レナは預言者の仲間に加わった
場面は飛んで、取り残されたレナの場所です。
貴族街の下でラフィーラ教会の儀式が行われている頃、レナは大司教からの手紙を書き終わるのを待っていた。
そんな時、突然、部屋の外からノックが鳴り響く。
今は人がほとんどいない筈…というのが一同の見解だった。ここに来る間にスコールが全て昏倒させ、その状況を大司教付きの修道女も外を見たので理解していた。まず衛兵が倒れているので教会関係者なら驚き騒ぐはずだ。
修道女もレナも危険を察して大司教を守る様に立つ。
だが、中に入ってきたのは予想外にも落ち着いた様子の女性だった。
青い髪に美しい容貌をしたエルフの女性である。レナによく似ていた。
「!」
「ま、まさか……」
さすがに大司教も驚いていた。その人物が、この時節にやってくるというのは全く聞いていなかったからだ。
「よ、預言者様…」
大司教の言葉によって、レナも修道女も驚き、声を発せ無かった。
「ディディエ大司教、お久し振りです。ここに来る途中、なにやら慌てていた方がいらしたので一緒にお連れしたのですが…」
レナに似た青い髪のエルフの女性は右手で軽々と男を引き摺ってやってきていた。預言者、と大司教が口にしており、レナもこの女性を肖像画として見ていたから直に理解する。目の前にいる女性が預言者であると。そして預言者の手紙によれば、レナの母親の義母にあたる女性なのである。
だが、レナは警戒を解かないで女を睨む。この女性こそが勇者を預言し、魔王を殺させ、母を暗黒世界に貶めて、メリッサらを悲しませた元凶でもあるからだ。
そんな中、修道女が預言者の連れてきた男をさして口にする。
「お医者様!………か、彼は…その………大司教様の専属医をしていらっしゃる方です」
修道女の言葉に、レナは視線を医者へと移す。大司教の専属医、つまり毒薬を飲ましていた容疑者でもある。
「医者?おかしいですね。私が見た所では、毒物を持った怪しげな男だったのですが?」
不思議そうに預言者は首を傾げる。
「な、何をする!毒物なわけがあるか!わ、私はかつて国王陛下の典医も務めた、王国随一の名医だぞ!生臭坊主である貴様のような娘にそのような事を言われる筋合いはない!私の腕は王族にも認められたものだ!こちらの大司教を治すようにコルベール枢機卿に頼まれていたのだ!」
医者は慌てるようにして預言者に訴える。
「生臭坊主って……」
預言者は首をかしげて困り果てる。
「それには必要ありません」
大司教は首を横に振る。
「え?」
「この通り病気は治りましたから」
大司教は体を起こしたまま笑ってみせる。
「な、何を仰る。その病は非常に危険なものです。ちょっと油断をすればすぐに体を悪くするものです。口に入れる者は全て私がコルベール枢機卿に管理を任されているのですから、そのような勝手なことは困ります!」
「では、大司教権限で撤回をしよう。安心してください」
「ま、まだ枢機卿にそのようなことを聞いておりません!薬が嫌だからと我侭を言っては…」
医者は慌てて訴える。その言葉に修道女は医者に対する疑惑は大きくなる。そもそも大司教とは枢機卿の代表でもあり、大きい権限を持っている。まるでコルベール枢機卿の方が強い発言権を持っており大司教はその指示に従わねばならないようにさえ聞こえたからだ。
だが、そこで預言者は医者のバッグを勝手に漁っていた。
「もしかして薬とはこれですか?」
預言者はバッグの中から薬を取り出す。すごい自由な人だなぁとレナは少しだけ感心していた。
「き、貴様!い、いくら偉い僧侶だからと言って、人の物を勝手に漁るとは無礼な!その薬はかつて国王陛下にも献上していた秘蔵の薬だ!勝手に他人のものを触れるなど、司法に訴えても良いのだぞ!」
医者は怒りを露にして預言者を非難する。
「へえ…では、この薬はどのように作られているのですか?後学のために教えていただけないでしょうか?」
「!………先程も言ったであろう、これは貴重な秘蔵の薬だと。貴様如きに教えていいものではない」
「貴重な秘蔵の薬をもっと作れば多くの人が治るのですから、教えてくださってもいいとは思いますが?」
「くっ」
「では私がお答えしましょう。市販のポーションに、アロエ、桂枝、甘草を組み合わせて芳香油で溶かせたものを加えてありますね。秘蔵と呼ぶには一般的な風邪薬にしかみえませんが?」
「!」
内容を完全に宛てられてしまい、預言者はすべてを見通す力があるという噂を思い出して、医者は一気に顔を青ざめさせる。
「ああ、忘れてました。アロエ、桂枝、甘草、それに死帽茸の粉末ですか?遅効性なので薬の所為とは察する事もできず、少量ですから直に死ぬことはないでしょうが、徐々に衰弱させて命を奪う、東の大陸の王侯貴族で流行っている毒薬ですね。胞子などが入っていたりして、聖なる魔法を使うと、そこにある茸がひょこりと出来てしまうんですよ。さて………毒薬でないというなら、その薬、貴方が飲んでくださいな。貴重で高価であっても大丈夫です。これでも私は非常にお金を持っているので」
預言者はにこりと笑ってえげつない事を言う。
毒薬で無いなら飲める筈だ。だが、医者は自分の目の前に自分が調合した茸がそこに生えているのかの方が驚きだった。まさか胞子が本当にここで根付いて生えたのではないかと勘違いさえする。ありえないが、ありえなくもない。全員の疑惑の視線に医者は、もはや自分が大司教に毒を飲ましていたという事実を気付かれたと察したのだろう。逃げようとするのだが、逃げ道を塞ぐように預言者が立っていた。
「ラフィーラ様は言いました。罪を憎んで人を憎まずと。我々はラフィーラ様の信徒です。許す事から始めねばなりません。詳しくお話をしていただけますね?」
預言者に笑みに、何もかも見透かされた気がして、医者は膝から地面に崩れ落ちる。
「あの、そんな事より私は魔族の皆を助けに行かないと…」
医者の騒動が終わると、直ぐにレナは我に返る。足踏みしながらレナは急ぐように口にする。
「ええ。……そうですが……その為にもここですべてを明らかにしておかねばなりません。ですので、急ぎの所を悪いですがマリーを助けてから現場に行きましょう。ディディエ大司教にも現場にいらっしゃって貰いたいのです。魔族を含め全ての民に伝えることがあるからです。大丈夫ですよ、レナ」
「だ、大丈夫って言われても…」
レナはその場で走るようにして、駆け足で走って行きたい衝動を堪えながら、その場で預言者を待つ。よくよく考えれば、預言者1人いればマリエッタさえも必要ない説得力があるからだ。だが、全員をその場に連れて行きたいという。困ったと正直に思っていた。
「それに貴女の愛した男はそんな簡単に人の悪意に潰されるほど柔ではないでしょう?信じてゆっくり行く度量を持つ事をお勧めしますよ。私達のようなものが心配するのは野暮です」
「むー」
卑怯な言葉を紡ぐ預言者にレナは唇を尖らせて悔しそうにしていた。
「ラフィーラ様から教わったとおりの子ですね。ラフィーラ様の子孫が魔族だなんて時間の変化の不思議を感じてやみません」
「え?」
レナは目を丸くして預言者を見あげる。ラフィーラの子孫という言葉にレナは引っ掛かった。母からそのような話は聞いていない。いや、母からは人類へ対する愚痴は聞いても自分の素性をほとんど聞いていなかった。
「どこかで聞いた話かもしれませんが…ラフィーラ様はとあるエルフの男を愛し、子供を生みました。その子供はハイエルフとして生まれ、エルフの王となったのです。つまりハイエルフは全てラフィーラ様の子孫という事になります。そんな中、グランクラブにいたころ、死に掛けていた哀れな名も無き幼子に己の血を分け与えてハイエルフにした事がありました。それが…私です」
「!」
それはまるで魔王家と魔公の関係に似ている。預言者の境遇はまさにダンタリウス先生によく似ているとレナは思い出し戦慄していた。
「ハイエルフの1人は暴走して、東の大陸で神のように振舞っています。我が義子にしてラフィーラ様の子孫であるアウロラです。そして……もう1人、暗黒世界に閉じ込められ、行方不明になっていた子孫がいました。彼女こそがイザベラ……そう貴女のお母さんですよ」
預言者はポンとレナの頭を撫でる。
レナは、その撫で方が幼い頃に自分の頭をなでる母のそれに似ていて、何となくこの人は敵じゃないのだと感じて警戒を解く。
「じゃあ、…お母さんは魔王族ならぬエルフの王族だったの?で、貴女はてラフィーラ様の恩恵を貰った魔公みたいなものなの?」
「その通りです。まあ、これで理解したと思いますが………私も所詮は人の子なのです。さすがに………我が主君を騙るクズは、神が許そうと私は決して許すつもりも無く、敬虔なラフィーラ様の信徒を殺そうとする者に対しても容赦をするつもりもありません。ええ、無駄に長い人生を歩いている身なので…人間がどの程度やれば壊れるか、どの程度の苦痛を与えると死んだほうがマシなのかという事もよく知っているのです。生臭坊主などと仰っていましたが、残念ながら私は坊主ではありません。私の語ったラフィーラ様の心を広めようと、民が教会を作り、私を崇めただけで、私はただのエルフでしかなく、聖人君子でも何でもありませんから」
青い髪に青い瞳をした美しいエルフの女性からは、その容貌からは想像つかないほどの凄まじい殺気を放って医者を睨みつける。
レナは目の前の女性は慈愛に満ちていた母イザベラになんて全く似ていないと気付く。どちらかと言えばルーシュの母にして自身の養母でもあるメリッサお母さんのような、優しさと恐ろしさを同居させる魔公に等しいのだと気付く。
「……ひっ……ち、ちが…わ、私はコルベール様に頼まれて……」
「つまりコルベール枢機卿の指示で大司教の暗殺を目論んだという事ですね?」
医者は恐怖に腰を地面に落として、後退りながら弁解する。実行犯であっても自分から殺そうとしたわけではないと訴える。
「人を殺すのが医者の仕事とは片腹痛いのですが、これで証言はとれましたね。さあ、行きましょう。ディディエ様、まだ体の調子は悪いでしょうが、現場のほうまでご足労願います。私はレナと共に我が子マリーを連れて直に同行しますので」
預言者は大司教に向けて頭を下げる。
「分かりました。このような事になったのも、私の不徳の致す所です。教祖であらせられる預言者様の手を煩わせる事になり申し訳ありません」
大司教は頭を下げる。
「良いのですよ。……ラフィーラ様の考えはとても優しいのですが、……人の悪意に酷く弱いのです。人の悪意に晒されて、辛い思いをしたでしょう。それこそが貴方が誰よりもラフィーラ様の教えを実践していた証なのですから。我が信徒の中に貴方の様な方がいた事を誇りに思います」
預言者もまた頭を下げる。
「何とも…ありがたきお言葉です」
大司教は祈るようにして預言者を見る。
だが、そこでレナはハッと気付いたように預言者を見る。
「マリーは大丈夫なの?この医者とグルだったヒキガエルの所にいるんだよね?」
レナにしては珍しく察しが良くて、大司教を暗殺するなら手元においてあるマリーも邪魔で暗殺というよりも実際に殺しに掛かってもおかしくないと感じる。
「ええ。ラフィーラ様がここに送る前に何か察していたようで、あの子にはメルクール邸で出された食事において、水以外の汁物の食事は取るなと伝えてましたから。病死を偽れる毒殺を目論んだのでしょう。私がそれを見抜けないと思われるとは片腹いたいとはこの事です。優しい私の神は天罰等下しませんが、天空を操る私の魔法は天に変わって罰しましょう」
話に聞いていた預言者が誰よりも悪者っぽく見えてしまい、レナは呆れていた。だが、あの手紙の主が真実を語っていた事だけは理解する。
神は精神的に超越して見守ってくれていても、神の信徒は人なのだという事だ。
レナも前例を知っていたのですんなりと納得してしまう。
大魔王やルーシュは海のように心が広くとても優しいので、どちらかというとこの世界に伝わるラフィーラ神はルーシュに似ているなぁと感じたほどだ。逆に神の信徒たる魔公や魔族達はどこまでも意地汚い存在が多く、貴族や一般庶民に似ている。預言者もその延長線でしかないのだ。
「では、そこの医者はここに縛って動けなくしてからメルクール邸に行きましょうか。大司教は手紙を書く必要はありません。私1人いれば問題ありませんから」
「そ、そうですか。確かに…。ですが…その…大丈夫でしょうか?彼らは預言者様も邪魔に思うのでは?」
大司教は預言者の身を案じる。大司教を暗殺しようとするくらいだ。
「ああ、それなら大丈夫です。こう見えて私強いんです」
預言者はあっさり武闘派宣言をするので、大司教も絶句する。
「私は教祖であっても、それを実践する信徒と異なり、聖人君子ではありませんから。母にも等しいラフィーラ様を悲しませる人間は堂々と殴りますよ?それが……ラフィーラ様の子孫であっても」
「その……お手柔らかに」
「そうですね。彼らとて虚言に惑わされ扇動された哀れな彷徨える子羊ですから。とはいえ、…哀れな子羊であっても他者を虐げて良い理由はないという事を教えなければなりませんが」
(この、お祖母ちゃん、スコール以上に武闘派だぁ)
レナは引き攣って預言者を見ていた。そんなレナの回想にあったスコールといえば、ハティと並びながら、ルーシュに置いていかれてしまったので、困ったようにレナの足元にお座りをしていた。
「レナ、行きますよ。それと…心の中でも私をお祖母ちゃんと呼んだら…これから見る惨劇の被害者が1人増えますが?」
「ひにゃっ」
レナは慌てて首を横に振る。そういえばこの女性は妙な特技があったのだと思い出す。
「いくらイザベラが私の義理の娘でも、それは許容しませんからね」
「い、イエス、マム」
どこの軍人だと突っ込みたくなる反応だった。それに預言者も苦笑を見せる。
「さあ、行きますよ。ハティとスコールも一緒に行きますか?」
預言者が問うと
戦いに行くの?楽しそう!
そんな感じで、暇そうにしていたハティとスコールは預言者とレナに付いて行くのだった。
こうして役者は集っているのだが、そんな頃、既に大広場から火刑によって大量の煙が立ち上り、何やら喧騒が起こっているようであった。
あちこち場面が飛んで申し訳ないです。
この話は一話前と逆の方が良かったなぁと思ってしまいました。あるいは後で回想として入れておいて、話として入れなくても良かったかも…。
次は再びルーシュです。




