タイラントは逃げ出した
そんな逃亡中の2人と1頭、森林地帯を走っている中、森の奥のほうで何やら金と銀の毛玉がもぞもぞともつれ合うように転がっていた。
「?」
「どこかで見たような…」
アレッサンドロは目を細めて金と銀の蠢く毛玉を見る。クロードは既視感を覚えてその毛玉を見る。
だが一番最初に動きを変えたのは先行していたロベールだった。ヒヒンと嘶き、徐々にスピードを緩めて、ゆっくりと毛玉の前で止まってしまう。
「ロベール!?」
想定外の動きにクロードは慌てる。
「だああ、お前が逃げてくれないと俺のゲットしたアイテムがああああああああ!」
アレッサンドロは頭を抱えて呻く。
彼は、タイラントドラゴンの皮を戦闘で傷ついたら困るし、自分も痛い思いをしたくないから囮を使っていたのだ。だが、ロベールが想定外だった。クロードと一緒に逃げ出すし、いきなり立ち止まったりする。
「くそっ!戦うしかないか!」
アレッサンドロは魔力を体内に循環させ、斜面を踏みしめ、タイラントドラゴンの方へ振り返る。
「クロード!馬の責任はお前の責任だからな!ちゃんとサポートしろよ!逃げるなよ!その為に鍛えたんだからな!」
アレッサンドロは半ば投げやりに剣を抜いて構える。右半身を前に出し、左半身を引いて、右手に持つ鉄の剣をタイラントドラゴンの方へ向ける。
クロードも諦めて少し足元を滑らせてしまうが、斜面の中を急転回して振り返り、腰の剣を抜いて、ドラゴンと正対する様に立って、鉄の剣を両手で持って右肩前に掲げる。
「まさかドラゴンと戦う日が来るなんて…」
「だからあれは蜥蜴だ!っていうか、その前にもっと凶悪なモンスターと戦ってんだろうが!」
アレッサンドロはクロードの感覚が勇者というより一般人のそれなので呆れるように突っ込みを入れてしまう。
本当に勇者なのだろうか。ラフィーラ神は耄碌したのではと懸念してしまう。
2人は身構えているのだが、今度はタイラントドラゴンも足を止める。足を止めるというよりは必死に慌ててタタラを踏むように足を止め、尻餅をついていた。二足歩行の頭でっかちなドラゴンにはこの緩やかな斜面でも急停止は荷が重かったようだ。
クロードもアレッサンドロも、タイラントドラゴンの隙を見つけて攻撃しようと思っていたのだが、あまりにも異様な動きにポカーンとしてしまう。
「わう?」
「くーん」
タイラントドラゴンに対して、襲い掛かろうと身構えているクロードとアレッサンドロの間に金と銀の毛玉が現れた。もとい、金と銀の毛並みの子狼である。
「あれ、もしかして…スコールとハティ?」
クロードは何故ここにいるのかと驚きの声を上げる。
「「わう」」
2頭揃って、クロードの独り言に対して、答えるように鳴き声で返事をする。さらにスコールは『や、元気?久し振り~』とばかりに右前脚を上げて返事をする。
「もしかしてルーシュもここに来てるの?」
「「わう?」」
2頭は同時に首をブンブン横に振る。
(どうやってここに来たんだろう?)
クロードは心の底から不思議そうにしていた。
だが、スコールが強いのはよく知っていたので、これは助けてもらえるのではと思うのだが、スコールもハティも戦闘態勢にないようだった。
スコールは興味深そうにタイラントドラゴンを見て、そこでこっちに来いとばかりに右前脚でこまねく。
「グオオオオオッ」
タイラントドラゴンは悲鳴のような声を上げる。
「わう」
ハティは怪訝そうに首を傾げて鳴くと、タイラントドラゴンは歩いてスコールの前に出て、その場に平伏するようにゆっくりと倒れる。
スコールは寝転がるタイラントドラゴンの前脚の鱗を見ると、ハティと見つめあい、そしてうなずきあう。そしてスコールはタイラントドラゴンの左前脚にある鱗を取ろうとするのだが、流石に指で物をつかめる構造をしていないので上手く取れない。
「がるう」
業を煮やしたスコールは右手を振りかざす。
「グオオオオオオッ」
タイラントドラゴンはその行動に驚き、涙を流して首を必死に横に振って鳴くと、スコールの隣にいたハティがペシッと右前脚でスコールに突っ込みを入れる。
「わう~」
スコールは渋々といった感じで、再びタイラントドラゴンの鱗に手…ではなく前脚を伸ばす。今度は両前脚で挟むようにして器用にタイラントドラゴンの鱗を引っ張る。
ブチッと音がすると、鱗を引っ張っていたスコールは、急に引っ張っていた鱗が剥がれた所為で、鱗を抱えたまま背後に転がり、斜面を転がり木に体をぶつけてしまう。
「わう~」
スコールは起き上がるのだが、後頭部を右後脚でさすっていた。痛かったのだろうか、妙な痛がり方をしていた。そこを左前脚でさするハティは優しいお姉さんのようにも見える。
スコールは鱗をを咥えて、再びハティと見合って頷きあう。ハティはあっちに行って良いよといった感じでしっしっと右前脚を振る。
タイラントドラゴンは恐る恐る起き上がり、山の斜面を下ってきた5倍くらいの速度で山を駆け上がって消えていく。
ハティとスコールは2頭仲良くじゃれ合いながら、山を下って消えていく。ゆっくり動いているようだが一歩一歩が巨大なのでそれこそ数秒で視界から消えていた。
「あ、あれは何だ?」
アレッサンドロは引き攣ってクロードに訊ねる。というのも2頭はクロードを知っているようだったからだ。2頭は喋らなかったが手振り素振りで何をしたかは一目瞭然で。
つまり、2頭の子狼はタイラントドラゴンを恐喝していたのだ。
「えーと、ルーシュの飼い犬?いや、飼ってないか、友達とか。地元で一番強いモンスターの子供だとか…」
クロードはうろ覚えの2頭の素性を思い出しながら口にする。
「前に言ったな。俺は魔力を感知できるって」
「はい」
「あの2頭からも全く感知できなかったぞ」
「……ですよねー」
「ルーシュって奴は、本当に社会勉強に来ているのか?本当は世界征服するための尖兵だったりしないか?普通にグランクラブを武力制圧できそうなのだが」
え~、面倒くさいよ~、皆仲良くしようよ~
そんな声が聞こえてきそうな友人を思い出し、
「それはないかなぁ」
勇者は断言してしまう。
冒険者達の集まるキャンプ場に辿り着いたクロード達だったが
「弱いモンスターが海に身投げしていたんだよ、マジだって!」
「モンスターが南東付近に逃げるように大移動していたらしいぜ」
「狩れるチャンスじゃないのか?」
「ばか、数が多すぎて死んじまう!」
「この島で一体何が起こっているんだ…」
そんな噂話があちらこちらで耳にする事となる。
クロードとアレッサンドロは馬車を船に載せてシャトーに戻ってきていた。
タイラントに襲われてから実に3日が経っていた。
クロードはロベールを引きながら、馬車を先導し、その横をアレッサンドロが歩く。
「まあ、基本は教えた。魔力による武器の強度アップと魔力による身体能力のアップだ。ただ、お前はどうも魔法を放出するのが下手過ぎる。むしろ体内の魔力循環を活発にして、もっと力強く、速く動けるようにした方が早道かもしれない。魔力自体は結構高かったしな。下手な部分は諦めて良い剣でも買った方がよほど簡単だ」
「な、なるほど」
クロードは薄々気付いていた。魔法が使えないのも剣に魔力を送り込むのが下手なのも、魔力を外に出す事が極端に下手という事実に。
村の近しい年代の友人からは、魔法音痴と呼ばれていたくらいだ。
「これは慣れだから毎日やる事を勧める。魔力を上手く回せる奴は馬より速く長く動けるからな。というか、お前はどうやったらアルゴスの魔石を切れたんだ?」
アレッサンドロは、隣で馬車を引いているクロードを見て訊ねる。
アレッサンドロは魔石の大きさと潜在魔力容量を計算して、その魔石を運用していたモンスターの能力をざっくりと魔法力学から計算できる。そしてその計算から割り出されたモンスターは下手すると北の大陸を破壊しかねない規模であるといえる。
「それが僕にも分からなくて…」
そんな話をしながら、公園を横切って進もうとしているのだが、そこには1つの屋台に10名ほどの行列が出来ていた。
銀の林檎屋台と書いてあった。言わずと知れた名店(?)、ルーシュの経営しているアップルパイの屋台である。
クロードはルーシュの店がこっちでも相変わらず繁盛しているんだなぁと感心していた。
当のルーシュは一番後で並んでいる人にペコペコして謝りつつ、次に並ぼうとしている人に断りを入れていた。どうやらもう売り切れのようだった。恐らく最後の人は欲しい数に対して売れる数が少なかったのだろう。するとティモがアップルパイを出してレナと2人で包んでいくので、再び行列が動き出す。
クロード達は近くの集落で一泊してから戻ってきたので、今は丁度お昼時、ルーシュの店は相変わらず昼前に売り切れになっているようだった。
「なんだか繁盛しているみたいだね」
クロードは店の行列を整理しているルーシュに声をかける。
「おりょ、クロード。それに…ええとアレッサンドロ・インペラトーレ・デッラ・ロッカさん?」
「ゴホンゴホン、ルーシュ・バエラス三世。ミドルネームは隠し名なんだ。やめてくれないか?お前だってバエラスとはこっちで言われたくないだろ?」
「ほえ?まー、ばれてしまえば別にって感じだけど、確かに父さんも祖父ちゃんもバエラスだから紛らわしいかなぁ。まあ、僕のルーシュって名前も歴代魔王の幼名だから、いかがとは思うけど…確かに嫌な名前では呼ばれたくない。じゃあ、何て呼んで良いんですか?」
ルーシュは首を捻って訊ねる。
ルーシュって魔王の幼名、ようするにルシフォーンの愛称なんだ…とアレッサンドロとクロードは引き攣ってしまう。魔界のサラブレッドなんだと納得させられてしまう。
「ファーストネームで呼んでくれ」
「じゃー、アレッサンドロさんで」
ルーシュはコクコクと頷く。
アレッサンドロは、イヴェール国王に頭を垂らさなかった少年が素直に話を聞くので少しだけ意外に思う。
魔王の子孫にしてバエラス当主と語るだけはあり、上に立つものとしての資質があると同時に、私生活では本当にただの子供なのだと感じる。そして同時にそこら辺の切り分けを自然と出来ている所が、頭の悪そうな子供であっても、一応は王家の人間なのだと感じさせた。
「ところで…クロードは何でアレッサンドロさんと?ついに勇者を辞めて技師の弟子入りに!?僕も実家の家業が無かったらあやかりたい所だけど」
「してないよ!まあ、勇者になった積もりもないけどさ!」
クロードは引き攣って呻く。冒険者協会のジョブ登録も勇者ではなく未だ戦士登録である。無論、勇者の称号は神聖教団が発行している者なので呼ばれたくてもジョブ登録できないのだが。
ルーシュはクロードとアレッサンドロの2人を交互に見て首をひねる。アレッサンドロは冒険者であるがマギテックというギルドに所属する派遣技師である。勇者と接点が全く無いのに二人が一緒にいる理由が分からないので、ルーシュは説明を求めるようにアレッサンドロを見上げる。
「俺の素材アイテム調達の手伝いをして貰ったんだ」
「戦い方とかも色々と教わったんだよ」
「…そっか……。勇者が技師に戦い方をレクチャーしてもらっていたのか…」
ルーシュはクロードの言葉に遠くを見る。
何故だろう、非常におかしな勇者が出来上がっているような気がする。気のせいじゃなかった。
「うぐ。ま、まあ、ほら、冒険者としては遥かにレベル高いし」
クロードはアレッサンドロを見て言う。
ちなみに、冒険者協会がつけるランクを言えばルーシュとレナはEランク、クロードは先日の功績でDランク、アレッサンドロはなんとAランクである。
「で、その馬車の中には何が入ってるの?茶色い透明な変なのがクシャクシャに畳まれてるみたいだけど。それがアレッサンドロさんの欲しがった素材?」
ルーシュは馬車の中を見る。
「ああ、タイラントの皮だ。耐熱、対衝撃性が高く、柔らかいから伸ばして使える優れものでな。今度作る魔導機関の素材に使おうと思ってたんだ。殺したら採れなくなるから、こうして脱皮した皮をとるのが経済的なんだよ」
「タイラントの皮…ねぇ。そういえば3日前にハティとスコールがタイラントの鱗を散歩の戦利品として持ってきてたな。ここら辺って、あの弱っちい蜥蜴の住処だったんだぁ」
ルーシュは首をかしげる。
……
「えと、ルーシュ。タイラントは蜥蜴じゃなくてドラゴンだよ」
「?……クロード、タイラントは蜥蜴でしょ?生物学的にドラゴンとかありえないし。あんな頭の悪い蜥蜴をドラゴンとかいったら、竜族の連中に怒られちゃうよ」
ルーシュは呆れたようにクロードに言う。
「だから、言ったじゃないか。あれはドラゴンじゃなくて蜥蜴だと」
アレッサンドロは同志がいたと理解してうんうんと頷いてみせる。
「ええ?タイラントドラゴンって冒険者の館にも出てましたよね!?」
クロードは驚きの声を上げる。
「そうなの?タイラントドラゴンって名前なの?でも、名前なんて人が勝手に付けたものでしょ?竜族からすればタイラントは蜥蜴だよ。知り合いの竜王のお孫さんがそんな事を言ってたよ。蜥蜴と龍の区別を教えてーって頼んだ時に。最初にそれ聞いたら頭吹き飛ぶぐらいにぶん殴られたけど」
「何故に竜王の孫が知り合いなのかはおいておくとして……そっか、あれは蜥蜴なのかぁ。っていうか、何でハティとスコールは島にいたの?ルーシュも島に来てたの?」
「島?」
ルーシュは意味が分からないと首をかしげる。
「僕らが冒険してたのは、ここの海岸線の向かいに見えるイル島だったんだよ。途中でハティとスコールを見かけて、てっきりルーシュも来てるのかと思ってたけど…」
「まさか。っていうか、あの子達は……島には行くなって言ってたのに」
ルーシュは珍しく苦虫を噛み潰すようにぼやく。
「そ、そうなの?」
「まー、仕方ないかぁ。あの子達が簡単に言う事を聞くとも思ってなかったし。僕と違って野生の力があるからただ魔力を垂れ流して島のモンスターを海の外に追いやるようなバカはそうそうしないだろうし…」
ルーシュのぼやきにアレッサンドロは眉根に皺を寄せる。島の異変が何によって引き起こされたのか、ルーシュの言葉によって明らかにされてしまった。噂はたわごとだと思っていたが、魔王の子孫が飼う犬ならばありえる。
「さ、さすが魔王の子孫の飼い犬か」
「別に飼ってないよ。友達だってば。僕が地上に出る際に面倒を見てやってくれって親に頼まれたの。社会見学だよ、2頭とも。そもそも…あの子達も僕と一緒で王の子孫だから、流石に飼うとか不敬すぎるって。見た目はモンスターでも、知能は人並みだし。ただ、あの子達は生まれて1年くらいの子犬だから幼くても仕方ないし」
「生まれて1年の子供にタイラントが泣いて逃げるのかぁ…」
クロードは遠くを見る。世の中に才能と言う言葉が存在するのだが、どうやらそれが世界の理のようだと理解する。
「タイラントなんて弱いモンスターならそうじゃない?」
「弱いの!?ルーシュ的に?」
「いやいや、ルーシュ的にじゃなくて、暗黒世界におけるタイラントは、何故にタイラント(暴君)なんていう名前がついたか理解できないほど弱いモンスターだよ。下級の草食モンスターしか襲わない臆病者でしょ?」
「OK、そこら辺からして僕らの知識とすれ違っていたんだな」
クロードははっきりと理解する。言われてみれば勇者の冒険において、中央大陸や魔界では恐ろしいモンスターの群に何度となく襲われていて、モンスターのレベルは他の大陸と比較にならないほど強力だったという。
魔界に住むルーシュにとってはタイラントは弱い蜥蜴だが、グランクラブにすむ人間達にとってはドラゴンと勘違いするほどの強大な暴君なのだと発覚する。
「な、言っただろ?蜥蜴だって」
アレッサンドロはうんうんと頷く。
「まあ、何ていうか…人の見る視点によって、同じ生物でも随分と違うってのは分かりましたよ」
げんなりとクロードは肩を落とす。同時に…自分が一番一般的な感性を持っているとも理解する。ルーシュは規格外としても、アレッサンドロも普通の知識じゃないのだとハッキリと感じていた。
(何だろう、この場で一番弱いのが勇者って状態なんだけど…ラフィーラ様は僕に何をさせたいのだろう?他に頼るべき人材がいると思うのだけど…)
クロードは大きく溜息をつく。
アップルパイ屋と子犬と技師の方が勇者より強いという状況はどうにかして欲しかった。
タイラント相手に大立ち回りをする勇者。ついにその秘めたる実力が開花する!
みたいな事にはなりません。
おいしい所はハティとスコールが持っていきました、そんなお話です。
RPG的に見て、クロードはレベルが低く序盤の安全地帯で冒険しているような状況ですが、周りにいるのがラスボスクラスなので仕方ありません。そもそもタイラント自体が、序盤に間違って出会うと確実に殺されてしまうモンスターなので。(例えるならばD○3のカ○ーブの町の東に出てくるデ○ス○ーカーみたいな?)




