勇者は拉致られた
クロードは冒険者の格好をしたイヴェール国王セドリックと一緒に街道を歩く。
街道には白い騎士甲冑を着込んだ男達が、魔族を連行していく姿が見られる。傍目から見るとクロードもセドリックに連行されていくように見えるだろう。
「一体、何が起こってるんですか?」
クロードは理解できずに首をひねる。
「内容に関してだが、ラフィーラ神は、この国が他国と仲良くできないのは200年前に魔族が悪行をした事を許すべきではないのに、保護しているからだとして、大陸から魔族を追い出す事を神託として下した。そして、魔族などの亡命してくる移民を王家が受け入れている事に対して、ラフィーラ神は現国王を神敵であると見做したそうだ」
国王自ら、自分を神敵だと語る。やけに楽しそうに語り、クロードはなんとなくウンザリした表情になる。
「なんだか随分と世知辛い神様ですね」
「ぷっ……いやいや、さすが勇者殿。良い所を突くな」
セドリックは噴出して面白そうに笑う。
「勇者はやめてくれませんか?」
クロードはというと、この国王にヘコヘコしてても意味が無いと感じたようで、取り敢えず自分を勇者呼ばわりするのをやめるように頼む。
「嫌なのか?」
「僕はそんなたいそうな人物でもないし、ただの村から出てきたばかりの世間知らずなガキです。それに神聖教団に聞かれたら勇者詐称罪で異端審問されてしまうし」
「なるほど、確かにな。じゃあ、クロード。お前の思った事はまさに正論でね、ラフィーラ神ってのは基本的に国なんてどうでも良いんだよ。国王なんぞに興味がない」
セドリックはあっさりと言い切る。
「王様がそれを言うのですか?」
「王様だから知ってるのさ。そもそも国なんてラフィーラ神は嫌いだからな。よく考えろ。皆仲良くしましょうってのがラフィーラ神だろう?国境なんて引いて、仲良くする範囲を狭めているシステムなんかを許容していると本気で思っているのか?」
「言われてみれば!」
セドリックの言葉は非常に分かりやすく、言われてみればその通りである。クロードもラフィーラ教徒なので、感覚的にラフィーラ様は社会的な事に口を出さないという印象があった。罪とか罰とかそういう事を口にする神様と言う感覚がないから引っ掛かっていた。恐らく、国民も同じ気持ちが残っているだろう。
「俺がラフィーラ教を信仰しているのは、国王になったからでもあるが、何より筋が通っているからだ。一貫してラフィーラの神託は筋が通っているが、それを受け取った人間達が勝手に解釈を変えて他者を滅ぼしたり、敵を作り、政治に利用する。例えば神託の勇者を政治に利用しようとする今の俺のように」
「うわー」
堂々と言い切るセドリックにクロードもさすがに引き攣ってしまう。
だが、クロードはというと、これだけ王様が恥ずかしげもなく自分を政治的に利用するのだと言い切ってしまう姿には痛快に感じつつあった。
マリエッタのような少女を、何だかんだと理屈をつけて軟禁して、何か汚い事をしようと考えている連中と比べれば、どっちに与するかなど考えるまでもなく、この国王の方が信用できると思えてしまう。
「まあ、今回はついていた点もあるな。アレッサンドロが手元にいた事だ」
「陛下はその…アレッサンドロさんと知り合いだったのですか?」
「俺が昔傭兵をしていた頃に死にかけていたアイツを拾ったんだ。あいつに剣術を手ほどきしたのは俺だからな」
「よ、傭兵してたんですか!?若い頃冒険者だったってうわさは聞いてましたけど。しかもアレッサンドロさんってかなり腕利きでしたよ!?陛下が手解きって…」
クロードもさすがに驚いて目を剥いてセドリックを見上げる。アレッサンドロよりも王様の方が強いというのは考えられなかったが、たしかにこの王様は最初見た印象が国王と言うよりはならず者の親分という印象を受けた。
「噂じゃなくて、俺が10歳から19歳までの間、国外で冒険者活動をしていたのは知られていることだからな」
「はあ…」
「ま、イヴェール国王が冒険者だとは知っていても、どんな冒険者だったかは知られてないからなぁ」
セドリックは苦笑して肩を竦める。
「冒険者なんて食い詰めた平民がなるような職業だし、ある意味で一番下から一番上になりあがったようなものですから」
「ふむ、言われてみればそうなるのか。俺は格下げして国王になった積もりだったが…」
「どんだけ上から目線なんですか…」
セドリックは淡々と話しながら先へと進む。
「じゃあ、話を変えよう。何であいつ等はマリエッタを軟禁したと思ってる?」
「マリーを軟禁?言われてみれば……僕らも会わせて貰えませんでした。マリーに話して欲しくない事でもあるって事でしょうか?マリーは大した事は出来ないと思いますけど。っていうか、マリーが軟禁されているってご存知だったんですか?」
クロードは驚いたように目を丸くする。
「連中、宮廷でマリーを堂々と攫って行っただろ。耳に入れば調べさせるさ。仮にもマリエッタは預言者に認められた神託の代行者、預言者代行だ。田舎者のお前は知らないだろうが、王都ではそこそこ有名だ」
「そ、そうなんですか」
クロードは微妙な顔で引き攣る。
「その時点で、何をたくらんでいるか予測はつくのだが、予測以上にでかいことをやってくれたな。さて、どうしたものか」
「覆せないんですか?」
国王なら枢機卿を黙らせることも出来そうだとクロードは考えていたのだが、
「ラフィーラ教会というフィールドで、俺の言葉が枢機卿よりでかいワケがないだろ。つまりやつらは自分達の得意分野で勝負しに来たわけだ。いやー、はっはっはっはっ。破門されて、王様どころか一番下っ端にされちゃったよ、どうすんだろうな」
セドリックは簡単にお手上げをする。
「笑い事じゃないような…」
「いっそ、あれだな。ラフィーラ教セドリック派とか作るか?」
「隣にいる僕がついていきたくなさそうな派閥に、民衆が付いて行くのでしょうか?」
クロードの突っ込みに対しても、セドリックは楽しそうにしていた。クロードは既にこの短時間で、この王様に敬意を示すのはアホらしいと悟って、敬語は使えど敬意を持った対応をするのはもうやめていた。
「ところで陛下。マリーは大丈夫でしょうか?その………厄介な事に口を挟まれたくないから確保したんですよね?その…口封じをされたりとかは……」
口封じとは言ったものの、クロードはその本当の部分を怖くて口には出来なかった。
殺されたりはしないのかと。
「大丈夫だろ。もしもそういう事なら預言者がとっくに動いているからな。そうすれば、俺はこんなに苦労はしない」
「え?」
「預言者は基本的に政治に対してノータッチだが、さすがに家族の危機には駆けつけるんじゃないか?勝手な予想だが」
セドリックはあっさりと、預言者も人の子なのだ、と語る。
「ところで、陛下。僕らは一体何をしに城下町の外を歩いているのでしょう?」
一路東へ、といった様子でセドリックはどんどんと街道を歩いて進んで行き、クロードはそれに付いて行くしか無かった。
街はずいぶんと混乱しているようで、白い甲冑の騎士団が魔族を連行している姿がチラホラ見られる。
「俺は昨日、サヴォワ領へ視察に行く予定だったんだ。サヴォワ領は知ってるか?」
「ええと、王国直轄地の北東に隣接した公爵領で、貿易が盛んな交易都市でしたっけ」
「もっとはっきり答えてくれないと、俺は子供達への学習プランを見直す羽目になるのだが」
「うぐ」
地理や歴史学も学校の授業で教わるのだが、確かに地理でイヴェール王国では2つの大都市があり、1つは首都シャトーで、もう1つがサヴォワ領のセルプラージュである。シャトーには政治機関が多くあり、セルプラージュは巨大な港や商業関連の機関が多くある。セルプラージュは王国最大都市として習うのである。
「俺達がいなくなると同時に何かやらかすだろうと思って、近況だけ確認していただけだ。で、まさか俺を破門とかワケ分からない事をしでかすとは思わず、勇者を奴らに抑えられるとまずいから、取り敢えず衝動的に勇者を拉致してみたのだが?」
「衝動的ですか、そうですか」
「ああ、衝動的にやった。反省はしてない」
「…」
クロードは、変人ばかりが自分の周りに集まる事に対してげんなりしていた。
天然ボケな魔公王子、タイラントを恐喝する子犬、勇者に戦闘術を手解きした技術者、挙句がその技術者の師匠を自称する元冒険者の国王。
もう何がきても驚かないぞと心の中で確信していた。
クロードは気付いていなかった。その中で『一番弱い勇者』と言うのもある種の変人である事を。
2人が歩いていると、街道沿いに停められている魔導車から見知った人物が現れた。魔導車は以前来た時のものと異なり、随分とコンパクトなつくりをしていた。
馬車ほど大きくはなく、運転席とその隣にもう1席あり、背後に2席の合計4席しスペースが無い小型魔導車である。雨露は凌げるようで、天井は幌で覆われており、4つの席にそれぞれ左右2枚ずつの扉がついていて、中に入れるようになっている。
クロードはこの街に入って魔導車は珍しいもののいくつか見て来たが、こんな小さい魔導車を見るのは初めてだった。本当に人を乗せる為だけに作られた代物である。
「おらよ、来たぞ、クソ陛下」
魔導車から出てきて声をかけてきたのは、恐らくクロードと同じような表情をしているだろう、げんなり顔のアレッサンドロであった。
「謁見の時は、初めて出会った王様と派遣技術者風だったのに、何でこうしてプライベートで出会うと、悪態をつけるのだ?」
セドリックはやれやれと溜息を吐いて、自分達を迎えに来たアレッサンドロを見る。
「へ、陛下!?ななななな、何でこんな所に?」
大慌てなのは運転席の隣に座っていた女性である。同じく謁見の時にいた女性技術者だったとクロードは思い出す。確かロセッラといわれていた。
「ああ、こんな人に敬意を払う必要ないですから大丈夫ですよ」
クロードはロセッラを落ち着かせるように発言する。
「随分だな!何か俺の扱いが悪くないか?」
セドリックもさすがにクロードにまでそんな扱いを受けるとは思っていなかったようで随分と悔しそうにする。
「アンタ、もっと王様らしく振舞わないとダメだろ。どう見ても、ならず者の親分ってのが板についてるじゃないか。大体、あのセイが、イヴェールの王族で、王様になったなんて聞いて、どれだけ俺が驚いたと思ってるんだよ。ロセッラ、イヴェールの王様は俺の冒険者の先輩みたいなものだから、公じゃない限りあんまり畏まらなくて良いぞ」
アレッサンドロは国王に抗議し、相棒の技術者に声をかける。
「はははは、すまんすまん。許せ。じゃあ、運転手さん。セルプラージュまでお願いね。ほらほら、クロードも奥に座って」
魔導車の後部座席の扉を開けると、セドリックはクロードを押し込むようにして中に入って行く。
驚いていたロセッラと呼ばれた女性は、どういう事ですか?と鋭い視線をアレッサンドロに向けていた。アレッサンドロは説明するのも面倒くさいとばかりに、代わりにセドリックを睨んでいた。
とはいえ、このまま止まっている訳にも行かないので、アレッサンドロは魔導車に乗り込んで、魔導機関を動かして、アクセルペダルを踏んで進行させる事にする。
「で、何があったんだよ、セイ」
アレッサンドロは前方についているミラー越しで後部座席に座るセドリックを一瞥する。
「昨日、サヴォワ領へ行く予定だったのだがな。少々、貴族達の様子がおかしかった。サヴォワに行った振りして、昔の姿に戻って宿屋に泊まっていた訳だ。で、案の定、本日何かが起こった。コルベール枢機卿に神託が降りて、ラフィーラ教会大司教代行権限を使って、魔族追放令と国王への破門状が大々的に発表された」
「で、すごすご逃げてきたと?」
「そりゃ、お前、普通の政治的な攻撃なら、『ええい、国王様であるぞ、図が高い、控えおろ~』の一言で方がつくじゃねえか。だが、破門状はねえよ、破門状は。神聖教団と同じ道を歩きたい派閥があるのは知ってたけどな、そもそもそういうのって、俺に相談してから出すもんだろ?」
セドリックは苦笑してアレッサンドロに訊ねる。
「知るかよ。いなかったから、という理由で済ますんでしょ?それと酔っ払いみたいな言い回しはやめろ。本当に…国王になって変わったかとおもえば何にも変わってないな」
「師匠であり命の恩人である俺に対して、相変わらずの口の悪さはどうなんだ?他の連中見たく、セイ様!とか言ってありがたがれよ」
「ありがたくねー」
アレッサンドロとセドリックは旧知の仲という様子で語り始める。
「あの、そろそろ説明してくれませんか、先輩。何で先輩が、イヴェール王陛下に対してそのような口使いで…。しかも陛下も全然気にして無いようですし」
アレッサンドロの隣に座る女性は眼鏡をクイッと持ち上げながら、魔導車を運転しているアレッサンドロを半眼で睨んでいた。
「ロセッラ、説明はするから、人を射殺しそうな目で睨まないでくれないか?小心者の私には酷く居心地が悪いのだが」
「小心者は国王陛下にタメ口は聞かないと思います」
ですよねー、とクロードはロセッラと呼ばれた女性に追従する。
アレッサンドロとセドリックは訳知り顔で話しており、クロードとロセッラは困った表情で二人を見ていた。
「簡単に言うと、俺の住んでた都市は飛行艇の開発をした所為で滅ぼされた。それはロセッラも知ってたよな?で、その際に難民となったのだが、辺境にあったので難民先まで生きていくのもままならなかった。偶々、行軍中だった傭兵団オリハルコンに拾われたんだ。後ろの国王陛下は、国王になる前は身分を隠してオリハルコンで傭兵稼業をしていたって訳だ」
「アレッサンドロは未来都市フトゥーロ出身の技術者の卵で、俺以上に魔導機器に詳しかったからな。戦闘術を教える変わりに、魔導技術を俺が教わるって事で面倒を見ていたんだ。当時は『僕ねー、セイみたいに強くて格好いい男になるよ』なんて言ってたのに、ホント、男って年取ると可愛げなくなるよな」
アレッサンドロとセドリックは互いのことを説明しあう。
「車から蹴り落とすぞクソ陛下」
「ほほう、見ない間に俺に勝てる自信でもついたか、クソガキ」
取り合えず、アレッサンドロとセドリックが、かつては仲良しだった事が良く分かる話ではあった。
「確かにイヴェール王国の国王陛下は冒険者時代があって、色んな知識を持っているとはお聞きしてましたが…世間は狭いものですね」
ロセッラは感心したように口にする。
アレッサンドロは憮然として遠くを見る。都市部から抜けても舗装道路は続く。セルプラージュとシャトーの間は100キロ程度だが、この区間は海沿いになっており農村や漁村が転々としている。当然だが、主要貿易区間で、延々と人里がある為、街道は全て舗装されていた。モンスターも出ない安全な道で非常に発展している。
そんな折、アレッサンドロは運転しながら、バックミラーでセドリックを一瞥し、セドリックについて少しだけ人物評に触れる。
「はっきり言って、ラフィーラ教の神託の勇者が、イヴェール王国の国王であったとしても俺は疑問にもたねえくらいの化物だ」
「というか、神託された勇者当人は未だに、自分じゃないと思ってますが?」
アレッサンドロの言葉をクロードは補強する。
「化物扱いするなよ。まだウチの国は古くてな、法整備がままならんのだよ。俺がうっかり死刑とか言ったら本当に殺せちゃうんだぜ。俺の機嫌を悪くさせたらうっかり言っちゃうだろう」
嬉しそうに語るセドリック。
「何ていうか……先輩の師匠が国王陛下だと聞いて、驚きましたが、何となく納得しました。なるほど、先輩は国王陛下の弟分みたいなものだったと。陛下の様子を見て、ええ、とっても納得しましたとも」
ロセッラは一連のやり取りを見て納得したように首を縦に振る。
「ロセッラ。それは間違い無く誉めてないよな?」
「いえ、もう、兄弟のように仲が良いのもわかったので、何も言いませんよ」
ロセッラは首を横に振って我関せずを貫こうとする。
「ちょっと待てや、このアマ!俺は真面目な派遣技師だぞ!こんな人格破綻者と一緒にするんじゃねえええええっ!」
アレッサンドロの嘆きの声が響き渡るのだが、クロードは確かにアレッサンドロとセドリックは似たもの同士だと感じた。
クロードは決して忘れていない。確かに色々教わった。だが、アレッサンドロは自分をタイラントへの囮に使ったのだ。その恨みは決して忘れていなかった。
そして、ロッセラさんはきっとアレッサンドロに苦労させられているんだなと少しだけ同情していた。




