ルーシュは逃げ出した
攫われた勇者を見送ったルーシュはというと、大変な事になっていた。
「ひいいいいいいいっ」
悲鳴を上げて白い甲冑の騎士団から走って逃げていた。
とはいえ、人の良いルーシュは、困った人を見過ごす事も出来なかった。白い甲冑の騎士団に傷つけられて倒れている人がいれば、種族に関わらず助けてあげては、再び白い甲冑の騎士団から逃げるという状況に陥っていた。
「もう、なんだんだよぉ、この国は~」
走って逃げていると、泣いている子供と血塗れで倒れている子供がいる。
話を聞いて見ると、学校の友達と遊んでいる所を白い甲冑の騎士団が現れていきなり友達を攫って行ったのだと言う。恐らくその攫われた友達は魔族なのだろう。
ルーシュは背後から追ってくる白い甲冑の騎士団の面々が来るのを尻目に、血塗れになっている少年に手を当てると光の魔法で回復させる。
周りの遠巻きに見ていた大人達もおおおおおと声を上げる。
見てないで助けてあげてよ!
そういう突っ込みを入れたかったが、それ所ではないのでルーシュは治し終ったら慌てて逃げる。
「あーん、もう、これ犯罪者扱い?犯罪者扱いだよね!?何にもしてないのにー」
ルーシュは泣き言をわめきながらも、困ってる人を見過ごしも出来ずに、走って逃げながら人助けをして、王都シャトーの中を延々と逃げ続けていた。
追いかけっこと勘違いして、楽しそうにルーシュと一緒に走るハティとスコールの姿もあるが、ルーシュはそれ所ではなかった。
「これ、絶対にダンタリウス先生にも怒られるよ。母上の折檻コース確定だよ!ひーん」
身内から受ける罰を怖がっているだけでもあったのだが。
ルーシュは結局夜になるまで逃げ続け、白い甲冑の騎士団を撒いて、自分の家にどうにか帰る事に成功した。
ルーシュは走り回ってぐったりした様子を見せながら頭をテーブルの上にもたげていた。
「ううう、これじゃあ、アップルパイも売れないようぉ」
「そんなに大変だったんだ」
対面に座っていたレナは同情するようにルーシュの頭を撫でる。
「だったら、見捨てて逃げればいいのに」
「そうも行かないよ。魔族だけを助けるなんて出来ないでしょ。僕は魔王の子孫だから、弱き者は種族に関わらず手を差し伸べる義務があるのだ」
「切羽詰ってもルーシュはルーシュだねぇ」
レナは呆れ声でルーシュを眺める。
「レナは大丈夫だったの?」
「普通に街を歩いてたけど大丈夫だったよ。エルフと勘違いしてたっぽい」
「言われてみればレナは、こっちの人たちから見ると魔族に見えないんだっけ。ううう、理不尽だ。これはあれか、犬耳の模造品を頭につけたら獣人に見えるかな」
するとスコールはルーシュの頭の上に乗る。
合体!
みたいな乗りのようだ。くっ付く筈は無いのだが。
「いや、普通に獣人には見えないから。魔族の横に伸びた尖った耳隠さない事には」
レナはクールに普段の突っ込み役を全うする。
「王様が勇者の威光をゲットしたように、ルーシュもこう、偉い人の威光をゲットして守ってもらえば良いと思うよ」
「例えば…魔王様とか?」
「この町においては、現在、それはむしろ敵の的になるだけじゃないかな?」
「ちっ、叔父さん、役に立たないな、相変わらず」
ルーシュは露骨にしたうちをする。勝手に持ち出されて役立たず呼ばわりされる魔王は散々である。
そんな頃、暗黒世界で大きいくしゃみをした魔王様がいたとかいなかったとか。
「……そうだ、僕にはハティとスコールがいるじゃないか!」
ルーシュはポムと手を打つのだが、ハティもスコールもジブリード神の顕現とも呼ばれるフェンリルの子供なので、ラフィーラ教への威光は今一である。
「ハティとスコール?威光とかあるの?母親の七光り的な?」
「「わうううっ」」
レナの一言によって2頭は七光り呼ばわりされて悔しそうに抗議する。しかし、母親の威光は確かに凄く、暗黒世界においてフェンリルの勇名はとどろいている。ドラゴンさえも道を開けると言われる。
「違うよ。…世の中、可愛いは正義。つまりハティとスコールは可愛いから、圧倒的正義!」
ルーシュのいきなり出てきた意味不明な理論にレナは頭を抱える。
その気になったようで、ハティとスコールはルーシュの両肩によじ登り、両方の前脚をルーシュの頭においてレナの方へ決め顔で振り向く。2頭的にはそれが決めポーズなのだろうかと、レナは頭を抱えたまま、ふら付き混迷する。だが、レナはそこでとある事実に気付く。
「という事は私も可愛いから正義?」
「はぁ?」
レナの言葉に対して、ルーシュは目を細め真顔で尋ね返す。
ゴスゴスゴスゴスゴス
只今、魔導灯がちょっとだけ切れて暗くて見えません。暫くお待ち下さい。鈍い何かを殴る音が聞こえますが、決して文字にも出来ない惨劇が行なわれているわけではありません。
魔導灯の光が復活すると、何故かルーシュの顔は青痣とタンコブだらけになっていた。
「と、取り敢えず、ラフィーラ教の威光を如何にして手に入れるかだね」
「そーね」
何事も無かったようにルーシュとレナは今後の指針に対して悩んでいた。
「まず、マリーという仲間を手にするのが一番だと思う。そこで僕は考えた」
「ほほう」
「ラフィーラ教で一番偉い人に頼んだらどうだろう?」
「一番偉い人が私達を襲わせていると思うんだけど」
「いやいや、僕が集めた情報だと一番偉い人は病気してるんだよ」
大司教が病気で寝ていて、その代理のコルベール枢機卿が神託を受けて魔族狩りを始めたというのが、今回の騒動の一端であった。
「ヒキガエル枢機卿の神託に乗っかって、王様をやっつけたい勢力が、新しい王様を擁立する為に協力しているらしいんだ。本当はラフィーラを大地に下ろして、どうしてそんな事言うのって問い詰めたいけど、問い詰められないから、僕は変わりに大司教さんにビシッと物申してやろうと思うんだ。どうよ」
「都合のいいタイミングで神託が下ったんだねぇ」
「こういうのは都合がいいものなのは定石なのよって母上は仰ってた」
ルーシュは政治に疎いレナに説明する。
政治の世界では都合の悪い時に、狙ったように都合の悪いことが重なるらしい。
そんな話を聞いていたレナはというと、魔王様を役立たず呼ばわりする癖に、母上相手に『仰ってた』という敬語を使っているルーシュに対して、説明の内容よりも、ルーシュの親子関係の方がよほど気になってしまうのだった。
「でも」
「?」
「ルーシュとイヴェール王国の繋がりが0に戻っちゃうね」
レナは今になって気付いたようにぼやくのだが、そもそもルーシュが困っているのはその点だったのだが、どうやらレナは今になって気付いたようだった。
「うーん、そこを踏ん張るのが僕のお仕事じゃないのかな?」
「ルーシュの仕事は王様に拉致られた勇者を監視する事だった気がする」
「言われて見ればそうだった」
ルーシュは愕然とする。ルーシュは親善大使ではなく諜報員である。
だからいつまで経っても題名が諜報員(仮)扱いにされてしまうのだ。少し反省してもらいたい。
「取り取り敢えず、明日は頑張って大司教さんのおうちに忍び込んでみるよ」
「じゃあ、私は…エルフの振りして適当に遊んでるよ」
やはり一緒に仕事をする気がないレナに対して、ルーシュは理不尽さを感じるのだった。ここにも魔族がいますよーって叫びたい気分だった。
とはいえ、ルーシュは翌日も走り回る事になる。
午後だけではなく、朝から晩までみっちりと白い甲冑の騎士達に追い回されていた。街の中で見かけた騎士達に歯向かう者は多くいるようで、傷害を受けた被害者の傷を治してあげながら、必死に走り回り続けていた。
ちなみに目的はあくまでも大司教の家にいく事である。
レナはルーシュが疲れて銀の林檎のアップルパイを作ってくれなかったので、町中でおいしそうなものを見繕って食べていた。
「あ、ルーシュだ。がんばれー」
そんな街中で、白い甲冑の騎士達に追い掛けられて逃げているルーシュを見かけるが、やはり手助けしてくれる様子はなかったのだった。
「理不尽だーっ!」
結局、この日はみっちり朝の7時から夜の7時まで、12時間のランニングをして、100人近くの負傷者の怪我の治療をして回っていた。あくまでも大司教の家に向かっているのである。貴族街にさえ辿り着けなくなっていた。
随分と手荒に魔族を連れて行く連中のようで、たまにルーシュ自身も白い甲冑の騎士にグサッと刺されていたが、泣いて逃げる事で事無き(?)を得ていた。
結局、大司教の家に辿り着く事もなく、陽が沈み自分の家に戻ってきていた。
「つかれたよー」
ルーシュは昨日の倍くらいのぐったり具合で机テーブルに突っ伏していた。
今日は参加しなかったハティとスコールは、テーブルの上に乗って、突っ伏しているルーシュの頭を前脚でポムポムと優しく叩き、
元気出せよ、応援しているぞ
といった感じで励ましてくれる。とはいえ、さすがのルーシュも何も出来ないので凹んでいた。
「そもそも大司教さんがどこにいるか知らないでしょ?」
「………知ってるもん。あの、あそこでしょ、あそこ。貴族街的な、ケフンケフン」
ルーシュは白々しい嘘を吐いて見栄を張る。なんと出かけておきながら目的地を知らないでいた。貴族街に行けばどこかにあるとか思っている適当な男だった。
「ちゃんと調べてきたし」
「しくしく、気付いていたのなら最初から教えてよ。今日の一日はなんだったのさ。僕、脚力性能がUPした気がするよ」
ルーシュはすばやさが2上がった。というような神の声が聞こえたりはしなかったが、とりあえず足が棒のようになっているのは確かだった。
するとスコールが床に降り立ち、後ろ足で地面を掻きながらルーシュに視線を送って顎で外の方へしゃくる。
「自信があるなら勝負しようかって言われても、僕がスコールに走って勝てるわけないじゃないか」
魔力を体に流して身体能力を強化すれば良い勝負をするが、基本的な脚力ではスコールに勝てるはずも無いのだ。勿論、今日はもう走りたくないのだが。
「クロードはどこに行ったんだろう?」
レナは不思議そうに尋ねる。王様は勇者をどこに拉致ったかわかっていなかった。
「ここから…南東の方みたい。何か馬を全力で走らせたようなスピードで100キロくらい移動して、そこで滞在しているみたいだよ」
「ふーん。ルーシュの魔力探知能力は便利だね」
「便利だけど精々大陸内しか察知できないし、クロードは変わった魔力だからだよ」
「だったら大陸内に魔公がいたら気付けないの?クロードの仇とか見つかりそうじゃん」
「残念ながら、僕は魔公と魔人の魔力の見分けがつきません」
「つかえないんだから」
レナに呆れられてしまうのだが、ルーシュの魔力は高すぎて、魔公も一般的な魔族も大差ないのである。例えるなら、大きい山の中に砂や石や岩があるが、山を踏み潰すような巨人から見れば砂も岩も大差ないのだ。ただ材質が金だったりすると、キラリと光るのでなんとなく気付ける、そんな感覚なのである。
「じゃあ、明日は大司教さんちに遊びに行こう!」
「おおー。でも、どうやって?」
「ほえ?門前であそぼーって言えば出てこないかな?あ、病気してるから出てこないか。お見舞いに来ましたーって、何か果物持って行けば良いの?」
「じゃなくて、魔族を捕まえようとしている人たちがいるし、そこに辿り着けるのかなぁって」
ルーシュの抜けた提案に、レナは呆れたように突っ込みを入れる。
「おおー。………これはあれだよ。僕の必殺技たる魔法を炸裂させれば良いんだよ。闇魔法で姿を隠してその隙に家に入ります」
「街が夜になります。却下」
ルーシュの提案はレナによってあっさり却下される。
「じゃあ、ハティとスコールが門番に構って欲しそうなオーラを出して、誘き出した隙に僕が屋敷の中へ」
「ルーシュ以外にその策は利かないと思います。却下」
再度、レナは提案を却下する。
「じゃあ、レナが色仕掛けで…いや、無理か」
ルーシュはレナを一瞥してフッと鼻で笑う。
ゴスゴスゴスゴスゴス
只今、魔導灯がちょっとだけ切れて暗くて見えません。暫くお待ち下さい。鈍い何かを殴る音が聞こえますが、決して文字にも出来ない惨劇が行なわれているわけではありません。
魔導灯の光が復活すると、何故かルーシュの顔は青痣とタンコブだらけになっていた。
「まあ、私がやりたくないから却下」
「理不尽だ」
ルーシュは遠くを眺めてぼやく。昨日と異なり雨もやんでおり、細い月が窓から見える。
「どうしたらお見舞いできるかなぁ」
ルーシュはぐったりしたまま空を見上げて月を眺める。
「マリエッタを連れ出すとか?」
「マリエッタを連れ出せないから困ってたんだけど」
「じゃあ、マリエッタを連れ出すには一番偉い人からお声掛けを」
「堂々巡りって知ってる?」
「勿論」
してやったりと言う顔でレナはルーシュを見る。からかわれているという事にルーシュは憮然とした表情を見せる。
「わうわう」
スコールがルーシュに名案を訴える。
「ほほう、誰の目にも止まらない超高速で走っていけば気付かれないと?名案だ!って、それはハティとスコールしか出来ないじゃない」
「わうー」
「俺が会って来てやるぜって言われても、僕は偉い人に今回の騒動を治めて欲しいのであって、ただ会いたいだけじゃないし、スコールが変わりに会っても何の意味もないんだけど」
ルーシュの言葉にスコールはショボンとする。
溜息をつくハティに、スコールはムッとしたようでハティに飛び掛る。
ハティもまたそれを受けて立ち、2頭はゴロゴロと転がりながらじゃれあっていた。
「こういう時にダンタリウス先生がいてくれたらなぁ。もう随分経つけど、何やってんだろ。もう合流しても良い頃なのに」
ルーシュは困り果てていた。
これまで出てきた戦闘シーンについて。
具体的なRPGっぽくすると頭の中では以下のようなイメージです。まあ、強さでいうとざっくりこんな感じでしょうか?
子犬同士のじゃれあいと思って普通の人が間に入るととんでもないことになるので気を付けましょう。
【クロードVSキラーボア】
クロードの攻撃、キラーボアに鉄の剣で10のダメージ!
キラーボアの攻撃、クロードはかわした!
クロードの攻撃、キラーボアに鉄の剣で7のダメージ!
キラーボアの攻撃、鼻先がかすってクロードに1のダメージ!
……5回ほど繰り返す。
クロードの攻撃、キラーボアの頭にクリティカルヒット、15のダメージ!
キラーボアは逃げ出した!
【ハティとスコールのじゃれあい】
スコールの攻撃、ハティに甘噛み、1851のダメージ!
ハティの攻撃、スコールに肉球パンチ、1756のダメージ!
スコールの攻撃、ハティに頭突き、1555のダメージ!
ハティの攻撃、スコールにストンピング、1852のダメージ!
スコールは疲れた。ハティは疲れた。とりあえず仲直りをした。




