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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
44/135

新しい(?)アップルパイ

 港から自分の借家に戻ったルーシュは風呂場についている井戸で体を流す。潮臭さがアップルパイにつくことを懸念してである。ついでにスコールとハティも洗う。

 この2頭、意外に綺麗好きで、水を嫌う様子が全く無く、早く僕らの体を水で流してと言わんばかりに水のはいった桶を持つルーシュに水をせがむのだ。


 ルーシュは着替えるとそのまま台所へと向かう。

 まず最初に行うのは林檎の皮むき。銀色の皮は生ゴミとしてゴミ箱に入れる。クリストフの家から借家に移植した銀の林檎の樹の近くにある生ゴミ捨て場に捨てる事で少しでも魔力を大地に還元するのだ。

 林檎を薄切りにして鍋に放り込む。林檎にバター、砂糖とレモン汁をいれて丹念に、りんごが崩れないように慎重に、かき混ぜながら煮立たせる。柔らかくなったらシナモンの粉末を軽く振って火を止めてかき混ぜて馴染ませる。

 夜に寝かしておいたシート状のパイ生地を取り出して、パイ生地を包丁で切って形を整える。林檎を挟み込み切れ目を入れて鉄板の上に並べて魔導窯に放り込む。パイ生地の上に卵黄を塗ってつやを出すのを忘れない。

 1つの魔導窯で焼けるアップルパイの数は8つが限度。2つめを焼いている頃に、ルーシュの寝室からレナがあくびをしながら降りてくる。

「おはよー、ルーシュ」

 寝ていたときの格好そのままのだらしない姿で台所にやって来る。

「水なら桶に汲んで、脱衣所の所にあるから使ってね」

「うにゅー」

 この2人は小さい頃からこんな感じである。どっちがお母さん的な立場かというとルーシュなのだ。

 レナはコクリと頷くと、脱衣所へいく前に、その場で服を脱ぎ始める。

「って、こらーっ!そこで脱がない!」

 ルーシュはアップルパイの様子を見ていたのだが、いきなり隣でレナが服を脱ぎ始めたので慌てて注意する。レナのパイの様子を見る予定はないのだ。

「むー、ルーシュのエッチ」

「何故に!?」

 レナは下着姿のままのろのろと脱衣所へと消えていく。

「男として思われていないような気がする」

 ルーシュは不満気味にぼやく。互いに同じ感想を持っているのだが、そこら辺はどこか遠くにおいていた。


 ルーシュは店を出す準備を一通り終えると、居間に入って売り物を箱に入れていく。居間では既にレナが準備をして待っていた。着崩れた感じのワンピースパジャマではなく、いつもの質素な村娘が着るような布の服の上下である。

 金と銀の毛玉がくっ付いてクッションの上に丸まっていた。ハティとスコールの2頭である。

 彼らは基本的に自由に生きている。ルーシュは放っておいても勝手に遊ぶし、勝手に寝る。遊ぶときは一緒におり合わせるが、そうで無い時は互いに干渉しない。ルーシュもスコールもハティも基本的に自由人(狼)なので、そこら辺は分かり合えている。そもそも同じ世界にいる以上どちらも魔力が高いので、どこにいるかなど察する事が出来るのだ。大陸を越えようとルーシュもスコールもハティも互い同士であれば見つけられる自信があった。

「じゃー、お仕事にいこう!」

 寝ぼけ眼だったレナもすっかり目を覚まして仕事する気満々である。

 仕事というのは少しおかしい。仕事というより趣味の類だ。最初は銀の林檎を売って資金にするためだった。だが銀の林檎の値段としては通常の原価より安く売っている。金を得るだけなら銀の林檎を毎日採ってギルドか商人に売りつけた方が金になる。

 アップルパイ屋さんをやるのは単純にルーシュとレナが社会に馴染むために続けているだけだった。

 そもそも毎日採るというとおかしい話だが、銀の林檎は魔族にとって不老不死の象徴とされており、一年中葉は枯れる事が無く、大地から栄養をとり、葉が太陽の光を浴びる事で、1日にして実をつける植物である。従来、銀の林檎林はモンスターの群れが集まるのだが、これはモンスターの群れが林檎を欲して集まると同時に、モンスターの死骸が大地の栄養となっており、莫大なエネルギーを常に循環させているので、そういう状況が起こっている。ここにある銀の林檎は大地からたくさんのエネルギーを吸っているが、それは競合する植物が都市部である為にあまり存在しなかったから実を付けられている。数は20個ほど。ルーシュはその中から使えそうな実を選ぶ。熟しすぎた林檎は落ちて再び栄養となる。


 アップルパイは焼きながら売っていたのだが、最近は売れるのが早いので匂いで釣るために最後の8つを焼くだけに留めていた。行列が出来てしまっても大して売れる量がないからだ。


「師匠!僕も何か手伝いますか!?」

 屋台の端に、白くて長い兎耳をピコピコ動かしている少年が現れる。ルーシュからアップルパイの作り方を教わったティモだった。

「今、アップルパイを焼いているから、一つ一つ包んでくれる?」

「分かりました!」

 ティモは嬉しそうにルーシュに倣って手伝いを開始する。

 レナはそんな2人を屋台の横で見ながら、接客をしていた。相変わらず毒舌を使い分けて見事に冷やかしと客を選別して捌いて(裁いて?)いた。


 8時に店を開始して10時には売り切れというサイクルだが、そもそもこんなに長引くのはただのナンパが混ざっているからである。

 客が全部はけて、ルーシュとレナは店の片づけをしていた。ティモもその手伝いに混ざるのだが何をすればいいのか分からずおろおろしている。

 店の方も片付け終わるとティモは意を決してルーシュにたずねる。

「師匠、師匠。実は相談があるんです」

 ティモが訴える。

「相談?」

「いつか、お母さんのいるミストラル王国に帰ろうと思っているんですけど、師匠の作っているアップルパイには遠く及ばなくて…材料費も高くて…どうすれば良いでしょうか?」

「うーん、アルバイトしているんだよね、冒険者ギルドの皿洗いだっけ?」

「はい!なので、頑張ればパイも調味料も買えると思うのです。ですが…その…林檎が…」

「ふーむ」

 ルーシュは別に林檎は毎日成って、一部は採らずに腐って地面の養分に成るので、決してただで林檎を渡しても構わないとは思うのだが…恐らくティモは恐縮するだろう。

「実は代用品として林檎を使ってみたのですが、どうも甘すぎるし、果肉が柔らかくて歯ごたえも無くて、師匠のアップルパイと比べたら天地の差なんです」

「なるほど。確かに市販のアップルパイを食べて美味しかったから始めたけど……」

 ルーシュは悩むように首を傾げる。

「銀の林檎の方が果肉がしっかりしていて、甘みが無いから、アップルパイ向きだったのかもね。まさか、プロを越えてしまうとは…」

 レナはルーシュのアップルパイは既にパン屋のアップルパイより美味しいものに進化していた事を驚き、グイッと額の汗を拭う。

「折角だから一緒に青果市場を回ってみようよ。使えそうな林檎があるかもしれないよ」

 ルーシュはポンポンとティモの頭を撫でる。

「師匠…ありがとうございます」



 ゴーンゴーンと正午の鐘が王都の街に鳴り響く。

 ルーシュは借家に屋台を戻すと、ハティとスコールも合流して3人と2頭で市場を歩く。

「美味しそうな果物が並んでますなぁ」

「僕は人参が大好きです」

 やはり人兎族は兎なのだろうかなどとルーシュはティモのピコピコ動く耳を見て心の中でぼやく。ルーシュの肩の上でハティとスコールは尻尾を振っているが、周りの様子には余り興味なさそうだ。

「獣人族って小さい頃は一括りにしてたけど、色んな種族がいるんだねぇ」

 市場には人間だけでなく獣人族もたくさんいる。

 ティモのような人兎族は少数で、猫耳の人猫族や犬耳の人犬族が多く見られる。

「猫耳犬耳がたくさんいるんだね」

「魔族と違って、僕らは色んな種族がいますから」

「いや、地上の魔族は魔人ばかりだけど、僕の知る魔族は獣人達より種族は多いんだ」

 ルーシュは色んな種族がいる事を思い出す。地上の魔族は魔人族が多いというよりは魔人族しかいないとも言える。

「そうなんですか?」

「首が無い種族とか、獣人種みたく牛の姿をした巨人とか、馬が立ったような種族もいるかな。吸血貴族、淫魔族、頭に角がある鬼族とかね。皆、可愛い僕の大事な眷属だ」

 ルーシュは目を細める。

「く、首が無いのに生きてるんですか?」

「首が無いというよりも首と体が離れてるんだよね。彼らは戦士の種族なんだ。すごく強い。ちょっとシャイだけど優しい子達だ」

「なんだかモンスターみたいですけど…」

 ティモは少し不思議そうに首を傾げる。

「そう?モンスターとは全然違うと思うけど…地上と暗黒世界の感性は違うからなぁ」

 ルーシュは困り気味にぼやく。

「でも、会ってみたいです。仲良くなれるのでしょうか?ミストラルにいますか?」

 ティモは興味を持ったようでルーシュを見上げる。レナはコホンとわざとらしく咳をして2人の注意を引く。そしてレナは人差し指を立てて、ティモのほうを見る。

「ティモ、が言うように…モンスターみたいな子達は、地上においてモンスター扱いされて絶滅したって聞いてるよ」

「そ、そーなんですか…」

 ティモは白くて長い耳をペタンと垂れ下げて肩を落とす。

「仲良くできないのは悲しい事だけど、勘違いというのも寂しいねぇ」

 ルーシュは溜息をつく。

「ティモみたいな子ばかりなら、そんな不幸も起こらないのだろうけど」

 ルーシュはそんな事をぼやきながらも両肩に乗っているフモフモの毛並みを両手で堪能していると、市場の中に安い林檎を見つける。

 小さくて赤い林檎だ。

「お姉さん、この林檎なんで安いの?」

 ルーシュは市場で林檎を売っている横に大きい中年女性に尋ねる。

「ははははっ!お姉さんとは嬉しいねぇ、この林檎かい?これは余り物さ。林檎にもたくさん種類があるんだけどね、その林檎は林檎酒用の安い林檎なのさ」

 ルーシュからすれば人間や獣人の寿命を考えると一括りにお兄さんお姉さんである。ルーシュの父は200歳を越えるが見た目はお兄さんなのだから。

「お酒用なんだぁ。食べると酔っ払うとか?」

 ルーシュは不思議そうに首を傾げる。ティモはクンクンと匂いをかぐ

「坊主、お酒の作り方を知らないのかい?例えば林檎酒ってのは、林檎をつぶして樽の中に入れて醗酵させ、不純物を取り除く。それで出来るのが林檎酒だ。果実酒ってのはほとんどそんな感じで作る。葡萄酒が一般的だけど、この林檎は林檎酒用の果実だったんだ」

「ふーん…。美味しいの?」

「普通には食べれないねぇ」

 林檎売りの女性はカラカラと笑う。だがティモはクンクンと匂いをかいで林檎の方へ鼻を近づける。

「でも凄い林檎の良い香りがします」

「そりゃそうさ。酒ってのはね、何よりも香りが大事なんだよ。他にも程良い酸味や渋味とかね。葡萄酒用の葡萄も、林檎酒用の林檎も、香りは上質だけど、食べたら酸っぱいから食えたものじゃない。林檎は渋い味ってのが無いから、葡萄酒の方が人気があって、林檎酒用の林檎は安いんだよ」

「ふーん、酸っぱいのかぁ。……あ、香りが良くて…」

 ルーシュはその林檎の条件が、自分の求めている林檎の条件に似ている事に気付く。とにかく香りがあれば美味しいのだ。問題は肉が締まっている事だ。

「お姉さん、お1つくださいな」

 ルーシュは林檎を手に採ると、手で引っ張ってパリッと真っ二つに割る。林檎売りの女性はそれに少し驚いてしまう。

 そしてルーシュは匂いを嗅ぎ、林檎の実を齧る。

「ううう、酸っぱい…」

「そりゃそうだよ」

 林檎売りの女性も呆れたようにルーシュを見る。

「でも、これだよ。求めていた林檎は。お姉さん、これたくさん下さい。えーと袋で持ち歩けるだけ欲しいです」

 ルーシュは腰に下げているポシェットの中から麻でできた買い物袋を取り出す。

「そんなに欲しいのかい?まさか酒を造るんじゃないんだろう、坊主」

「うへへへへ。作りたいのはお酒じゃないです」


 ルーシュは銀貨を渡して60個ほどもらう。

「なるほど、銀の林檎と食感や味が似てるのかぁ」

 レナは納得して頷く。

「銀の林檎というと師匠が使っている林檎ですね?それと味が似ているなら同じようなものが出来ると?」

「うん。更にもう1つの案が出来たのだった!銀の林檎をお酒にしたら、暗黒世界で超売れると思わない?ふふふふふ、ついに僕の時代がやってきた」

「超売れるけど、暗黒世界を酔っ払いだらけにしてどうするの?」

「うぬう」

 ルーシュは肩を落として唸る。

 この後、教会の孤児院に行って、ティモと2人でアップルパイを作ってみるのだが、概ね好評だったので、ルーシュ達はそのまま銀の林檎屋台に普通のアップルパイも商品として加える事にした。

 冒険者や貴族からの遣いで来ていた人、冷やかしも多かったが、普通の人も並ぶようになった。さすがに人が多すぎるし作る量も多いから、ティモを雇ってアップルパイ作りに精を出す事にしていた。


 冒険者としてシャトーに拠点を置いてクロードは、クエストを受けて1人で遠征に出ていたのだが、帰ってきたら中央公園に出来る行列を見て驚いていた。

 その行列の元が友人(魔王の子孫にしてイヴェール王国を救った救世主)である事を知って、何となく肩から力が抜けてしまう。



 ルーシュも仕事が終わり皆で少し遅れた昼飯にする事にする。クロードもルーシュ達に加わって、公園の原っぱに座ってそれぞれの食事をしていた。

「普通のアップルパイにする事で、冷やかしが無くなってよかった」

 レナはウンウンと頷く。

 仕事は忙しくなったが面倒くさい客はほとんどいなくなった。というのもこれまでお一人様2個までで限定50個という制限があったから、冒険者がまばらに来て列を作っただけだった。だが、現在は一般庶民まで混ざって買い求めに来ていたのでそこに混ざれるような状況がなくなってしまったのだ。

「行列が凄かったです、さすが師匠です」

 孤児院で作ってもらった弁当を食べるティモはルーシュの隣で嬉しそうに頷く。

「まあ、僕も帰ってきてビックリだよ。アップルパイ、僕も買ったけど美味しかったね」

 クロードはアップルパイを評価する。元々、クロードの意見も採用してアップルパイを作っていた部分があるので、合格点を貰ってルーシュは喜んでいた。

「師匠はお料理の才能があるのですか?」

 ティモはルーシュを羨ましそうに見上げる。

「才能というよりは……僕、ティモより小さい頃から食事は自分で作ってたし。レナの分も」

「……そりゃ確かに上達するよね。でも凄く美味しかったよ、アップルパイ。故郷を思い出したよ。あれ、ウチの故郷の品種だね」

 クロードは自分の弁当であるサンドイッチを摘みながら口にする。

「はい?」

「だから、僕の故郷の林檎だって。今はもっと収穫している産地が増えて、ウチは寂れちゃったけどね、あの林檎ってアルベールレッドっていうウチの故郷で品種改良して作られた林檎酒用の林檎でしょ?林檎酒用としては苦味が全く無いから人気は低かったけどね。母さんの作ったアップルパイを思い出したよ」

 クロードが言う。

「そうだ!クロードはアップルパイのシナモンの風味を教えてくれた人なんだから、最初から聞いてれば市場で探す必要なんて無かったんだ!」

「言われてみればそうだねぇ」

 ルーシュが頭を抱えて呻き、レナも納得と頷く。

「そうなの?でも…まさか…ねぇ」

「まさかって?」

「いや、ウチの村って確かに林檎の作った産地ではあるけど、あんまり土地があるわけでもないし、林檎も人気の銘柄ってワケでもないしさ。何の特色もない地味でつまらない村だったんだ。僕も大人になったら冒険者になって家を出てやるんだ…くらいに思ってたし。他愛もない家族の会話でね、母さんのアップルパイは凄く美味しかったから、これを王都で売って、アルベールの名物にしたらって…言ってたんだけどね…」

 少し寂しそうにクロードは口にする。

「ふっ…よもや魔公王子たる我の思いついたアップルパイには先人がいたとは」

 悔しそうにルーシュが額の汗を拭うと

「勇者の母親に負けてるよルーシュ」

「師匠の上がいたとは」

 レナ、ティモの3人がそれぞれ口にする。

「いや、そんなたいそうなものじゃないから」

 溜息混じりにクロードは全員のぼやきに突っ込みを入れる。

 基本的にお子様集団なんだよなぁ…などとクロードはルーシュ、レナ、ティモの3人を見て心の中で呟くのだった。


 かくして、王都で噂のアップルパイ屋さんが出来たのだった。


 この回はルーシュとティモの師弟回です。

 ちょっとだけ、勇者の故郷に触れます。

 何で滅ぼされたかという理由に関しては触れませんが…。勇者がいたり、賢い黒馬ロベールがいたり、この時代において品種改良なんてしていたり、田舎の農村の割にはなんだか随分……みたいな雰囲気が伏線にしてたりしてなかったり。

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