターには襲われますよ!」

 ダンタリウスは無知なルーシュに訴えるのだが、ルーシュはそれであらぬ方向の理解を得る。

「そうか、ダンタリウス先生もレナと同じか弱い魔族の側だったのかぁ」

 ルーシュは得心言ったとばかりに手を打つ。

 ダンタリウスは納得いかないという表情を見せる。

「魔公になって以降の人生で、まさかか弱い魔族側に区分される日が来るとは思いもしませんでしたよ」

「魔公はなるものじゃなくて、生まれるものでしょ?」

 おかしな事を言う先生だなぁとルーシュは笑う。

「ふふふふふ、それにしても、こんなにいっぱいモンスターたくさん。暗黒世界じゃそうそう見ない光景だなぁ」

「あまり刺激しないでくださいよ?特にこの辺はオルトロスという凶悪な二首の狼が…」

 ダンタリウスはルーシュが不穏な空気を出しているので忠告するのだが、その忠告がルーシュの目を輝かせてしまう。


「狼……だと?」


 ルーシュはキラキラ目を輝かせてダンタリウスのほうを見て、そして周りをグルグルと見渡す。するとはるか地平の1キロ先程に黒い二首の狼の群が存在していた。

「見つけた!スコール!ハティ!回り込め!僕がモフる!」

「「ワンッ!」」

 ルーシュは遥か遠くにいる二首の狼、すなわちオルトロスの群を指差して走り出す。

 ルーシュの号令と同時に、超高速でハティとスコールは走って狼の逃げ道を塞ぐ。その過程で近くにいたモンスターが衝撃波によって吹っ飛んだのだがあまりの早さに誰もがポカーンとしている。遠くにいるモンスターは慌てて逃げ出す始末だった。

 オルトロスが走って逃げ始めようと思った頃には、ハティとスコールがいて、オルトロス達はタジとなって動けなくなる。するとルーシュは物凄い速度で走って行って体当たりするような勢いで一番手前にいた一匹のオルトロスにしがみつく。

「よーしよしよしよし。モフモフだ~」

「わんわん」

「クーンクーン」

「ハティとスコールもでかしたぞー」

 オルトロスは怯えて腹を見せるように仰向けで寝転がり服従を示すので、ルーシュは問答無用でオルトロスの腹に埋まってしまう。

 ルーシュに誉めてもらいたそうにするハティとスコールの姿がその近くにあった。


 そんなルーシュを遠い目で見ているダンタリウス。

「……アシュタールの娘よ。…殿下のあれは何なんだ?」

「えと、ルーシュは極度の犬好きなんですよ。モンスターってルーシュを見ると逃げるから」

「…」

 オルトロスの群はというと1匹が捕まっているのを良い事に皆逃げていく。白状だと思うだろうか?だがそれも仕方ない事だった。ルーシュとハティとスコールの3者はいずれも子供といえど、魔族とモンスターの頂点に位置する血族なのである。



 暫くしてルーシュは犬の毛まみれで戻ってくる。そんなルーシュと一緒に戻ってくるハティとスコールも無駄に嬉しそうである。

 ちなみに解放されたオルトロスは生きて戻れる事を嬉しそうに仲間達と感動の合流していた。

「ふう、堪能した」

「「わんわん」」

「犬と見ると見境無しか?」

 レナは呆れたように突っ込みを入れてくるのだが、いつもの事なのでルーシュは無視する。

「何だか、この光にもなれてきたぞ」

「そりゃ良かったよ」

 レナはうんざりと呻く。

 だが、レナはルーシュの無駄な犬好きにだけは慣れなかったようで、同じ環境で育ったはずなのにどうしてこうも違うのかと、常々溜息をついて遺憾の意を表明していた。

「あの、殿下。では早速移動しましょう」

「うん!勇者をキッチリ諜報してやるぞー」

 ルーシュは希望に燃えていた。犬パワー恐るべしである。レナはすすすすすとルーシュの横に立ってこそこそと訊ねてくる。

「ところでルーシュ。諜報任務って何するの?」

 ルーシュはその言葉に目が点になる。


 何をするかも知らないで、地上汲んだりまでやって来たバカがいた。ルーシュの幼馴染だった。


「…バカか!?そんなのも知らないで、こんな所まで僕について来たの!?」

「私の非常食が地上に行くなら、私だって行くよ!」

 しかもそのバカは形式的には主であるルーシュを非常食と言い切ってしまうのだ。

「全く、これだからレナは。あのね、諜報任務ってのは…チョウホウニンムってのは……………………とりあえず……勇者を倒せば良いんだっけ?」

 ルーシュは自身も詳しく知らない事に気付いて、ダンタリウスに聞くのだが、ダンタリウスは引き攣って声を荒げる。

「ちょっと待ってください、ルーシュ様。何も知らないで地上に来たんですか!?しかも、私抜きで行こうとしてましたよね?勇者がどこにいるかも知らずに!」

「あははははは。…行き当たりばったりが僕の座右の銘だから」

 ダンタリウスは頭を抱えてしまう。

 どうやら、レナ以上のバカが目の前にいることに、ルーシュ以外の全員が気づいてしまう。



「ま、まあ、別にルーシュ様が諜報活動をするわけではないのです。あくまでもルーシュ様は諜報部隊の指揮官ですから」

 と、ダンタリウスは教えてくれる。

「そうなの?」

「はい。諜報部隊は既に勇者を見つけ出し、諜報任務についてます。ルーシュ様はその報告を聞いて、内容を精査し魔王様へ使者を向けて随時報告してください。諜報部隊は勇者だけを見ているわけでもありませんので、その報告の中から勇者に関する情報を報告していただければ良いのです」

「それただの伝言ゲームの途中の人じゃん」

 ルーシュはガッカリと肩を落とす。もっと難しい何かを期待しているのかと思っていた。少なくとも勇者の様子を見るという話は聞いていたので、隠れてこそこそストーキングするというイメージしか持ってなかった。

「そりゃ、勇者に反感をもたれたら危ないじゃないですか。何せ使っている魔族達は我々のような頑丈な魔公ではなく、普通に街で暮らしている魔人です。彼らには彼らの生活もありますから。勇者だけにピックアップして生きていたら、勇者にばれてしまいますし。ようするに多くの魔族達に勇者の特徴を伝えて見かけたら何をしていたか報告してもらい、ルーシュ様はその報告内容から情報を整理して欲しいのです」

「なるほどー。でも、勇者なんでしょ?別に一目でどこにいても分かると思うけどなぁ」

 ルーシュの頭の中にある勇者は基本的に『終末に現れるとされる神造生物兵器オメガ』と名付けたくなるような何かなので、情報がかみ合わないのは仕方なかった。

 ちなみにレナの頭の中にある勇者も人間の形はしていない。何せルーシュの幼馴染である。ルーシュの規格外をよく知っているだけに、『ルーシュなんかかつての魔王様と比べればザコ同然』と大人達に言われてきたから、そんな魔王を倒した勇者がまともな人間であるはずもないと思ってしまっても仕方ないのだ。



 一行は空を飛びながら山あいを抜けて盆地を抜ける。

 さらに山が延々と聳え立つ。

 本当にどうしようもないくらい山に囲まれていた。字面にすると『山山山山山山山山雲空』といった感じで、人間の立ち入らない秘境とはよく言ったものである。

 空にはドラゴンや空飛ぶ偉業の怪物があちこちに見られる。どうやら暗黒世界と繋がっている洞窟のある場所はどうしようもない位に人のいない場所だった。


 空を飛びながら、ルーシュは気軽にダンタリウスに質問をする。

「ねえ、モンスターばっかりだけど、人間はいないの?」

「この大陸はほとんどが切り立った岩を積み重ねるように出来てまして、結局、人間達はこの大陸にモンスターを押し付けており、まともに人の住む場所はないのです」

「へー…。魔族は?こっちに取り残された魔族もいたんでしょ?」

「魔公達は強い力を持っていたので、200年前に取り残された魔公は恐れられて滅ぼされました。牛魔族のような連中はモンスターと思われがちでもありましたし。魔人族は人間族よりちょっとだけ魔力が高いだけの存在ですから、多くは人里はなれた場所に集落を作ったり、あるいは奴隷として扱われたり…、扱いは酷いものです。私は奴隷にされているような魔族達を解放して、安全な場所に小さい集落を作って移住させたり、臨むものがいれば暗黒世界へ保護したりしているので、こっちの世界でもある程度の情報を詳しく手に入れているのです」

 ダンタリウスは先頭を飛びながらルーシュ達に説明する。

「……あ、あー。なるほど、そういえばリズ婆の所の下っ端連中も、色々と出て行っているんだっけ?」

 リズ婆とはルシフォーン家に支えているリズ・ペイモズという大魔公で、初代魔王ルシフォーンの父親さえも面倒を見ていたという、とんでもない昔から生きている存在である。ルーシュ達の先生も勤めたことがあるのだが、どちらかというとシホ専属の教育係であり、穏健派を支える知恵袋的存在でもある。

 古い時代の喋り方をするお婆ちゃんで、シホの喋り方が前時代的なのは彼女の影響が大きい。

「ペイモズ閣下はワシと同世代の魔族だが、シャイターン様に直接領土を頂いた西方の女王であるからな。代々、シャイターン様の子孫の教育係を務めておるし、偉大な方なのだから、もう少し敬意を持って接して頂きたいのだが…」

 ダンタリウスは呆れ目気味にルーシュに視線を送る。

 とはいえ、ルーシュもまたルシフォーン家の人間なので、バエラス家の当主になっても、彼女をお世話係のお婆ちゃん程度にしか感じていない。

「でも…リズ婆は家族みたいなものだし、今更ペイモズ様とか呼ぶのはどうなのだろう?」

「ルーシュは元々出涸らしながらも魔王の後継者として生まれたからねぇ」

「言われてみればそうでしたな。うっかり忘れておりました」

「うっかりじゃないよ!敬意が足りないよ!」

 ルーシュはプンスカ怒るのだが、そもそも出涸らし呼ばわりされてるのにプンスカで終わる時点で、嘗められ慣れていた。

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