第三王子旅行記
智暦198年の闇の月、つまり年末だった。
父上からクレマンとフランシーヌの婚約が内々で発表された。
俺、セドリック・イヴェールは大いに動揺する事件だった。
賢いと言う自負はあったが、王家の趨勢に関してはほとんど興味が無かった。フランシーヌと結婚して普通に領主生活できれば問題ないみたいに思ってたくらいだ。
そんな賢いと自負していた俺だったが、自分が子供だった事をいやと言うほど思い知らされた。
「フラン、家を出よう。このままじゃ、クレマンなんかと結婚する羽目になるぞ」
「セイ。そんな事は出来ないよ」
俺は訴えるが、いつも素直なフランが珍しく首を横に振る。
「何故!?大丈夫だ、俺ならどんな問題でも解決してみせる。国を出る手立ては出来てる」
「そんな事を言わないで」
子供だから説得力がないのかもしれない。
「セイは分かっているでしょう?これは政略結婚なのよ?」
「サヴォワ家は王家に入る変わりにサヴォワ領を王家に譲る。別にそれに付き合わなくたって構うまい」
「違うわ、セイ。無償で差し出せば貴族達は領土を奪われる事を承諾する事になる。一番大きい公爵家が。そんな前例を作らせる訳には行かないのよ。そうでしょう?」
「……クレマンの事を嫌っていただろう」
「あの方が国王になるのであれば、私は人身御供になって、民を守る立場になるしか無いでしょう?」
「!」
俺はこのとき、初めてフランシーヌの覚悟を知り、頭を殴られたような錯覚をした。
いつだって民を案じる優しい子だった。俺は人より頭が良くて、無邪気ながらも優しい幼馴染が大好きだった。
たしかにクレマンになれば民は厳しくなるだろう。何せ平民を人間とも思っていないような男で、貴族も平民も王族である自分に尽くすのが当然だと思っている。いくらそれを諌めようとしても、奴の母親である王太后が甘やかしまくっているし、奴の派閥のメルクール家は徹底して周りの声をシャットアウトさせている。バカを良いように扱いたいからなのだろう。
「本気なのか?」
「それしかないと思ってる」
「そっか。逃げないって事か?」
「皆のためにそれが一番いいと思ってるから。だから…」
フランシーヌは涙を堪えて口にする。
嫌っている相手に嫁ぐ事が、この国にとって一番良い事なのだと分かっているから、承諾をしたのだ。
「分かった」
だから俺はそれを笑って送り出すしか出来なかった。
俺には力が無い。この国にいては永遠に手に入らないだろう。
頭が良いと言う自負はある。アングレーム卿のバックアップを使えばそれなりになりあがれるだろうが、そもそもアングレーム卿は政治向きの人じゃない。
血筋は最悪、これまでの振る舞いも最悪。
派閥を作っても勝てるとは思えない。何とも悔しいが、生まれた時点で、この国にいては絶対に勝てない事が分かってしまう。戦いになった場合、サヴォワを手に入れれば勝てるだろうが、サヴォワはあくまでも中立を貫くだろう。そう公爵も口にした。
勝つには軍事力を抑える必要があるが、軍事力はネヴェルス公爵令嬢と婚約が決まっている第1王子派とメルクール公爵の甥である第2王子派で二分されている。
軍事と言うリソースの奪い合いにおいて、政略結婚によって結びつきのある派閥は、運命共同体となっている。それを切り崩すのは厳しい。
「この国じゃ絶対に俺に勝ち目はない」
だから俺は駆け落ちする予定の渡航手段を、そのまま家出に使った。
いつか頑固で自分より民が大事な幼馴染を、その呪縛から解放しようと心に決めて。
それから3年ちょっとが過ぎた。智暦202年光の月の頃だろう。
俺は東の大陸に渡り戦場を歩き回っていた。
最初の1年はほとんどその日暮しの冒険者生活だった。その中でも剣術や魔力循環による戦闘術というモノを実践し、着々と腕だけは磨いていった。元々、王族と言うのは才能ある人間なのだからだろう。冒険者として名を挙げるのは難しくなかった。
気付いたのは成り上がり難いシステムがある点と、金をいいように搾取されるシステムがあり、金の流れをきっちり把握していないといけない。つまり頭の悪い冒険者は腕があっても大成できない事がよく分かった。
そんな頃、野心と義侠に溢れた傭兵のバスティアン・ツァイヤーと出会い、俺の稼ぎを元に傭兵団オリハルコンを設立した。
俺は子供だった事と常人より遥かに頭が回る事で そこで俺は参謀指揮官となった。小さい子供と侮られていたが、最初の戦場で敗退した味方を救うべく10人で1000人の敵のシンガリを勤めさせられた。その際に、俺の知略によって1000人の敵を撃退し、莫大な報酬を手にした。
2度目の戦場では部隊の勝利の貢献し、傭兵団の人数は3桁を越えた。
そして3度目の戦場で初期メンバー10人の内5人が失われた。
俺達は人目も憚らず泣いた。酒を飲んだのはこのときが初めてだった。大人が酒に逃げる気持ちというのが初めて分かったのもこの時だった。
それから何十以上もの戦場を渡り歩いた。頭の中で行う事と、実際に行う事とでは、全く違う事を嫌と言うほど知る羽目になった。時代や場所や武器、風土によっても大きく変わる。軍学もまた新しいものが生まれて変わってくる。
多くの仲間を失い、何度も死にかけて、それでも未だに生きている。
傭兵を始めてから2年が過ぎた頃、流す涙は枯れ果てて、戦場を自在に操れるようになっていた。その頃にはオリハルコン傭兵団は大陸最強という触れ込みになっていた。
東の大陸にいた俺達オリハルコンは武勇を聞いて入隊志願者が増えた。中には敵軍のスパイなども入団して戦争の中では大いに煩わせる事もあった。それほど、オリハルコンは大陸でも脅威と見做される事となったのだ。
だがスパイ達も中に侵入してこちらを倒そうとする前に自分達の飼い主が滅ぼされ、身の振りに困らされる事も多く、明らかに黒だった連中はスパイとしての適正が無いのでこのまま適当に使い続け、グレーだった連中はこちらのスパイとして逆に取り立てた。
総勢一万名のオリハルコンは、既に大陸最強の傭兵団という噂をされる様になっていた。
3年で一国の騎士団長レベルの評価に上がったのは一重に知識のお陰だろう。机上の空論を持っていた俺が、実際に現場で利用し、経験し、本物にしたからだ。生き延びれたのは運もあるが、仲間の尽力は非常に大きかった。
「バスティアン団長、そろそろ東の大陸から出ないか?」
そんな頃に、俺の提案を聞いて、バスティアンは顔を顰めさせる。
騒がしい冒険者ギルドの酒場で、俺達は今後について話し合っていた。
バスティアンは背丈が高く分厚い筋肉を持ったバスタード使いである。見た目は鈍重で頭の悪そうな男だが、意外と物覚えがよく、俺の教えた内容を誰よりも吸収した。
ローティーンの俺に対して、20代半ばの彼は、素直に言葉を聞くのだが、頭の悪いただのイエスマンという訳ではない。感覚的に良否を判断できる天才だった。
俺も2年の付き合いになるが、運がよかったのは最初にこの男と出会えたからだろう。間違い無く、名を残す軍人として生まれた才を持っている。剣術の腕もさることながら、生き残る為の天性の勘は頭でっかちな俺とは真逆のもので、何度と無く知識だけの俺の助けになっていた。
「東の大陸から?しかし、出たがらない奴も多いだろう。これだけ名を広めたのだ。確かにセイが言うようにグランクラブ最強の傭兵団を名乗るなら、やはり他大陸へも進出したい所だがな」
別にそのような傭兵団を名乗るつもりはない。
俺はは苦笑して首を横に振る。
バスティアンのこういう豪快なところが多くの団員を従わせる。圧倒的なカリスマ、それは王族である俺以上だった。大陸の英雄と呼ばれ始めたが驕っているわけではなく、昔からこういう奴だった。しかし、こんな夢語りを現実にしようとしている以上、傭兵団も彼の野心に引かれているのは事実だ。
「いや、そうじゃない。東の大陸は何だかんだ言って、人間主義者が多い。ウチの傭兵団は獣人種族も亜人種族も、……隠してはいるが魔族もいる」
「む」
バスティアン自身も僅かながら魔族の血を引いているからこそ、魔族に対しても一定の理解をもっていた。
「俺達の力がついてきたら、俺達を邪魔に思う連中も出てくるだろう。一国ならともかく、近隣諸国が排除しようとすると厄介だ。魔族を重用する俺達が、神聖教団を理由に大陸そのものをを敵にしてしまう可能性がある。さすがにそれは厳しい」
「それは俺も気にしていた。奴隷だと貴族達には言い張っているが以前もそれを口実に、勝利の直後に裏切って金を寄越さなかった国もあったな」
「ああ。だが、魔族を切るわけには行かないだろう?重要な戦力だ。最強の傭兵団を作るには彼ら無くしてありえない」
「つまり、この大陸の外に出て、魔族という戦力を保持するという事か?」
「まあ、逃亡先…だな。いざとなったら艦隊で他大陸へ逃げる…みたいな準備をしたい」
「ははははっ!相変わらずスケールがでかいなぁ、セイのいう事は」
一介の傭兵団が艦隊を持つなど考えられないが、元々王族で、そういう書物も幼い頃に読んでいた。だからこそ艦隊を要する傭兵団と言う発想が出てくるのかもしれない。
「戦艦を購入し、海でも戦えるようにしつつ、西の大陸をメインで活動できるようにしたい。無論、戦乱は東の大陸の方が大きいからこっちが稼ぎ場であるし、多くの兵士はここに残す。つまり拠点をいくつか持って、どんな状況にも対応できるようにしたいという事だ。宗教が敵になった場合、神聖教団以外の拠点に逃げ込むというのも1つの手だろう」
「どうする?移動は船を買えば良いかもしれないし、金も手元にはある。だが西の大陸は誰も知らないのだ。そこで本部を作るにしても一定のコネが必要になるだろう。しかし情報網さえ持っていない」
「そうなんだが、むしろこの冒険者ギルドという組織、もう少し活用できないかと俺は思ってる」
俺は回りを見渡す。
「ギルドを?」
バスティアンも同様にギルドを見渡す。
「ギルドは世界中にある。情報伝達も速い。通常、情報は国家の情報機関と近いレベルの速度で伝達する。世界中に支部があるから、噂話のレベルでも遠い場所の出来事が最短で伝わってしまう。情報と一緒にモノも運んでしまう組織を作れば、俺達は世界のどこにいても兵糧や武器をまわして戦えるだろう。例えば町にも馬車を出す馬屋が存在するだろう?あそこと提携して毎日情報屋物資の伝達を定期的に行わせるというのはどうだ?完全な輸送情報網を構築すれば、どこにいても最短で情報と物資が手に入る。これは商売にも生きるだろう」
「セイは何がすごいかと言うと、あれだな。知識もさることながら、それを扱う技術に長けているな。さすがは軍略の天才だ」
「軍略等、実家の本で読んで検討しただけだ。……実際には多くの同胞を、俺の未熟な策で殺させてしまっている」
「あれは仕方ない事だろう。大体、お前が教えてくれたのだ。教えもしてない事を部下に命令してもできる筈が無いと。初めての戦場で、上手く行くなんて誰も思ってないさ。お前が優秀な冒険者だったとしてもな」
自分で言っておきながら、自分だけは分かって無くてもやらなければならないと言う強迫観念があったのは確かだ。そういう部分ではやはり年上のバスティアンの気遣いに助けられていた。俺も子供だったと言う事だろう。
「だが上に立つものが失敗する事は許されない。人間なのだから間違いは誰にでもあるとは分かっていても、その間違いで多くの人が死ぬ。俺達はこの2年で小国相当の軍隊を保持するようになった。1つの国に納まるか出て行くかしない限り、いつかはどこかで滅ぼされる」
俺の提案は結構切羽詰っているものでもあった。
「しかし、拠点をたくさん持って逃げ続けるとも聞こえるが…」
「そうじゃない。今は巨大な集団を移動させて戦い続けるという事に問題が生じているという事だ。幹部の中には他国の貴族になる奴も増えているだろう?何故か?俺達の立場は安定していないからだ。だからって、この大陸の貴族になって、本当に安定すると思うか?」
俺の言葉に、バスティアンは苦々しい顔をする。
この男は何だかんだと言って俺以上に多くの王侯貴族と会っている。何せ大傭兵団の団長である。一国の将軍よりも強いので、国王との謁見もある。
そして、偉そうにしていて、金銀財宝に囲まれ、誰にも揺るがされないような地位にいる連中が、一夜にして破滅し生首を敵国の城下に晒される事も多い。
現在、俺達は破滅してもおかしくない側に立ちつつある。
「安定して生きていける地盤を作りたいにしても、俺達は傭兵団だ。しかも小国クラスを滅ぼせるな。戦場ではどこの国も仲間なら良い顔はする。しかし、平時には邪魔に思っている。それを転々とさせたのはセイの発案だし、おれも俺達を抱えようとする国が危なっかしいからこそ、それに乗っていた。てっきりセイはそういう安定を求めるつもりも無いのかと思っていたが」
「世の中に安定等無いという事を、俺達はいやと言うほど見ていただろう。それでも俺達が見てきた安定した貴族達よりも磐石な構造を作りたいと思ってる」
俺はバスティアンに提案したのは、あくまでも団員の安定だ。
これまで共に戦った同士が、貴族となり、そしてその国と共に滅んだり、あるいは同国の貴族の策謀によって殺されるのも見てきた。仲間を守るには幾重にも渡る防衛網を作る必要があり、逃亡先を幾つも持っていなければならない。
俺やバスティアンは上へと成り上がろうとする人間だから安定を望んでいないことを互いによく知っている。
「お前は冷酷な戦略家だが、優しい奴だよな」
「は?」
「常に仲間の多くを救う事を考えてる。常に損害を低くする為に、自分を悪役にして味方を守ってきた」
「俺は別にそんな情で動いているわけじゃない。悪役になっているのは総大将が悪者になったら組織が瓦解するからだ。それにお前は知ってるだろう。俺はいざとなったら逃げる場所がある」
「いざとなったら逃げる場所があるのに、いざとなったら仲間が逃げる場所を作ろうとしている時点で、説得力がないぞ」
「ぐ。……ちっ……。お前には敵わないよバスティアン」
俺は肩を竦めて溜息をつく。
そう、目の前の男は、人生で初めて、自分よりも器の大きいと認めた男だ。知恵はないが機転が利く。大きい野心を持ちながらも、情で動き、人をひきつける。オリハルコンを大きくした手腕は知恵の回る俺の力は大きいが、これだけの人間を従わせて瓦解せずにあったのは目の前にいるオリハルコン傭兵団団長バスティアン・ツァイヤーのカリスマとである。
そもそも図体は大きくなっても10代前半の子供に人が付いてくるわけが無い。周りはバスティアンの下にいる知恵の回る小僧程度にしか思って無い筈だ。
それでも、情より実利を得る俺が、情で真っ先に動いてしまうこの男を守る為に、様々な手管で敵を撃ち滅ぼしてきた。助けてやりたいと思う弱者を見捨てようとしても、それを目の前の男は許してくれない。
結果として感情と実利を両方取る方法を常に考えさせられた。誰もが不可能と思うような事を達成させる事に尽力させられたのだ。
その為か、周りからは若き天才軍師と思われがちだが、実際には最後に辻褄を合わせるだけの綱渡りを何度も渡らされただけだった。
「最終的にどこへ行こうとしている?お前の目的は知っている。大国に勝る力を手に入れることだ」
「国だよ。ずっと模索してきた。国に相当する組織を作る。それには軍事力が必要だから傭兵団を作った。だが実際に軍事力が組織に必要かと問われれば、不必要だと分かってきた」
「組織に軍事力が不必要?だが攻められたらどうするのだ?」
「逃げれば良い。そう、国土があるから、それを守る為に軍事力が必要だろう?だが冒険者は攻められたら逃げれば良い。そういう生活をしていたじゃないか。俺達傭兵団だってまずければ逃げて来た」
「なるほど」
「冒険者や傭兵は国境を越えて活動できる。つまり領土が無くても軍事力が無くても、国家相当の権力を持ち、それに従う人がいれば、それは国相当と見做される。実際、東の大陸じゃ、俺達は大貴族や小国よりも恐れられていた。領土を持たない俺達がだ」
俺の説明にうむと頷き考え込む。酒場で話す話では無いのだが、今後の成り行きを考える以上深刻になってしまう。俺たちはフリーな状態ででかくなりすぎたのだ。
「冒険者ギルドも言ってしまえば国家相当の組織であったな。お前はそれをもっと活用しようと言うのか?」
「目指すべき場所が見えてきている。俺はダイヤクラブの幹部を目指す」
「ダイヤクラブ?あの忌々しき戦争の裏の支配者だぞ」
「だが、あの立場にあれば間違い無く大国の王に比類する権力者だ。冒険者ギルドは個人の集まりであるが、国家とてそれは同じだ。王が支配している様に見えて、実際に動いているのは民だろう。ならば冒険者ギルドとて勝手に動く冒険者の上に建つものがいたって良い。俺は冒険者ギルドの王となり、ダイヤクラブの一員となる。西の大陸に冒険者ギルドの本部があるからな。オリハルコンは冒険者ギルドの騎士団って訳だ。俺はダイヤクラブの一角を切り崩し、俺達がダイヤクラブを動かせる力を持てば、もはや世界は大きく変わる。どうだ、面白いと思わないか?」
「……くっ…ハハハハハハッ!やっぱりお前は面白いよ!」
大笑いする
俺は、世界で一番面白い奴に面白い奴扱いを受けて非常に存外な気分だった。
「帝国に負けない王になりたいと言った俺と、国家以上の力を手にしたいと言うお前は利害が嚙み合ってここまできたが。お前はやっぱりとんでもない大物なのかもな。小国の王族では器が納まりきれない」
東西大陸の民は理解していないだろうが、イヴェールは帝国に次ぐレベルの大国なのだが……やはり外の大陸の事を理解している人間は少なかった。
ハッキリ言えばイヴェール王国の王は帝国に負けない王と言えるだろう。
その王に負けない力を欲した俺は、つまり同じ目標地点をバスティアンと持っていた。だからこそ利害がかみ合った。
だが、今、手にしている力は地盤が余りに弱い。帝国のクシャミで消し飛ぶレベルだ。
神聖教団が神敵だと一言口にするだけで崩壊する烏合の衆でもある。
俺達はこの弱い地盤から逃れる為に、金と力を手に入れて、それを狙って俺達を手にしようとする連中に、掌で躍らせない為にも早くこの歪な東の大陸から出なければならない。
智暦204年の頃、冒険者セイ・ビスコンティは大きく飛躍する事となった。
俺が考案したファルコン便と言う冒険者ギルドの連絡網を発展させて作った運送会社は莫大な財を齎したからだ。ビスコンティという姓は、莫大な富を手にした際に連邦共和国より住民権を得る際に必要となったもので、適当に付けたものだ。
当初、俺は作った会社を大商人や国家、最も恐れたのはダイヤクラブによる乗っ取りにより会社を奪われる事を良しとしなかった。
そこで、資本金を集める際に、1万ピースにつき1枚のチケットとし、チケットの多さで発言の投票数とし、出資者には儲けをチケットの割合で分割して払うシステムを構築した。この手法は俺がダイヤクラブと戦う際に、資本金を募りつつ、自分の会社を自分のものとする為に作ったシステムで、これまでの産業に無い手法だった。チケット制会社、会員制会社などと呼ばれている。
ファルコン便は予想を遥かに超えた儲けが出て、創業半年で出資者は懐に莫大な富が集った。
開設当初は俺が2万チケット、出資を募った商人達は合計で2万チケットを購入し、俺の発言権は半分という事として会社を経営をした。俺は儲けを取らずそのままその儲けを会社の資本として出資し、会社を次々と大きくしていった。
そもそも儲けはオリハルコンの活動で十分だからだ。
創業から丁度1年経った現在、新たにチケットを作ってはいない。
それでも、これまでチケットは何度か発行し、2000万チケットが世に出回るようになったが、その内の過半数を俺が手にしている。
しかし、それでもチケットの値段は10万ピース以上の金額で売買が行なわれている。それほどの儲けがこのファルコン便から出ているからだ。
事実上、俺の資産は1兆ピースに比類するものとなった。大国の年間予算に匹敵する。
情報網の速さを利用した所為か、ファルコン便の輸送網は非常に広く、しかも冒険者を働かせて安値で物資を至る場所に運べると言う手法は魅力的だった。しかも冒険者ギルドのような各地に支部が存在する組織が他にないので真似も出来ない。
この頃になって、バスティアンは傭兵王と呼ばれるようになり、俺は冒険者の王と呼ばれる様になっていた。そしてオリハルコンは既に北、西、東のすべての足り行くにおいて最強の傭兵団と言う雷名が響き渡る事となった。
金は大きい所に集まると言うがそのとおりだろう。弱くて貧乏だった頃はただのその日暮の弱小冒険者だった。何度と無く死線を潜り、大金を手にして、それを元手に加速度的に飛躍した。
西の大陸には2つの大国が存在しており、非常に戦争の激しい地域がある。
かつて勇者クラウディウスが修行したと言われる旧ロッカ帝国を祖とする、川と山に恵まれたアレックス連邦王国は、リバティ連邦共和国に戦争を仕掛けている。
リバティ連邦共和国の方が若干の余裕がある。むしろ敵国を滅ぼす事を良しとしない平和主義なリバティ連邦共和国は、法律で侵略を認めていない為に戦争が終わらないようにも見えた。
その間に挟まれた小国はどっちに着くかで小競り合いを何度も続けているので、オリハルコンとしては願ったり叶ったりではなあるが、南部の大国である獣人国家の侵攻まで入ると戦争をコントロールできなくなる。
いい加減に収めたいと思っていた。大国同士が矛を収めても小国は潰しあうので、オリハルコンはそこで活動すればいいだけのこと。しかしオリハルコン存亡の危機になるような大戦は避けたいというのが本音だった。
そんな中、リバティ連邦共和国の東にある大都市フトゥーロからファルコン便の連絡が取れなくなった旨を知った。
このグランクラブには大きい力、つまり神の力が働いているらしく、どうやら天界の怒りに触れてフトゥーロが滅ぼされたという。
俺は直に救助へ行き、生き残った女子供を保護する事に成功した。
このフトゥーロ、2つの大国に隣接し、リバティと同じ政治形態を持ちながらアレックス帝国の元皇太子一家がその都市にいる。
現在のアレックス帝国は初代皇帝アレックスの血筋を持っておらず、豪族の合議制になっている。
長く続いた皇帝の血族は、この豪族達の革命によって滅んだ。本来にして唯一の皇位継承者はフトゥーロに匿われていた。この皇帝の血族こそが、勇者クラウディウスの師匠である初代アレッサンドロ皇帝で国の名前を愛称のアレックスにしてしまった変人でもある。
俺がアレッサンドロをオリハルコンに匿い、フトゥーロの情報を得たのは非常に大きい転機となった。滅んだフトゥーロには世界最大商社ダイヤクラブの幹部がいた。
世界の経済を牛耳っていると言っても過言で無い奴らへの取っ掛かりをやっと掴んだのだ。
俺はこの事件の後、アレッサンドロと共にダイヤクラブ幹部と接触した。リバティに本部を置く彼らとの接触はこれまで一度として不可能だった。
目の前にいる青年は俺よりも遥かに歳上の魔族だった。
「あのクローゼ殿が滅ぶとは……やはり航空開発は行うべきでは無かった」
ダイヤクラブの幹部と名乗った魔族・フェネスという男は悔しげに口にする。
「クローゼ……アレッサンドロが自身の師と呼んでいた魔公か?」
「ええ。私の同胞の魔公です」
「魔公……随分と能力の高い魔族だと聞いています」
「それはそうでしょう。我らは神の血を賜ってから1000年しか生きていない血族。ただの魔人とは天地の隔たりがありますから」
アレッサンドロは目を伏せて悔しそうに拳を握る。
「天地の隔たり…ねぇ」
俺はその言葉が、空々しく響く。その天にいたものさえも滅んだのだ。
「私も魔公の血筋ですが、随分世代を経て、普通の魔族となんら代わりありませんからね。バエラスを嘯くなんちゃって魔公と思われても仕方ないかもしれませんが。クローゼ殿は正真正銘の大魔公。フトゥーロを管理していた私の主です」
「ダイヤクラブの幹部がフトゥーロの手先だったと言うのか?」
「正確にはクローゼ様の代理人として私がダイヤクラブの幹部を務めていたという事です。フトゥーロの技術はこの世界を変えるものを持っていましたから」
フェネスは苦々しい顔で口にする。
「何で航空開発をしただけで、こんな事になるんだよ!僕らは…」
「天界は空へ到達しようとするものを恐れている。それ故にでしょうな。アレッサンドロ殿」
「…そんなんで…あんなに…」
悔しそうにアレッサンドロは口にする。
「アレッサンドロ。気持ちは分からないでもないが、それは後にしろ」
「でも、セイ……ぼくは…」
「彼は今後のお前の後見人となってもらう予定だ」
「やだよ!僕はセイと一緒にオリハルコンで強くなるんだ!そして僕らの町を滅ぼしたやつらを…」
「それは以前も議論しただろう。滅ぼした奴らに対する復讐など通過点に過ぎないと」
「!」
アレッサンドロは強く唇を噛み締めて俯く。
「彼がアレッサンドロ様ですか。クローゼ様の弟子で、航空開発の片翼を担ったという。それほどの知識があるならば直に即戦力になりましょう。とはいえ、社会は年齢が無ければ信頼は厳しい。適当に学校に通うなり箔をつけるが良いでしょうな」
フェネスはアレッサンドロを見て、彼がアレックス皇帝の子孫であると理解し、そしてクローゼからも優秀な技士の卵だと聞いていたので快く今後の道しるべを示す。
「ああ、マギテックならば、この子の待望の道を作れるんじゃないかと思ってる。それが何年後かは分からないが…」
「ちょ、勝手に決めないでよ!」
アレッサンドロは不服そうに口にする。
「セイ殿は随分と懐かれているようですな」
「ひよこの刷り込みと同じだろう。偶々救っただけだ」
俺はというと首を横に振って答える。勝手に懐かれただけなのだから、そうとしか言いようが無かった。
「オリハルコンを創設し、短期間で世界最大傭兵団へと作り上げた実績、チケット制会社ファルコン便の創設、冒険者ギルドへの発言力、貴殿は我等ダイヤクラブにおいても貴方は注目されているのです」
「それは初耳だな。俺もダイヤクラブへの加盟を望んでいたが、一言も声を掛けられた事は無かったぞ?」
そう、俺はダイヤクラブの幹部のポジションを狙っていた。経済を支配しなければ動けるものも動かない。信仰なんてものは金でどうにかなる。
「それはオリハルコンが貴殿のもので無かったからです」
「当然だ。傭兵団を個人のものにしてみろ。内部争いは必死だ。作った部隊が内乱で滅びるだろうが。あくまでもアレは冒険者という自由な連中の枠組みを作ってるだけだ。それこそ自分の体を資本とした資本式会社みたいなものだ。戦の勝敗はそのまま自分の価値になるのもそのとおりだろう?」
傭兵団オリハルコンはかなり特殊な集団である。冒険者なので、戦争への参加は自由である。雇い主から話を受けた管理職がメンバーを募って報酬を決めて出陣する。
俺達管理職は雇い主との調整はしても、報酬を上げるのはあくまでも雇い主である。誰のものかと言われれば、誰のものでもない。雇い主が払わないとなると、部下に何で報酬が出ないのかと叩かれる羽目になる。
「なるほど」
「それに、俺が管理者をするケースが多いが、あのオリハルコンを纏められるほどの威光とカリスマを持つのはバスティアンだ。俺がいたからこそこれ程の組織を維持しただろうが、バスティアンがいたから成り上がれた。俺がいなければ、オリハルコンは傭兵団ではなくクラウディウス帝国の大騎士団として、そしてバスティアンは大貴族になっていただろう」
「我々ダイヤクラブはオリハルコンが欲しい。そう言ったら貴殿は差し出してくれるのかね?」
「……無理だな。ダイヤクラブは実行部隊を欲しいって事か?」
「ええ」
何を言っているか予想はつく。
ダイヤクラブは世界最大商社でありながら、その実態は非常にあやふやである。しかし世界中に横のつながりを持ち、宗教等に左右されず、莫大な富を動かしている。新技術の開発等世界の移り変わりに貢献している技術革新の大半がこのダイヤクラブによるものだ。
彼らは武力もほしがっているという事を意味する。
何故か?
国家は力ない相手からは徹底して搾取するからだ。今までは実体があやふやだったからダイヤクラブも直接たたかれることは無かったが、今後そうとも限らない。とはいえ、軍事力を持つ事も出来ない。軍事力をもつという事は実体が出来てしまうからだ。
だがオリハルコンは今や万を超え、集めれば海軍を常備する中規模国家さえも陥れるだろう艦隊を持っている。いずれは伝説に語り継がれるような武人が名を連ね、それを束ねるカリスマが数多存在する。そしてそのオリハルコンもまた実体があやふやな存在だった。
彼らが欲するのは当然だったかもしれない。
「我々は傭兵だ。欲しいなら金で買えばいい。金は出したくないが、力は欲しいというのは些か強引だろう。力が欲しいなら貴様らがリバティ政府でも傀儡にすれば良いのでは?残念だが、オリハルコンはチケット制会社にする予定はない」
「交渉にならないなぁ」
渋い表情を見せるフェネス。なるほど、交渉する余地はあるという事かと、俺も考え直す。まあ、譲歩とは言わないが、実質的にダイヤクラブが武力を持つという方法はいくらでも考えがつく。
「だがしかし方法は無いわけじゃない」
「ほう?」
フェネスは怪訝そうに顔をゆがめる。
「オリハルコンは実体が無いから購入できない。だが確かに俺達幹部によって総勢を動かしているのは事実だ。ならばダイヤクラブの武官として俺達を引き入れればいい」
「つまり貴殿らをダイヤクラブの幹部会議に入れろと?」
「ああ」
「その要求に対して私は答えられるだけの力はありませんな」
苦々しく答えるのはつまり1人や2人ならともかく、オリハルコンの幹部数名を丸ごとダイヤクラブの幹部として抱えるには厳しいという事。つまりダイヤクラブの幹部の人数は多くても二桁には行っていない程度の低人数によって運営されていることが推測される。
「……俺は自分の好きなように部隊を使っている。金を投資する事もあれば演説をする事もある。バスティアンを説得する事もある。欲しいんだろう?武力が。誰が持っているか理解して来たんじゃないのか?」
「くっ……ふははははっ……なるほど。あのお方が異才と証しただけはある」
オリハルコンを使う方法なんて誰にも出来ないのだと暗に口にしたのだ。
つまり、オリハルコンを手にしたいなら俺を抱えるのが最も手っ取り早いのだ。互いの求めるものは恐らく一致していた。
「良いでしょう。ダイヤクラブの幹部陣との話し合える場所を準備しましょう」
こうして、俺はダイヤクラブの幹部への道を作ったのだった。
それから暫くして、俺は王の称号『レ』を賜った冒険者となった。
世界最大商社ダイヤクラブの幹部、ファルコン便の社長、冒険者ギルドのギルド長付き相談役、世界最強の傭兵団オリハルコンの副団長、チケット式会社の創始者にして資本主義の先駆者、そんな様々な肩書きを持つ事になった俺だったが、それらの多くの権利を失う事となる。
実家が急転直下の危機に晒され、幼馴染のフランシーヌがまるでモノのように扱われている祖国の事情を耳にして、俺は再びセドリック・イヴェールとして北の大陸へ戻る事となった。
読んで頂きありがとうございます。
1月ほどのお休みをして本編再開、みたいなことを書いておきながら、全く本編のスタートの目途がついてません。一応、次は森を越えた先の国ミストラルでの物語、その後に銀翼の魔公との決戦(?)みたいな予定をしているのですが……。
仕事が忙しくて書く余力が無い感じで……週末に頑張ってる状況です。




