シーサーペントが現れた
王都についたルーシュ達の日常の一幕です。
ルーシュ達が王からの報酬を貰ってから3日が過ぎようとしていた。
ルーシュとレナの経営する銀の林檎屋台は毎日行列ができている。真似をしようと思っても銀の林檎という高級食材を安値で購入する手段がない為、追随する店が現れなかった。
王都の冒険者達は、魔力回復アイテムとしてシルバーアップルパイを購入して冒険へと出て行くというのが日課のようになっていたりする。
しかし、未だマリエッタとは連絡がつかない状況となっていた。
そんなルーシュもイヴェール王国首都シャトーの生活に馴染んできていた。
たくさんお金を手に入れたので、クリストフ・アングレーム名誉侯爵の家を出て、普通の借家に泊まる事にする。クリストフからは滞在期間はいつまでもいても構わないと言われていたが、社会人としてはそうもいかないと断った。
ルーシュの一日は早い。太陽が昇り始めた頃に目を覚まし、借家の窓を開けて新鮮な空気と朝日を浴びる。
「ううう、さむい」
呻く声がベッドの上から聞こえてくる。声の主はレナである。ピンク色のダボダボなワンピースのパジャマを着ているレナは、短いワンピースのスカート丈から伸びる白い足と、はだけた肩を晒しており、普通の若い男から見ればかなり扇情的な格好をしていた。
とはいえ、朝の寒気を嫌い、ベッドの布団を引っ張って再びぬくもりの中に潜り込む。
レナは偶にルーシュのベッドの中に潜り込んでくる。
当人は夜這いだと言い張るが、それは決して夜這いではない。レナはルーシュをお子様扱いしているのだが、レナはレナでまだまだお子様である。
ルーシュとていつまでも子供ではなく、男女に関する知識は当然持っている。ルーシュが普段からそういう事に対しても無感情なのは、幼い頃に感情をコントロールできる訓練をしていたからだ。
ルーシュの1日はハティとスコールとの散歩に始まる。
2頭とルーシュは人気のない朝靄に包まれた街道を全力で駆け抜ける。
シャトーは非常に巨大な都市で、海に面しており、貿易港よりも漁港を多く有している。ルーシュが住んでいる平民街の小さな借家から実に10キロもあり、魔力を使わずにランニングするには絶好の距離だった。
ランニングをしながら『10分ほど』で辿り着いたルーシュ達だが、辿り着いた港には海から戻り始めている漁師達がたくさんいた。
夜間に船で採れたのであろう魚を箱につめて運んでいる。様々な帆船や魔導船が港には並んでおり、帰ってきた漁師達で賑わっていた。
ルーシュは、港にある小さな公園で潮風を浴びて上ってくる水平線の先にある太陽を眺めていた。
スコールとハティも港にある小さな公園でゴロゴロと芝生の上を転がっており、実に楽しそうだった。
「おう、坊主、また犬の散歩か?」
すると、魚を運んでくる通りすがりの漁師が声をかけてくる。
「はい、何かウチの子達、ここが気に入ったみたいで」
「そりゃ良い事だけど、またウチの魚を食うなよ」
「すいません、言い聞かせてなかったもので」
知り合いの漁師…というか、2日前にこの漁師が運んでいた魚を、スコールがまた勝手にゲットして二頭で仲良く食べ出した事で一悶着があった。ルーシュは何かあったときの為に散歩に出るにしてもお金を持っていたのでそれを支払う事で穏便に済ましてもらった。
その為、犬の散歩に来てる魔族の子供として認知され、昨日に続いて挨拶程度をする仲になっていた。
「ところで、あの石像って何なんですか?」
公園の中央には大理石で出来た彫像が存在していた。この魔導士風のローブを着たしたエルフか魔族か分からない彫像だった。
エルフか魔族かわからないのは一般人だけで、ルーシュはその彫像がとある魔族の像である事を一目で見抜いているが。
「ああ、それは70年前だかに国を救った方の像だそうだ。イヴェールがラフィーラ教を信仰している為に、世界中の軍隊から攻められた事があったんだ。この方が水の精霊に語りかけると、敵の海軍が悉く嵐や津波に巻き込まれて、多くの船が沈み、逃げていったという話だ。公にはされていないが、国の英雄としてここに記念碑を作ったというわけだ」
「あ~」
ルーシュはうんざり気味に呻く。
話し終えると漁師の男は再び駆け足で魚を運んで市場の方へと向かっていく。
ルーシュは再び彫像へと目を移す。ルーシュの良く知る魔族だ。ルーシュには何人かルー君と愛称で呼ぶ魔公がいる。魔王と故アイリーン、そして中立派の頭領であるレヴィアである。
レヴィアは齢400を越える女性であるが、見た目は10歳ちょっとといった姿で、カラフルなをローブを来ている。暗黒世界が出来る以前は海を統べた神の末裔で、彼女の血族が海を統べた理由は、水の精霊を見る事が出来たからである。魔神シャイターンと友人だったという事で、彼女の一族はそもそも魔王の配下という訳ではないのだ。ルーシュにとって精霊との付き合い方を教えてくれた師匠でもある。
その為、彼女は数少ないルー君と呼んで可愛がってくれる気前の良いお姉ちゃんだった。いつしかお姉ちゃんと呼ぶには見た目が妹的になりつつあるが、仲の良い先人である事は明らかで、ルーシュもレヴィア様などと仰々しく呼ばない。
とはいえ、政治的な立場では仲良しという訳でもない。彼女は中立派であってルーシュと同じ穏健派ではないのだ。
「中立派は一体何をやっているのだ」
彼女達中立派は人間社会に影響を与えない程度に地上に残された魔族を保護する役目を担って地上へとやって来ている筈だ。
人間社会に影響を与えない…というのは嘘っぱちである。ルーシュも他人のことをとやかく言える立場ではなくなってしまったが、イヴェールにおいてレヴィアはどう見ても英雄扱いではないか。ダンタリウスも魔族の父とか呼ばれているらしいし。
そんな事を考えていると地震のようなものが起こる。
地震というよりは何か海の奥で巨大なものが動いたという感覚だった。
「大変だ!シーサーペントだ!!こっちの方へ来ている!船をドッグにしまえ!津波で駄目になるぞ!」
叫び声が聞こえてくる。
直に警鐘がならされる。港にある大きな展望台の上についている鐘をカンカンと鳴らす男がいた。
「シーサーペント?」
ルーシュは初めて聞く名前、恐らくはモンスターと思われる、に興味を持ってしまう。スコールとハティも久々に自分達に歯向かう強敵かと目を輝かす。
海のモンスターというのはルーシュ達を避ける存在ではないのだ。彼らは純粋にルーシュやスコールやハティといった強力な魔力を持った存在がいても、そういった感知能力が低い。海に隔てられて感じにくいというのもあいr、実際、ルーシュ達も海の中に対しては感知しにくい部分がある。
すると水平線近くで巨大な水飛沫が舞うのが分かる。
「おおお、でかい。まさか、勇者では」
それはない、とばかりにハティとスコールは右前脚を器用に横に振って否定する。
ちなみに、ルーシュの言う勇者とはアルゴスのような怪物を差す。勇者がクロードであるとわかった現在でも、幼き日より想像していた勇者という怪物のイメージはどうしても拭えない。ルーシュにとって『怪物=勇者』という構造が確立していた。
シーサーペントが海から姿を現す。どうやら近くで漁船が襲われているようだった。
シーサーペントの体は巨大で、頭は小さな漁船を丸呑みできそうなほどだが、その頭さえ小さく見える長い首が見える。海に隠れているがその胴体はどれほど巨大化想像さえできない。体中が鱗で覆われており、動くだけで大きい波が発生し、潜ろうとするだけで巨大な水しぶきを上げる。
既にシーサーペントは1隻の漁船を破壊し終えたようで、水平線の方から逃げてくるもう1隻の漁船の背後には船の残骸が見られる。シーサーペントはさらに逃げる船を負って港の方へと泳いでくる。
「バカバカ!こっち来るな!シーサーペントに襲われたときの対策をあいつらは知らないのか!」
「必死になってこっちが見えてない!」
大きい声で叫ぶ漁師達。
シーサーペントに襲われたときの対処方法。とにかく逃げる事。逃げ先は人のいない陸でなければならない。
シーサーペントは陸上でもある程度活動出来る程、莫大な生命力と巨大な体を持っており、そこから生み出される破壊は計り知れない。今でも小さな漁村がシーサーペントに襲われて壊滅した例はよくある。
だがシーサーペントは過剰に破壊を好む凶暴な生物ではないので、態々街を襲う習性はない。目の前に騒ぐ人間さえいなければ。その為、人のいない場所に船をつけて走ってシーサーペントの届かない陸地の奥へ行くのがセオリーとなっている。シーサーペントの破壊力は港に危機を晒すので、港に逃げるというのは漁師達にとってしてはいけない事である。だがそんな例外的な状況に陥る事自体が稀なので、そのセオリーを忘れて逃げる漁師も多い。
漁師達は、悲鳴を上げて慌てて内陸の方へ逃げ始める。
「何してんだ!坊主!このままじゃやばいぞ!逃げろ!」
知り合いの漁師が、ルーシュに逃げるよう訴える。
「え?」
ルーシュは不思議そうに首を傾げる。既にスコールは臨戦態勢だった。ハティはヨジヨジとルーシュの頭の上に登っている。
「でも、スコールが戦う気満々だから…」
「戦う?」
漁師達にとってシーサーペントは戦う対象ではなく、津波や嵐と同じ自然災害に等しいものと認識されており、戦うという認識がそもそも存在していないのだ。
漁師が首を傾げるとその瞬間、公園の芝生の一部が抉れて爆発するようにスコールがシーサーペントのいる方へと跳んで行く。その勢いは風系上級攻撃魔法、空気圧縮弾<エアマグナム>を彷彿させる勢いだった。
風の弾丸と化したスコールがシーサーペントと接触する。スコールの一撃でシーサーペントはここまで響き渡るような断末魔の叫びを上げて、そして首を切り落とされて海に沈んでいくのだった。
「おおー、スコールが勝った」
「わうー」
「そうだねぇ、アルゴスとの戦いで勝てなかったから、少しは良い所を見せたかったんだろうねぇ」
ハティは嬉しそうに双子の兄(弟?)を称え、ルーシュも小さく拍手をする。とはいえ、スコールは海上で孤立する羽目になったので、海の上をゆっくり走って戻ってくるのだった。
ありえない光景を見て漁師達は口をあんぐり開けて凍り付いていた。
「それじゃあ、スコールが戻ったら帰ろうか」
「わうー」
ルーシュはスコールを出迎えに行き、ハティも地面に下りてルーシュと一緒に走ってスコールのいる海辺の方へと行く。
何が起こったか理解できない漁師たちを尻目に、ルーシュ達は何事も無かったかのように去っていったのだった。
後日、国の救世主像の隣に、海を駆ける黄金の狼像が出来たとか出来なかったとか。
この章はちょっとシリアス、次の章は凄くシリアス、みたいに行こうと思っているので、ほのぼの(!?)した感じの部分に触れておきました。




