神託は下された(?)
ルーシュは気合を入れて教会へ行こうとする傍らで貴族街のある坂道へと踏み出そうとすると、城壁の外側で兎耳の少年が待っているようだった。
「し、し、し、師匠!」
泣きそうな顔でティモがルーシュに抱きついてくる。雨が降っており濡れ鼠ならぬ濡れ兎になっていた。
「ど、どうした?」
「た、大変なんです!助けてください!お願いしますー!」
ティモは手をばたつかせて身振り手振りしているが、ルーシュにはサッパリ意味が伝わっていないようで、首をひねられてしまう。
「ええと、何を助けるの?」
「と、取り合えず教会に!」
「いや、まあ、これから向かう所だったけど…」
「急いでください~」
ティモはルーシュの手を引っ張って教会へと走ろうとする。
ルーシュは引き摺られるようにティモに引っ張られて教会へ早足で向かうこととなるのだった。それにハティとスコールも付いて行く。
辿り着いた先の教会は酷い事になっていた。
教会の入口になっている門は破壊されていて、子供達の泣き声が響き渡っていた。周りの人々も遠めに見ているようで、教会の奥から水精霊反応を感じる。誰かが水の魔法か精霊術を使っているのだろう。
ルーシュはティモに連れられてそこに入る。
「!」
腹から大量に血を流してグッタリしている獣人の少年が倒れていた。
「お兄ちゃん!しっかりして」
「神父様、どうか助けてください」
その獣人の少年の回りに集って、泣いて懇願する子供たち。ルーシュの記憶が確かならば倒れている少年はこの孤児院のまとめ役をやっていた、少しだけ年長の子供だった。周りにいる少年たちも孤児院の子供達で間違いない。
その少年に水属性の治癒精霊術を掛けているのは白い服を着た男で、必死に水魔法で血を止めようとしている。しかし血が止まる様子が全く見られない。
神父と呼ばれていたが、ここの神父ではないようだった。
この教会の神父は中年魔族であったが、目の前にいる神父はエルフの老人である。なぜ、ここの教会の神父ではなく、見知らぬ神父がいるかもよくわからない。
「何があったの?」
ルーシュはティモに訊ねる。見ればわかると高を括っていたが、状況が全く把握できなかったからだ。
「わかんないんです。いきなり白い騎士団の人達が、魔族は悪い人だから隔離しなきゃダメなんだって言い出して、神父様や魔族のみんなが連れて行かれて…」
「!」
「それでお兄ちゃんが反抗したら神敵だからって」
涙目でティモは悲しそうに訴える。
「魔族が悪?逆らったら…」
逆らったら、目の前で倒れている獣人の少年のようになるのだと見せしめとして攻撃されたのだろう。傷ついた獣人の少年は激しく息を荒げてうめき声を小さく上げていた。おびただしい血が流れている。誰がどう見ても致命傷だった。
ルーシュはどこからか駆けつけたのだろう神父の横に立ち、獣人の少年の血を流している腹に手を当てる。
「え?」
神父は治療に掛かりきりだったのでルーシュに気付かなかったが、ルーシュが魔法を使って凄まじい光に教会が包まれ始めて気付く。
ルーシュの魔法によって、見る見るうちに大きく開かれた傷口が閉じていく。
「お、おおおおおおお」
隣で魔法を使っていた人間の神父は驚いたようにルーシュを見る。教会の扉の奥を覗き込んでいた一般人達も思わず大きい歓声を上げてしまう。
獣人の少年の傷は塞がり、呼吸も穏やかになる。
「取り合えず治したけど、彼は魔族じゃないから魔力だけ与えておけば回復するわけじゃない。魔族以外の人の怪我を治す経験がほとんどないから、この後は神父様が処置をお願いできますか?」
過去に初めて魔族以外の人類を回復させた際に、クリストフの治りが悪かった。年の所為か、それとも傷が深かった所為かとも思ったが、そもそも魔族じゃなかったからかもしれないと考えていた。今回はいつも通り治ったが、本当にちゃんと治っているのか自信が持てなかった。
「は、はい。助かります。ここまでくれば大丈夫ですよ」
神父はコクコク頷いてから、心配している子供たちに倒れた少年を介抱するようにテキパキと指示を出す。子供達はそれに素直に従う。
周りの見ていた覗いていた民衆は「聖なる光だ!」「魔族なのに?」などと歓声を上げ続けていた。
ルーシュは注目されるのが好きで無い。何とか峠を越えて安心したと同時に回りに注目されている事に気付いて、赤面して俯いてしまう。
エルフの神父は、怪我人の前だから静かにするようにと収めて、周りの歓声が収まると、ルーシュは教会の門を適当に中を隠すように置く。
そして聖堂の中で、どうにか落ち着いた子供達は、倒れていた獣人の少年を奥の部屋に寝かせて、静かに看病をしていた。
ルーシュは状況を詳しく聞きたいので、駆けつけてくれたその神父に尋ねる事にする。ティモでは良く分からなかったからだ。
「何が起こったか…ですか?私もよく理解できていないのですが……どうも神託が下ったようです」
神父はそんな事を語る。神託…最近よく耳にする言葉なのでルーシュは首を傾げる。
「神託?」
「はい。何でもラフィーラ様の神託で、ラフィーラ様は200年前の戦争で多くの同胞を傷つけた魔族に怒っていたそうです。未だに世界の人間達が共に歩けないのは、彼らが反省もせずに未だにこの北の大地で活動している為であり、魔族をこの大陸から追い出し、世界国家との和平を結ぶように神託が下ったと」
「えー。ラフィーラ神って、皆仲良くしようよって言ってた神様じゃないの?」
ルーシュのぼやきに神父は苦々しそうな顔をする。
「その通りです。何かの間違いかと思いたいのですが、現在病床の大司教様の代理を務めていたコルベール枢機卿に下った神託です。彼らが嘘をつくとも思えません。教会は魔族の亡命を受け入れてきたイヴェール国王に破門状を送ったそうなので、きっとよほどの事なのだと」
「………なるほど、それで国王に破門状かぁ」
全ての話がやっと繋がって、事の状況をやっとルーシュは把握する。
つまり、コルベールに魔族を追い出す神託が下った。
だから魔族を捕まえて連行してく。
これまで魔族を庇っていた王族は破門された。
簡潔にルーシュの頭の中にインプットされるのであった。
「師匠……神父様や魔族の友達が教会の人に連れて行かれちゃったんです…」
ティモは悲しげに訴える。
子供達の人数が減っていたのも、ここの教会の神父をしていた魔族の男がいなかったのもそのためだろう。他の神父が来ていた事も理解できる。
「私も…ヒューイ様のような信心深い方まで魔族と言う理由で神敵になるなど考えられず、しかし……教会に異議を申し立てる等とても…」
「まあ、異議を申し立ててどうなったかはここにいる人たちは見ていたわけだし」
ルーシュのぼやきに教会の中にいる一同に絶望的な空気が流れる。
「師匠、どうにかできないでしょうか?」
「いや、ティモ。僕も神様じゃないからね、そんな何でも出来る子じゃないよ。……特に人間社会に影響力を持った人達に対して何か出来る程の力なんてないし」
ルーシュが、暗黒世界において、自分の意見を社会的に通せるのはバエラス家の嫡男で王家の血筋があるからだ。自分の発言に強い影響力を持つのはあくまでも暗黒世界のみだ。ここではしがない平民魔族でしかない。何ができるわけも無いのだ。
「そもそも、すうききょうって偉い人なの?」
ルーシュの知識は色々と足りていない。なので聞けることはとりあえず聞いておくことにする。
「ラフィーラ教の教会は基本的に慈善活動と冠婚葬祭のお務めでしょうか。ここの孤児院は慈善活動の一環ですし、様々な儀礼で活動をしています。枢機卿はこの活動方針を出したり、新聖書の発行、国王陛下の平民自立政策の以前は、学問の書籍等も作ってました」
「ふーん。………教科書とか売ってそのお金で慈善活動?」
「いえいえ、その程度の儲けではどうにも。教会は基本的に商家や貴族の方々が多額の寄付金を出して下さいまして、その寄付金から慈善活動などを行なってます」
「なるほど、そういう事か」
ルーシュは斜め上に飛んでしまうトンチンカンな所はあるが基本的に頭は悪くない。
現国王になって貴族が減少傾向になり、貴族は国王が邪魔でたまらない。そして貴族が減ると寄付金も減るので教会も国王が邪魔である。つまり貴族と教会は思惑が一致しているのだ。
「でも、何で枢機卿が神託を受けたんだろ?神託って誰が受けるの?」
「基本的には預言者様だけ…ですね」
「………は?」
ルーシュは間抜けな声で訊ね返してしまう。
「詳しくは知りませんが、預言者様は神託を受けて、我々に訴えかけます。それに従う事で我々は何度となく苦難を乗り越えてきました。ラフィーラ様は大陸の存亡に関わる危機にのみ信託を下さいます」
神父の言葉を聞いてルーシュ難しそうな顔で考える。
「正直に申しまして、……その、疑うという訳でも無いのですが、神託が少々世事に関わりすぎているようにも感じます」
「なるほど、基本的にラフィーラさんは政治というよりは人類全体や大陸の存亡とかそういうのにアドバイス的なものを送ると」
「近所の小母さん感覚で言われると困ってしまいますが、端的に言えばそうです。預言者様と……預言者様が養女として受け入れた、この孤児院出身のマリエッタ様だけが神託を受けた事があります。それ以外の人間が神託を受けるというのは過去にありえません」
「……そうか、神託を受けて先を見通すような事を言うから預言者なのか」
「そうですね」
………
「って、マリーってこの孤児院出身だったの!?凄い偶然に僕はビックリだよ!」
孤児院はこの町にたくさんあると聞いている。まさかここだったとは初耳だった。
暫くしてルーシュは外に出ようとすると、白い甲冑の男達が隊列を組んで、手錠の掛けられた魔族達に武器を突きつけて連行している姿が見られる。
「!」
ルーシュは慌てて教会の中に入って身を隠す。
「い、一体、何が起こってるんだ、この街で」
「実は…私の教会にもこのような通知が来ていて、それで心配になってお隣のヒューイさんの勤めている教会を見に来たのです」
エルフの神父は懐よりチラシのような紙を取り出す。
『ラフィーラ様の神託により、魔族をこの街から追放する事になりました。つきましては魔族を捕らえて最寄の街道上に置いてください。イヴェール聖白星騎士団が逮捕しに行きます。生死は問いません』
「なんじゃこれは!?」
まるで廃品回収のような物言いである。
ラフィーラ教会が神聖教団同様に、魔族を悪とみなすような扱いへ変えた事を理解するには十分な内容が書き込まれていた。




