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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
62/135

事後処理

 騒動は一段落し、人々は遅れてきた衛兵達により、偽の神託を下した者たちが捕まると、それぞれの帰途につく。当然だが、今回の犯罪者達を連行される事になる。そこには聖白星騎士団の面々も捕まる事となっていた。


 ルーシュは敵味方関係なく、怪我人を全員治したのだが、流石に走り回っていたのでかなり疲れたようで、肩を落として露骨に疲れている様子を見せていた。

「おつかれー」

「「わおーん」」

 レナはルーシュを迎えて、ハティとスコールはマイポジションとばかりにルーシュの両肩に乗る。

「さすがに走り回って疲れたかも」

「相変わらずだねぇ」

「相変わらずって言われても…」

 暗黒世界でも、やってる事はさして変わらない。困った人を助ける為に走り回るのはそもそもルーシュの日常である。

「ルーシュ様。また後ほど、お会いいたしましょう」

「まだお礼を何も出来てませんので」

 預言者と大司教の二人は頭を下げてくる。彼らは彼らで忙しい状況にあるので、礼だけをして去っていく。

 だが、ルーシュはそもそも礼を受けるような事をしたか記憶に無かった。実際、自分を助けてもらおうと頼みに行っただけなのである。話しが聞ける状態でないから病気を治したのであって、別にそこに善意など存在しなかった。

 その為、ルーシュは不思議そうに首を傾げる。

「まあ、こっちの預言者さんには前から話を聞きたかったんだし、話をしにいこうよ」

 レナはルーシュが感謝されている事に気付いていないと察して、別の形で話を勧める。それにはルーシュも同感だったのでうんと首を頷かせる。

「うん、分かったー。とりあえず……今日はお休みしたいのだー」

 ぐったりとした様子で了承する。2人は帰途に着こうと互いに見合って頷き合い、広場への出口の方へと向かおうとする。

 するとと奥の方から何やらパステルカラーの服装をした黒い翼を持つ魔族がフヨフヨとやって来るのだった。

「「?」」

 2人は見覚えのある格好の魔族を見て目を細める。

「あれはもしかして…」

「レヴィア様!?」

 何故、ここに?そんな思いを持って二人は空を舞って降りてくるパステルカラーの魔導ローブを着た魔公を見上げる。

「どーしたの、レヴィア様」

「今日は疲れたから遊ぶ余裕はないんだけど」

 レナとルーシュはレヴィアに言うのだが、何故かレヴィアはいつもと違って真面目な顔をしていた。

「先の様子は見ていた。ルー君は相変わらずじゃの」

「み、見てたの?」

「ふむ」

 見てたなら手を貸してよー、とも思うのだが、ルーシュは必死であったが為に、近くに知人がいた事さえ気付けない程度に焦っていた。情けなくも

「でも…どうしたの?いつもと違ってなんだかシリアスティックだよ?人間めー許さんぞーみたいなのはもう良いから」

 ルーシュはアハハハハと笑って流すのだが、レヴィアは首を横に振る。

「少々、人のいない沖に出ぬか?重要な話があるのじゃ。レナも」

「…重要な話?」

 何だろうとルーシュとレナは互いに見合って首をひねる。そもそもレヴィアはいつもニコニコしている呑気な気の言いお姉ちゃんで精神年齢では自分達より下ではないかと思うほどに能天気な人だった。ルーシュもレナも凄く怪訝そうにレヴィアを見る。

 本物のなのかと首をひねる程度には怪しげだった。



 レヴィアに連れられて、1時間ほど延々と沖のほうに飛ぶ。レナはいい加減に腹が減ったとルーシュにしがみ付くのだった。

 そこでレヴィアも周りを見渡してルーシュを見る。ルーシュもそれで飛び続けるのをやめて話を進めるのかな、とレヴィアを見る。

 レヴィアは少しだけ言葉を出すのを詰まらせるが、わざとらしく咳をしてからルーシュを見据える。

「こほん、実は不幸な知らせがある。……ダンタリウスが亡くなったのじゃ」


 ………


 レヴィアは真面目な顔でルーシュに伝える。

「は?」

 最初、ルーシュは不思議そうに首を傾げる。

「何の冗談?」

 レナは面白くない冗談だと少し膨れっ面で怒ってみせる。

「冗談ではない。見知らぬ魔族の襲撃にあって、ジジイは死んだのじゃ。申し訳ないが、妾はその場を離れて海に逃亡しておった。そして、そこでジジイの魔力はなくなったのを確認した。魔王の部下でもない妾には関係ない事だと逃し、ジジイは魔王の下僕として魔神の転生と騙る魔族に最後まで抗ったのじゃろう」

 魔王の転生という点については怪しいが、ルーシュは次第に真面目な表情でレヴィアを見る。

「………本当に?」

「そんな事で嘘は付かぬ。妾が加わっても何も出来なかったじゃろう。妾の魔力では奴の能力を把握する事は出来なかった」

 レヴィアの言葉にレナは顔を真っ青にさせる。

 暗黒世界において魔力が最も高いのは魔王とシホ、それに続くのがルーシュ、そしてレヴィアとベーリオルトだといわれている。レヴィアが把握できないという事は魔王クラスという可能性があるからだ。しかもシャイターンの転生を名乗るのであれば、ルーシュを超える可能性も出てくる。そんな魔族がダンタリウスを殺したなど過去に無い大事件であった。

「う、うそだー。あのじいさんが簡単に死ぬはず無いじゃん。きっとひょっこり現れて、人の話を聞いてくださいルーシュ様とか言って現れるってば」

「ルー君……冗談ではないのじゃ」

「でも……嘘…」

 ルーシュは体を震わせて、だが感情のコントロールできるルーシュはここで泣いたりはしない。泣いたりはしないが、悲しみの感情を察して水の精霊達は海から大量に実体化して現れだす。

 一瞬で、空には雷雲が浮かび上がり辺り一面が豪雨へと変わる。

「うそ…うそでしょ?」

「すまぬ。ジジイを見殺しにする事しか出来なかった。あの銀翼の魔公…ルー君と同じ光の魔法を操ったのじゃった。ジジイは魔王家に忠義を捧げておる。あのような邪悪な男を魔王家の人間、ひいてはシャイターン様の転生などとは認められなかったのじゃろう。ジジイは魔王家以外には悪魔にもなれる忠臣じゃ。魔王家に命を捧げて、魔王家を貶めるような言動をする男に最後まで戦ったのじゃ」

「ううう…」

 ルーシュは鼻を啜って泣きそうなのを堪える。だがもはやルーシュが泣かなくても世界は涙を流すように豪雨に包まれていき、やがて海も大きく荒れていく。ルーシュの悲しいという感情に反応して水の精霊達は大暴れし始める。

 そう、レヴィアがこの沖の方まで飛んできたのは、その余波で大雨が国を襲う恐れがあったからだ。

「ジジイに渡せと頼まれた。次の指令書と、ジジイが息子に書いてやれとメリッサに書かせた手紙を預かっておる。ジジイはルー君とメリッサが仲良く出来てない事を気にしていたみたいじゃから」

「……」

 ルーシュは手紙を受け取り懐に入れて空を仰ぐ。真っ暗に沈む暗雲からはいつまでも大雨を降らし、ルーシュは涙を流さずとも顔を豪雨によってぬらされていく。

「ダンタリウス先生が……」

 レナはキュッと口を結んで悲しみを堪え、あの優しくて少しだけ厳しい老魔公を殺された怒りがふつふつと燃えてくる。そしてレナの感情が引き起こすように莫大な雷が空から鳴り響き海へと落ちる。

 その日より1週間以上、イヴェール王国の遥か南方の沖合いで凄まじい豪雨と雷が降り注ぎ続けたという。




 神託騒動が終わってから数日後ルーシュは、心機一転、ティモとレナの3人でアップルパイを売っていた。

「そういえば、ティモの怪我は大丈夫だったの?僕が駆けつけた時は何でか燃やされる側に頃がされていたけど」

「うー、神父様に石を投げろ何ていわれて、そんなこと出来なかったのです。そしたら背教者だって叩かれて…」

「酷い目にあったんだねぇ」

 ルーシュはティモの頭を撫でて励ますのだが、

「でも…師匠より酷い目にはあってないですよ?」

 ティモは散々鞭で叩かれたルーシュを見ていたのでそれを思い出して首を横に振る。

「結局、どうなっちゃったの?あの後の片付け」

 レナは首を傾げる。

「大司教さんが大々的にコルベール枢機卿が偽りの神託を出して、魔族を傷つけた事を陳謝してた。大司教さんが謝ることじゃないと思うけど」

「ルシフォーン様の罪をルーシュが謝ることでも無かったと思うけど」

「うぐ」

 話の顛末を聞かされて、レナはまたルーシュがバカをやらかしたと知って怒っていた。なので、この日は皮肉がちょっときつかった。

「大司教さんはラフィーラ教会の代表者だから、ルーシュが魔王家としての責務を果たした事と同じ事をしたんだよ」

「被害者なのに」

「それは私達だって同じ」

 一方的に悪人扱いされたのは魔族も同じだ。

「でも、…イヴェールは僕達の為に立ち上がってくれたから、僕はいつかここで皆が仲良くできる世界が来ると信じられると思う」

「そうだね」

 ルーシュは嬉しそうにして、そしてレナも頷く。

「師匠、見て見て犬人族~」

 そんな中、ティモは頭の上にスコールを乗っけて、スコールは

 合体!

 とでも言いそうにポーズをとっていた。

 いつの間にかハティとスコールはティモと仲良くなっていた。仲良くなる事は良い事だが、スコールは何を持って仲良しを決めているのか不思議だった。

「あれ、スコールの必殺技か何かなの?」

「さあ…。まあ、外の世界に出てから犬人族と言う存在をはじめて知ったからね、僕もスコールも」


 3人と2頭は歩いて教会の方へ向かう。その途中で商店街を歩いていると、人の集団に囲まれ、そこから逃げる様にクロードとマリエッタが足早に歩く姿が見られる。

「あ、クロード。マリー。どうしたの?冒険者稼業?」

 ルーシュは2人に久し振りにあったので声を掛けるのだが

「い、いや、今は逃亡中」

「なのです」

 二人は慌てて逃げているようだった。

「は?」

「待ってくださいよ、勇者様!サービスするよー」

「勇者様―」

 周りはクロードを勇者様呼ばわりしていた。

「勇者って呼ばれてるよ?」

 ルーシュは首をかしげてクロードを勇者呼ばわりする男達を指差す。

「うあああああっ!あの時、皆の前で貴族達に立ち向かった勇気ある少年だって、だから勇者様だって言い出したんだよぉ!僕は勇者じゃないのにいいいいい!」

 クロードは頭を抱えて走って逃げる。

「勇者様は大変なのです」

 マリエッタもさすがに歩くだけで注目される身分になってしまい、困り果てているようだった。

「結局、預言どおり、名実共に勇者になっちゃったんじゃん」

 レナのぼやきに、ルーシュは苦笑するしかなかった。クロードはずっと勇者じゃないと撤回して欲しいと預言者に言っていた。だが預言者が撤回する前に、民が皆で勇者呼ばわりしているのである。

 もう言い逃れが出来なくなっていた。

「まあ、今回もルーシュの所為なんだけどね」

 レナは要らない事を口にして、ルーシュも引き攣ってしまう。そう言われてみれば、初回はアルゴスとの戦いでルーシュを助け、そして今回は教会の偽預言によって殺されかけたルーシュを助けた為である。

「でも、アルゴスの時はともかく、今回は死ぬ危険性無かったけど」

「ルーシュ。普通の人は首を落とされたら死ぬのよ?」

 魔公もそれは同じだ。首を落とされても死なないのは、魔王やルーシュのように不老不死に近い存在くらいだろう。そもそも良く考えればアルゴスとの戦闘でも死んだか怪しいのだ。魔力を失ったら、自然と大地から魔力を吸い上げて荒廃した土地へ変えてしまうのが魔王家の本能である。預言者の預言に従ったが、別にルーシュ単独でも勝てたのでは?とルーシュ自身も最近になって思ってしまう。無論、その際に大陸がルーシュによって滅ぼされる可能性は否定できないが。




 この日、王城に集っていた関係者、セドリック、預言者、アレッサンドロ、クロード、マリエッタ、それにクリストフとルーシュとレナというメンバーが集っていた。

「預言どおり、勇者になったじゃないですか」

「撤回してくださいよぉ」

「無理です。ああ、今度は私が暴動の被害者になってしまいます。そもそも勇者なんてものは誰かが名付けるのではなく、誰かに自然と呼ばれるものです。200年前、私は勇者の神託なんてしてません。この子なら魔王に対抗できる可能性があると言っただけです」

 預言者はクロードの訴えを却下する。

 クロードはガックリと肩を落とし、アレッサンドロとセドリックはゲラゲラ笑っていた。本当に嫌な連中だとクロードは恨みがましい視線を2人に送るのだった。

「ところで、僕は聞きたかったんだけど…。よく考えたら、クロードって別に何もしなくても、結果ってあんまり変わらなかったんじゃないのかなって思ったんだけど」

 ルーシュは挙手して預言者に尋ねる。

「え?」

 クロードは引き攣ってルーシュを見る。

「遅かれ早かれ暴動にはなったと思うんだよね。アルゴスとの戦いだって、よく考えたら僕が負けるとかありえないし。あれだけエネルギーの集中した火山地帯で僕が負けるとか」

 ルーシュは預言者に尋ねる。

「そうですね」

 預言者はあっさりとルーシュの言葉を肯定する。

「は?…ええと、僕が戦わないとアルゴスによって大陸が滅びるって…マリーを伝って教えてくれたのでは?」

 クロードは目を丸くして預言者を見る。

「いえ、ルーシュ1人で十分でしたよ?アルゴスは確かに強力なモンスターでした。ですが、ルーシュならアルゴスを倒す程度は出来るでしょう。そもそもアルゴスは人類の犯した過ちの結晶です。自分で勝手に自らを滅ぼすものを作っておいて、まずくなったら滅ぼそうとした相手である魔公のルーシュに任せるんですか?人として恥としか言いようが無いじゃないですか。だから人の手で終わらせる為に神託を偽装したんです。これで人類が滅びるならそもそも人類が悪いのですから、それをルーシュに任せるなんてあってはならないのです」

「うぐ」

 預言者の言葉はもっともだった。

「今回もそう。私は人類の罪をルーシュ1人に背負わせて、世界が平和になりましたなんてさせたくは無いのです。貴方が旗頭になったというのが重要なのです。人が魔族に罪を押し付ける事を否定しなければなりませんでした」

 預言者の言葉にしょんぼりするクロード。うんうんとうなずいているのはセドリックだけであった。

「さて、個人的な話は良いか?」

 セドリックは周りを見渡して訊ねる。

「ワシは預言者様から話を聞きたいのじゃが…」

「それは後にして、先生。長いから」

 クリストフは長く生きるハイエルフに話を聞きたくてうずうずしていた。そもそも彼は知識欲の権化である。だが、セドリックはクリストフに対して即座に駄目出しをする。流石に師弟だっただけあり手馴れたものだった。

「では最後に1つだけ」

 預言者は手を上げる。

「?」

 セドリックは首を傾げる。

「アレッサンドロ様は空を飛ぼうとしていると?」

「む」

 預言者の言葉にアレッサンドロは閉口して預言者を見る。

「許せ…とは言いません。ですが…フトゥーロ壊滅に関して天界は故意に行った事ではありません。ですが、代わりに謝罪いたします」

「謝罪だと?」

 ギリッとアレッサンドロは歯を軋ませて、預言者を睨みつける。

「天界の防衛システムは稼動されたまま、それを管理する者はいなくなってしまってます。悪意ある空への訪問者を攻撃するシステムが存在しており、もはや我々にはそれを止める術が無いのです」

 預言者の言葉に対して、アレッサンドロは目を丸くして預言者を見る。

「システム……?」

 誰かが意図して攻撃したわけではないという言葉は恐らく意外だったのだろう。

「管理システムとなっているゴーレムの製作者が、あまりの人間の残酷さに引き篭もって出てきません。防衛システムを越えて天界にやってこれる存在は私を含めて一部です。残念ながら貴方では天界へ来ることが出来ません。故に我らはお手上げという状況です」

 預言者は両手を上げて自分の出来る範疇にないと言い切ってしまう。

「……システムが勝手にアレだけの惨劇をしたとでも」

 アレッサンドロは未だに記憶に焼き付けられた滅びの瞬間を思い出し激しく憎悪の視線を預言者に向ける。その惨劇を知らない人間達からすると理解の範疇に無いのだが、セドリックの険しい顔に、どれほどの事だったかは想像がつく。

「ミシェロスはシャイターンを閉じ込める為に魔界を生み出した神ですよ?天界の科学力のほぼすべてをミシェロスが掌握しています。我らはそれらを修正する術を持ちません。そして、神は貴方達が思っている以上に慈悲深い半面で己の力を制御出来ません。嘆けば一夜にして巨大な湖を作り、怒れば大陸中の火山が爆発する。だから彼らは愛する人々のいない天界の地で生きているのです」

 預言者の言葉は神話のそれと同じである。

 その言葉にルーシュとレナはまるで魔王家の皆様みたいな連中だと心の中で思うのだが、そもそも魔王家は魔神シャイターンの子供達なので、神が彼らに似ているのは当然でもあった。

 アレッサンドロはどうすれば良いかも分からなくなる。現実を知った所で、何が出来ると言う話ではないからだ。内側からシステムを止める事も、外側から攻撃する事も出来ず、ちょっとした反動が世界そのものを破壊しかねないと言う。

 事実上、手を出せば滅ぶしかない。理不尽すぎる状況に歯噛みするしかなかった。

「但し、協力は惜しみません。私もミシェロスには早く戻ってきてもらいたいのです」

「……」


 アレッサンドロが黙ったので、セドリックは手を打ち、注目を集めて話を戻させる。

「余談は良い。本題に行こうか。まず、貴族達だが、奴らは全員こちらで処罰する。法律どおりにな」

「殺しちゃうの?考え直せないの?」

 ルーシュはセドリックに訊ねる。

「法律上、出来ない。逆に問おうか?嫌な奴がいたとして、法律を変えて、あいつは昔こんなことをしたから法律に従って死刑。そういう、罪を過去に戻って裁くようなやり方をしてはいけないんだ。分かるか?」

「法律不遡及の原則?」

 セドリックのはっきりした問いに対して、ルーシュは模範解答を示すので、セドリックは感心した様に頷く。

「分かってるじゃないか」

 法律は、事後に定めた法によって、遡って違法として処罰する事を禁止する。つまり、法律が変わったら、変わった内容を昔にさかのぼって裁いてはいけないという事である。例えば酒を飲んではいけないという法律が出来た場合、今まで酒を飲んでいた人達を犯罪者として扱ってはいけず、法律が出てきた以降に酒を飲んだ人達を処罰するというようなことである。

「「!?」」

 レナとクロードは絶句してルーシュを見る。自分達の理解の範疇を超えた用語を使ってセドリックと分かり合うルーシュを見て、2人は仰天した。

 この子は誰?みたいな表情で見合う。

 基本的にルーシュは興味のない事を覚えようともしないが、興味のあることや覚えなければならない事は絶対に覚える子である。政治家をしていたのだから法律にある程度明るくてもおかしくはないのだ。

「厳格に裁く必要がある。こんな直すべきことが、多く記載された法典であっても、私はこれに従わねばならない」

「まあ、国に関しては何も言わないよ。王様が正しくないと大変だし」

「そもそも俺は王の必要ない国を作る積もりだからな。その為に民には考えさせる機会を与えた。国民が国民の為に国を作る。西の大国ではそういう国が存在し、最も栄えている。そこに辿り着く道を作る」

 セドリックはハッキリと自立した民の姿を見据えて語る。

「何でそんな事を考えたのですか?」

「……責任感が強くて頭の固い、生まれついての公僕たる女を、その責任から放つ為だ」

 クロードの問いに対して、セドリックの答えは、全員を絶句させる。

 そんな中、長い付き合いのクリストフだけはクツクツと堪える様に笑っていた。

「変わってませんな」

「そうか?」

「幼い頃よりフランシーヌ様を大事にして、そして誰よりもあの方を案じていた。国を出て、とても大きゅうなられました」

「まーな。運も良かったし、先生の教えてくれた事も、役に立ったよ。それに……今回の暴動は結構嬉しかったよ。民衆が自発的に戦いを選んだ。神より王様より、自分達の良心を信じた気持ちがさ。9年間、愚か過ぎる民に何度も頭抱えてきたけれど、やっとここまで辿り着いた。民主制への導入は徐々にめどが経ってきている。そうすれば、俺も王冠を脱げる」

 ハハハハハと笑ってセドリックは右手の人差し指で王冠をグルグル回しながら笑う。


(この王様、王冠被ってる所を見たこと無いけど?)


 全員が同じ事を頭に過ぎらす。比喩であるのは分かっているが、あまりにも現実と例えが合致しない男だった。

「だからな、ぶっちゃければ、ルーシュとの約束なんて紙切れ同然なんだよ。ただ、どうだろう。国民が暗黒世界と通商を結ぼうって言うかもしれない。俺は、それが始まりなんじゃないかって思ってる」

「えー、これから、僕らは国民の人気取りとかするのー。面倒だよぉ」

 ぐったりとするルーシュ。

 既にこの国の民に神聖視されてしまっている魔王の子孫は、まだ自分の立場を理解して無かった。

「まあ、そういう事で、一通りこっちからの報告は終わりだ。冒険者協会経由で少しだが報酬を入れておいた。あまり期待はするなよ」

「たかがそれだけの報告で呼び出したんかい!」

 アレッサンドロは大いに怒鳴る。アレッサンドロが言うように、セドリックは大した内容を話していないのだ。

「あと国王に謁見可能な許可証を渡しておこうと思ったんだ。いつでも頼って良いぞ。金の無心で無ければな」

 何と言うか身も蓋も無い王様だった。

「はあ」

 生返事を返すクロード、呆れた様子のアレッサンドロがいた。


 こうして、イヴェール騒乱は終わりを告げたのだった。




 セドリックのいるイヴェール城を出て、アレッサンドロやクリストフらと別れる。

 クロード、マリエッタ、預言者の3人と一緒にルーシュとレナは街を歩いていた。

「さて、それではそろそろ私もお暇しましょうか」

 預言者が口にする。

「そうなのですか?寂しいのです」

「もっと一緒でもいいと思うけど」

 マリエッタとレナは名残惜しそうに預言者の裾を引っ張る。レナが他人と一緒にいようとするのは非常に珍しいのでルーシュはかなり驚いていた。他人というのは少し語弊がある。彼女の言葉からすればレナは遠い親戚に当たるのだ。

「そういえば、預言者様って、年齢はいくつなんですか?」

「17歳です」

 ………

「えと、こう、魔王様の事とか色々と思うところも合って真面目に聞いているんですけど、おいくつなので」

「17歳です」

 可愛らしく笑顔で答える預言者なのだが、右手はルーシュの頭に添えられてメキメキと音を立てていた。

「○△×★□○×☆」

 ルーシュは声にならない言葉を上げて悲鳴を上げていた。

「ルーシュ、女性に年齢を聞くのは最低だと思うの」

「ダメなのです、ルーシュお兄さん」

 レナとマリエッタが冷たい瞳でルーシュを見る。


 おかしい!?僕は何かおかしな事を聞いたのか!?


 そんな思いを胸に、頭を解放されたルーシュは、歪んでしまったのではないかと思う頭を抱えながら、涙目で預言者を見上げる。

 クロードは横で見ながら預言者様に年齢を聞くのはご法度だと心の中のメモ帳にチェックする。

「ううう、でね、一体、何で預言者さんは魔王様を倒したかったの?」

「倒す予定はありませんでした。私はイザベラやアウロラに魔族との融和をたくしたのです。異なる文化と文化がぶつかる際に争いは避けられません。ゆえにこそ勇者と言う神をも殺せる人間を見出したのです。ですが、……人間達は非常に狡猾で、悪い者達の声に騙されて勇者もアウロラもイザベラも皆、魔族を倒す方向へ傾いてしまいました。故にこそ私は失敗し、さらにラフィーラ様を悲しませ、ミシェロスを絶望に追い落としました。ルシフォーンは彼ら神々と手を取り合える存在だったのですから」

「……よく分からんけど、倒すつもりはないけど、成り行き的にそうなっちゃったのかぁ。それじゃあ、誰が悪いとかも言えないよね」

 ルーシュは肩を落とす。ルーシュとしても暗黒世界の状況をどうにかしたく、ベーリオルトとの妥協点をこのグランクラブという世界で見つけたかったのだ。天界との接点と言う意味では預言者が最も近しいという事実を知って、その気持ちは尚更大きく傾いた。

「但し、…アウロラに関しては、私もいずれ罰する気持ちはあります。私やラフィーラ様を裏切り、人々の尻馬に乗って、魔族を虐げる元凶となったのですから。神聖教団の教祖となり手の届かぬ状況にはなりましたが」

 預言者は密かな怒りを見せる。ルーシュもその怒りに背筋を冷たくさせる。

「イザベラ小母さんも裏切ったんだ」

 ルーシュは余り面識のないレナの母親の名前を反芻する。

「アシュタール二世にイザベラの最後は聞きました。あの子は暗黒世界で自分の過ちを知り、私と同じ深い悲しみを抱えていたと。信じていたアウロラに裏切られて暗黒世界に魔族達と共に封印され、怒りと絶望を持った彼女は、今のグランクラブの状況を知って、自身の体調さえ悪化させていたにも関わらず、暗黒世界で死ぬ事を望んだと。あの子を許すも何もありません。ただ哀れに思うだけです。あの子の娘が健やかに育っていて、いまはただ良かったと思うだけです。ルーシュには感謝をしてもし切れません」

「はあ…………」

 預言者は申し訳無さそうに頭を下げ、ルーシュは生返事を返す。

 だがそこでルーシュとレナは同時に目を丸くする。

「アシュタール二世に聞いた!?いつ!?」

「ああ、あの借金苦のダメ親父でしたら、ユグドラシルで無償労働をさせてます。ラフィーラ様にレナの状況を聞いた時には安心しましたが、もう暫くあのダメ親父は反省させておきましょう」

 預言者の言葉にルーシュとレナは思い切り肩を落とす。いないいないと思っていたら、どうやら暗黒世界にもおらず、預言者の手の下にいたようだ。

 行方不明でバカをやらかしているわけでもなく、まともそうな人の下にいるので、ルーシュとレナはとりあえず安心する。

「それと、こっちの世界にルーシュのお父様もいらっしゃってますよ」

「何ですと!?」

 ルーシュは驚き目を開いて預言者を見る。それにはレナもさらに驚いた。

「去年辺り、バエラス2世はグランクラブにやってきてます。中央大陸の隅っこの方にいるようでした。何をしているかは定かではありませんが…。アシュタールからどういう人物か話は聞いていたので、放置はしてますが一度会ってみては?」

「むう、あのダメ親父まで。全く…人にあんな面倒な仕事を押し付けてフラフラと…」

 ルーシュは頬を膨らまして怒っていた。とはいえ、怒っても全く怖くないのはどうしてだろうか。かつて大陸を滅ぼしかねない怪物を倒した少年とは思えない威厳のなさであった。

 そして預言者はマリエッタの頭をなでながら、

「実際、私とて預言者などと呼ばれながらも、何が出来るでもありません。ラフィーラ様とて全知全能でも無いのですから。クロードはとても残念な星の下に生まれてしまってます。あなたが助けてあげてくださいね、マリー」

「分かったのです」

 和やかに話し合う二人の家族なのだが…

「残念な星って何!?」

 クロードは頭を抱えて嘆きの声を上げる。

「残念な星の下に生まれた子と仲良くなってしまったから仕方ないのですよ」

「あー」

 預言者はチラリとルーシュを見て、マリエッタとレナはうなずきあう。


 ……


「僕の事か!?」

 ルーシュの所為で勇者になってしまうのか、勇者は最初からそういう星の下に生まれていたからルーシュが来てしまったか、今となっては謎である。


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