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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
50/135

王様は破門された

 ルーシュ達が王都に滞在して20日近くが過ぎる。

 秋の季節も真っ只中に入り王都シャトーは乾いた季節へと入り始めた頃に季節はずれの雨がが降っていた。

 イヴェール王国シャトー市は西側にミーヌ山脈という山岳地帯、北に大森林、南東は青洋という海が広がっている。この世界<グランクラブ>は1年6ヶ月の内、シャトーにおいては新年の始まる光の月から雪解けが始まる。水の月を経て、火の月で夏になると暖かく温暖な気候になる。

 今は火の月を越え、風の月もそろそろ終わりに近付く頃である。夏穀の収穫時期であり、乾いた冬に向けての準備をする季節でもある。



 そんな季節外れの秋雨は、ルーシュ達の林檎屋台の客足を減らしてしまう。この日は特に雨足が強い為、客が全く来ないからだ。

 結局、ルーシュはクロードと一緒に雨合羽を着てメルクール邸の前にやって来ていた。ルーシュの雨合羽の中にはハティとスコールももぐりこんでいる。

 レナはお留守番で、クロードはメルクール邸に1人で行くのは厳しいと、ルーシュに泣きついてくるので、2人で行く事になる。


「お嬢様はお忙しい身であらせられる為、同行は出来ません」

 メルクール邸には家に入るどころか門前にて、執事らしき男から断られる。

「では…別れの挨拶もしたいので、会って直接話したいのですが」

「忙しい身であらせられる…と伝えましたが」

「忙しいとは?」

「無論、学業に就いていただいておりますが、他にもコルベール枢機卿にラフィーラ様からの神託があり、メルクール家の人間としてお嬢様は国の為に尽くさねばなりませぬ。どうかお引取りを」

 有無を言わさぬ口調で追い返されるクロード。

「神託?」

 ルーシュは顔を顰めて呻く。ラフィーラ様は暇なのだろうか?そんなに頻繁に神託下すなら地上に降りてろよと心の中で突っ込んでしまう。

「それはマリー…マリエッタ様も言っている事なのですか?」

「メルクール家として、この大事の際に家を出るわけにはいかないと仰ってます。申し訳ございませんがお引き取りください」

「…分かりました」

 クロードはそう言って頭を下げる。

 ルーシュとクロードの2人は邸宅の方へ視線を向けるのだが、マリエッタの姿は見られなかった。

 諦めて2人は次なる目的地、アングレーム名誉侯爵邸へと向かう。



 王都の城下町に、正午の鐘がなる頃、ルーシュとクロードがクリストフの下へ訪ねていた。だが、クリストフは非常に難しい顔をしていた。

「あのー…もしかして来ちゃダメでした?」

 ルーシュは突然の来訪だったので怒らせちゃったかなと首を傾げる。

「いえ、申し訳有りませんな。少々立て込んでおりまして」

 クリストフは額の汗を拭くようにして、慌てて謝る。

「何かあったの?」

「教会から国王様に対し『破門状』が出されたのです」

「「破門状?」」

 ルーシュとクロードは同時に首を横に傾げる。

「まあ、私もほとんど耳にした事が無いので、そんなものもあったなぁ、という心境ですがな」

 クリストフの言葉にクロードは少しホッとした様子を見せる。どうやらクロードも知らなくて当然だったのかと納得したようだった。

「破門って何から破門されるんですか?」

「ラフィーラ教からですな」

「ラフィーラ教って皆仲良くしようよっていう宗教ですよね。破門っておかしくないですか?」

 ルーシュの質問にクリストフも頷く。

 みんな仲良くしましょう宗教なのに、決別させるというのは明らかにおかしかった。ルーシュでなくても気付く事だろう。

「過去の記録を見渡せば、殺人犯、差別主義者などに適用されております」

「王様はそういうタイプには見えなかったけど」

 魔族に対しても寛大な王様だった。

「コルベール枢機卿に神託が下ったそうです」

「シンタク?コルベールってあのヒキガエルトリオ…じゃなくて、メルクールさんの隣にいたヒキ…じゃなくて神父さん?」

 ルーシュは初見がヒキガエルが服を着ているようにしか見えなかった上に、非常に腹立たしい思いをしたので、どうしても名前より先にヒキガエルと言ってしまいそうになる。

 あまりにルーシュが間違えすぎるので、深刻な顔をしていたクリストフは苦笑する。

「ヒキガエルでも構いませんよ。ヒキガエルのほうがまだマシです。10年前の内乱で、国王陛下の敵対勢力だった貴族を取り潰しました。その際に、やつらは既にその敵対勢力に負けていたので逃げ遂せましたが、この10年間、貴族達を取りまとめて、国民議会を作る国王様に対する反抗勢力として存在しているのがメルクール家です」

「貴族が悪いの?」

「貴族は悪くありません。悪い貴族なのです」

 アングレームの率直な言葉にルーシュとクロードは何とも言えない面持ちになる。

「領地持ちの貴族は権限が大きいですからな。そして彼らは余程でなければ領土を奪われない。横の繋がりもあるので、王権を使って奪うものなら、他の貴族たちから文句も出ます。そしてそういう者ほど、領政は悪く、世間が思い浮かべる悪い貴族の典型でして。お恥ずかしい話です」

「でも領民を守っているのでしょう?」

「守っているといえるか怪しい貴族も多いですね。例えば、セドリック陛下は様々な行政改革を行なってますし、法律の整備にも着手してます。セドリック陛下が最も変更を要求している法律に反逆罪の撤廃ですな」

「反逆罪の撤廃?」

「王族、貴族、平民とあり上位の者に対して反乱を起こした場合、反逆罪として下位の人間を殺すという法律があります。これは平民が貴族を、貴族が王族を害さないようにした法律です。領民は食うに困り貴族へ反旗を翻した際に、成功したとしても首謀者は王家の名の下で殺されます。その為、平民は貴族へ逆らえないような仕組みが法律として出来ているのです」

 平民は貴族に逆らえないというのは国家として当然の形式である。

「悪政を敷いて、逆らいたいけど、逆らったら死ぬから、苦しい思いをしてでも生きる為に反逆できない…という状況になる訳か」

 ルーシュは難しそうな話だなと感じ取る。

「国王陛下は抑えつける様な政治体系を変えようとしてますが、貴族の反対にあって、中々上手く進んでいないのです」

「まー、どこにでもそういうのはいるから仕方ないよね。僕も苦労したし」

 自分の懐ばかりを考えて領民を蔑ろにする魔公はバエゼルブ連邦領の中にもたくさんいた。主に自分の身内でもあるバエゼルブ家なのだが。

「そのメルクール家とコルベール枢機卿は繋がっていると考えていいでしょうね。彼らは陛下の失脚を狙っているのです」

「失脚したらどうなるの?」

「国王の兄君であるクレマン殿下がいますので、彼が国王になるのでしょうな。彼らメルクール家や今の貴族派閥です。陛下が失脚すれば、政治はクレマン殿下の名の下に、今までの貴族政治に戻るでしょう。ルーシュ殿にとっても、悪い状況へ向かうでしょう。コルベール枢機卿が権力を持つ状況は、ルーシュ殿にとっては望まない方向性ですので」

「ほえ?」

「コルベール枢機卿は神聖教団との融和派なのですよ」

「あちこち派閥があるんだね」

 ルーシュはウンザリ気味にぼやく。政治においては国王派と貴族派、宗教においては神聖教団融和派と言うものもあるらしい。何とか派、何とか派と嫌なくらい耳にしてうんざりする。

 暗黒世界は穏健派、中立派、旧主派の3つだけだ。政治も宗教も合体しない。何故なら中立派は魔王直属で、人間と戦争をしたくないのが穏健派で、人間と戦争を再び望むのが旧主派で、それ以外の項目においては敵対する理由は何も無いのだ。

「組織があればその中に利権が存在し、利権を手にする為に長いものに巻かれる人間がたくさん現れれば簡単に派閥が出来てしまいますから」

 クリストフは申し訳無さそうにルーシュに答える。

「神聖教団融和派ってのは何をしてるの?」

「魔族の扱いですな。200年前の戦争にもあるように、魔族は悪しき者であるというのが彼らの論法です。200年前の戦争で、勇者を予言したのはラフィーラの神託ですから。そして勇者に滅ぼされた魔族は悪であるのだから、ラフィーラ教であっても魔族と仲良くする必要ないというのが彼ら神聖教団との融和派です」

「というか、元より神聖教団って、そういう理由でラフィーラ教から分かれたんじゃなかったっけ?」

 クリストフの説明に、ルーシュは目を丸くして首をかしげる。

 ルーシュとしては、そんなに神聖教団と融和したいなら、神聖教団に移ればいいのにと思ってしまう。少なくともこの国では信仰の自由が認められていると聞いていた。信仰そのものを変えるのはどうなのだろう。

「魔族の立場からすると困っちゃうけど、人間の立場としては良い事もあるんでしょ?」

「神聖教団の圧力によって他国との貿易は大きい関税が掛けられてますから、その緩和にはなりましょう。他国からの戦争を仕掛けられる口実もなくなりますから、少しは戦争も減るでしょう」

「?……イヴェールは他国に侵略されそうになるのはラフィーラ教区だからじゃないの?」

 ルーシュは首を傾げる。イヴェールが他国に侵攻されるのはラフィーラ教会が信仰されていて、神聖教団を信仰していないから、神敵として攻撃されていると聞いていた覚えがある。

「実際には、この国は肥沃な農地を持ってますから、他国はそれを奪いたい。ですが奪う口実が無い。世界中の国が見ている中で、そのような理由で出兵すれば、侵略する国家として他国から危険視されます。だから彼らは我が国を攻める時は『背信国』としているのです」

「はーん、なるほどね」

 つまり領土侵略の口実にラフィーラ教を使っているだけである。

 だが、逆を言えばラフィーラ教から神聖教団に乗り換えた所で、特にメリットはないとも取れる。口実なんていくらでも付けられるからだ。

「半分くらいついていけないんだけど…」

 ルーシュは納得しているのだが、今度はクロードがついていけなくなってくる。

 一般常識に関してはルーシュよりクロードの方が理解力を持つが、政治となるとルーシュの方が理解してしまう。

 ルーシュがバエゼルブ領の君主バエラスをしていたのは冗談ではなく本当なのだと、クロードも納得する。

「問題は…ダイヤクラブがイヴェールから手を引きかねないという事ですな」

「ダイヤクラブ?」

 どこかで聞いたような名前だがルーシュはそれを思い出せなかった。クロードは「世界最大商社だね」と口にする。有名な会社なのだとルーシュは理解を示す。

「冒険者協会の最大出資者にして世界最大商社ダイヤクラブ。彼らは奴隷制度や人種差別制度を認める国とは貿易をしません。勿論、制度としてなくなっても、それ自体が黙認されているケースが多いので、奴隷のいる国と貿易をしていないという訳ではありません。ただ、ダイヤクラブは国政として他民族を虐げる民族とは貿易をしない主義なのです。ですので、神聖教団を国教にしている国とは貿易をしておりません。イヴェールの繁栄の半分は彼らによって生み出された好景気です。イヴェールが堂々と魔族を差別しますと言い出したら、彼らが手を引いてしまい、国家の衰退は免れないでしょう」

「そんな組織があったんだー」

 ルーシュは少しだけ感心したように頷く。

「国王様は冒険者協会の使い方が非常に上手いのですな」

「で、その国王様がラフィーラ教を破門されるとどうなっちゃうの?」

 ルーシュは重要なポイントを訊ねる。そもそもそれが知りたかったのだが随分と遠回りをしていた。

 遠回りした理由は、この国の政治を全く理解して無かったからだ。

 しかし、真の理由は話の大好きな名誉侯爵と質問大好きなルーシュが最悪な組み合わせだったことをクロードだけはハッキリと理解していた。

「ラフィーラ教徒である多くの臣民の代表が、破門された王では問題があるとし、貴族派閥が新しい国王を立てて、国王の退陣要求をするでしょう。9年前に起こった内戦が再び訪れる可能性があります」

「戦争かぁ。僕らの世代は知らないからなぁ」

「暗黒世界では戦争はないのですか?」

「まあ、小規模な小競り合いはあるって聞いてるけど。住民に居住を選ぶ権利があるから、戦争をするって聞いたらさっさと逃げちゃうし」

 ルーシュは自分の国の事を簡単に説明する。

 つまり暗黒世界は領地を選ぶ権利を住民が持っていて、結構ドライに領地換えする住民が多いから、戦争するとなれば領民が逃げるのだ。むしろ領民同士で争いあうくらい憎しみが高まらないと本当の意味で戦争はしない。

「ああ」

「住民が定住してくれて、たくさん稼いでお金を回してくれたほうが儲かるから、他の領主は移民大歓迎だし。領主は1年間税金無料キャンペーンとかやって人を呼び込んだり、逆に住民は1年間税金無料を渡り渡って何年も税金を払わない人もいたり」

「何かの無料お試し商品みたいな領地ですな」

 さすがのクリストフも魔族の政治に少しだけ呆れてしまう。

 だが、ルーシュという少年がどうしてこんなに平和ボケしているのかを理解できるエピソードでもあった。人間達の思っている魔界とは明らかに異なり、かなり平和なのだろうと察してしまう。

「まあ、一月無料キャンペーンを僕もやった口だけど」

「やだなぁ、物語に出てくるバエラスの子孫が、領民を呼び込むために税金無料キャンペーンとかしてたって聞くと、僕は物悲しくなってくるよ」

 勇者に悲しまれる魔公王子。明らかに間違った人間関係であった。

「まあ、それはそれとして。今のヒキガエル派閥が勝っちゃうと、魔族的に困るんだよね」

「ふむ。であれば……ルーシュ殿はヒキガエル対策を行うのが得策かと。正直に言えば国王様は恐らく動いているでしょう。ですが、ルーシュ殿と国王様の求めている場所が異なるでしょうから」

 ルーシュとクリストフの中では、まだ決まってもいないのにメルクール公爵もコルベール枢機卿もひっくるめてヒキガエル派閥になっていた。クロードは流石に公爵家相手にそんな口を叩ける余裕は無かった。

「異なる?」

「国王様はラフィーラ教がどうだろうと国をまわせれば破門なんて問題ないのです。ルーシュ殿は…そもそもラフィーラ教が神聖教団融和派に全権を奪われるのが問題なのですから」

「あ、そっか」

 目標が基本的に違うので、国王を味方に付けても意味がない事を理解する。

 国王の目標は、権力の座の保持であって、ラフィーラ教の方針に興味はないのだ。ルーシュとしては同胞を守ってくれるラフィーラ教の教義を捻じ曲げられるのを避けたいのである。

 2人の目標に大きい隔たりが存在していた。

 ともすればルーシュの味方を探すべき相手は、教会の神聖教団と合流したくない派閥なのだと理解する。

「ラフィーラ教会の関係者かぁ。そんなのいたっけなぁ……。取り合えず、その前知り合った神父さんに話を聞いてみよう」

 ルーシュはポムと手を打って次の案を出す。

「まあ、国王様は敵を作りやすいですから」

「敵を?」

「先進過ぎて付いて行けないんですよ、皆が。特に頭の固い老人は」

「クリストフさんは往々についていけそうですね」

 クリストフの言葉に、クロードは呆れるように訊ねる。

「はははははっ…世界に対する興味は尽きませんからな。例えば先日、陛下にともに謁見したアレッサンドロ殿などは、実は陛下とは旧知の仲らしく、この国に魔導技師を呼ぶ際に、彼を指名したのが陛下だったそうです。想定以上の功績を上げてくれたと我が国の技師達も評価をしていました」

「旧知…。という事は、国王様は……技術に関しても知識があると?」

 意外な事実を耳にして、クロードは驚いたような様子を見せる。

「国王様は空白の9年間で世界中の最先端技術がどこで誰がどのように用いているかを把握しているのです。冒険者協会を使って、人員を引き入れて技術革新を連続的に行なってます。そしてそれについていけない領の貴族は領地没収の危機に瀕してます」

 クリストフから漏れた言葉に、クロードは閉口する。

 意外というか、やっぱりというか、恨まれるであろう事を平然と国王がやっていた事が判明する。学校制度が出来たあたりは新しい国王の先進的な制度だと耳にしていたが、その裏では大きい負債を抱えていそうだった。

「領地没収…は酷いんじゃないかな?」

「国王様は血筋に寄らない実力主義によって社会構成をさせようとしているのです。そこに貴族は不要だと」

「……」

「そもそも、他国との戦争がほとんどないわが国において、騒乱の大半が貴族の利権争いです。長男か次男かで揉めたり、領地の持つ鉱山などの利権を争い、抗争を起こします。それを無くす為の社会基盤を作っているのが現在の国王です」

「でもそれを無理やり調整すると利権争いが起こって戦争になるよ?」

 ルーシュはそれこそ君主になった1年半前に、辟易するほど領地の利権争いを目にしていたので理解するようにぼやく。それこそ自分が仕事に関わると大変だから、そういう問題が起きないように1年掛けて自分が仕事をしないで良い形を作ったのだ。

「その通りですな。今、まさにそれを行なわれようとしています」

「クリストフさんはどうするの?」

「ここで1つ……クロード殿は国王様と合流していただきたいのですが」

「僕がですか?」

 クロードは自分を指差し、目を丸くして訪ねる。

「ええ。クロード殿はラフィーラ教で勇者の神託を受けたものです。神託の巫女であるマリエッタ様を向こうが抑えている以上、国王様の手元には…」

 そんな話をしている最中、部屋の中にノックが響く。

「お、お館様、申し訳ございませんが、その…」

 部屋の外のドアの奥から、あからさまにオドオドした様子の声が聞こえてくる。ルーシュがこの家に泊まっていた頃に耳にしていた侍女の声だと気付く。

 だが、侍女が困ったような様子の声が聞こえてきた原因は、すぐに判明することとなる。バタンとドアを開けて、ラフな平服を着た金髪碧眼の男が顔を出す。

「よお、クリストフ。来ちゃった」

「へ、陛下…。そういうのは女性にやられると萌えますが、男に言われるとむしろイラッと来ますぞ」

 思い切りうんざりした顔のクリストフは突如来訪した人物に顔をしかめる。

 陛下…という言葉を聞いて、クロードとルーシュは同時にその男が誰なのか理解する。服装はどこにでもいそうな冒険者といった麻と綿でできたような質素な服だが、顔はまさに玉座に座っていた若き国王そのものだった。

「はははは、さすが我が恩師アングレーム名誉侯爵閣下。ジョークが分かるな」

 異常なほどに冒険者姿がいたについた国王は、楽しげに笑って部屋に入ってくる。

「サヴォラ領へ監査へ向かったと聞いていたのですが、まさかお忍びですか?」

「そりゃそうだ。まあ、監査団は今頃、サヴォラ領へ向かっているのだろうな。敵の監視の目や諜報員さえも、どこにどのように配置されているかも把握されているとも知らずに哀れな連中がぞろぞろと我らの後をつけていた。だから、この格好で監視の目のある城門から堂々と出てやったわ」

「全く…陛下は相変わらずですな」

 クリストフは呆れるように溜息をつく。相変わらずという時点で、国王になる前からそれをやっていたことが発覚する。

「へ、へーかって…やっぱり王様だ…」

 クロードはオドオドとしており、先程の侍従と似たような状態になる。

「イヴェールさんちの王様、やほー」

 だがルーシュは構わず軽い感じで挨拶をする。

「よー、ルーシュ。王とバレると面倒だから、俺の事は、セイとでも呼んでくれ。冒険者協会にもセイって登録されているしな」

「そーなんだ。で、セイは何しに来たの?」

 国王も国王で軽い感じで挨拶を返す。クロードは混乱気味の中、国王とルーシュはまるで数年来の友人のように話を始める。

「勇者の居場所を聞きに来たんだよ。と思ったら、クロード、いるじゃん。タイミング良いね。2時間くらい時間短縮だ」

「え、ええと、僕が一体何を…」

「別に何もしなくても良いって。何、俺とお前の仲じゃないか」

「一体、いつそんな仲良しに!?」

 クロードも知らない驚愕の事実が今明らかに。

 威厳はないがとてもマイペースな王様だった。

「ルーシュと良い、陛下と良い、本当に世界は大丈夫なのだろうか」

 クロードはウンザリ気味にぼやく。

 天然ボケの魔王の子孫と、マイペースで冒険者姿が板についた国王である。

「いや、ルーシュの国は知らないが、俺の国は大変まずいぞ。だからこうして勇者をパーティメンバーに強制加入させたんじゃないか」

「既にメンバー加入済みになっている!?」

 クロードは断りもなくパーティに組み込まれ、もはやこの国王は何でもありなのだと諦める事にする。

「じゃ、ちょっと出かけてくるな。クリストフ、大儀であった。さあ、勇者よ。いざ行かん。悪党どもを根絶やしに」

 国王はワシッとクロードの首根っこを捕まえると、さっさと部屋から出て行ってしまう。

「いーやー」

 クロードの悲鳴を後にして、国王はずるずるとクロードを引きずってアングレーム邸から去っていったのだった。



「まるで台風のような人だな」

 ルーシュは呆れるようにぼやく。

「ああいうお方なのです。元々、国王陛下は王座に興味が無かったのですが、好きな女性と結婚するには王座に就くしかなかった無かったのです。正確にはサヴォワ公爵令嬢が愛国心の強く自領の民を愛していて、駆け落ちしてくれなかったからなのです」

 だが、クリストフの説明によってルーシュは首を傾げる。

「ん?よく分からない。今の言い方だと、王子が後を継いで王様になるのではなく、公爵令嬢の夫が王様になるって聞こえたんだけど」

 ルーシュはの質問は当然の疑問だった。

 自分は君主になったが、けっしてレナの婚約者だから君主になったのではなく、前君主バエラスの息子で、バエゼルブ連邦領で最も強い魔公だったからだ。

「簡単に言いますと、現王妃フランシーヌ様のご実家サヴォワ家は最も経済力の高い公爵家なのです。サヴォワ家が押す王子が国王になる、それが当時の情勢でした」

「なるほど」

 ルーシュもまた君主になるには後押ししてくれる人達が必要だった。バエゼルブ家は君主になろうとしていたが、多くの家がルーシュを推したから、ルーシュが君主になったのだ。

「元々、現王妃は第2王子がフランシーヌ様と婚約をしていて、いつか奪い返す為にと国王様は国から離れました。外で生きていく力を手に入れる為に冒険者となって家出をしたのです。本来であればそのまま第2王子とフランシーヌ様は何の問題もなく国王と王妃になるはずでしたが、何故か第2王子が婚約を破棄してしまい、第1王子と第2王子の勢力が均衡してしまったのです。そんな折に、国王様は危急となり、第1王子と第2王子派による内戦が勃発。病床の国王様の前に国家を二つに分けた戦争が始まってしまいました」

「おおー、くだらない。凄くくだらない理由で戦争が行なわれている。跡目争いの仁義なき争いだ。そんなのに国民を振り回すのか、この国は」

 ルーシュは半ば呆れるようにクリストフの話を聞いていた。ルーシュはシホ誕生と同時にあっさりと魔王の継承権を下げたのだ。兄弟仲よく出来ないのだろうか?と呆れて聞いていた。ウチの従兄妹仲はとっても良好なのにと。

「そう、非常にくだらないでしょう。そこで第1王子は、婚約破棄された後は中立を守っていたサヴォワ家に対して、戦争を終わらせる為に娘を正妃として嫁がせろと強制させてきました。そうすれば戦争は終わります。サヴォワ家は王家に対して裏切られておりますから良い顔はしませんが、戦争を長引かせると国家の衰退に繋がるので受けざるを得なかったのです」

「ふむ、話を聞く限りでは第1王子派の方が頭は良さそうだね。なんでまた、直にそうしなかったの?」

「第1王子は他の公爵家と既に結婚しており、後から入ったサヴォワ家を正妃にさせるのは嫌がったのだと思います。ですが、紛争になってしまえば、負けた方は王に刃向かった者となるのですから負けられません。形振り構わなくなった第1王子が正妻の公爵家を説得するのは簡単だったのでしょうね。負けたら家も残らないから、サヴォワに譲れと自身の王妃を脅せば良いのです」

「そうか。それで第1王子派は勝利したと?」

「いえ、結婚式に乗り込んだセドリック様がフランシーヌ様を奪い取り、徹底抗戦に出た第1王子派を殲滅して国王になったのです。」

「メチャクチャ無理やりだ!」

「歌劇として非常に人気のある話ですな」

「しかも歌劇を使って人気取りまでしてるのか!?」

 イヴェール王国にある歌劇で最も人気のあるものが、セドリックとフランシーヌの恋物語である。フランシーヌは幼い頃から日記をつけており、望まぬ婚約の事、いなくなった幼馴染のセドリックへの恋慕を書き連ねており、それを知っていた侍従が歌劇の脚本家に漏らした事が原因だった。

 無論、当人は想定外だったが、それをうまく利用している。

「ですが、国を強奪したような陛下ですが、歌劇のお陰で民衆には非常に人気が高いのですよ。好いた女子を手に入れる為に、強引に国家を平定させたのですから。巷の女子も、自分がフランシーヌ様のような身分ではないにせよ、そんなロマンチックに求婚されたいと願うものです」

 ルーシュは驚愕するが、それに関してはクリストフも丁寧に説明してくれる。国を敵に回して女を手にする、確かに女性ならば確かに憧れるかもしれない設定だった。振り回される国民はいい迷惑だが。

「っていうか、何でそんな軍勢を持ってるの?冒険者が?」

 ルーシュは不思議そうに首を傾げる。国の外にいたのだから当然ながら国の中に味方がいた筈はない。他国の軍隊を引き入れるなら売国奴となるから、それこそ問題行動でもある。

「…雇ったのです」

「雇った?」

「冒険者協会の世界最大の傭兵団オリハルコンの西大陸支部と北大陸支部の全軍を1年間雇い入れたのです。つまり、それだけの金を陛下はただ好きな女性と一緒になる為だけに、パーッと使ってしまったのです」

「……呆れてものも言えない」

 ルーシュは呆れてものも言えないと言っているが、当人はすっかり忘れていた。

 アシュタールが借金でベーリオルト2世にレナを奪われた際に、レナを買い戻す為に自領にあるバエラス家が持つ数多の鉱山の所有権をベーリオルト2世にパーッと売り渡している事を。

「結果として内戦を平定、フランシーヌ・サヴォワ様と婚姻を結び、国家を導いてます。サヴォワ公爵も陛下の優秀さや頭の良さに心酔しており、ほぼ磐石です。このほぼという部分がクセモノでして、第1王子派は結婚式を潰された際に滅びましたが、第2王子派は未だにメルクール家と手を組んで企んでいるのが現状ですな。まあ、第二王子はメルクール公爵の甥でもありますので」

「はあ、大変なんだね。クリストフさんはどうなの?」

「陛下がああなったのは、元教育係である私にも責任はありますから。陛下も私を家の騒動に巻き込ませたくないから名誉侯爵として、家から切り離したのだと思います。甥達が馬鹿な事をしない事を祈ってますが、最悪はアングレーム侯爵家がつぶれることも覚悟はしてますよ」

「うーん…そんな事が」

 大変だなぁとルーシュは溜息をつく。

「ルーシュ殿はこれからどちらに?」

「取り合えず知り合いの教会に行ってみるよ」

「教会ですか。確かに情報は教会の方があるでしょうな」


 ルーシュはアングレーム邸を出ると、そこには雨の中を楽しそうに駆け回っているスコールとハティがいた。いつの間にかいないと思ったらこんな所で遊んでいたようだ。

「よーし、今日は散歩祭りだ。教会に行くぞー」

「「わうーん」」

 ルーシュが声を掛けて先を進むと、2頭は嬉しそうに付いて行く。

 やばい、クリストフの説明が長すぎる。止めるべきだけど止まらない。

 クロードが思った通り、ルーシュとクリストフは最悪の組み合わせだった。

 かくかくしかじかで要点だけ書いてしまえばよかったと1万文字を超えたあたりで思い切り後悔しました。

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