引っ越しの準備
4つの大陸と7つの海を持つ世界<グランクラブ>。中央大陸を中心に、西の大陸、北の大陸、東の大陸の4つが存在しており、その大陸には人間種、亜人種、獣人種、魔族種、さらにはドラゴンやモンスター等が住んでいた。
今から約200年前、魔界より光のある世界を求めグランクラブへの移動を進めた魔族達だったが、人類はグランクラブにいる魔族達を打ち滅ぼし、勇者クラウディウスは魔界に住む魔王を倒し、世界を平和にしたのだった。めでたしめでたし。
そんな当たり触り無い伝説となった物語が、この世界には存在している。だが、それは負けた魔族は良い迷惑である。魔族の以下の4点に集約される。
1つ、食料難で新しい土地と魔力の実る果実を育てられる土壌が欲しいので、人間の居住区がない中央大陸の開拓をする代わりに自分達に住まわせて欲しいという条件を最初に提示していた。
2つ、最初に中央大陸へ侵攻して来たのは人間達である。
3つ、他大陸へ向かったのはあくまでも人間達に攻め込まれた際に奴隷として奪われた同胞達を取り戻す為である。
4つ、戦力では負けていなかったが、戦う事でグランクラブを滅ぼしてしまっては、自分達の居住区も失い、結果的に食糧難になる勝利は意味が無いのでグランクラブを本格的な戦場にする事が出来なかったので防戦となった。
結果的に、勇者によって魔王が殺されて戦争が終わり、いるだけで莫大な魔力消費をする魔王が消える事で魔界は食糧難が解消された。
だがそれから200年過ぎた今、グランクラブの半数以上の人口によって神聖教団という宗教が広がり、この神聖教団において魔族は人権を与えられず、魔族は悪であり、奴隷や家畜のような階級とされている。
200年の間に積み上げられた種族の溝は深く、また、魔族が脅威であろうが無かろうが、世界には数多の種族の人類同士で争う戦乱に満ちていた。
そんな前振りをしておいて、ここは北の大陸西部、ラフィーラ教を国教とした全ての種族が平等に権利を与えられており、200年間に渡って他国からの侵略戦争で一度も負ける事無く、他国との侵略戦争をしない事を憲法に謳っている平和な王国イヴェール。
200年前と同じく、現代においてもラフィーラ教によって勇者到来の預言が行なわれたのだが、現代においては大衆はそれを耳にする事は無かった。200年前の世界の信仰はラフィーラ教が大多数を占めていたが、現在は前述するように神聖教団が信仰を占めている。神聖教団は英雄的行動を取る人物へ、勇者の称号を与える。その為、ラフィーラ教に預言された勇者当人は、神聖教団の許可無く勇者扱いされて非常に困っていた。
現在の世界における、一般的な勇者とは英雄的行動をした神聖教団のバックアップを受けている人物である。いきなりラフィーラ教にあなたは勇者ですとか言われても困るのは当然だ。当人は預言の勇者でありながら、勇者詐称罪の罪に怯えて生きていた。
そしてそんな預言に敏感に反応したのは魔族達だった。『俺達は戦う積もり無いのに、また滅ぼされるんかい』としか受け止められないような預言に、最も困惑したのだった。そこで勇者への諜報活動を開始したのだった。勇者諜報員の名はルーシュ・バエラス三世、200年前の魔族の英雄大魔公バエラスの直系にして、魔王の血を引く由緒正しい、魔公ならば十分に大人なはずの14歳なのに、かなりお子様な魔族だった。
時は智暦216年風の月も半ば。夏が過ぎて涼しくなってきた頃合いである。
勇者に関する報告書を保護者代理のダンタリウスに預けて、ルーシュは勇者のいるピドの町に未だ滞在していた。
ダンタリウスが帰ってくる間もなく、冒険者の館を通じてルーシュの元に、イヴェール王国国王の名前で、王都への招待状が送られて来ていた。
ルーシュは冒険者の館にある端の方のテーブルに座って頭を抱えていた。一緒にいるのは同じく暗黒世界からやってきたレナ、諜報対象である勇者の預言をされたクロード、そしてクロードの従者として派遣された幼女神官マリエッタの合計4名である。
「さて、どうしたものか」
「どうしたも何も王都に行けば良いのです?」
困っているルーシュを理解できないとばかりにマリエッタは首を傾げる。
「そんな恐ろしいマネ、出来ないよ。だって人間の都市だよ!?ウチの祖父ちゃんの遺言で、『いきなり人間に王都に呼び出されたら、それは暗殺してやるぜっていう、前振りだと思え』といわれているんだ!」
「200年前の人たちは何をしていたんだろう…」
既にバエラスの孫という事が判明されているので、クロードは引き攣ってぼやく。
「遺言も何も、そんな遺言残してないじゃない。行きたくないからって適当を言わない。それとルーシュのお爺ちゃん、何気に絵本で良い人みたいに語られちゃってるから冗談でも取り出すと変に思われるよ」
レナはあっさりとルーシュの嘘を突っ込んでくる。本当は行きたくないだけの苦し紛れな言葉なのだが、
「嘘なの!」
クロードは抗議の声を上げるが、ルーシュは冗談に決まってるじゃないといった感じで軽く流す。
「とにかく、僕は人間の国になんて関わりたくないよ。怖いよ。恐ろしいよ。食べられたらどうするのさ!」
北の大陸を滅ぼしうる恐ろしいモンスターとタメで互角に戦った魔族とは思えない弱気発言である。
クロードもマリエッタもそれがルーシュの本音なのが分かっているので、呆れるしかなかった。その気になったら王都を軽く滅ぼせる人がどうしてこんなに取り乱しているの?と
「じゃあ、私と一緒に部屋の中で寝込む?」
「僕を食い物にしようとしている女と一緒にいる方が食べられるわ!」
レナは小さい頃から、腹を減らせるとルーシュに噛み付いて、魔力を吸うのだ。ルーシュはレナが自分を非常食だと思っていると確信していた。
「でも、ルーシュお兄さんの意見はともかく、王都からのお誘いは断れないと思うのです。正直、私も王都には行きたくないのです。でも、行かねばならないのです」
マリエッタはルーシュに言うと、ルーシュはシュンとする。
「これだから人間は」
「魔族は違うの?」
クロードの質問にルーシュは頷く。
「まあ、用事がある方が出向くよね。住処が遠いから、それは偉いとか偉くないとか関係ないし。だから恩賞がある場合は魔王様が直接相手の所に行くかなぁ。礼儀的に当然でしょ?」
「へー」
「まあ、仕事は王都へ行くよ。だって、実務はしなくても、最終承認は魔王様の承認印が必要だからね。魔王様の承認印を押してもらいに、僕らは仕事をするわけだから。だから魔族にとって格付けってのはたくさん人がいる場所が偉いって感じだね。それだけ人に必要とされているって言うパラメータになるし。そういう意味でいえば…蔑ろにされてるけど、僕は魔族で皆に必要とされているんだよ!」
「ここに社会勉強として追い出されている程度にね」
ルーシュは自分で自分をヨイショして、レナが冷たく突き落とされる。どんよりするルーシュの肩をポンポンと叩いて励ますのはクロードだった。
そんな中、ルーシュの愛犬(愛狼?)たる白銀の毛並みのハティと黄金の毛並みのスコールがルーシュの足元によってきて励ますように体をこすり付ける。
「まあ、郷に入りては郷に従えなのです」
「まー、ダンタリウスにも人間世界にあわせて波風立たないような処世術を心がけよといわれたし。王様の前では如何すれば良いのだ?」
「一応、ルーシュは王族なんでしょ?だったら、普段どおりでいいんじゃないの」
クロードの提案に、ルーシュは目から鱗だと手を打って喜ぶ。
「じゃあ、ルーシュ、普段の魔王様との遣り取りをどうぞ」
レナが前振りするので、ルーシュはイヴェール王国の玉座の前に連れられて、王様の前に出て行くのを想像する。
「やー、魔王様、元気―?今日もちゃんと仕事してる?あ、これ、毒入り煎餅持って来たんだけど一緒に食べる?ほら、バエゼルブの小父さん達にお土産をもらったんだけど、1人じゃ食べ切れ無くて。きっとどっきりパーティ的にくれたと思うんだよね。僕が当主になってからバエゼルブさんちは僕に色々とくれるのは良いんだけど、毒が入ってるのは美味しくないから辞めてほしいんだ。でも断れないじゃん。その前も2時間くらい死んじゃったよぉ。魔王様、一緒に食べるの手伝って」
ルーシュは魔王様と気軽に世間話の体で入っていく。
「って、魔王様に何でそんなフランクに話しかけるの!?しかも毒入りって、暗殺されかけてるよね!?っていうか、食べちゃ駄目でしょ!?お裾分けもNGだよね!?」
突っ込みどころ満載なルーシュと魔王の会話に、クロードは思いっきり突っ込んでいた。暗殺され掛けていること、それに気づいていないこと、死んでるのに生き返っていること、そんな毒を魔王にも一緒に食べろと持って行く事、それは魔王にタメで話しかける甥っ子の気安さ以上に問題があった。
「ふふふふふ、10年の付き合いになる私は、その程度のボケに突っ込みを入れないのだ」
レナは鼻で笑ってみせるので、クロードはげんなりする。どうやらこのやり取りはいつもの感じらしい。魔界は本当に大丈夫なのだろうかとクロードは勇者なのに、魔界を心配していた。
「ルーシュはそもそも魔王家生まれで、偉そうにしてても誰も咎めなかったからなぁ。うーん、そうだ、母親対応だ!ルーシュ、母親対応で王様の前に出てみよう」
レナの提案にルーシュは顔を青ざめさせる。
敬意を持って接するという点においては、ルーシュは対魔王よりも対母親の方がよほど畏まっていた。
ルーシュは母親と対面する時の事を思い出す。
「でも、どうやって挨拶をすれば。土下座しながら前に出る方法を教えてください」
いつも土下座で謝っていた記憶しか無かった。果たして、王様にどうやって受け答えすればいいのだろう?とルーシュは本気で悩んでいた。
「そうか、ルーシュは母親の前では基本土下座なのか…」
クロードは友人を不憫に感じてしまう。
というか、魔王よりも母親に態度が弱いってどういう事なのだろうか?いつも母親の前で土下座状態と言うのも何か間違っているようにしか感じなかった。だが、ルーシュは魔王の甥だという話でもあるのだから、母親は魔王の姉か妹なのだろう。偉い相手なのは確かだ。
魔界はきっと大変なのだなとクロードは勝手に結論付けたようで、うんうんと頷いていた。
「取り敢えず、ルーシュはイヴェール王国の首都に行くって事でいいんだよね?馬車が迎えに来るってあったけど。僕らは田舎者で間違い無いし、魔族の文化は僕らと別物みたいだから、迎えに来た人に教われば良いんじゃないの?まさか田舎者の無礼者を王様の前に放り出すような悪徳貴族が迎えに来るとは思えないし」
「おー、名案。さすがクロちん」
拍手するルーシュに、クロードは口にしながらも、自分だって王侯貴族の前になんて出たくはないし、出ても如何すれば良いのか分からないのだから、最初から対応方法何て持っていないのである。
「どうせ、イヴェールまで凄い時間掛かるんだし」
クロードのぼやきにルーシュはハッと地図の方へ目を向ける。
冒険者の館に張ってある近隣地図を見ると、ピドの町から南南東へ約900キロほどもある。ルーシュ達が滞在しているピドの街の東部に広がる森林地帯沿いに南へと続く街道は南下し、山を東方向へ迂回し、南部に海が広がるイヴェール王国の首都シャトーまで果てしなく遠い距離にある。
ルーシュとレナは地図を見て溜息を吐く。
ルーシュ個人の想いとしてはダンタリウスに許可を貰って空を飛びたい距離だ。ルーシュの感覚では1時間で余裕ある距離なのだ。レナでも食事さえ準備していれば1日頑張ればいける距離という所だ。だが、普通の感覚では馬車で乗り継いで20日くらいだろう。
「移動は良いが、食料がない」
ルーシュは真剣な顔で口にする。
地上にやってきて一番の問題だったのはレナの食事だ。20日間の移動という事は前もってレナの20日分の食事は運ぶのは不可能なので、食事を購入する資金がなければならない。一体どうやってレナの食事を賄えというのだろう。レナの食費は1日銀の林檎1個分、小金貨にして1枚分、20日なので小金貨20枚のたくわえが必要となるのだ。
この金額はイヴェール王国の騎士団員の30日分の俸給に相当する。要するに普通の人がさらっと出せる金額ではないという事だ。
「食料なんてそこまでお金は掛からないでしょう?」
「レナの食費がバカにならないのが問題なのだ。僕らは質素倹約は当然だが、それでも体質的にたくさんの魔力を摂取せねばならない奴がいる。レナの食費は1日小金貨1枚だぞ!」
ルーシュはレナを指差す。
「そ、それは凄いね。まあ、でも男は甲斐性が必要だとも言うからね」
「くっ…そういえば、ベーリオルトさん所から買い戻す時にも金山4つに清水の流れる川を1本というウチの領土の貴重な財産を渡したし、このままじゃ僕の魔力どころか財産までもレナに食い尽くされる」
クロードの指摘にルーシュは悲しくなってきた。この幼馴染は色々と金が掛かりすぎるのだ。そこまで甲斐性を求められても困るのだが。
「まあまあ、ルーシュは友達いないんだから」
レナはポンポンとルーシュの肩を叩いて、仕方ない事だと諦めさせようとするのだが。
「友達を金で繋ぎとめてるみたいなのです」
マリエッタの言葉に全員が凍りつく。
言われて見れば言葉だけを取るとそんな感じだった。ルーシュは体外的に見て、それが事実である事に気付いて、テーブルに額を押し付けて愕然とした心境で項垂れていた。
そんな訳で、ルーシュとレナは最後の最後まで銀の林檎屋台を引いて、アップルパイを作りながら食費に必要な資金稼ぎに没頭する事になった。さすがに林檎は20日も延々と食い続ける前に腐るからだ。
それから暫くすると、ギルドから使いの者がやってきて、連絡を受け取る事となる。
明日の朝にでも出発しようという話になった。移動するのはルーシュ、レナ、クロード、マリエッタの4名のみである。
2人の監督役であるダンタリウスは、まだ暗黒世界に戻ったきり帰ってなかった。無論、彼が戻ってからまだ大した時間が経ってないので、戻ってくるはずもないのだが。
このピドの町にある家に戻って、家の管理を任されているミレドと今後の事を打ち合わせる事になる。
「僕らは勇者と一緒に王都に行くんだけど、成り行き次第では、勇者が王都に定住する可能性もあって、僕らも一緒に王都に居を構える事になる可能性がある」
「そうですかぁ」
ミレドは残念そうにぼやく。
ミレドはピドの街に居住する一般魔族でもある。王都まで連れて行くわけには行かなかった。
「なので、今後はどうするのか確認しようかなって思って。ダンタリウス先生が帰ってこない事には、今後の身の振りも分からないと思うけど」
「話を戻しますと、もともと、私はイヴェールの家政婦ギルドに所属してまして、ダンタリウス様に短期契約をしてもらっていただけなので、それが終われば元の職場に戻ります」
「あ、そうなんだ。それなら安心だね」
ルーシュは、ミレドが諜報員の身の回りの世話をしていたので、ダンタリウスが戻ってこないとどうするのかだけは気になっていたが、問題はないようで、ルーシュはホッとする。
「自分達がダンタリウス様と連絡が取れないことを不安に思わないのですか?私の先を真っ先に心配するなんて」
ミレドは呆れたように苦笑する。
「まあ、僕はいざとなったら、いかようにも出来るから。魔公は弱き者を第一に考えるのは当然でしょう?それより、僕らがいなくなって困る事はない?今の内にそれは全部片付けないと」
ルーシュはミレドの言葉に首を横に振るの。だが、魔公は決してそんな善人ばかりではない。ルーシュは比較的王族の英才教育を受けて育っているので、そういう脳の構造になっている面は否定できない。
「あ、そうだ。ルーシュ様に1つだけお願いが」
「?」
「えと、家に生えた銀の林檎の木は処分して欲しいんですけど」
ミレドはずーんと屋根を貫く林檎の樹を指差す。
「そうなの?金貨がたくさんなっていると思えばいいと思うけど」
ある意味で金のなる木である。
「でもたくさんモンスターを呼び寄せるんですよね?ルーシュ様たちがいなくなったらモンスターが本格的にこの町を襲来しないかなぁとか。魔族の所有していた家からモンスターを呼び込む木が発見、なんてなったら、凄く大変な事になりそうな…」
「た、たしかにそれは大変だ」
ルーシュはミレドの言葉に青褪める。いや、その可能性は頭の中にあった。ダンタリウスがそこら辺のフォローは何でもしてくれるから、何も言われていないし大丈夫だろうとたかを括っていた。
現在、そのダンタリウスがいない状況で、ルーシュは去るのだから、そこら辺の処分はしておかねばならない。
「分かったよ。分かったは良いけど…さて…どないしよ」
ルーシュは処理方法が思いつかなかった。困ると怪しげな方言を使うのは悪い癖でもあり、これは本気で困っているのだと全員が理解する。
ルーシュは魔法制御が苦手な訳ではない。暗黒世界でも最高の部類にある。例えるなら普通の人間が10センチ程度の彫刻を作るのはそこまで難しいものではないが、山より大きい巨人が10センチ程度の彫刻を作るのはもはや職人芸の域を超えている精密加工になる。一般人の魔力とルーシュの魔力はその程度のかけ離れた差が存在しているので、一般的には魔力制御が出来てない魔族と見做されてしまう。
「困ったときに怪しげな方言でぼけるのは辞めた方がいいよ。私の提案は…雷で焼き潰す!」
レナは挙手して自身の提案をする。雷魔法が得意なレナならではである。だがミレドはそれによって家まで焼けるのは勘弁して欲しいとのことだった。
「氷の魔法で冷やすとかは?」
ミレドが提案するのだが、ルーシュは首を横に振る。
「昔、氷の魔法を使って、山1つ凍らせちゃったからなぁ。火の魔法だと町ごと焼きそうだし、風の魔法だと町ごと吹き飛ばしちゃうし…」
ルーシュの言葉にミレドはルーシュの規格外に呆れてしまう。いや、ダンタリウスやレナがルーシュの取り扱いに慣れているのは、ルーシュの規格外をある程度把握しているからなのだろう。ルーシュは自分の力に振り回され気味なのはこの木が出来た時に分かっていたはずだ。
「いっそ手で切り落とす?」
レナの提案におおーとルーシュは名案だとばかりに手を打って喜ぶ。
「さすがにこの木を切り倒すのは…というか倒れると同時に家が壊れやしませんか?」
ミレドは先にある危険性よりも、目先の住処を無くすという危険性の方が不安になってくる。いっそこの木を売り払って、新しい家を買った方が良いような気がする。とはいえ、購入者はダンタリウスなので、勝手は出来ない。ルーシュがいなくなると、どうなるかは予想が出来ないので、ダンタリウスが戻ってくるまでに何もないことをを祈るしか出来ない状況というのは避けたい事実だった。
「大丈夫だよ。僕は力持ちさんなのだ」
ルーシュは珍しく自信ありげに胸を張る。
ミレドはこの後、驚愕する事になる。魔力を肉体に通す事で高い身体能力を得るというのは世界の常識である。
戦士が基本的には人知を超えた動きをするのは魔力を肉体に通す事で高い戦闘能力を得ているという。
メキメキメキメキ
ルーシュは木に抱きつくと、一気に抱き潰してしまう。木が見事に砂時計のように抱き付かれた場所が圧力によって凹んでいた。更にルーシュは潰れた部分をねじ切ると、木を抱えたままねじ切れた根っこ側を足で踏みつける。
ガンガンガンッ
抱きついて潰れた木の下側を足で踏みつけて何度も何度も蹴り潰すとあっという間に大地に深々と木が潰れて押し込まれてしまう。
グシャグシャグシャグシャ
残った手元の木を、まるで紙くずを丸めるように手でこねて木を包み込んでいく。たった5分で家の中に生えた木は、手で潰されて重くて硬いボールへと変化していた。
ミレドは分かっていても、見た目がお子様なルーシュが木をへし折る行為をするのはあまりにも想像の埒外で、恐るべきものだった。
「じゃあ、これ捨ててくるね」
ルーシュはさっきまで木だったものを持ち上げて言う。一応、銀の林檎がなっていたので、それらは全て取ってテーブルの上においてある。20個ほど大小様々な形の林檎が転がっていた。
「ルーシュ様が偉大な方々の子供である事はこういう時に感じますね」
「いや、別に他の魔公の子供達はこういうバカな事はしないから!」
レナは自分まであの奇天烈な幼馴染と同類と思われて、慌てて否定する。
ルーシュはゴミを捨ててくると丸めた木のボールを持って外に出て行く。
「ルーシュ様は素直で賢いのだけど、ちょっとだけ常識が無いだけなんだと思います。教えた事に関しては簡単に間違えません。必要なことは積極的にやります。こう言っては難ですが、ルーシュ様はちゃんとした親御さんに教育を受けてなかったのでしょうか?」
「……最初に教育したのが規格外な魔王様だったから」
増長に増長を重ねた結果が今にあった。
「まあ、ルーシュは極端に魔王家の人だから」
「魔王家…ですよね。王族の方とは聴いてはいませんでしたがそれっぽい話はしてたのでそうなのかなとは思ってましたが、やっぱりちょっとびっくりしますね」
レナは、そういえばミレドさんにはちゃんとルーシュが王族だって言ってなかったなぁ、と思い出す。だが会話の成り行き上、絶対にそういう話はしていたはずだ。ちゃんと紹介してなかったから半信半疑だったのだろうなと理解する。
「って事は…レナさまはファーストレディ?」
「いや、ルーシュの王位継承権は2番目だし、魔王様自身、ルーシュより長生きする可能性があるから多分王様になる事は無いし。それに……」
「?」
「ルーシュはならない方が良いよ。今回だって、勝手に1人で死ぬ気で戦ってたし。無駄に博愛主義なんだもん。何の義理もない土地のために自分の命を当然のように使う気だったなんてさぁ」
レナは不満そうに頬を膨らませる。
ルーシュの優しい部分を小さい頃から知っていた。どんなに失敗しても同胞の命を自らの手で殺した事がない。辺り一帯を吹き飛ばしたとしても不思議と近くにいた人達は傷1つ無かった。
「ダンタリウス様は魔王家に仕えているのもその博愛故と聞いてました。ダンタリウス様は戦時中にルシフォーン様に遺言を賜っていたそうです。戦後にルシフォーン様自身が勝敗に関わらず生きていない事、その代わりに、どうにか人間達に連れ去られた同胞だけは助けてやって欲しいと。愚かな子供達の悪意の所為で、人間達は魔族を嫌ってしまっているから、どうにかしてほしいと」
「もしかしてミレドさんもその口?」
「いえ、私は祖父母の代が奴隷だったそうですが…。私はこのピドの町に長いので」
「祖父母の代って、………勿論、ミレドさんは4~50年前って意味で話してるんだよね?」
不安そうに尋ねるルーシュの言葉に、そういえばルーシュやレナのような長寿種族からすると祖父母の代と言うのは戦乱の世だったのだと思い出すミレドだった。
「なので、この地で皆様の活躍をお祈りしています」
そんなやり取りもあってから、ルーシュとレナは短い期間だが、拠点として過ごした家を出る事になる。
王都まで20日かかると言われているのに、あっという間に返事が返ってくる不思議。一応、魔法による通信機も発明されていますが、一般には普及してません。果たしてどうしてこんなに早く連絡が出来たのでしょう。
そこら辺は矛盾ないように、私の中ではきっちり移動時間も計算してますが、その説明は一切いたしません(笑)
次回、その説明はしないけど、こんなものがあるから馬車ではすごく時間がかかるけど…そんな計算関係ないよねって感じです。
今後、私用につき不定期更新になると思います。同時並行して書いている小説もありますので、中々書く時間が取れません…。元より、この物語は過去に自作で書いたものですが、これ以降の構想はあれど、書いては来なかったので(だってルーシュが勝手に走り出して人の構想ぶち壊すんだもん)。
さすがに1週間更新がないという事は無いと思いますが。




