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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
40/135

孤児院訪問

 ルーシュとレナは銀の林檎やその材料を持って、王都の平民街の隅にある教会にやってきていた。

 教会の大きい門を開けると、目の前にあたかも真っ白い神聖な雰囲気の講堂が広がる。

「神父様、神父様、ただいまー」

「これ、静かにしなさい、ティモ」

「はーい」

 ティモを叱った男は白い祭服を着た男が迎えた。黒髪黒目、細身であるものの、しっかりした印象を持った40代後半といった男性は、おっとりした口調で子供を叱る。首には六角星<ヘキサグラム>の形をした飾りのあるペンダントを付けていた。

 ラフィーラ教の神職者だとルーシュは理解する。

「あの、神父様、師匠を連れて来たの?」

「し、師匠?」

 神父は明らかに怪訝そうにする。

「えと、僕、ティモにアップルパイの作り方を教えてって言われて、来たんだけど…」

「ん…ああ、なるほど」

 神父はルーシュの説明1つで全て納得したとばかりに頷く。

「すいません、ウチの子供の我侭を聞いてもらいまして」

 神父は申し訳なさそうに頭を下げる。

「いえ、どうせ毎日食事の為に作ってるし」

「何もないところですがどうぞおあがり下さい」

 神父は教会の講堂の奥へと歩いていく。教会はには、3~4人くらい座れそうな横長の椅子が20ほど並んでいる。正面には祭壇がああり、質素な銀細工による飾り付けが成されている。正面にある大きな祭壇の右手に教会の外へと向かうドアがあり、神父はそのドアのほうへと歩いていく。ルーシュとレナは荷物を持ったまま、ティモに促されてついていく。



 教会の講堂を出ると狭い廊下が続いており、風呂場だったりトイレだったり、洗濯場などが途中にある。そこで1つの部屋にでる。ルーシュより小さな子供、上は10歳ほどから下は3歳ほどまでが10人もいて、所狭しと遊んでいた。

 レナは即座にルーシュの背後に隠れるようにする。

「だれー?」

「おきゃくさん~?」

「アップルパイを教えてもらうのー」

 子供達が興味津々にルーシュ達を見て訊ねてくるので、ティモが回りに説明をする。

 そしてティモはルーシュを引っ張って台所へと向かわせる。周りがレナをジロジロと見るので、レナは逃げるようにルーシュに引っ付いて一緒に台所へと向かった。レナは他人が極度に苦手だった。よく友達がいない事でルーシュを弄るのだが、実の所、レナはルーシュ以上に友達がいないのだ。


 ルーシュはティモにアップルパイの作り方のレクチャーを始める。


 レナは台所にあるテーブルの席についてルーシュとティモの様子を眺めていた。

 ティモは真面目に首を縦に振りながらルーシュのレクチャーを聴いており、ルーシュも丁寧に1から教えていた。

「お嬢さんは作らないのですか?」

 そんな2人を眺めていると、神父が声をかけてくる。

「料理が苦手で。私、あんまり役に立たないから」

 レナはショボンと答える。

「そうなのですか」

「魔族は魔力を食事するんですけど、私、自分で魔力を吸収する力を上手くコントロールできなくて…触った先から魔力を吸収しちゃうから、食事を作っても、魔力の無い食事になっちゃうから、誰かの為にならないって言うか…」

 レナは魔力を保持するのが苦手な体質がある。

「…もしかして淫魔族や吸血鬼の方でしたか?」

 神父は尋ねるとレナは首を横に振る。

「普通の魔人だと思うんだけど、どうも普通と違うみたい」

「なるほど、確かに私などではさっぱり分からない大きい魔力をお持ちのようですね」

 神父は頷く。そこでレナは目を細めて神父を見る。

「もしかして魔族?」

「え、ええ。お分かりで?」

「魔族独特の魔力波長を感じたけど、見た目が魔族じゃないから珍しい人間がいるのかなって思って」

 神父は黒髪黒目だが、魔族としての特徴でもある長い尖った耳が存在しない。髪で隠しているように見えるが、髪で隠せるほど魔族の耳は短く無いのだ。

「私は幼い頃、東の大陸の奴隷だったのです。10歳の頃に逃亡しましたが、魔族では生きていけないので、外見的な特徴である耳を切り落として人間の冒険者の振りをしてました。ですが、何の学もない奴隷が上手くいくはずも無く、再び奴隷に落ちた所で偉大な魔族の方に救っていただきこちらに移住させてもらったのです」

「なんだか大変ですね」

 レナは外の世界の魔族事情がかなり厳しいと知っていたが、まさか出会う人の多くが東西の大陸で奴隷にされて酷い目にあっていたというのだから驚きだった。

「だから見た目が人間っぽかったのか」

「ええ。ダンタリウス様という方をご存知ではありませんか?イヴェールの魔族にとっては皆の父とも言うべき存在ですから」

「は?」

 レナは口を開けて固まってしまう。そして心の中で叫びたくなった。

(ルーシュに自重を促していた、お前が一番やらかしてるじゃないか!)

 とはいえ、出会う魔族のほとんどが奴隷出身、奴隷解放活動をしていたのはダンタリウスらの所属する中立派の魔公だったので、彼が矢面に立つのは仕方なかったかもしれない。

「そ、そうですか。ダンタリウス先生は私達の先生をしていて、ルーシュの社会勉強についてきてたんです」

「とすると魔界の……ではなく暗黒世界の魔族の方ですか。…えと、もしかして年上だったりとかは?」

「いえ、私もルーシュもまだ14歳ですから。確かに魔公は見た目が10歳でも数百歳のお祖母ちゃんとかいますけど。まあ、ルーシュはお偉いさんだから、ダンタリウス先生でも近所の口煩いお祖父ちゃん程度の扱いですけどね」

「はははは。なるほど。それにしても……向こうは平和なのですか?」

「んー、平和って言えば平和だけど、ピドの町で暮らしている方が平和だった気がする。まあ、ルーシュも私も魔公だから、政治関連に関わらざるを得ないから、平和じゃないと思う。ルーシュも何度か命を狙われてたけど。ルーシュはけろっとしてた。多分、ルーシュに社会勉強の口実でこっちに来たけど、領内から遠ざけるのが目的だった気がする」

 レナは意外にも察しがよかった。

「なるほど、偉い方は偉い方で大変なのですね」

「まー、私もルーシュも別に好き好んで魔公に生まれた訳でもないし、その所為で偉がられても嬉しくないし。あ、うん、だから普通に商売しているのは結構楽しいかも。普通の魔族の生活って感じだし」

「銀の林檎屋台ですね。魔族の神の果実とも呼ばれた銀の林檎を惜しげもなく安値で売り出していると」

「まー、ルーシュは…普通の生活に憧れている感じがするし」

 普通をどこか履き違えている気もするが、そこは気にしては駄目だと神の声が聞こえてきそうである。

 隣の部屋からはドタバタと子供達が走っている足音等も聞こえてくる。

「イヴェールはいい国です。子供達には教育を無償でしていただけますし、ラフィーラ教はこうして孤児院の維持にお金を出してくれます」

「東の大陸ってそんなに酷いんですか?暗黒世界では子供に教育をするのは常識ですけど」

 レナは不思議そうに思ってしまう。

「あの大陸は恐ろしい場所です」

 神父は顔を青ざめさせて、自分の体を抱くように縮こまり、思い出した恐怖に震え出す。

「我々魔族にとって地獄と言って良いでしょう。ここにいる孤児の多くは、あの大陸で奴隷としていた子供達です。特に…魔族の子供を見れば分かると思います。どういう扱いなのか」

「魔族…?」

 レナは台所と子供達がドタバタと遊んでいる居間の間を仕切っているドアを少しだけ開けて、居間の中を覗き込む。居間の中には子供達が元気に遊んでいるように見える。

 ドワーフと思われる小さい女の子、珍しい髪の色をしたエルフの少年、犬や狐や猫の獣耳をもった子供達、魔族の子供、様々な種族の子供が一緒に遊んでいる。一部、泣いている幼い子もいるが、それも子供達だけのぶつかり合いの結果なのでご愛嬌か、年長者が泣かせた子供を叱っていたりする。別に変な様子は見えないし、魔族が特別省かれている様子もない。


 だが魔族の子供はよくよく見ると、右腕がない子、眼帯をつけている子、左足がなく歩けないので床に座って他の子供と話したりしている子などがいる。


 レナはその子供達の姿に気づいて、一気に顔を青褪めさせる。

 神父の怯えを持った表情から、ハッキリと理解する事が出来た。魔族は東の大陸で体を欠損している。そこで体さえも失ってしまうような何かをされていたのだと。

「私の育った東の大陸の国では、魔族は『玩具』や『畜生』などと呼ばれて、我々を身体的に痛めつけて喜ぶ人間がたくさんいました。公には否定している国家も多いですが、法的に当然としている国家も多く存在しています。魔族は悪い存在で痛めつけてやる事でその罪が軽くなるのだと」

「…」

 レナは初めてこの事実を知ったので寒々しい気持ちになる。

 魔公達が穏健派と旧主派で大きく対立している意味はまさにこれである。同胞を虐げている人間達を見て、旧主派の魔公が正気でいられる筈がない。ベーリオルトは旧主派の急先鋒であると同時に、暗黒世界では英雄の一人として数えられている。彼がこれを見過ごせる筈が無いのだ。旧主派が地上に出れば戦争は確実に起こる。

「……噂には聞いてますけど、そんなに酷いんですか。私達の領土にも大陸からの移民がいるけど、人数が少ない所為なのかそういう存在は知らなかったです」

 レナは振り返り神父を見る。神父は神妙にコクリと頷く。

「ルーシュを東の大陸になんて連れて行けないねぇ。ルーシュは感情的な制御は小さい頃からきっちりされているけど、優しいから…」

 地上にいる間、ダンタリウスがいない時は自分が保護者だとレナは思っている。ルーシュは世間知らずであるが、それ以上に子供っぽい部分がある。何でも楽しそうにするのは感情をそういう風にする訓練をしていた為であるが、基本的に楽しい事以外やらない子である。勉強や苦手な事も必要だと理解すれば楽しそうにするのだ。



 そんな深刻な話をしていたレナと神父だが、そこで魔導窯から林檎とレモン、そしてシナモンの何とも言えない甘い香りが漂ってくる。

「良い匂い」

「ほおおお、師匠、とても良い匂いです」

「まあ、お料理は量と手順を間違えなければ間違いないよ。後で僕が紙に作り方を書いておくね」

「そ、そんな秘伝を教えてくれて良いのでしょうか?」

 ティモは恐縮してルーシュを見上げる。

「いや、僕もね、アップルパイの作り方は…預言者様………に教わったし?後は銀のアップルパイの味を微調整した程度で、秘伝って程のことじゃないけどね。1日2日で形を作っただけだから、そんな大層なものじゃないし」

 ルーシュは首を横に振る。

「ななななな、なんと預言者様から?で、ですけど、ルーシュさんは凄く手際が良かったですね。料理をなさっているのですか?」

 神父はビックリした様に目を丸くし、そして感心したように、立ち上がってルーシュ達の方へと歩み寄る。

「うん、母上は忙しくて料理は作ってくれないし、お城の人達は僕に興味が無いみたいだし、いつも食事は魔王城に遊びに行って食べてたよ。でも外出して食べてるって知ると母上が良い顔しないから、僕が覚えたんだ。レナは直に腹減ると僕に噛み付いて魔力を吸うし、料理を覚えないと痛い思いするんだもん」

「むう、小さい頃は特に魔力の制御が下手だったんだから仕方ないじゃない」

 レナは頬を膨らませる。

「れ、レナさんはやはり吸血鬼族か何かでは?」

 神父は引き攣ってしまう。

 レナは黙り込んでしまう。何せ、エルフと魔族の混血だと言う事実は迂闊に漏らせないからだ。

 そんな中でも、一生懸命に魔導窯の中を覗き込むようにまだかまだかとティモは待っていた。

「師匠、そろそろですか?」

「んー、まだだよー。最後にパイの部分に卵を塗ったでしょ?パイが膨らんでいい感じに焦げ目がついたら終わりだ」

「楽しみです」

 すると匂いが居間にも流れたのだろうか、いつの間にか子供達がたくさんやってきていた。

 レナはルーシュの首根っこを引っつかんで子供達からの盾に使っていた。ルーシュはレナが対人を苦手としているので、諦めて盾になりながら、魔導窯の中でアップルパイが焼けるのを待つ事にする。

「これ、ティモが焼いたの?」

「すげー、良い匂い」

「おいしそー」

 興味を持った子供たちは魔導窯の中を覗き込む。

「大きいのを2つ作って焼いてるから、後で皆の分に切り分けるよ」

「ホントー?」

「すごいコーカなアップルパイなんでしょ?」

「でも銀色じゃないよ?」

 子供たちは興味深そうに眺めていた。

「そういえば、師匠。何でシルバーアップルパイは銀色じゃないんですか?」

「えー、ティモ、さっき切ってたじゃん。銀の林檎は皮は銀色だけど、中身は林檎と同じなんだよ」

 ルーシュは肩を落として呻く。

「あ、……なるほど。銀の林檎を使ったアップルパイだからシルバーアップルパイだったんですね。納得です」

 ティモは元々冒険者の評判を聞いてルーシュへの弟子入りを志願したのだ。シルバーアップルパイがどのようなものか、理解していなかったようだ。そろそろ焼きあがる頃になって、重要な部分を勘違いされていたと気付き、ルーシュは少しだけ悲しくなる。まさか銀色に変色するとでも思われていたのだろうか?ちゃんと教えられなかったのかなぁと。


 さすがに孤児院で使っている魔導窯はルーシュ達が使っているものよりも大きく一度にたくさん焼ける。

 魔導窯から出てきたシルバーアップルパイは2つ、つやがあり美しく焼きあがっていた。大きさは普段作っている1人用のものと違い、林檎3個を使って皆に切り分けられるように大きいものを作っている。


 ルーシュは台所に孤児院の子供達が全員いることを確認すると、2つのアップルパイをそれぞれ8等分に切る。

「レナは1人でペロリと食べちゃうけど、1人1切れだからね」

「私を何だと思っているの」

 レナはルーシュに対して頬を膨らませて睨む。流石に他人の、しかも子供の食料まで食べるほど食い意地は張っていない。

「何って言われても…」

「大丈夫。皆の食事を取ったりしない。もしもお腹が減ったらルーシュから取る」

 レナは自分の大きい胸に手を当てて、あたかも当然の事を話すように語る。

「くっ…そっちで来たか」

 ルーシュは額に滲む汗を拭う。レナがよもや子供達の見ている前でチューしてくるとは思ってないが、それこそが報復と言わんばかりにしてくる可能性があるのでちょっと焦る。

 孤児院の子供たちは台所にあったテーブルに全員が並ぶように座っていく。

 神父はルーシュが均等に切ったアップルパイを一つ一つ皿に乗せて奥へとまわしていく。


「それじゃあ、皆に行き渡ったかな?」

 ルーシュは周りにアップルパイが全部行き渡ったのを見て訊ねると、皆から元気な返事が返ってくる。

「えと、お祈りとかあるんですか?」

 ルーシュは首を傾げて訊ねると神父は大したものではないと断ってお祈りを始める。

「神と皆様のお陰によりご馳走に恵まれました。深くご恩を喜びありがたくいただきます」

「いただきまーす」

 子供達は両手を合わせて祈り一斉にアップルパイに手を伸ばす。

 ルーシュの隣にいたティモは、恐る恐ると自分がルーシュに教わりながら作ったアップルパイを食べる。

「ほ、ほおおおお。美味しいです、師匠」

「どう、アップルパイ覚えた?」

「凄いです。僕がこんな美味しいアップルパイを作れるなんて夢見たいです」

「まー、でも、問題は材料費が高い事なんだろうけどね」

 砂糖もレモンもシナモンも高価な品物だ。

「お仕事してお金をためて、今度は自分だけで作ってみます」

 ティモは嬉しそうに話す。

「…銀の林檎は高すぎるから、変わりになる林檎を探した方が良いと思う」

 レナが忠告する。

「うーん、……師匠、何か代わりがあるんですか?」

「うーん、そうだねぇ。前に食べたアップルパイは甘ったるかったんだよな。あと身がスカスカだった。生で食べる分には銀の林檎はまずいけど、アップルパイにする分には生で食べるより断然美味しかった。ようは身がギュッとしまっていて、林檎の風味が強くて甘さの少ない酸っぱめの林檎なら代用できるんだと思うんだよね。案外、市場で安く手に入るのではと思うんだけど」

「なるほどー、師匠は頭いいです」

「聞いた、レナ!今の言葉、後でダンタリウス先生に聞かせてあげて!」

 ルーシュは得意になって話す。

 ティモに無駄に尊敬されていて調子に乗ってやがるとレナは思うのだが、普段からおバカさん扱いなので、たまには良い気分にさせてやろうと考えたようで、うんうんと頷いてあげる。レナは婚約者に寛容なレディなのである。

「よっしゃー!」

「何か良くわからないけど、良かったですね、師匠」

「くう、ティモは師匠思いの良い子だ」

 ルーシュは珍しく上機嫌だった。

 最近、クロードからも扱いが悪くなってきたからなのは言うまでもない。

「そーいえば、ここの子達はけが人が多いね」

「う」

 レナは、ルーシュに気付かれないように神父と話していたが、やはりルーシュは気付いてしまう。まあ、隣で話していたのに気付いてなかったルーシュが鈍感ともいえるのだが。

 だがルーシュの不用意な言葉に、2度と戻らない体に負った傷を見て魔族の子供たちは俯いてしまう。

「何で治してあげないの?」

 ルーシュは不思議そうに神父を見上げる。

「あの、さすがに世の中、失われたものは戻りません」

 神父は悲しそうな瞳で首を横に振る。

「あ、そっか。そだよね。ごめん、暗黒世界には僕がいるけど、こっちの世界には僕はいないか」

「「はい?」」

レナも神父も不思議そうに首を傾げる。



 ルーシュは適当に自分の分のアップルパイを平らげると、左足の無い魔族の少年の足元に据わって、失われた足の付け根を見つめる。

「やっぱり足はあった方が良いもんね。ちょっと触ってみて良い?」

「え、あ、う、うん…」

少年は不安そうにルーシュの言葉に頷く。ルーシュは悲しそうに少年の足の付根を触る。

「ふーむ。まだ残ってるな。やってみるか。かなり痛いけど、ちょっと我慢して」

「え?」

「復元<リカバリー>」

 ルーシュは右手を少年の足にあてると凄まじい光が孤児院全体を包み込む。

「いたっ痛い!いや…やだ、痛いよ!やめて!」

 少年は光の中で悲鳴を上げる。

「ルーシュさん!何をしているんですか!」

 神父は怒りの声を上げ、慌ててルーシュのいたところへ手を伸ばそうとする。

 光が徐々に無くなっていくのだが、慌てた神父はルーシュの首根っこを掴み、背後の壁に叩き付け、右足の無かった魔族の少年へと駆け寄る。

「大丈夫か、ナッシュ!」

「ひっ…痛い、痛いよぉ。左足が痛かったよぉ」

 ナッシュと呼ばれた魔族の少年は泣きながら左足を抱えていた。

「何をしたんですか、ルーシュさ………え、……左……足?」

 神父はギョッとしてルーシュを見ようとして、慌てて再び少年のほうを振り向く。少年には無かったはずの左足が存在していた。

「え、えええ!?い、一体何が?」

 神父は驚きの表情を見せる。

 そして神父はルーシュの方を振り向くと、ルーシュは頭を抱えてうつ伏せに倒れていた。

「頭が痛い」

「おおお、すいません!で、ですが、一体、何を!?」

 神父は目を白黒させてルーシュを見る。

「何をって…傷を治したんだよ」

「き、傷って…」

「僕ね、小さい頃、大好きだった人が死んじゃったんだ。それでね、どうしても生き返らせようと色々魔法を試してたの。魔王様は体が木っ端微塵になっても時間がたてば復元するんだから普通の魔族だって生き返るはずだって思ったんだ。ま、死んだものは生き返らないのは分かったけど、生きてる魔族の魔力には情報があって、体を復元するくらいなら出来る事が分かったんだよぉ。以来、父上は夜遊びに僕も連れまわして、地上から来た体の一部がない人の復元をさせて回ったりしてたんだ」

「てっきり悪い遊びを教わってたのかと思ってたよ」

 悪い遊びをする場所にも入っていたので、悪い遊びを教わっていたと思われるのも仕方なかった。何せルーシュを連れ歩いていたのは、キャバクラ君主と呼ばれるバエラス二世、つまりルーシュの父である。

「さすがに僕もお酒は飲まないよ?」

 ルーシュは凄い誤解をされていたと憤慨する。

「それに、ウチの国は暗黒世界の入国審査もするでしょ?新しく入国する体に欠損のある魔族の人たちは治せるだけ治しているんだよ。何年も放置したり、生まれつきだったりすると魔力の情報がなくて流石に治せなくなるけど、怪我してから数年くらいの子供なら大体大丈夫だったし。そっちの右腕の無い子や目の見えない子も見せて。治せるかもしれないから。最初は痛いかもしれないけど、ちゃんと訓練すれば元に戻るし」

 ルーシュは起き上がりながら少年達のほうへ向かう。

 レナは驚いたようにルーシュを見ていた。

 ルーシュは基本いつも笑ってるし、人間は恐ろしい生物だと意味も分からず怯えてたり、大魔王様をポンコツ扱いしたり、母や従妹に苛められていたりする魔公王子である。

 だが、次々と失われたものを治していくルーシュの姿はあたかも神にでも見えたかのようだった。魔族の子供達は失われていた体を取り戻し、泣いて喜んでいた。神父もそれを見て、子供たちと一緒になって嬉し涙に頬を濡らしていた。



 ルーシュは食事を終えると、荷物を纏めて帰り支度を始める。孤児院を出る頃には、陽が赤みを射していた。

 神父とティモは見送りに一緒に出ていた。

「ありがとうございます。ルーシュさんはまるで神のようだ」

 神父は感激してルーシュの両手を握る。

「ほえ?あはははは。僕、神様じゃないよ。よくシャイターン様みたいなんて言う魔族もいるけどさ」

「師匠は凄い人だったんですね?」

 ティモはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。

「ラフィーラ教の人が、ルーシュを神のようだ、っていうのは無いと思う」

 レナは少しだけ呆れたように言う。ルーシュはシャイターンの末裔であってもラフィーラの末裔ではない。

「いえいえ、ラフィーラ教は多神教、神聖教団のようにミシェロスを最高神として崇めるのではなく、全ての神を等しく敬っています。ですからラフィーラ教信者のある国土は他神教であっても認めているのです。お忘れですか?神聖教団も元々はラフィーラ教から分派した宗教なのですよ」

「あ…」

 レナは神父の言葉に納得する。とはいえ、それがどうして神聖教団はこんなに魔族を苛め抜く宗教に代わったのかと不思議にさえ思うのだった。

「暗黒世界の魔族の方々は我々を見捨ててないのだと心強く思います」

「誉めても何もでないよ。僕は社会見学のついでに見かけた魔族の怪我を治しただけだし、その為にグランクラブを歩いている訳じゃないからね」

 ルーシュは困り顔で首を横に振る。

「それでもです」

「あと、ごめんね。その耳は僕、治せないや」

「いえ、これは自分の意思で、人間の家畜にされていた自分が、人間と戦うために切り落としたものです。この耳を見るたびに自分のように苦しんでいた子供達を助けようと思いなおせるのですから」

「んー、よく分からないけど…それなら良いかぁ。じゃあ、またね~」

 ルーシュはブンブンと手を振って孤児院を後にする。レナもそれに付いて行く。

「師匠、新しい林檎を見つけたら報告に行きますね」

 ティモは嬉しそうに手を振ってルーシュを見送っていた。



 レナとルーシュは孤児院のある教会を出ると、貴族街の方へと向かう。未だ居候しているクリストフの屋敷に戻る為だ。

「ルーシュ、東の大陸で魔族が酷い目にあっていたって知ってたの?」

「?………一応、僕、誰よりも情報の入りやすい所の領主さんなんだけど…。ホント、恐ろしい人間がいるものだねぇ。怖いよねぇ」

 ルーシュはポヤヤヤーンとぼやく。レナもルーシュに言われてみれば、バエラス領を通過しないと外には出れず、中に入ってくる魔族は全てバエラス領を通ってやって来る。外であのような事をされている魔族がいれば、ルーシュが知っているのは当然だった事に気付く。

「こう、どうにかしようとか思わなかったの?」

「どうにもならないよ」

「…」

 意外にもルーシュは諦め半分でぼやく。

「まあ、母上の受け売りで言うなら、時間が解決するしかないってのが一番だろうね。父上からすれば出来る限りの助けはしてもバエラスとしてはとりあえず穏健じゃないともっと悲しい事になるからって話だね」

「もっと悲しい事?」

「戦争になって最初に消えるのはバエラス領だろ?アームあたりは真っ先に死ぬんじゃないかな?僕は父上にそう教わったよ」

「……」

 ルーシュの言葉は端的でレナには分かりやすかった。

 結局の所、バエラスは穏健派でいなければ滅びる、だから穏健派なのだと。暗黒世界の前で命を散らした初代バエラスはそこで止めねば自分の同胞が殺される事をわかっていたのだ。

「助けに行って戦争になれば領土が荒らされる」

「まあ、ベーリオルトさんも他人の領土なんてどうでも良いなんて思ってないとは思うよ。こっちの魔族の状況をあの人も掴んでいる筈だからね。僕が光の魔法を身につける前まで、欠損した体を持つ魔族はあちこちにいたのだから」

 ルーシュは首を横に振って、そして大きく溜息をつく。

「そ、そっか」

「度を越えた人間の迫害に許せないって思い、それを妨げる僕らに腹を立てているというのもあるかもしれない。僕らの領土を切り取ろうとしているのだって、レナを借金で巻き上げて領土と交換したのも、そもそも地上への道を開く為だったんだから」

「む……ルーシュが珍しく賢い事を言っている。まさか、……偽ルーシュ」

「僕を何だと思っているのさ!」

 レナの鋭い指摘(?)にルーシュは涙目で訴える。

「でもね、僕、こっちに来て色々と思う事はあったし、社会見学は成功だったと思うよ。だって、…この国では魔族も人間も獣人も亜人も、皆仲良く暮らしているじゃない。喧嘩をする事があってもさ。少しずつでも僕らが出来る事はあると思うんだよね。まあ、あまり介入しすぎると怒られちゃいそうだけど」

「そっかー」

 レナもうっかり忘れていたが、基本的にルーシュは賢いのだ。思考回路が少しおかしいだけで、傀儡だという割には、ちゃんと政治家も勤めていた。何より5歳の頃に出会ったルーシュは、もっと聡明で天才的な魔族だと思ったくらいだった。

 ルーシュが死者を生き返らせる方法を探したようにレナも一生懸命になって母親を生き返らせる方法を探していた。だが同じく見つからなかった。ただ、その副産物としてルーシュは人間で言う所の聖なる魔法と呼ばれるものを習得していた。

 才能が全てと呼ばれる魔公において、これだけはルーシュは才能ではなく努力で身につけたものだった。


 そして、だからこそ、他人の痛みをよく知る魔王家の子供でありバエラス家の君主になり、多くの魔族達に敬われているのである。

 ルーシュの回復魔法無双に向けて着々と進めています。そして徐々にシリアスな話へと移行していきます。

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