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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第1章 勇者誕生
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地上へのダンジョン

 勇者諜報員として任命されたルーシュは、長い旅路になるのでリュックに荷物を入れて出かける準備をしていた。

 とはいえ、小さい小屋のような家であり、私物も少ない。着替えと本、それに食料保管庫くらいしかこの小屋にはおいていないのである。

「ルーシュ、お出かけの荷物って何を持っていけば良いの?」

「うーん、諜報員なんだし、現地の服装に着替えるんだから、着替えは当面のもので良いとおもうんだよね。あと…食事だよね。僕はともかく…レナは大喰らいだからなぁ。余計に食料を持ってく?」

「女の子に大喰らいとか言っちゃ駄目な気がする!」

 ルーシュとレナの2人は、ルーシュの部屋で旅路に持っていく荷物の整理をしているのだが、人が2人くらい入りそうな巨大なリュックサックに、服や非常食など必要なアレコレを中に押し込んでいた。

「実際問題、魔力の豊富な食事って暗黒世界の外にあるのかな…。人間って魔力が少ないんでしょ?」

「でも、領土として欲しかったんだから、養分豊富なんじゃないの?」

「さー、当時の魔族事情なんて知らないし」

 食糧問題に関しては深刻である。特にレナは直に腹を減らしてしまうからだ。ルーシュはそれだけが一番の懸念事項として抱えていた。

「小さい頃みたいにチューすれば良いよ。チュー」

 レナは唇を突き出して言う。

 男女の関係ならば色っぽい話にも聞こえるが、ルーシュとレナは兄妹同然で過ごしていたのでどちらかと言えば、ルーシュの魔力をレナが吸えばいいと言っているのである。

 つまり、ルーシュには『私がルーシュを食べれば良いよ』という意味合いにしか聞こえないので、ジトとレナに対して抗議の視線を送る。。

「そりゃ、僕の内包する魔力からすれば、レナの魔力なんて微々たるものだし?僕は省エネだからね。でも…そういうのはさすがに色々と良くないと思うんだけど。一応レナも年頃の女の子だし?」

「むー」

 レナは食糧問題に関しては幼い頃から重要な問題であった。

 それは、レナがエルフと魔族の混血として生まれてしまった為であり、これが致命的な問題を抱える事となっていた。


 この世界の人類は4種族によって構成されている。人間種、獣人種、亜人種、魔族種の4種族、そしてそれらの中間的な種族(ハーフ)である。

 人間と獣人は食事でエネルギーを獲得し、食事や休憩によって魔力(精神力)を生み出す。

 亜人は食事だけでなく、呼吸によってエネルギーや魔力を同時に獲得する。その為、魔力を吸収しやすく輩出し難い体質である。

 魔族は魔力を経口摂取して、魔力を体内でエネルギーに変換する。つまり魔力のない食事ならば、どんなに食べてもエネルギーにならないのである。

 そしてレナのようなエルフと魔族の混血児というイレギュラーな存在は、魔族同様に経口摂取で魔力を取る半面で、魔力が簡単に出て行ってしまうのである。魔力管理を体内でろくにしないエルフの血が混ざった所為か、魔力の吸収も非常に悪かった。

 その為、レナはすぐに腹ペコになるのであった。


 ルーシュは魔力が高いので、それこそ魔力さえ使わねば100年や200年は食事をしなくても生きていけるのだが、レナは毎日の食事を要する。

 いなければ寂しいが、いれば旅の難易度が格段に上がるのである。

「いっそ置いていくか?」

「えー、つまんないよぉ。寂しいよぉ」

 レナはルーシュのベッドの上でゴロゴロ転がって抗議する。

 一応、ルーシュのバエラス家は主でレナのアシュタール家は家来筋にあたる。さらに言えばルーシュは魔族において血統は魔王直系でもある。大半の魔族は、ルーシュの家来筋であるので、こんな我侭を言う魔族は他にいない。

「それにルーシュは分かってないよ!」

「?」

「私の非常食が近くにないと危険でしょ!?」

「僕を喰らうためについてくるのか!?どんだけ腹ペコなんだよ!っていうか、僕は非常食扱い!?」

 主家を文字通り食い物にするという、とんでもない魔族がいたものだった。

「まあ、良いや。どうにかなるでしょ。勇者と戦う羽目になったら放って逃げるけどね。むしろ蜥蜴の尻尾切り的に」

 ルーシュもルーシュでかなりゲスい事を思いついたようだった。

 しかし、それを口にしてしまう当たりが甘かった。

「くっくっくっくっくっ」

「くっくっくっくっくっ」

 大きい部屋の中2人の笑い声が響く。ルーシュとレナは互いに見合って笑う。

 レベルの低い駆け引きが今始まったのである。



 ルーシュは巨大なリュックサックを背負ってバエラス城を出ようとする。それに付いて行くレナは道具袋を腰にかける以外に何も持っていない。そして2人とも普段の着慣れいる安物の綿と麻でできた服だった。少なくとも魔界の大魔公のお坊ちゃんとその婚約者というようには見えない。


 するとワンワンという犬の鳴き声が近付いてくる。その声にルーシュは福音でも聞いたかのように目を輝かせる。

「おおー、ハティ、スコール。おおお、よしよしよしよし」

 ハティとスコールと呼ばれた膝元程度しか達してないような小柄な子犬達がルーシュに抱きついてくる。片方は白銀に輝く雌狼のハティ、もう片方は黄金に輝く雄狼のスコール。暗い暗黒世界においても僅かな光を反射してまばゆく光る美しい2頭だった。

 ルーシュは喜んでその2頭の犬を抱きとめる。

「どうしたんだ?」

「くーんくーん」

 2頭はルーシュにしがみついて離れない。ルーシュも嬉しく2頭を抱きしめるのだが、よく見るとスコールは紙を加えていた。

「なんだろ?」

 ルーシュは紙を広げる。小さいと思った紙だったが、広げてみると縦横共に3メートルにも広がっていく。とてつもないでかい紙だった。裏側には丸い灰色のインクがべったり着いていた。表紙には大きい文字が書いてある。


『神狼フェンリルより魔神の子ルーシュへ

 魔力文字にて失礼。風の噂にてルーシュが地上世界へ向かう事を聞いた次第、是非我が子スコールとハティも一緒に連れて行って欲しい。この子らは我らの故郷を知らぬ身、光の世界を見せたかった。対等な存在である数少ない魔族の君に二頭を任せたい。 敬具』



「い、犬が文字を書いてる」

 驚きの声を上げるのはレナだった。

「フェンリルだね、手紙の裏に大きな人差し指の肉球で拇印が押してあるし。この大きさと形はフェンリルだから間違いないよ」

 ルーシュの数ある特技の一つが犬を顔で見分け、出会った犬の特徴を完璧に覚えるというものだ。人間の顔は簡単に忘れるが犬の顔は決して忘れないのだ。

「犬の拇印で鑑定だと…」

「というか、鑑定した訳じゃないけど、魔狼族でも人語を正確に解して、魔法で言葉を話して文字も描けるのはフェンリルだけだし。曾お祖父ちゃんにさえ懐かなかったという伝説の神が如き狼なのだから当然なのだけど」

「ふーん、…やっぱり皆、地上界に興味はあるのかな?」

「親の世代の故郷だからじゃないの?」

「親の世代って…」

 スコールとハティの母親であるフェンリルは数百年前に生まれたというが、当人(当狼?)は獣神ジブリードの転生を自称しているので、故郷が地上界というのもおかしくは無い。事実はどうかは不明であるが。

 しかし、初代ルシフォーンの遥か上の世代、この暗黒世界に空が存在した神話の世代がどれ程、昔なのかさえ歴史には残ってなかった。

 ルーシュが知っているのはよぼよぼの魔公がシャイターン様とやらがどれだけ素晴らしい神だったかを見てきたかのように語るのを知っている程度だ。だが地上界が故郷だという魔族は見た事が無い。遥か古来、魔族も光のある地上界が故郷だと言う事は歴史学ではなく神話で学んでおり真実の確かさは不明なのだ。

「でも…くうう…暫く会えなくなるから、寂しく思ってたけど…ハティもスコールも一緒に来てくれるなんて」

「くーん」

 2匹はルーシュによじ登って両肩に座るとグリグリ頬を摺り寄せる。

「くくくくく、今なら勇者をも倒せるかも知れぬ」

「犬二匹でとんだ強気ね。さっきまで涙目だったくせに」

 レナはさすがにルーシュの変わりように呆れていた。




 ルーシュとレナの2人は空を飛んで南へと向かう。スコールとハティの2匹はルーシュの肩に乗っていた。

 向かう先は、200年も昔に伝説の勇者がやってきたとされるバエラス領の最南端にある険しい山々の奥、天空へと繋がる『地平山』である。

 地平山、今の時代となっては何故そう呼ばれているかは不明だが、神話の時代から存在している山である。暗黒世界は天井が存在しており、雲を突き抜けた遥か先、外壁以外で唯一天井に最も近い場所まで伸びている山である。



 暗黒世界を覆い塞がる雲の上に、まるで蓋でもするように岩盤があり、その岩盤がみえるまで高い場所に登って来ていた。

 ルーシュは雲の遥か上にある地平山の頂上にそびえる巨大な塔へ辿り着く。

 暗黒世界においてもっとも巨大な建造物がこの『蜘蛛の糸』という名の巨塔である。

 茶色い切り崩された岩盤を積み重ねて出来たような頑強な造りの塔は、大きさは魔王城やバエラス城の比ではなく、この円柱状の構造物は、山と天蓋をつなげるほど高く、直径は村一つを飲み込むような太さがあった。1つだけある入り口以外に中に入る手段は見当たらず、物々しい雰囲気をかもし出している。

「なんだかダンジョンって感じだね」

「暗黒世界にはいないタイプのモンスターも出没するって言う話だし気をつけないと」

「モンスターかぁ。僕らはあまり気にしたことないけど、普通の魔族の人たちにとっては深刻な問題なんだよね。僕らの集落にたくさんいるのもその為なんでしょ?」

 この暗黒世界において凄まじく強いモンスターが巣食っている。並の魔族達はどうやってもこのモンスターには勝てない。そこで魔族達は強い魔族の庇護下にある事で身を守っていた。

 特に一番人数が多く一番弱い魔人族という種族は魔族の頂点に立つ種族・魔公達の領土で身を寄り添って暮らしている。魔公は魔人と同じ姿を持ちながらも圧倒的な魔力を持っているので、余りにも高い魔力がある彼らによって切り開かれた街は、犬のマーキングのように縄張りを形成しており、モンスターも魔公の縄張りに対しては恐ろしくて近寄れないのだ。

 ルーシュが離れて、ルーシュの治めるバエゼルブ連邦領は大丈夫なのか?という問いに関しては『イエス』である。バエラス家のように多くの魔公を統べるものとなると、その分家筋にも家来筋にも強大な魔公が揃っている。レナのアシュタール家はつぶれているが、同じ領土にはバエラス家の本家筋にあたるバエゼルブ家、同盟関係にあるガエネール家やアーメイム家などがあり、ルーシュがいなくても彼らがいる事で街が困ることは無い。そもそもバエゼルブ連邦領の正式名称はバエゼルブ連邦共和国。多くの魔公達がそれぞれで協力して経営されている共和制国家である。


 2人と2匹が塔の中に入るのだが、魔物気配はあるものの全く近付く気配がない。

「って、全然モンスターが出てこないね?凄いたくさんいるって聞いてたけど?」

「そりゃまあ…」

 レナの疑問に対して、ルーシュは気まずそうにする。

 モンスターは魔力や匂いを敏感に感じ取る生物である。魔公の頂点と魔狼種の頂点に君臨する神狼族二匹と一緒に歩いてきたら、もはや大災害の前兆を察して大移動する生物のように逃げ出すのは当然だった。

 ルーシュからするとこういうダンジョンは自分が入ると、モンスターの皆々様に対して凄く迷惑だという自覚があるので、とりあえず最短時間、最短距離で頂上へと登ろうと心がける。

「それにしても迷宮だねぇ」

「勇者が来るって言うんで迷宮に作り変えてから弄ってないみたいだし」

「何それ、適当。管理者は何をしている!?」

 この蜘蛛の糸と呼ばれる塔管理に対する不平を述べるレナだが、犯人は身内である。何せここはバエゼルブ連邦領。ルーシュが君主を勤めている国家である。

「管理者は1年前までウチの父でした」

「あー」

 一応暗黒世界の領土は広大だが、南側の主要拠点はバエラス家に所有権がある。

 ルーシュは、自分が君主になる際に莫大な借金を抱えている事を知って、自分達が経済活動に必要としていない土地を他の魔公へ売り払って、借金の清算をしていた。だが大事な場所は売り払っていない。例えば南側における人間界への侵攻拠点や侵略ルートなどに使われた場所は確保している。穏健派が握っておけば、とりあえず旧主派が独断で人間界へ戦争を仕掛けられないからだ。

 地上界へ移動する予定が無いのだから、そもそも塔を元に戻す必要性も無かったのだ。

 その所為でたまに来る移民は凄く迷惑を被ってはいるようだが。


 2人は塔をどんどんと登っていく。さすがにルーシュは勝手知ったる自分の庭、でもないが、幼い頃に遠足で一度登ったことのある場所なので何日もかけて登る迷宮を最短の魔族専用ルートを進み、3時間程度で登りきってしまう。

 辿り着いた場所は『蜘蛛の糸』の最上階、暗黒世界で一番高い場所であった。


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