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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
57/135

ルーシュ、大神殿侵入

 東の街道より、両腕を罪人のように巨大な木の錠で拘束されたイヴェール国王セドリックが、白い甲冑の騎士団によって連行される姿が見られる。

 そんな話がエルフ面して外を出歩いていたレナによって齎されたのだった。

「それとね、街のあちこちに立て札が出てたの。変な事が書いてあって」


 明日正午、刻の音と同時に、南方大広場にて魔族一同を火刑に処す


「ほえ?魔族の処刑!?ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!追い出すんじゃないの?処刑ってどういう意味!?」

 ルーシュはこれまで、どうにかしようとは思っていたが、そこまで切羽詰ったものじゃなかった。まさか処刑をするとは思っていなかったからだ。

 レナは立て札に書いてあっただろう内容をメモしてきた紙をペラペラと見せながら訴える。

「……そうとしか書いて無かったから…」

「鐘の音って?」

「いつもお昼にゴーンゴーンって鳴ってたような?」

「全く覚えがない」

「ルーシュ…それは気付いてよ」

 レナは呆れるようにルーシュを見る。

「でも……………意味が分からない。ラフィーラは僕らに宣戦布告でもしたいの?」

 ルーシュは困った様に首をひねる。

「分かんない」

 困ったようにレナは首を横に振る。

「……処刑も何も、何人か連行を嫌がって殺された魔族もいたよ。ううん、魔族だけじゃなかった。こんな事……酷すぎるよ」

 ルーシュは横に伸びる尖った耳を垂らして悲しそうに口にする。殺されてしまってはルーシュでも直すことは出来ない。手遅れだった人々もまたルーシュは何度も目撃していた。

「「くーん」」

 ハティがルーシュの右肩に乗って頬を擦りつけてきて、スコールは前脚で元気だせよと頭を撫でてくる。

「ダンタリウスは何してるんだよ。もう!」

「先生も戻ってくるのが遅いよね」

 ルーシュは膨れ面で訴え、レナはうんうんと首肯する。

 ルーシュは気分を害して、敬称がどこか飛んでいた。いい加減に王都に着いて良い頃なのに、一向に合流する様子が見られなかったからだ。人が多くて見つからない筈はない。冒険者の連絡でお互いに決めた暗号のようなもので場所を伝えているのである。

「……でも待って。明日が処刑ってことはたくさんの人が出払うんだよね。大司教さんのいる場所にもぐりこもうとして、その途中で今までは白い騎士さんに追い掛け回されていたけど、明日なら偉い人に事の真相を聞きだす絶好のチャンスかも」

「そしてそのままその人を人質に」

 ルーシュはキラリと目を光らすのだが、レナはさらに不穏当な事を言う。さすがのルーシュもギョッとして、首をブンブンと横に振る。

「しないから、そういう悪い事」

「違うの?」

「処刑を撤回してもらうんだよ。そりゃ、その場はいいかもしれないけど、今後の交渉を決裂させてしまうのでしょ?」

「むー」

「ルシフォーン様と同じことをするしか無いのだろうね」

「…ルーシュ、それは……」

 ルシフォーン様と同じ事……というルーシュの言葉にレナは一気に顔を青ざめさせる。

「僕は魔王の子孫だし、仕方ないよ」

「………もっと自分の体を大事にすべきだと思う」

 あっけらかんと今後の作戦を口にするルーシュに対して、レナは首を必死に横に振って否定を擦る。

「どうせ、僕らはそうそう死なないんだし。同胞の為に死ねるのは本懐だと思うけど」

「むぅ」

「明日に備えて早く寝よう」

 ざっくりな作戦を立てるルーシュだった。



 そして翌日、ルーシュの予想通り、大司教のいるという大神殿の防備はかなり薄くなっていた。いつも魔族を連行する為に町のあちこちにいた白い甲冑を着込んだ騎士達は全く存在せず、すんなりと大神殿へと辿り着いたのだった。

「まるでこれまでの僕がバカみたいだね」

「気付いて無かったの?自分がバカだって」

 驚きの表情を見せるレナに、ルーシュは愕然とした表情を見せる。


 しかし神殿の巨大な門の前には門番が左右に立っていた。どちらの門番も耳が尖っていて、片方の髪の色は紫で、片方の髪の色は緑、おそらくはエルフであろう。エルフは基本的にカラフルな髪の色をしている。マリエッタは人間ながらも髪の色が緑色なのはエルフとの混血である事を示している。

 巨大な門からは中の聖堂の様子が見える。だが人の気配がほとんどない。恐らく魔族の処刑の準備で出払っているのだろう。

 チャンスなのだが門番がいるので中に入れない。だが、そこでルーシュは気付くのだが…

「そういえば、僕が入る意味って無くない?レナが直接話をすれば良いんじゃん。レナは魔族に見られないんだし」


 ………


 しかし、今回ばかりは誰も突っ込んでくれる存在がいなかった。誰も気付いていなかったのだ。ルーシュが追い回されるなら、ルーシュ以外が行けばよいと。

「じゃ、じゃー、私が行って見るよー。でも病気の偉い人に一般人が会えるかなぁ」

「行けるところまで行って、いけないところで戻ってくればいいよ」

「よーし、じゃあ、ゴーだ」

 レナは珍しくやる気になって正面から歩いていく。

 門番達はジロジロとレナを見る。レナは怪しまれていないかと困惑して額に汗を掻きながら何気ない顔で大神殿の門を潜る。だが門番達は何故か魅入るようにレナが入っていってもその後姿を眺めていた。


 刹那、ハティとスコールは大きくジャンプして、金と銀の毛玉がクルクルと回転するように、鼻の下を伸ばしてレナの背中を眺めているエルフの門番の背後に飛び掛り、ドスッと当て身を食らわせる。

 2人の門番はずるずると地面に倒れていく。

「え、えー」

「「わうー」」

 ふっ、つまらぬものを斬ってしまったぜ、みたいな乗りで鳴き声を上げるハティとスコールは、額に滲む汗を拭くように前脚で頭を掻く。

 門番達は地面に倒れてスースーと規則正しい寝息を立てていた。

「そんな事が出来るなら最初からして欲しかったのだけれど」

 どうやらこの2頭、未だにルーシュの出来ない『手加減』という、必殺技ならぬ不殺技をマスターしていたようだった。

 ルーシュはそそくさと2頭と共にレナを追いかける。


 大聖堂の中はもぬけの殻となっていた。本当に人が出払っているようである。

 とはいえ、大司教のいる部屋の前には、1人の護衛が立っていて、レナはそこで足止めをされてしまうのだった。


 銀色のワンコならぬハティはとてとてと護衛の前に現れる。護衛の前でゴロゴロと転がりながら、「かまって、かまって」という視線を向ける。

 可愛いハティの様子になんだろうと歩み寄ってしまう護衛。しかし通路の壁を三角飛びで素早く動き、護衛の死角へと移動するのはスコールだった。金の毛の光を閃かせて、護衛の首にスコールの体当たりが炸裂する。

「がふ」

 ハティの前にかがみこもうとする護衛はそのまま前に倒れて昏倒してしまう。

「わふ」

 スコールとハティは互いに右前足同士でハイタッチをする。

「何だろう、僕って役立たず?」

「ハティに色仕掛けで負けた…」

 ルーシュとレナは微妙に凹んでいた。

 だが、そこで護衛が泡を吹いて倒れているのを見て、ルーシュは慌てて回復魔法を掛ける事になる。どうやら、まだ手加減をマスターはしていなかったようだ。

 テヘッと舌を出して右前脚で自分の頭を小突くスコールの姿があった。まあ、この二頭は狼なのでよく舌を出しているのだが。



 ルーシュ達が大司教の部屋に入ると、大司教と思しき老人がベッドの上で眠っていた。そして中には看護している修道服の女性が存在していた。

「なっ…あ、貴方達は一体!?」

「え、ええと……そう、僕達はお医者さん!」

 嘘くさい言い訳をするルーシュだった。

「い、医者?」

(お見舞いに来たんじゃなかったの!?)

 レナの心の絶叫が木霊する。

「そんな話は何も聞いていませんでしたが…」

 不審そうな顔でルーシュとレナを見る修道女は、そこでレナの方へ視線を移す。ジトと凝視して、何かが解決したかのようにポムと手を打つ。

「もしかして…その髪の色、まさか預言者様の遣いの者で?」


 ?


 レナとルーシュは同時に頭の上にクエッションマークが飛ぶ。

 一拍の沈黙だが、そこでルーシュの頭が高速に回転する。レナは預言者と似ている。レナを見て預言者の使いだと勘違いしたのだと理解する。

「僕、回復魔法、得意。僕、この人、治す。OK?」

 何故にカタコト?

 レナは心の中で極大の突込みを入れいてた。この場でなければ『なんでやねん』と手が飛んでいただろう。ルーシュもルーシュで誤魔化すつもりであるが混乱が極限に来ていた。

「高位の水魔法による治療でも効果が無かったのです…。しかし…預言者様の使いであれば或いは…」

 完全に預言者の使いだと思い込んでるので、ルーシュは大司教の寝ているベッドの横にある椅子に座って大司教の容態を見る。


 ルーシュの魔力や精霊を見通す事が出来る瞳が本領を発揮する。

 ルーシュは魔力の流れている魔力の持つ密度は分からないが、流れの澱みや正しい流れなどは理解している。なので淀みが無いかを正確に読み取ろうと、ジッと大司教を眺める。

 随分と老体で白い髭を生やした細身の老人である。魔力は澱みなく動いているのだが消化器官付近で滞留しているように見える。

「もしかして物が食べられないような感じ?」

 ルーシュの問いに修道女は頷く。

「2月前に風邪を引いて、それから急に体調を崩されまして…」

「そうなんだぁ」

「10年前ほどにお倒れになった国王様と似た症状でして、当時の国王様の専属医師の方が見ているのですが症状は悪化するばかりで…」

 困った様子で説明する修道女の言葉を聞き、ルーシュは考え込む。レナはと言うと嘘を吐いた訳ではないが、自分の所為でルーシュなんかを預言者の遣いと勘違いして信じてしまっている状況に申し訳なく感じているようで、表情は冴えなかった。

「この症状、僕が一度倒れた時に似てるなぁ」

「え?」

「バエゼルブさんちからもらった食事に、間違って毒キノコが入ってた奴」

 レナは(ルーシュ、それは暗殺なのでは!?バエゼルブ家は間違って入れてないよ!100%確信犯だよ!)と、心の声を大にするが、この場で騒ぎ立てると怪しまれるので、口をパクパクさせるしか出来ないでいた。

「食べてからかなり時間が来ておなかを壊して嘔吐や下痢になったりするから、原因が分かりにくいんだ」

 ルーシュの言葉に修道女は立ち上がる。

「ば、馬鹿な事を言わないで下さい!確かに嘔吐や下痢が激しいですが、今は全ての食事はお医者様に用意してもらっているのですよ!そんな毒物が入っているはずがないでしょう!」

「だからおかしいんだよね。お医者さんに掛かってからも出てる筈がないのに」

 ルーシュはうんうんと頷く。

「大体、治してくださるのでは無いのですか!?だったら早く魔法で治してください」

「僕の魔法は万能じゃない。体を治すと同時に、体の中にある毒物もお腹の中で元の姿に戻ってしまう。そうすればもっと酷い事になる。それとも、毒物なんて飲んでないと仮定して、魔法をかける?悪化して死んだら悲しいよ」

「!」

 ルーシュの言葉に修道女は絶句する。

「前にそれも分からずに回復魔法をかけて悪化した人がいた。その時は時間が無かったから腹を割いて、腹から毒物を直接とって、割いた腹を直す事になった。その人は若いから助かったけど、このおじ…じゃなくて大司教様は腹を割いた時点で死ぬかもしれない。僕は水の魔法は苦手だから、水魔法で体内の毒物を一度除去してから光…じゃなくて聖なる魔法を使う」

 ルーシュは一つ一つ説明する。そしてルーシュはレナを見る。

「え?もしかして私に水の魔法を使えと?」

「清水治癒の魔法をお腹にかけて、毒物を排除して。お姉さんはバケツを持ってきてくれる?多分嘔吐として色々と吐き出されると思うから」

 ルーシュは周りに指示をする。

「は、はい」

 修道女は慌てて部屋の隅においてあったバケツを手にする。バケツを取りに外に出たら、護衛が倒れている事が発覚して大変な事になったのでは?とも思ってしまうが、恐らく嘔吐などが多いので常にバケツは置いてあったのだろう。

「私、魔法使うの?お腹減るんだけど」

「後でアップルパイ作るし」

「それだけー?非常食は?」

「分かったよぉ。僕を好きにしろい」

「分かった!超頑張る!」

 レナは上機嫌になって拳を握る。どうもレナにとってはアップルパイよりもルーシュから直接魔力を奪うほうが好きなようで、ルーシュとしてはあまりそれが好きじゃなかった。

「じゃあ、大司教様を横に向けて。嘔吐物はバケツに入れられるように。大丈夫?」

 ルーシュの指示によって、修道女は大司教へ優しく声を掛ける。

「大司教様。聞こえますか?治療を致しますので、体を横にさせますよ?」

「ううう」

 大司教も起きていたようで、うめき声と一緒に頷く。


 準備ができるとレナは魔法陣を作り、呪文をつむぐ。

「世界に恩寵を齎す水の精霊よ。清き流れにより、体の不浄を取り除き、安らかなる癒しを与え給え。清水治癒<ウォーターヒール>」

 レナの水魔法が大司教の腹に掛けられる。

 すると大司教はムグッと呻き、激しい嘔吐をする。中には大量の血も混ざっており、腹がかなり壊れている事が理解される。治まる様子がないので、レナは右手を大司教の体に当てながら、左手で汗を拭い、魔法を掛け続ける。

 かなり厳しい作業だった。


 大司教はグッタリした様子で横たわる。毒素は抜けたと思われる。

「まだこんなに毒が残っていたなんて。毎週、水の回復魔法をかけていただいていたのですが…。それにしても同じ水系治癒魔法でもここまで強力な魔法は見た事がありません」

 修道女はレナの魔法に驚嘆していた。

 そりゃ、通常の魔族の10倍くらいレナは魔力が高い。

「エルフの方なのに、そんな魔法が使えるなんて初めて見ました」

 それはレナが青い髪と瞳をしていても、エルフじゃなくて魔族だからです。さすがにそれは説明できないが。だが目の前の修道女、どうやら魔族排斥運動にはあまり興味がないのか、ルーシュを見ても変に騒ぎ立てていなかった。

 実際、彼女たちは、病人の看病にローテーションを組んでいても、2ヶ月間も付きっ切りになっているので、外の情勢を把握していないのであった。その為、魔族を悪と見做したという神託自体を知らなかっただけなのだが、この場にいる看護をしている修道女と看護をされている大司教はそれを把握していないのだった。

「じゃあ、魔法を掛けるよ」

 ルーシュの回復魔法は呪文も魔法陣も必要としない。直接魔力を相手の体に流し込み、壊れている部分を魔力で元の状態を分析し、細胞を魔力によって活性化し、くっ付ける。自然治癒や成長を正しい形で促すのがルーシュの光魔法の本質なのである。


 ルーシュの手が膨大な光によって輝き、部屋の中が圧倒的な光に包まれる。

 それは神の奇蹟のような優しい光で、修道女も思わず手を組んで神に祈るようにルーシュを見る。

 ルーシュは大司教の腹の手を当てて回復魔法を掛ける。それは神の奇蹟か、教会においても神の恩恵とも歌われ、使い手はいずれも聖人と呼ばれる存在だけが使うことの出来る聖なる魔法だった。ラフィーラ教会でも聖女と呼ばれる女性が2桁いない程度しか確認されておらず、魔族が使えるという話は聞いた事が無かった。むしろ、過去の使い手で魔族がいないからこそ、神聖教団では魔族は邪悪な存在とされていたのである。


 光が消えていくと、修道女は治療が終わったのかとルーシュを見る。ルーシュは額にたくさん汗をかいていて、ふうと大きく溜息をつく。

「!?」

 大司教は驚いた表情でガバッとベッドから上体を起こす。

「痛みや体の重さがない。こ、これは!?」

 死人のような顔をしていた大司教は自身の禿頭を右手で抱えながら、驚きの表情を見せる。

「だ、大司教様!う、うそ、まるで神の奇蹟…」

 ルーシュを拝むようにする修道女なのだが、拝んでいる相手は魔王の子孫であって、決して聖人君子とかではないのであった。

「どうやら問題無さそうだね」

 ルーシュが懸念したのは、腹の中に毒キノコがあった場合、キノコの正しい形を無理やり腹の中で復元してしまうからである。ルーシュも腹の中まで把握は出来ないので、そこまで正確に良否判断出来る程万能ではないのだ。そして回復をさせれば、胃の中だけではなく、肝臓や腎臓も悪化しているのが分かる。

「ただ、毒を含めばまた体は壊す。かなり定常的に毒物を含んでいたようだから体は随分と衰弱してたと思う。ずっと寝ていたから簡単に立てないと思うから安静にね」

「は、はい」

 修道女は神妙に頷く。

「でも食事は制限する必要ないよ。急に肉とか食べるとビックリしちゃうだろうから、暖かいスープとかが良いかな。別に病人食でなくて良いから、身内に美味しい食事を作ってもらうほうが良いよ」

「そのようにします」

 修道女は当初の怪しげな男を見る目とは一転して神を見るような目でルーシュを見ていた。

「じゃあ、僕らはこの辺で…」

「じゃない!私達は大司教さんの病気を治すんじゃなくて、その先に用事があったの!」

 帰ろうとするルーシュの耳を引っ張って、レナはルーシュの足を止める。

「あうっ……そ、そうだったぁ」

 良い事をして満足していたルーシュは、重要な用件を忘れていた。そもそも魔族の処刑を辞めさせてと訴えに来ていたのが本当の用件で、ここで帰ったら本末転倒である。




 ルーシュは大司教に神託について、魔族の状況などを話す。

「そ、そんな事が……。信じられません」

「僕も良く分からなくて。ラフィーラ様は僕ら魔族を見捨てて、他の皆と仲良くするって神託を下したって」

 説明しながらも悲しくなっていくルーシュは、ショボンと耳を垂らす。

「それでよくここまでこれましたね…」

 修道女は感心するように尋ねると

「あ、ここに来るまで、僕、魔族でずっと白い甲冑の騎士さん達に追われてて、途中で追い払われてたから、こっそりやっつけて来ちゃった。寝てても職務怠慢じゃなくて仕方なかったから許してあげてね」

 ルーシュの言葉には、さすがに大司教や修道女も閉口してしまう。修道女はそんな怪しげな素性の魔族を、レナを見ただけで預言者の遣いだと勘違いしてしまった事に対して頭を抱えてしまう。結果オーライなのではあるが。

「コルベール枢機卿は以前から魔族排斥運動をしていたのです。このグランクラブにおいて、古来よりある精霊信仰や無宗教が40%程度、神聖教団は50%程度、我等はラフィーラ教徒は最も少ないのです。彼らは世界の半数を占める教団の人々と仲良くできないのは魔族を受け入れているからだ、という声を上げているのです」

「小を斬り捨て大を取るって事?」

「ラフィーラ様がそのような事をする筈がない、とは私も思ってます。ですが、神託を否定は出来ません。いくらコルベール枢機卿がラフィーラ教会復興の為に神聖教団と同じく魔族排斥を訴えているとしても、嘘をつくなんてありえません」

 大司教は首を横に振る。

「うがー、これじゃ、振り出しだよぉ。皆殺されちゃう!あううう、どうすれば良いんだよぉ」

 ルーシュは頭を抱えて泣きそうな顔になる。

「助けていただいたのに力になれず申し訳ありません。……預言者様かその養女のマリエッタ様がいらっしゃれば、真偽も分かるとは思いますが」

「マリー?マリーがなんで?」

 ルーシュは目を丸くして訊ねる。

「マリエッタ様も神託を受けている可能性があります。預言者様が言うには、神託とは解釈の仕方で如何様にもなるとの事です。同じく神託を受けたマリエッタ様が、魔族を殺す必要がないと言えば、もしくは。しかし、ここまでの状況で覆るとも思えませんが」

 大司教は首を横に振って諦めるように言う。

「そんなの関係ないよ!そもそも信仰ってのはそういうものじゃないでしょ!信じたものが宗旨替えしたら、自分もバカみたいに宗旨替えするの!?違うでしょ!ラフィーラがやっぱり全員と仲良くするのはやめて、たくさん友達のいる方にいくって言うから、自分も従うなんて人でもなんでもない、ただの言いなり人形じゃないか!」

「!」

 ルーシュの訴えに大司教は大きく目を見開いてルーシュを見る。

「?」

「こんな歳になって、子供に大事な事を教わるとは…情けない限りです」

 大司教は頭を下げる。

「とりあえず、僕はマリーを呼びに行くよ!ハティとスコールで今度はメルクール邸を突破するし!」

 ルーシュは慌てて外に出ようとする。

「少々お待ち下さい。ペンと紙、それと印を」

 大司教は側付きの修道女に声をかけて、修道女はパタパタと走って言われたものを取りに行く。

「私からの強制召集なら、神官を寄越せないという言い訳は出来ますまい。神事においては学生を一時的に休ませることも出来ますから」

「あ」

 大司教はニコリと笑ってルーシュを見る。預言者には権限はないが、大司教にはそれがあるのだ。大司教はルーシュがマリエッタの事をマリーと呼んだ事で、マリーに頼らずにここにきている理由をはっきりと理解して答えてくれる。さすがに大司教に辿り着いた男なので頭は非常に切れる。

「ありがとうございます」

 ルーシュは嬉しそうに礼をする。

「それはこちらの言葉です。魔族の方が聖なる魔法を使うなど聞いた事もないですが」

 大司教は神に感謝するように手を合わせる。

「僕も僕以外に光の回復魔法を使った魔族は見たこと無いけど」

 そんな話をしている中で、修道女はペンと紙を持ってきて、そして部屋の中にある棚から印を取り出す。


 ルーシュは大司教が手紙を書くのを待つのも暇なので周りを見渡していた。バケツの中に溜まっている大司教の吐癪物を見てしまい、気持ち悪そうな顔をするが、そこでふと真っ赤に染まる場所の中に、何故か白い粉体が目に入る。

「これ…」

 ルーシュは目で見ることも出来ないような白い粉の1粒を手で取る。

「ちょっと失礼」

 ルーシュはその粉を指の上において、光の魔法を掛ける。

 すると粉は急激な成長を見せて形となる。


「!」


 全員がそれを見て目を丸くする。

「これ、絶対に食べちゃダメって言われてる、死帽茸だ」

 レナはキノコを見て断言する。

 可愛らしい白い帽子のような形をしているが、実に致死率の高い毒キノコで、ついた名前が死帽茸。味は普通でむしろ美味しいとも言われている。だが遅効性の毒で6時間から24時間で水と言う水を全て下し、それを乗り切っても1週間後には肝臓や腎臓にダメージを与え体調を著しく悪化させる。

 水の魔法で解毒できても肝臓や腎臓を壊してしまうので、病気となって残ってしまうのだ。

「こんな茸間違えて食べ物に入れちゃうものなの?」

「キノコなどは食事に入って無かったと思います。最近は口に入れる食物は全てお医者様の…」

 修道女は訴えるように口にして、そこでそれ以上口に出来なくなる。

 つまり医者が毒を飲ませていたという事になるからだ。

「その医者は………コルベール枢機卿が、国王様の専属医だったと紹介して頂き…」

「国王様と似た症状だったとか言ってたよね」

「……」

 医者が毒を使い、大司教は国王と同じ症状で死に掛けていた。

 しっかりと閉め切ってある暖かい部屋に、冷たい風が吹きこんだような寒気が一同に駆け抜ける。

「ま、まさか…」

 修道女はその先の言葉を継ぐ前に、


 ゴーンゴーン


 正午の鐘が鳴り響く。

 ルーシュはハッと顔を持ち上げる。

「もう、時間だ。レナ、僕は何とか皆を助ける!レナは大司教さんの手紙を貰ったらマリーを出してあげて!預言を覆せば、逃げた魔族はお咎めなしになると思うから!」

 ルーシュは黒い翼を広げて、しっかりと閉めてある窓を開けて、外へと飛び立つ。


 残されたレナは、大司教が手紙を書き終えるのを、まだかまだかと待つ事になる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 直近の2作品が美味しく頂けたので本作に手を伸ばしました。 世界観がアカっぽいのと作中に鎌倉武士をIN出来ないストレスに耐えられなかったのでここでギブアップします。 新しい作品から読んで正解で…
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