公爵令嬢物語①
セドリックの妻フランシーヌの学生時代です。
ルーシュが来る10年前くらいのイヴェール王国の話になります。
今は智暦206年火の月、勇者が魔王を倒してから丁度206年経ったことを意味する年の夏、風邪を引いて休んでいた私、フランシーヌ・サヴォワは1日振りに学校にやって来ました。
そんな私にとって大きい転機が訪れました。
「君のような女はこの私には相応しくない。君とは婚約を破棄させてもらう!私の妃にはこのジョスリーヌのほうが相応しいからだ」
いきなりこんな事を言い出したのは我が国イヴェール王国の第2王子にして私の婚約者クレマン・イヴェール殿下。殿下に肩を抱かれてうっとりとした表情で殿下に抱きついている女子がいて、その周りには取り巻きの貴族の方々がいた。
ちなみにここはイヴェール国立高等学校、イヴェール王国中の貴族の師弟たる男子が遠路はるばる通いに来る名門学校の、私が通う3年生の教室前の廊下です。
登校早々に王子様方が変な事をいうものなので、教室に入ろうとする生徒達、教室の中にいた生徒達も何が起こったのかと見に来ているようでした。
「一応、お聞きしても宜しいでしょうか?それは……何故ですか?」
いきなりの婚約破棄を申し付ける殿下の意図が読めず、私は首を傾げる。
正直に言えば男性として目の前の婚約者に興味はなかった。ただ、国の平穏のために仕方なく、殿下の父君であらせられる国王様と父の間で取り交わした婚約を受け入れたのだった。
「あのような事をしておいてよくもぬけぬけと」
怒りの表情を見せる殿下、回りの男達も同様であった。
「全く、同じ貴族として嘆かわしいね」
「貴様の所為で彼女がどれだけ辛い思いをしてきたと思う」
「彼女に謝りたまえ。だけど、神は許しても僕達は許しはしないけどね」
私を軽蔑するような視線を向けてくるのは、常に成績上位にいる眼鏡を掛けた秀才風の男子がメルクール公爵家の御曹司セルジュ・メルクール様、髪を短くし分厚い肉体を持つクールな風貌の親衛騎士団長グロス伯の御曹司シルヴァン・グロス様、そして小柄な女子にも見紛うような愛らしい容姿をしたラフィーラ教枢機卿コルベール伯の御曹司ヨハン・コルベール様の3名でした。
いずれもお父上方が肥えて市井の政治よりも宮廷の権力争いが大好きな困ったご子息方です。
とは言え、私は未だに状況をつかめないでいました。
何故、いきなり殿下に婚約破棄をされて一方的に責められているのかを。
「あの、具体的にお願い致します」
「君がジョスリーヌにしてきた事だ!」
ビシッと私を指差して吐きつけるように殿下は責め立てる。
まず、ジョスリーヌ嬢、恐らく殿下に肩を抱かれている女子であろう、彼女に対して陰湿な噂が流されているらしく、それが私によるものだという。
そして教科書や机などに落書きをするなど陰湿な嫌がらせを行なった女子を問い質した所、口を揃えて私に命令をされたという。
最後に、本日も朝登校をすると机に盛大に嫌がらせ落書きをされていたらしい。
だが、そもそもこの程度の嫌がらせをして、婚約破棄の言い訳になるのでしょうか?正直、自分の身を振り返ってほしいものです。気に入らない教師をその場で解雇するように言いだしたり、歯向かう教師を殴り飛ばして学級崩壊をさせた王子殿下の言葉とは思えなかった。
そもそも、王子といちゃついている女性を私は全く知らないのですが?
「なるほど、分かりました」
「認めるのだな」
「いえ、その…そちらの女性がジョスリーヌ様という方なのがです。ええと、何故私は本日初めて会った女性に嫌がらせをしなければならないのでしょうか?」
理解しかねる話であった。
「何を白々しい!貴様が私に近い場所にいるジョスリーヌに嫉妬して嫌がらせをしたのは分かっているんだ!今、初めて知っただと!?ならば何故貴様が私のジョスリーヌに嫌がらせをしたのだ!?」
嫌がらせをしてないから、初めて知ったのですが?
どうも疑惑の目でしか見ていない殿下達は私が嘘を吐いているとしか思っていないようです。
ですが、私は彼女と同じクラスになったこともありません。
正直に申しまして、ジョスリーヌ嬢が勝ち誇った表情で私を見下しているのですが、何を喜んでいるのかさえよく分かっていない状況です。
温厚な私もちょっとムカつきます。
「私が今聞いた話ですと、全くの誤解だと存じます」
「ふざけるな!証拠まで挙がっているのにしらばっくれると思うなよ。たかだかサヴォワ風情が、次代の王である私に対して!」
サヴォワ風情と随分ですが、殿下はそのサヴォワ風情と婚約していたのではないしょうか?
サヴォワ家は現在この国で最も発展している領地を持っており、サヴォワ領の中心都市セルプラージュの方が王都シャトーよりも栄えている程です。
8年前、サヴォワがこれ以上大きくなって王家よりも強い権力を持つのがまずいので、丁度継承権に問題が出ないようにという配慮で第2王子と私の婚約が勝手に決められてしまいました。
それによってサヴォワ家は王家に入り、継承権が空位になるサヴォワ領そのまま王都直轄地へ変えてしまおうというのが元の流れだったはずです。
「証拠とは?」
「噂に関しては分からなかったが、彼女に対して悪質な嫌がらせなどがあり、退学しろなどという脅しを掛けるような事を彼女に机に書いてあったが、君の筆跡に似ている!それを見たと言う女子の証言もある!今日の朝も君が書いていたという証言があった。間違いない!」
よく分からない証拠をあたかも完璧な証拠とでも言うように口にする殿下。この人はこういう所が昔からよくある。諌めても全く話しにならないので困った方でした。
「…今さっき登校した私がどうやって皆様より早く学校に来て、その…どこのクラスか知らない女子の机に落書きを出来るのでしょうか?」
更に言えば今朝は父上の登城時間と合わさっていたので、馬車に同行させてもらい王都で門番の兵士の皆様の前で見送りをしていたのでアリバイもあるのです。
一体、どのような証言だったのか非常に謎です。
「ですが、分かりました。つまるところ、疑惑のある女とは婚約を解消したいとの申し出でしたら正式に手続きをお願い致します」
私は両手を合わせて合点がいったとばかり手を叩いて納得する。
まあ、正式な手続きをするには、証拠をはっきりさせることでしょう。それで私のアリバイは確保できるし問題ないと思いますが…。そもそも、国民の為にも私は殿下との婚約を全うせねばなりません。別にジョスリーヌ嬢を側妃に置くのは構いませんし、そもそもお互いに形だけの結婚なのですから。
父も私も国の為に私心を殺して婚約を許容し、セルプラージュを王家へ差し出すのです。その話が消し飛ぶなんてありえないと思いますし。
個人的な感情で言えば、婚約解消なるならそれでも構わないのでは?とも思ってしまいますが。
「ですが…証言をしてくださった方がどなたか教えて下さいませんでしょうか?」
「貴様、爵位の高さを嵩に来て脅すつもりか!」
「卑劣な女狐が!」
「大丈夫だ、私が証言したたちも守ろうではないか。彼女達もまたこの女狐の被害者なのだからな」
私の質問に対して、怒る男性陣に、さすがの私も呆れてしまいます。
王族を嵩に来て私に怪しげな証拠を突きつけて犯人に貶めている男に、まさか公爵家を嵩に来て脅すと言われるとは。周りの男達もそれを不思議に思っていない様子。
本来であれば、私はそれを正すつもりで婚約を受けたのですが、こうも頑なですと話を聞いていただけないようですし、私には何も出来ないのかもしれません。
「はあ、話にならないのでしたら、私はこれで帰らせていただきます。それでは御機嫌よう」
とりあえずお父様に話をしなければなりません。子供の喧嘩の枠を大きく逸脱しています。
私は一礼してその場を去ろうとするのですが、そこで周りの男性陣から怒鳴り声が上がる。
「待て!ジョスリーヌ様に謝れ!」
「そうだ!逃げるつもりか!」
「貴様のような卑怯者、女とて容赦しないぞ!」
3人の貴族子弟が何かわめいていらっしゃいます。噂では御三方とも容姿に優れ家柄もよく女子にとてももてるとの評判ですが、どうやら彼らもジョスリーヌ様とやらを守ろうとしているようです。
「ですが、私は身に覚えが全くないことですので、私から謝る事は出来ません。それとも…貴方達は私を無理やり地に這わせて力尽くで無理やり謝罪の言葉を吐かせますか?」
瞬間、クレマン殿下は私の襟首を掴み引っ張ってきたのです。
私は何が起こったか分からず思い切り頭から廊下に叩きつけられました。
「謝り方が分からないなら、この私が教えてやる。貴様のような女が婚約者だったと思うと反吐が出る。愛しのジョスリーヌと比べて貴様の何と汚い事か。貴様のような女はこうして地に伏せているのがお似合いだ。分かったらこの学校から出て行け!」
殿下は私を地面に這わせ、そしてこのままジョスリーヌ様とラブシーンに突入するかと思わせるかと思うほど密着して、私を見下ろしてました。
ジョスリーヌ様はさも嬉しそうに私を見下していますが、私は彼女に何か悪い事をしたのでしょうか?身に覚えどころか初対面だった筈です。記憶だけは凄くよいので。
もはや私からもいう事はありません。私はそのまま地面に打ち付けられた頭の痛みを堪えて、この場から去ります。痛くて涙が出てきます。
あのクレマン第2王子殿下とジョスリーヌ・なんとか様のラブコメディの大円団ならぬ大縁談がきれいにハッピーエンドとなったのですから、役者でない私は去るのが正しい作法といえましょう。この物語の終焉に私は必要ないのですから。
ですが、……確認しておかねばなりません。
彼らが情報提供者も被害者だから守ると口にした際にチラリと一瞥した女子達がいました。ニヤニヤと笑った嫌らしい口元が印象的な方々です。恐らく彼女達が私をこの犯人に仕立て上げたのでしょう。
案の定と言いますか、やはりと言いますか、彼女達は第1王子派閥の息の掛かった貴族家の人間でした。以前、父から何かされるか心配だからと忠告を受けていた方々です。どうやら私はまんまと引っ掛かったようですね。
折角の忠告を申し訳ありません。
ですが、お父様。この第2王子殿下は私が王妃になっても、正直どうにかなるような人には思えません。国の為にどうすべきか、もう少し再考すべきかもしれません。
むしゃくしゃしてやった。後悔はしてない。
流行に流されて一度書いてみたかったアレです。
ちなみにザマアはありません。だって第二章の最後に断罪が行われているので。つまり10年も彼らは生き延びたのです。
元々、セドリックは10年前に王位継承の為に兄を倒し、残ったもう一人の兄を2章で倒すという設定でした。その設定の枠の中で遊べると思ってちょっとだけ修正してます。
こうやって書いていると、ルーシュが恋しくなってきました。ルーシュ、カムバーック!
でも、次回も公爵令嬢物語続編です。




