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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第1章 勇者誕生
6/135

ミノタウロスの群れが現れた

 最上階への階段を登り切ると、巨大な広間が広がっている。

「おじゃましまーす」

 ルーシュは大きい広間に入ると、目の前には巨大な門が聳え立ち、その門を守る様に立っているのは体長5mはありそうな巨大な牛魔族<ミノタウロス>の2人組であった。

 ルーシュとレナは見上げてしまう。

 ハティとスコールも、2人の牛魔族を見上げるが、首を持ち上げすぎてコロリとルーシュの肩から落ちてしまい地面にべちゃと突っ伏してしまう。

 2匹はクーンとルーシュの足に擦り寄るので、ルーシュは2匹を抱きかかえて再び自分の肩に乗せてあげる。

「坊主、ここは人間界の入り口だ。お前みたいな小僧が簡単に出入りしちゃいかんのだ。さっさと引き返しな」

 牛魔族の2人は門の横にある椅子に座っていたのだが、立ち上がって門を塞いで、ルーシュたちに忠告する。

「あの…お仕事でこの先に行かないといけないんだけど」

 ルーシュは門の先を指す。その先に地上界へ進む道があると聞いていたからだ。

「良いか、坊主。子供のちょっとした冒険でこんな奥まで来るのがばれたら親に怒られんだろ。とにかく坊主はここから戻るんだ。いい加減にしないとおじさん達も怒るぞ」

 ルーシュの言葉に耳を持ってくれない牛魔族は、2人が子犬2匹を連れたお子ちゃまだと判断したのだった。

 ルーシュとレナは互いに見合って困り果てる。そもそもこの塔はルーシュの管理下にあるものだ。何故に自分が雇っている部下に追い出されようとしているのだろうかと悲しくなっていた。

 だが、そこで、ルーシュは何かを思い出して、キラキラと目を輝かせてレナを見る。

「レナ、あれをやるよ」

「あれ?……えー、そんなのが利くの?こんな辺境で?」

「いや、でもほら、一度やってみたかったから」

 ルーシュは過去にレナと、とあるごっこ遊びをした事がある。そのごっこ遊びを見せるときが来たというのだ。

 レナは渋々と腰につけている道具袋から1枚の魔族の家を表す紋章が描かれたカードを取り出す。これこそバエラス家を現す魔公家紋であった。

「ええい、控えい、控えい。この魔公紋が目に入らぬか。この方こそバエラス家が当主ルーシュ・バエラス3世陛下であらせられるぞ!頭が高い!控えおろー!」

 レナは棒読みで牛魔族達にカードを見せる。


 だが牛魔族達はポカーンとしてしまう。

「なんだ、そのカードは?」

 首を捻られてしまう。

「利いてない!?」

「やっぱり利かないじゃない」

 愕然とするルーシュ。

 恥ずかしい思いをさせられたので、レナはルーシュを睨んで無言の抗議する。

「おかしいな、父さんから昔貰ったバエラス家当主の畏敬を示すカードだって聞いてたのに」

「あんなダメ親父の言う事を当てにする時点でだめなのでは?」

「言われてみれば…」

 ルーシュはカードを見ながら首を捻るのだが、レナの言い分も正しいと感じる。ルーシュは三大ダメ魔族の1人である父親を信じた自身を情けなく感じて反省する。

 すると牛魔族の一人が手を打って思い出す。

「そうだ、そのカード思い出したぞ!」

 牛魔族達がやっとカードの事を思い出してくれたようだ。

 ルーシュとレナは少し驚き、そして自分たちに『ヘヘー』と跪く姿を思い起こして期待に胸を膨らませる。

「あのカード、前に都市に行ったとき、バエラス詐欺にあった店に貼り付けられた奴だ」

「ああ、あのカードを出してツケを溜め込んでたけど、結局、バエラス家が払わないからっていうんで、あのカードは大魔公であっても何の身分証明にも使えないって事になった古いやつ」

「ったく、とんでもない家だよな、あそこは」

「言うなよ、俺らの雇い主だ」

 と牛魔族は思い出したように事の顛末を話し合う。彼らは心の痞えが取れたように笑顔で同僚と語り合う。

「クソ親父―っ!」

 ルーシュは父親の所為で恥をかかされた事に気付き、涙を流してカードを地面に叩きつける。

「そのカードを使えなくしたのが、まさかあのバエラス家の先代だったとは。さすが3大ダメ魔族のエース」

 レナは同情するようにぼやく。

 ルーシュは一番借金返済した先は自領にあった淫魔族が経営しているキャバクラだったと思い出す。あんな事のために大事な領土をライバルの魔公貴族へ売り払ったのだ。改めてダメ親父に対して怒りを募らせる。

「とにかく、両親が心配しているから帰りなさい」

「いい加減にしないと本当に小父さん達は怒るよ」

 牛魔族の2人はズシズシと歩いてくる。

「むうう、何て厄介な門番だ。ケルちゃんは僕を見るだけで道をどけるというのに」

「むしろここに至るまでずっとそんな感じだったけどね」

 レナは呆れるようにルーシュを見る。ハティとスコールはルーシュを慰めるように頬をなめる。


 そんな時、バタバタと走って塔を登ってくる男が現れる。魔力を感じてそれが直に魔公貴族だとルーシュとレナは同時に気付く。

 黒髪は老いによって白髪になっているしわくちゃの老人が精力的に走って現れたのだった。魔公貴族としてはそこまで行くのに人にもよるが数百年以上を要する。ようするに戦前の老人だと一目で分かる年寄りだ。

 ルーシュとレナはその老人を見て、自分達の教師を務めていた事もある男だと思い出す。

「ふひーふひー、さすがにこの歳で塔を登るのは辛いのう」

 老人は額の汗をぬぐいながら、一息をつくと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 牛魔族の2人は、その老人を見るなり小さい悲鳴を上げて慌てふためく。そして慌てるように老人の前に跪いて頭をたれる。

「こ、これはこれはダンタリウス閣下。このような場所にお出でいただくとは一体何用でしょうか!?」

「いやいや、実は…」

 ダンタリウスと呼ばれた男はチラリとルーシュとレナを見るのだが、牛魔族の2人は慌ててルーシュとレナの頭を抑えてひざまずかせる。

「ふにゅう」

「お前ら、ダンタリウス閣下の御前だ。何をしている!」

「公爵閣下の前だぞ!」

 牛魔族はルーシュ達を叱りつける。

 ダンタリウス、シャイターンの時代から存在している数少ない初代魔公貴族であり、魔王直属の調査員として独立した存在である。

 ようするにどこの派閥にも属さない偉い魔公貴族であるのだが…

「待て待て待て。お前らこそ何をしている。そこの2人は…」

 ダンタリウスの方が慌ててしまうのだが、既に遅かった。

「むーっ!触るな!」

「「ぎゃあああああああああああああああああああっ」」

 レナから放たれた電撃は牛魔族の2人だけではなくルーシュも巻き添えにして光る。



 焦げ臭さがあたりに立ち込める中、ぐったりと倒れてる牛魔族2人。その2人の下敷きになっていたルーシュはなんとか抜け出す。

 レナは既に抜け出していたようでプンスカといった表現が正しいように頬を膨らまして、胸の下で腕を組んで、というよりも胸を支えるように腕を組んで、倒れている牛魔族を見下ろしていた。

 電撃を喰らっても気付いてさえいなかったのはルーシュの肩の上に乗っていたハティとスコール。少し驚いたような顔で周りを見渡していた。

「ううう、シビッとしたよ。シビッと」

 ルーシュはレナに抗議するのだが

「だって、頭触るんだもん」

 レナは他人に触られるのがあまり好きじゃない。ルーシュとしては自分に対してはベタベタしてくるのに理不尽だと感じていたが、それもいつものことなので諦める。


 ルーシュは体を痙攣させてグッタリしている牛魔族の2人を見下ろして、直に光の魔法をかける。すると牛魔族の体が輝いてこげている体を回復させていく。

「もう、レナは短気なんだから」

 ルーシュは呆れるようにレナの方へ視線を向ける。フラフラしながら起き上がる牛魔族は縋るようにダンタリウスを見上げる。

「だ、ダンタリウス閣下…」

「す、すまんの。ミノタウルス兄弟よ。連絡が遅れていた。そちらはルーシュ・バエラス三世殿下で隣の女子はアシュタールの娘だ」

「な、…なななななななななっ!あ、あのルーシュ・バエラス三世殿下!?」

 ズザザザザザと慌てて後退り土下座する牛魔族の2人。ルーシュは目が点になる。何故そんなに距離を取るのかという抗議の視線だったが、文句は言わなかった。

「うわ、普段のルーシュに対する魔族の対応だ」

 レナの言葉の通りで、実際に幾度も目撃しているのでこういう対応に慣れていた。

「ま、まさかあのルーシュ様とは知らずにとんだご無礼を!」

「せ、せめて肉片だけは残してください」

 牛魔族の2人はガクブル状態だった。

「って、ちょっと待って!この、まるで殺人鬼に出会ったときのような反応は何!?僕ってそういうキャラなの!?」

 ルーシュは自分がどういう噂を庶民に振り撒かれているか余り理解していなかったのでかなりびっくりであった。さすがにいきなり「肉片だけは残して」なんていわれると傷ついてしまう。

「ですが、ルーシュ様。人に被害を与えなくても、毎月のように暗黒世界の地図を書き換えさせているヤンチャはもはやあの魔王様を越える勢い。暗黒世界最凶のアンタッチャブルと呼ばれた方なのですから当然の対応と思いますが?」

「って誰が最凶なの!?失礼だよ!僕、こんなに平和主義なのに!日々犬の毛並みを愛でるだけの平和主義者なのに!っていうかポンコツ魔王以上の問題児扱いはさすがに切れるよ!」

「くーんくーん」

 ルーシュに同意するように鼻を鳴らすハティとスコール。

「既にそこの神獣の類を懐かせて、魔王様をポンコツと公で口にする時点で、弁明の余地もないのですが…」

 呆れるダンタリウスに、ルーシュはさらに膨れてしまうが、レナはうんうんと同意する。

 薄情な幼馴染を横目で見つつ、ルーシュは起き上がる牛魔族の2人を見る。

「まあ、ミノタウロス兄弟よ。ルーシュ様は基本的に常識外の生物じゃが、天然のバカなだけで、人の良い魔族なのでそこまで恐れずともよい。危険人物ではあるが未だに人を殺した事もないのでな」

「そ、そうですか…」

 恐る恐るミノタウロス兄弟と呼ばれた2人の牛魔族は起き上がって頷く。そしてちょっとだけ安心したようにルーシュのほうを見る。

「それだけ聞くと、ルーシュがどれだけ生まれてきて悪さをしてきたかが分かるね」

「僕、そんなに凶悪な魔族じゃないのに」

 ぷうとルーシュは膨れるのだが、その場にいる全員が同時に目をそらす。

 当人もそれが事実である自覚があるので反論しづらい。ハティとスコールだけはルーシュに擦り寄っていたので、ルーシュは二匹の毛皮を堪能しながら自分を慰めていた。

「ところで牛魔族の人ですよね。お名前は?」

「名前?」

「いや、忘れそうだから」

 ルーシュは人の顔と名前を忘れやすいので、自分から聞いておく。

「名前なんてありません。俺…じゃなくて私はミノタウロスで兄です」

「私は弟です」

 ミノタウロスの2人は畏まってルーシュに答える。

 それを聞いてルーシュは首を捻る。だが暗黒世界の魔族はあまり名前をつける風習が無い。何せルーシュとて、このルーシュという名前は、周りにつけられた愛称だ。意外に適当なのだ。まともに名前がついているのはエルフの母親を持つレナくらいで、実は皆愛称を正式名称にする程度に適当なのだ。

「よ、ようするにどっちが兄か見分けが微妙な兄弟をミノタウルス兄とミノタウリュシュ弟と呼べと?」

 ルーシュは言っている側から名前を嚙んでいた。レナとダンタリウスは呆れるようにルーシュを見る。ルーシュは自分が何故かヒエラルキー的に一番下っ端に思われてる感覚を覚え屈辱を感じる。

「そうだ。名前が無いのなら、付けてしまえば良いのだ!」

「えええ!?」

 ルーシュのとんでもない発想にレナとダンタリウスは愕然とする。

「じゃあ、ミノダさんとタロウさんって事で」

「「なぜか変な名前を付けられた!?」」

 ミノタウロス兄弟は見事にハモって頭を抱える。

「ミノダさんとタロウさん、何で凄い嫌そうな顔をしているの。おかしい……、とってもいい名前だと思ったのに」

 ルーシュはガッカリするが、何気に、頭の中ではミノダさんとタロウさんにシフトチェンジしている程度に横暴だった。

「シホちゃんにも勝手に名前をつけて定着させちゃったけど、ルーシュのネーミングセンスは最悪だよ」

 レナは呆れたようにルーシュを見て突っ込む。

 どこかの世界のどこかの国の言語には、もしかしたらそんな名前があるかもしれないが、あまりにもこの世界観的にあってない命名だったので、全員が呆れていた。

「あの、ルーシュ様。あまり下々のものを苛めるような事は…」

「虐め!?……名前をつけてあげたのに虐め扱い!?」

 ダンタリウスはその場を諌めるよう声を掛けるのだが、ルーシュは心から相手の為に名付けたつもりだっただけに驚きを露にする。

「そもそも下々の者には拒否権がありません。ルーシュ様が例えばミノタウロス兄弟に変な名前をつけたとしてもそれを拒めません。なので、本人達の意思を尊重して差し上げてください。勝手に名前をつけるとかプレゼントを渡すとか、あまり喜ばれる事じゃないのです。渡されても捨てられないのですから」

「な、なるほど。むむむむ、別に嫌なら拒否してくれていいんだけど。良かれと思っているのに嫌がられては意味がないんだし。むう」

 そもそも、ルーシュは自分の立場をあまり理解していない。魔公の子供で偉ぶらないといえば響きはよいが、当人が大魔王に次ぐような地位にある事を理解していないと、それはもはや災厄の種にしかならない。

「ではこうしましょう。今度来る時に、ミノタウロス兄弟には自分の名前を考えておいて貰うと言うのは」

「ふむ、なるほど。その手があったか。お互いを呼ぶときに分かりやすいように名前をつけておいてよ。うんうん、これは便利だ。お兄さんと弟さんじゃ、他のお兄さんと弟さんが不便だもんね。さすがダンタリウス先生、年の功だ。伊達に1000年生きてないね」

 ルーシュはしきりに頷いて、ダンタリウスの見事な裁きに感心する。

 ミノダとタロウも満足したようだった。いや、もうミノダとタロウで良いではないのかと思ってしまうのだが、今度来た時には違う名前で紹介する事になるだろう。

「それではミノダとタロウ、ここを開けてもらおうか」

「はっ」

ダンタリウスはニコニコと笑いながら指示をして、ミノタウロス兄弟は何事もないように目の前にある巨大な門を開ける。

ズゴゴゴゴゴゴゴゴと重たそうな音を立てて巨大な門が開かれる。


………


「って、先生がミノダとタロウって言って、二人もそれに従うなよ!」

「す、すまぬ。ついつい、……いや、殿下のネーミングセンスは最悪ですが呼びやすくて」

 ルーシュは却下されたにも拘らず、何事もないようにその名前を使うダンタリウスに怒鳴るのだが、ダンタリウスはホッホッホッホと軽やかに笑いながら、自分の広めの額を手でペシペシ叩いて誤魔化す。

 ルーシュは頬を膨らましてそっぽ向いていた。だが、巨大な門はやっと開かれて、灯はないものの暗い道が先に出来た。なので、レナはルーシュの背中を押して先へと促す。

「ま、まあ、どうぞ。殿下。こちらが人間界へ繋がる異次元の扉ですぞ」

 ダンタリウスも開いた門の先へと進んで歩いていく。

「むー、僕ばっかり苛められるし」

 ルーシュの不満も最もだった。



 一行が進む先は真っ暗になっており空間がねじれていた。

 ダンタリウスは魔法で火の玉の照明を空に浮かして先頭を歩く。

 天空まで繋がっているのだから、暗黒世界の上に地上界があると思われがちだが、単純に次元が繋がっているだけのようだった。

 ルーシュは空間のねじれというのは異次元図書館で経験があるが、何度進んでも気持ちの良いものじゃないので、少し恐れて足を止めてしまう。

 ダンタリウスはそんなルーシュを尻目にどんどん先へと進んで行ってしまうので、慌ててその後を追って次元の捻れへと足を踏み入れる。

 ハティとスコールは次元の捻れが怖いようで、ルーシュの肩に乗っかてしがみついていた。



 次元の捻れのさらに先へと進むと、徐々にだが光が見えてくる。その光へと向かって進むとやがてまだ見ぬ大地へと繋がっていくのがわかる。

 ルーシュ達は地上界にある大地へと足を踏み入れたのだった。

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