タイラントが現れた
勇者クロードは技師アレッサンドロの弟子入りをした。
字面にするとあまりにも荒唐無稽である。一体、勇者は何を作るのかと突っ込みたいところだ。
イル島でのクエストを一緒にするまでの間の弟子入りという事で、2人はイル島の奥へと向かっていた。
先頭を歩くアレンサンドロは後ろからついてくるクロードを一瞥する。
クロードは黒馬ロベールに馬車を引かせて山道を歩いていた。
「まさか、俺が勇者の面倒を見るなんてなぁ。時代は繰り返すとも言うが…」
「何か?」
「いや、何でも…。俺達はこれからイル島の山の頂上へ向かう。俺の求めているクエストってのは山頂にいるトカゲの巣から脱皮した皮を奪ってくる事だ」
「そんなクエストってありました?」
クロードはここに来る前に一通りのクエストの紙を見てきたが覚えが無かった。
「俺が出したクエストなんだが、誰も採ってきてくれないから、引っ込めて自分で取る事にしただけだ」
「……その蜥蜴の脱皮した皮って何に使うんですか?」
「魔導機関の材料だ。ロセッラに一緒に取りに行こうといったら、何で蜥蜴なんかの皮を取りにいかねばならないと冷たい目であしらわれてしまった」
「ロセッラってあのお姉さんですよね」
「ああ。まあ、俺の上役なんだが」
アレッサンドロは苦笑気味に答える。
「上司なんですか!?」
「上司って言うか…オレの勤めているマギテックってのは基本的に俺達技師は各所に派遣する会社だ。エンジニアとしてのランクがあって、俺の方が先輩だけど、俺は学校とか出てないからランクが低いんだ。ロセッラは西の大国のエリート技師だ。王立育成学校を主席で卒業している。むしろ大商人や王都のお抱え技師にならなかった事自体が驚きな経歴だ。経験年数は俺より下だけど、まあ言ってしまえばキャリア入社って奴だな」
「きゃりあにゅーしゃ」
アレッサンドロの言葉の意味は分からないが、ロセッラという女性が貴族の行くような凄い学校を優秀な成績で卒業したのだろうと理解する。
「おっと、モンスターがいるな。じゃあ、ちょっとレクチャーしてみるか。自分の体へも剣へも魔力を込めるってのは、魔法を使うときと同じ感覚で構わない。魔法の練習をしてるんだろう?魔力を使って魔方陣を描く要領で、魔力を体の筋肉に、或いは骨や筋に、そして剣に流すイメージだ」
アレッサンドロは説明しながら剣を抜く。剣に見えるように光の魔力がアレッサンドロの体から通るのが見える。
すると目の前の茂みの中からゴソゴソと猪モンスターであるキラーボアが2体現れる。
体長3メートルもある巨大な大猪は鼻息を立てながら、食料を見つけたというようにクロードとアレッサンドロを見つけて襲い掛かるタイミングを見計らっていた。
「練習台に丁度いいな。向こうもこっちを食う気満々だ。見てろ、片方はクロードが倒すんだ。俺がまず手本を見せる」
アレッサンドロは剣に魔力を流して構える。鉄の剣は持っているだけで、両手はブラリと下に降ろし、構えといえば足は肩幅で、膝を曲げて中腰程度に腰を落とす。
キラーボアは2頭同時に前に立つアレッサンドロへと襲い掛かってくる。
アレッサンドロは背筋を中心に魔力が両足へ太腿から膝、脛、足首、つま先と魔力が流れ、恐ろしい速度でキラーボアの攻撃を横にかわし、キラーボアの真横に立ち、既に体はキラーボアの方向へ剥いていた。そこから今度はアレッサンドロの魔力は地面から足を伝って背筋を固定させ、魔力が今度は背筋から腕を伝って剣へと伝い、それを下から振り上げる。
キラーボアは胴体から大量の血を噴出して、背骨を真っ二つに切られて地面に倒れる。
クロードは説明されながらも、アレッサンドロの動きがまるで無駄のない洗練された動きに驚きを感じる。剣士の動きではないのに、まるでそれが理想の動きのように見えるほど、足運びから切るに至るまで、体の動きが最小限だった。
クロードは構えながら、魔力を剣に伝えようとする。何となく伝ったような気がするので残ったもう1匹のキラーボアの方を見る。キラーボアはアレッサンドロの方を警戒して、クロードの方へと襲い掛かってくる。
「つああああっ」
クロードは攻撃するがキラーボアの方が力強く、攻撃しておきながら吹き飛んでしまう。そのまま山をごろごろと転がってしまう。だが転げ落ちずにどうにか態勢を立て直してキラーボアの方を見ようとする。
だが、キラーボアは既にクロードを捕えていた。
「うげっ」
慌てて飛びのく。
「おいおい、剣に集中しすぎて動きが悪いぞ!普通の動きをしながら攻撃しろよ。キラーボアなんて駆け出しレベルだろ」
アレッサンドロは呆れたように遠くから声をかける。
「は、はい!」
魔法を使える人間ならば直に出来る。スムーズに強く使えるようになるには慣れが必要で時間が掛かる。簡単に出来ても簡単に使いこなせるものではなかった。
キラーボアは確かにクロードも牧場で暮らしていた頃に追っ払った事のあるモンスターなので弱くはないが強い相手でもない。
クロードはいつものように必死に動き回って攻撃するのだが、今度は剣に魔力を込められなかった。
結局、3分ほど戦って、キラーボアは戦うのを辞めて逃げていく。
「勇者というからもう少しセンスがあるのかと思ったが、……一般人だな」
「うううう、きっと預言者様が勘違いしたか、ラフィーラ神が預言をする際に間違えちゃったんですよ」
「カカカカカ。まあ、ラフィーラ神も2000歳越えるからな。耄碌した可能性はある」
「天罰が落ちそうな事を…」
「ミシェロスならともかく、ラフィーラ神は天から攻撃なんてしねえよ」
アレッサンドロは自分の剣をしまいながらぼやく。
「ミシェロス様って本当に天界に住んでるんですかね?」
「さあな、空を飛べるようになったら直接見てくるさ。俺の空への夢を邪魔するようなら、天界を地に落としてやる。どちらにしても見る事が出来る」
アレッサンドロは淡々と口にするのだが、不遜極まりない言葉である。だが、それ以上に、クロードはアレッサンドロの空を飛ぶという夢が本物である事を感じる。
「そ、そんなに空を飛びたいなら、ルーシュが飛ばせてくれると思うけど」
「俺だけが飛ぶんじゃない。それなら魔公を探して飛ばせて貰うように頼むのが手っ取り早い。なら暗黒世界へ冒険する方が簡単だ」
暗黒世界の場所はよく分かっていない。中央大陸の深い場所にあるとは聞いている。ルーシュはそこから来ているのだし、知っているだろうが、きっと教えてはくれないだろう。実際、200年前以降、冒険者が暗黒世界に辿り着けたという話は聞いた事が無い。
クロードはアレッサンドロがとんでもない事を言い出した事に引き攣ってしまう。暗黒世界へ冒険するという事は、行き方はある程度把握しているけど、そこに興味が無いという意味にも取れるからだ。
「俺達がやりたかったのは、誰もが空を飛べる世界を作ることだ。飛行艇の開発はその夢の実現だ。まあ、すべてはその為の道中って事だな」
アレッサンドロそういうと先を歩き出す。
何か訳ありなのだろうか、クロードはアレッサンドロの背中を追いながら何となく感じたのだった。
2人は山の頂上へと向かう。かなりのモンスターが出てきて、強いモンスターをアレッサンドロが相手をし、弱いモンスターをクロードの練習台に使う。
クロードはアレッサンドロが恐ろしく強力な冒険者だと感じる。
冒険者における技師というジョブは戦闘職ではなく生産職。冒険に出ても、いらない素材を金にして、必要な素材を集め、それらを使って魔法道具を生み出すジョブである。類似ジョブとして鍛冶師や工兵、建築士とある。
鍛冶師は武器や防具を作るジョブ。
工兵は落とし穴から土木工事、破城槌、魔導砲といった持ち運べないものを現地で調整や設置するジョブ。
建築士は城や砦、家や橋などを建築するジョブ。工兵も即興で土木工事として行なうが、建築士はより専門的なジョブである。
いずれも一流の生産職として名高い冒険者となれば、戦闘よりも専門技術を主とし、素材集めは冒険者を雇う側になる。一流の戦闘技能を持つ冒険者とのコネがあっても、自分が一流の戦闘技能を持つ事はまず無い筈だ。
クロードはアレッサンドロの技能は一流の冒険者のそれなんだと感じる。無論、これはクロードが冒険者を知らないからかもしれないが、アレッサンドロは贔屓目に見ても以前のボリス・ノイバウアーという神聖教団の勇者より強そうだった。
「魔公の方に教わったんですよね、そんなに強い技師の方って他にいるんですか?」
「さあ、俺も、戦う技師なんて見た事ないぞ?マギテックの社員には冒険者だから、戦える奴もいるけど、基本は普通の科学者や技術者って感じだ」
「やっぱり。じゃあ、アレッサンドロさんみたいに闘える人って少ないんですよね。僕、そんな人ばかりなのかと思っちゃいました」
「まさか。とは言っても、専門的な教育を受けてる奴が多いから、魔導師としてレベル高い奴は結構いるぜ。ロセッラなんか宮廷魔導師候補生だったらしいからな。どっちかというと、ワケありが多いな。マギテックの技師は一様に冒険者、即ち国に所属しない者だからな」
アレッサンドロの言葉にクロードは頷く。派遣技師という存在は珍しくなく、世界中に短期の技師として勤める人間がいるのは知っていた。だが、アレッサンドロまで優秀ならば基本的に旅をせず、高給を貰って都に住みながら生きるものだ。魔導機関を作れるような優秀な技師はどこの国も欲している。
「アレッサンドロさんは魔法も使えるんですよね?」
「そりゃ、まあ、1人旅してる奴が魔法使えなかったら死ぬだろ。空から巨大鳥モンスターとかに襲われたらどうすんだよ」
「……」
クロードには、そんなモンスターの出る場所に行かなければよいのでは、という思いが過ぎる。
「お前、そんな場所にいかなければいいじゃないかって思っただろ?」
「ま、まあ」
「技術者だからなんだろうな。俺は、常に目標に対して何が懸念事項なのかを洗いだす。そしてその懸念事項を全て潰せば自ずとそれに手が届くと考える。だから戦闘力も必要になったから身につけたんだ。お前も欲しい物があるなら何をすればいいか考えてみろ」
アレッサンドロの言葉にクロードは目を大きく広げて頷く。それはすべからく困難な技術を可能にしてきた最前線の技師だから言える言葉なのだろう。
「ちなみにこの理屈は女には当てはまらないからな。あいつらは何ていうか論理的じゃない生物だからな」
「あー」
うんざり気味にぼやくアレッサンドロには実感が伴っているようだった。
2人は木々の鬱蒼と生える緩やかな斜面を抜けると今度は砂利やゴツゴツした岩山のある斜面が広がっていた。そこから歩いて既に見えている山頂を目指す。
火山でもなければカルデラもないので、ただの岩や石があちこち露出した大きい山でしかない。大きいと行っても島自体が大きくないので、ボルカン山のような高さもない。モンスターがたくさん出てくるので大変なだけだ。
アレッサンドロは先行して山頂の方へと伺う。山頂は平たい場所になっており、モンスターがいるようだった。
「よし、いないな。クロードはここに待機、俺は馬車と共に逆方向へ回り込もう。俺は奥の蜥蜴の皮を拾いに向かうのでお前はここで蜥蜴が帰ってきたらひきつけろ。俺のいない方へ逃げるんだ。良いな」
クロードはやる事も無く周りを見渡していた。アレッサンドロは馬車に蜥蜴の皮を詰め込んでいるようでバタバタと忙しそうにしていた。
そんな中、地響きのような音が聞こえてくる。
クロードは何の音だろうと首をひねる。その地響きの発信源は徐々にだが近付いてくるように感じる。クロードは周りを見渡し、音のなる方へと移動すると、そこには巨大な蜥蜴がいた。否、タイラントドラゴンという体長10メートル以上ある2足歩行する頭のでかい巨大な……つまりトカゲではなくドラゴンだった。
「~!こ、これ、蜥蜴ちゃうやん!」
思わずどこのものか分からない方言が飛び出してしまう。
タイラントドラゴンはクロードを視界にいれると、咆哮を上げてドスドスと走ってクロードへ襲い掛かってくる。
「う、うわああああああああっ」
一方、アレッサンドロは馬車の中にタイラントドラゴンの脱皮した皮を詰め終えていた。
「ふう、これで一安心。タイラントドラゴンはクロードが引きつけてくれているし、俺は楽に集落へ戻れそうだな。まあ、あいつの逃げ足なら逃げ切れるか?山道を下るのはタイラントドラゴンは苦手だしな」
アレッサンドロは頷いてクロードの悲鳴の上がった逆方向へ黒馬ロベールを進めようとするのだが、ロベールは馬車を引いて勝手にクロードの方へと走り出すのだった。
「って、こら、ちょっと待て!」
アレッサンドロの言葉を無視してロベールは主人の方へとひたすら走る。アレッサンドロは慌ててロベールを追いかける。
結局、クロード、アレッサンドロ、ロベールの2人と1頭はタイラントドラゴンに追われて、走って逃げる事になる。
「何でこんな事になってんだ、こら!」
「いやー、ロベールは僕にとって兄弟みたいなものでして、僕の危機に察して追いかけてくれたんですね」
「お前を囮に使った意味が無いだろ!」
「トカゲって言ったじゃないですか!ドラゴンですよ、ドラゴン!無理ですから!裏切り者―!ナイスロベール!」
クロードはアレッサンドロがとんでもない囮に自分を使った事に対して抗議していた。アレッサンドロはそれがばれても、押し通す積もりだったが、まさか馬が逃げるクロードを追いかけて、態々タイラントに追われに行くとも思って無かった。
「くそっ…この馬の習性まで考えてなかった。モンスターを教え子に押し付けて俺はゆっくりと帰ろうと思ってたのに」
「タイラントドラゴンから逃げれるほど、教えてもらってませんよ!」
「1を教わったら10を覚えろよ!」
「無茶振りにも程がある!」
「俺なら勝てるんだから、勇者も戦えよ!」
「だったらアレッサンドロさんが戦ってくださいよぉ!」
クロードとアレッサンドロは文句を言い合いながら必死に山を下って逃げていた。
なだらかな山だからこそ余裕があるのだろう、ボルカン山のような急斜面だったら全員で転がり落ちていたかもしれない。実際に転がり落ちて死んだ冒険者が多数いた。勇者パーティーの大半はそれで亡くなっていた筈だ。
ここでも一番活躍しているのはロベールだった。馬車を引きながら絶妙な速度でタイラントドラゴンから逃げている。早く引くと勢いがつきすぎるし、遅く引きすぎるとドラゴンに追いつかれる。砂利道を馬の足で素早く駆ける事も中々出来るものではない。
「よし、森だ!これで助かる!」
クロードは逃亡先として最適な場所に突っ込めると感激する。タイラントの巨体は森の木々を掻き分けて移動できるなどありえないからだ。
「馬鹿め、タイラントが森に来れない様なザコなワケが無いだろう?」
アレッサンドロはそんなクロードの甘い考えに正しい突込みを見せる。走りながらも息を切らさずにクククククと黒い笑い方をする。
「そこで何で勝ち誇るんですか!?自分も危機の癖に!」
一同は森の中に入る。クロードとアレッサンドロは互いに貶しあって森の中に飛び込んでいく。傍目から見ると、もう親友にさえ見えるほど罵倒しあっていた。
だが、当然のようにタイラントドラゴンは木々を蹴り倒して、スピードを落とさずに追いかけてくる。アレッサンドロの言う通りだが、ピンチが増しただけだった。
「師匠!ここで一発強いところを見せてくださいよ!」
「バカ言うな!倒せないとは言わないが、技師が危険を伴う戦闘行為などありえない!それと、誰が師匠か!?」
クロードはよいしょして見るがアレッサンドロは却下する。だが、どうやら危険さえ伴えば勝てるらしい。
「モンスターが見かけなくなってますけど?」
「こんな最悪のモンスターの近くに他のモンスターが寄る筈無いだろうが!いや、そうだ!勇者様、ここで一発勇気を出して。勇者様のいい所を見てみたい」
アレッサンドロはむしろクロードに再度囮を薦めるのだが
「そしたらロベールの足も止まってしまいますよ?」
そもそもロベールがクロードについて来てしまったのが問題だったのだ。ロベールの積荷がアレッサンドロにとっての手にしたかったもので、自身の生命線でもある。
アレッサンドロはクロードの指摘に気づいて併走しながらがっくりと項垂れる。ロベールの足が止まって積荷が壊されたら目も当てられなかった。
「くそう!使った馬車が悪かった!だがこの森の中、車を木にぶつけないように巧みに走る馬、こいつ俺より頭良いんじゃないのか!?人間だったらマギテックに誘いたい逸材だ!人の尻を叩いて仕事させるロセッラとトレードしたいくらいだ!」
自分を囮に使たように、ロセッラも仕事を押し付けられたりしているのだろうとクロードは本能的に察する。
アレッサンドロは少し離れた場所で一緒に逃げるロベールを見る。
道の無い下り坂で、しかも森林地帯という、馬車を走らせるには最悪の場所である。だが、ロベールはスピードをコントロールしつつ、巧みに木々に馬車を当てないように方向転換しながら下りの林道を駆け抜けていた。
「あの馬なら1000万ピース払うぞ!」
「売りませんよ!っていうか、売り物にならないんですってば!」
中堅派遣技師の月給(60日分の給料)は60万ピースほどだという。どこから1000万ピースも捻出できるのか謎な人物である。だが、冒険者としての技能を見る限り、技師としてより冒険者としての方が稼いでそうな気がする。




