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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第2章 イヴェール王国騒乱
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兎人族が弟子になった

 クリストフの家に滞在した翌日には、ルーシュは魔導窯のついている屋台を購入して、再び銀の林檎屋台を復活させていた。

 ルーシュ達は、クリストフに町で行商の出来る公園を教わり、そこで銀のアップルパイを売る事にしていた。

「はーい、並んで待っててくださいねー」

 レナはピドの町でもやったように売り子をしていた。ルーシュは屋台の作業場でアップルパイを焼いて次々と作っていく。

 冒険者向けの食事だったので、売れ行きは今一になるだろうと予測していたが、以外にも好評で、王都でも早々に完売した。



 アップルパイが売り切れると、ルーシュとレナは屋台の中の調理道具をそれぞれ片付けていた。

「銀の林檎はこれ以上増やせない以上、たくさん売る訳にもいかないしなぁ」

「いっそ、林檎農場を作る?」

「いや、さすがにモンスターがたくさんいるような危険地域を作るつもりは無いよ?あいつら、食欲に任せて、僕らも眼中無しって感じで襲ってきてたじゃない」

「そういえばそうだね」

「人里はなれた場所に農場を作って、ごっそり収穫するって言うならありだろうけどね」

 ルーシュは中央大陸ならいけるのではないかと考える。あそこは本当に何も無かった。不毛の地だったのでさすがに厳しそうだが、植生できそうな場所を探して、開拓すればどうにでもなると考える。

 そう考えてみたところでルーシュは首を大きく横に振る。

「と言うと、魔王様の二の舞だな。考え直さないと」

 それをしようとして滅ぼされたのが前魔王である。中央大陸は人の手が無く、自分たちは開発が出来る力があった。だが戦争になって魔族は中央大陸開拓から手を引いている。

「うーん、でも……土地は余ってるし、私達なら新しく町を作るのも簡単だし、なんだか面倒くさいね、このグランクラブって言う人の支配しているところは」

「そうだね」

 レナもルーシュの考えを察したようにぼやく。

 暗黒世界と違って、太陽を浴びた木々は、銀の林檎を代表して魔力を生み出すものがいくつか存在している。これは魔公にとって喉から手が欲しいものだった。太陽のある大地があれば食糧難の危機などというものを恐れる必要が無いからだ。

「当時の魔王様も同じことを考えてたのかなぁ」

「多分ね。最初はこんな明るい所、何が嬉しいのかと思ったけど、過ごしやすいし、魔力の補充もしやすいし、楽園としか思えないもん。この大地を欲した魔王様は間違いじゃなかったと思うよ。というか、……なんで人間にしてやられちゃったか分からないね。勇者って存在を見ても魔公が負けるとは到底思えないしさ」

 ルーシュは空を眺めながら何となくぼやく。



 2人は翌日も銀の林檎屋台を出してシルバーアップルパイを売っていた。

 特に男性客が多く、ピドの町同様にレナを口説く大人が少なからずいた。ルーシュはアップルパイを妬くのに忙しくて、レナの苛烈な断り文句を使って斬り捨てていた。

「お嬢さんをお持ち帰りしたいんですけど」

「アップルパイをご所望で無いならばお帰り下さい」

「アップルパイ4つね」

「申し訳ございません、お客様。後ろがありますので、お1人様2つ限定とさせていただいております。ご了承下さい」

「じゃあ、2つね」

「はい、かしこまりました、小銀貨2枚になります。ありがとうございまーす」

「君、アップルパイでなく君のパイをくれないか?」

「このパイは売り物ではありません。お帰り下さーい」

 レナは、次々とやってくる客を捌いていく。

 1日7個の銀の林檎から56個焼いて、限定50個販売にして、残りの6個はレナのお腹の中という計算である。

 ルーシュは焼くのが面倒なので酸っぱいと口を窄めながらそのまま食べていた。


 2日目の商売も順調に終わり片づけをしていた。

「いやー、商売もいいものだね」

 ルーシュはほくほく顔で屋台に荷物を積んでいく。

「まあ、銀の林檎は1個1万ピース(小金貨1枚)でしょ?それを8等分にしてパイにしているのに材料費より安い1000ピース(小銀貨1枚)だからね。原価無視なんだから売れて当然だと思うけど」

「むーでもねぇ。銀の林檎はほとんどただだよ、僕らにとっては」

「でも、ルーシュの魔力回復は必要ないとは言っても後になって回復させるとなると、それこそもっとたくさんの食料が必要だよ」

 ルーシュが使った魔力量は莫大な筈だ。ルーシュにとっては微細でも普通の魔公にとっては命を何度尽きてもおかしくない魔力消耗だったはずだ。

 魔王の資格を持つ存在というのは、それほど規格外なのだが、ルーシュがそうである事は魔王とシホ、両親、魔王直属、そして友人とその家族という極めて少ない。下手するとクロードの方が正しくルーシュの規格外を他の魔族よりも理解しているだろう。今回の旅に出る前まで、ダンタリウスでさえも把握してなかったのだから。

「んー、まあ、そうだけどさ。僕はこの調子だとずっと生き続けそうだし。どうせ、魔王様の後片付けは僕がやるんでしょ?次の世代が出来てちゃんと軌道に乗っかればお役御免だし、それなら僕は永久に生きるのではなく、レナ達と一緒に終わりたいなぁ」

 ルーシュとしては仲の良い友人が寿命になって老いて行っても、自分だけがこのままだというのはいやだった。彼らが亡くなっても永遠といき続けるのも嫌だった。魔王達は次世代の魔王が生まれると二人として生きられないから食われて死んだ。だが今はそんな必要が無い。そうすると、恐らく魔公の寿命を遥かに超えて生きてしまう可能性が高いのだ。

「わ、私と一緒…」

 だが、レナは『死ぬときは一緒がいい』とも取れる、告白にも似た台詞に赤面してしまう。ルーシュにそんな気の利いた台詞がでるはずもない事が分かっていても、そこは乙女フィルタが掛かるのだから仕方ないのだ。

 するとハティとスコールが元気にやってくる。我こそがここの居住者だとばかりに、ハティはルーシュの左肩に、スコールはルーシュの右肩に乗る。

「ああ、でもスコールとハティは僕と同じくらい生きてくれそうだし、べつに良いかぁ」

 ルーシュは気付いたようにぼやくので、とりあえずレナはルーシュの鳩尾に拳を叩き込んで悶絶させておく。

「何故?」

「自分の胸に聞きなさい」

「最近、レナが母上に似てきた。理不尽だ」

 ルーシュはお腹を抱えながら、涙目でレナを見上げる。

「ルーシュはもう少し大人になるべきだよ」

「それは大人になって、さっさと死ねと?」

 さっきの話の流れからすると、もう少し生きてもいいという事を否定しているようにもとれるので、ルーシュはレナに酷い事を言われたように感じていた。



 仕事も終わったので、ルーシュは屋台を引いて帰ろうかと考えていると、そこに一人の少年が現れた。

 白い髪、白い肌、背はルーシュの首元にも届かない位でかなり小さく、大きいクリクリした瞳をしたあどけない顔をしている。10歳にも満たないように見えたが、何よりもルーシュの目に入ったのは『白い髪の毛の上に白い尖った獣耳』であった。

「師匠!弟子にしてください!」

 白耳の少年は頭を下げながらも羨望の眼差しでルーシュを見上げていた。

「し、シショー?」

 いきなり師匠呼ばわりにルーシュは困惑する。

「そこの少年、何を血迷ってるの!?ルーシュには教えることはあっても教わる事なんて何もないよ!」

 レナはさり気なく酷い台詞で弟子入り志願の少年を引き止める。

 だが、ルーシュも人様に教えるような誇れるものが無いので困るのだった。基本的に自分の持つ固有の才能以外のものが無いので、ルーシュのまねは誰もできないのだと言うのが、かつての友人達の共通認識だったからだ。

「そんな事ないです。師匠のアップルパイは世界一です。僕にアップルパイを教えてください!」

「アップルパイ…」

 ルーシュは悩ましげに眉根に皺を寄せて立ち尽くす。

 このアップルパイは元々ピドの町でパン屋にアップルパイのヒントを貰い、預言者からレシピを受け取り、ミレドにパイの詳しい焼き方を教わり、クロードのアドバイスによってシナモンの風味を加えた、自分の力では何一つ出来なかったものだ。だが、基本的にスタンダードなものでもある。

「人に教えるほどのものじゃないよ」

「そんな事ないです!」

 キラキラと少年はルーシュを見上げる。白い耳がパタパタ揺れる。

 ルーシュはどちらかといえば耳の方が気になってくる。^

「ま、まー、大したものじゃないし、教えるくらいはいいけど…なんでまた?」

「お、教えてくれるんですか?師匠!」

「いや、だから…」

 ルーシュは説明するのに困ってしまう。そもそも魔公王子の癖に、崇められるよりも恐れられている事が常だったルーシュにとって、一方的に尊敬の眼差しを向けられる事が無かったからだ。

「とりあえず話だけは聞こうか、うん」

 公園のベンチに座るルーシュとレナと白耳の少年。

「僕はアップルパイを作りたいんです」

「作るのは良いけど……売りたいの?」

 ………

 白耳はキョトンとして、そして不思議そうに首を傾げる。

「もしかして、単純にアップルパイの作り方を教えて欲しいって事?」

「はい」

 コクコクと少年は頭を振るように首を縦に振る。

「それなら別に構わないけど、何で?正直言って、アップルパイなんて誰でも作れると思うけど」

「えと…実は僕、あっちの方にあるラフィーラ教会の孤児院に住んでるんですけど、別に孤児じゃないんです」

 少年は漠然とした説明をする。

「ほほう。孤児じゃないのに孤児院に住んでいるとは、此れ如何に?」

 ルーシュは不思議そうに首を傾げる。レナも不思議そうにしていた。まるで謎掛けのような事を言い出す少年だった。説明が単純に下手なだけなのは何となく理解するのだが。

「実は僕、ミストラルという国の出身です。お母さんと一緒に過ごしてました」

「ほえ、それがまたどうして、ここに?ミストラルっていうと…」

 ルーシュは不思議そうに首を傾げて、ポケットに突っ込んであったメモ帳を取り出して、地図を広げる。

 北の大陸は、横長な形をしており、南東部で中央大陸と繋がっている。中央にあるユグドラシルと呼ばれる聖樹の周りには大森林と呼ばれる巨大な針葉樹林帯が存在しておりモンスターも多いために人の足が入りにくくなっている。その為、東部と西部は森によって分断されている。ミストラルというのは大陸東部にある国家で、ここイヴェールは大陸西部の針葉樹林帯に面した大陸西部最大の国家で、ラフィーラ教の総本山でもある。

 ルーシュのメモ帳にはミストラル王国という国は『神聖教団勢力圏最北』と記してあった。これはダンタリウスに教わった内容であった。

「随分、遠くから来たんだねぇ」

 暗黒大陸から来た事を棚上げしてルーシュはこの白耳の少年をみる。

「そんな遠くなんですか、イヴェール王国って」

 白耳の少年は地図を見て目を丸くしていた。

「地図を読めるの?」

「こっちに来て、学校で教えてもらいました」

「なるほど」

 ここに来る途中、ルーシュはクリストフに教わったのだが、神聖教団の勢力圏では学校や教育というモノは人間の高貴な存在だけが受けられるものらしく、農民は子供の内から野良仕事の手伝いをするらしい。

 白耳の少年はどう見ても獣人なので、神聖教団の勢力圏で住んでいたならかなり知識に乏しいと侮っていた。だがシャトーという王都では、こんな小さい子が孤児としてここにきてもちゃんとものを教えているのだと認識する。

「何でイヴェールに?」

「実は僕も良くわかんないんです。怖い人達に連れていかれて、お船に乗っていたら空からカラフルな服のお姉ちゃんが降ってきて、その怖い人達をやっつけて、それで一緒に連れて行かれてた皆とここの孤児院に預けられたんです」

 白い耳の少年の説明は、ルーシュには理解できなかった。

「ねえ、ルーシュ、私、空から降ってきたカラフルな服のお姉ちゃんって部分に関しては、思い辺りがあるんだけど」

「僕もあるよ。で、そのお姉ちゃんは何者なの?」

「さあ、よく分からなかったけど『悪を憎み義を愛する、魔界より来たりし正義の使者、魔公★女王レヴィアたん!』とか名乗ってましたけど」

「やはりレヴィア様か…」

 レナは呆れるように頭を抱える。

 暗黒世界は非常に変人が多い。駄目な人で有名なのはレナの父、ルーシュの父と叔父という3強がいるのだが、変人と言う部分においてはもはや数えられない。変わり者が腐るほどいるのだ。『自称・レヴィアたん』は実力は暗黒世界でも屈指、そしてその変人度も屈指である。

「まあ、レヴィア様の事は良いや。中立派だからそういう事も有ろう。うーん、じゃあ、孤児院って調理器具とかある?孤児院に聞きたい事もできたし、そこで教えてあげるよ」

「ふおおおおおお。ありがとうございます、師匠!」

「師匠は辞めてよ。何も教えてないし。ところで…君、名前は?」

「あっ!………そういえば何も言ってなかった!僕はティモです。兎人族です」

「やはりか。兎人族…本物を初めて見た」

 ルーシュは珍しそうにティモを見る。白い耳をパタつかせており、うずうずと手を出したくなる気持ちが芽生えてしまうが我慢する。

「本物?偽者がいるんですか?」

 そう少年に問われて、ルーシュは返答に窮する。

 まさか、父が通いつけの風俗店にいるバニーガールが偽者だとは、さすがに自分よりも小さい子供、下手をすると従妹よりも年下の子供にそれを言う訳にはいかなかった。

 レナはその偽者がなんなのか察して、冷たい視線をルーシュに向けるのだが、ルーシュはそれは冤罪だと訴えたい気持ちをガマンしてそ知らぬ顔をする。

 別にそこで遊んだのではなく、父に連れられて困っている魔族の手助けをしていたのだ。

「ところで、ルーシュ。最初の話が全く進んでいないよ。この子が何でアップルパイを作りたがっているのかという理由を聞いてないよ」

 ルーシュは変なところに食いつくので、閑話休題が長すぎるのだった。レナはそれを察して元の話に戻させる。

「そうだった」

「お母さんに食べさせたいんです」

「おかーさん?」

「ミストラルにいると思うんです。僕のお母さんは林檎が大好きなんです。いつもお仕事で夜遅くてあまり遊んでくれないけど、きっとアップルパイを食べたら喜んでくれるかなぁって思って。僕、冒険者の館でお皿洗いのお仕事をしてたんだけど、冒険者の人たちが言ってたんです。銀の林檎屋台のアップルパイは絶品なのだと」

「だから、僕にアップルパイを教えて欲しいと?」

「はい」

 素直に笑顔で頷く少年。

「そ、その手があったか!」

 ルーシュは頭を抱えて唸る。

「?」

 レナは不思議そうに首を傾げる。

「僕のお母さんもお仕事で家にいない事が多いから。もしかしたら僕もアップルパイで機嫌を取れるのではと!」

「あー」

 ルーシュも母親の手の届かない遠くの場所にいて、母親とは一緒にいても疎遠だった。母親に構って欲しいという思いがあるのだろう。

「ティモ!僕が全てを伝授してあげるよ!僕はルーシュ、魔族だよ。一緒に頑張ろう!」

「おおおお、ありがとうです、師匠!」

 ハイテンションな2人にレナは少しだけ疲れていた。

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