エピローグにしてプロローグ
ダンタリウスは、暗黒世界の宰相を務めるメリッサに報告した後、新たなる指令書をもって暗黒世界から再び地上へとやって来ていた。
今回も同行者がいた。
黒髪は肩に掛かる程度で切り揃えられ、大きい瞳は活発そうな雰囲気があり、黒いローブに銀の肩当という魔公の正装ではなく、パステルカラーの魔導士のローブという怪しげな服装をした、ローティーンほどに見える少女である。
彼女の名前はレヴィア、シャイターンの盟友リヴァイアス公の正統後継者である。リヴァイアス公は魔公であるが、シャイターンの血肉を受け取らなかった24魔公唯一の純正魔公、行ってしまえば半神、海の神の末裔という話である。
「しかしお互いに外で活動している割にはあまり顔を合わせることはありませんでしたからな」
2人は中央大陸の異次元ゲートを通過して最西端にあるキャンプを目指して歩いていた。
「そうだな。うんうん。妾も爺に会うのはなつかしいな。100年ぶりくらいか?」
「5年ぶりくらいのはずですが…」
「ははっ!許せ、爺。妾は多忙ゆえ毎日のうのうと生きてる魔公とは違うのだ」
「いえ、まさか貴公は350歳にしてボケが始まったのかと少々不安にはなりましたが」
「むう、手厳しいな」
少女は活発そうに両手をブンブン振りながら歩いていた。
だがこの見た目は少女、中身は老婆な魔公は、暗黒世界屈指の能力を持っている。
24魔公の1人であるダンタリウスからすればリヴァイアスの子孫と言う事になるのだが、ダンタリウスは24魔公の最底辺であり、リヴァイアスはシャイターンに同胞を託した24魔公の筆頭にしてシャイターンの血を受け取らなかった大魔公である。つまり、主人の盟友の子孫に当たるので、敬意は払わねばならない。他の魔公とは格が違うのである。
ダンタリウスの持つ指令書を見て、興味を示したレヴィアは、見せて見せてとせがんでくる。ダンタリウスは呆れるようにして、封筒に入っている2つの手紙をレヴィアに渡す。
レヴィアは中身が見えないにも関わらず封筒をすかして中を見ようと頑張っていた。
「メリッサからルー君に手紙か?」
「ええ、進言したら書いて下さいました。あの方はどうにも不器用ですから」
「メリッサは素直じゃないからな。ツンデレという奴だ。とはいえ、ルー君は魔王と同列の愛すべきバカであるから、甘やかせないし辛い所であろう。妾は思う存分甘やかすがな。親でないしな。ふはははははは」
レヴィアはルーシュ王子殿下をルー君と呼び、メリッサ王妹殿下をメリッサと呼びつける。200年前の戦争でも最後までルシフォーンを諌めたのはレヴィアだった。初代ルシフォーンに忠誠を誓った72魔公の中に入っていないが、初代ルシフォーンの遺言を受けている人物でもあった。それ程までにこの魔公は強い権力を持っている。
「リズ様は、ルーシュ殿下を甘やかし過ぎると、レヴィア様におカンムリでしたが?」
「あの婆は固いのじゃ。あの古臭い口調とか」
「いやいやいやいやいや、それ、レヴィア様が言っちゃダメでしょ?」
古臭い口調はレヴィアも同じである。
「五月蝿いジジイじゃの。だから魔神世代の耄碌した老人どもは…」
「…」
「それにしてもじゃ、シホから聞いたが、魔公が外に生まれてるとは本当かのう。わしの知る限り確かに外の世界には魔公が何人かはいるが…」
「暗黒世界から出て移住したものくらいでしょうか?ですが魔公の子供から魔公が生まれることはありえるでしょう。……恐らくですが王家の血筋のものと思われます」
「ほう、ジジイは何か掴んでおるのか?」
「ルーシュ殿下の諜報任務の際に勇者から聞いた話です。銀翼の魔族に村を滅ぼされたと。村を単独で滅ぼせるような魔人の格好をした存在とくれば魔公くらいでしょう。ともなれば」
ダンタリウスはまじめな顔でレヴィアに説明する。
「銀翼の魔公………グリフィスの子孫か?」
「恐らく。まさか残っているとは思いませんでしたが…」
「また厄介なバカの子供が生きてたの」
「本人と言う可能性は?」
「皆無じゃな。あのアンポンタンが生きていたならワシがとどめを刺しておる。そも、ルー君は奴の所為で死なねばならなくなったのだ」
「その大魔王様までもルー君呼ばわりはやめて下さい。紛らわしいですよ」
「今のルー君は三代目だからの」
「尚更です!」
レヴィアから言わせれば、ルシフォーン家のルシフォーン君は全てルー君なのである。
初代ルー君は故・大魔王ルシフォーン、二代目ルー君は現魔王ルシフォーン3世、そして3代目がルーシュ・バエラス3世で、3人は全部ルー君なのである。
「でも、実はルー君とはここ1年会ってないのう。今年で14歳、きっとシャイターン二世のような利発な男になっていおるやもしれぬ。すらりとした背の高いイケメンになっておろう。世の女をたぶらかして、レナはさぞやきもきしてたりするのだろう」
暗黒世界でも有名な美男美女のバエラス2世とメリッサ・ルシフォーンの間に生まれた子供なので、将来性はかなり高い。
「いえ、ただのおばかさんです、はい。全然成長してません」
「そりゃ、まあ、そう簡単に治るはずもなかろ。でも、ルー君は天才肌という奴かの、理論よりも、大事な物を真っ先に選べる。教えるにしても、何で必要かをちゃんと分かるように説明してあげれば授業で寝られる事もないのだがの、爺よ」
「うぐ。……まあ、………あの方は阿呆ですが、教えても身に付けられないような大事なものをたくさん持っていらっしゃる。最後に素晴らしい仕事を頂き感謝はしておる」
ダンタリウスは目を細める。キャンプまでまだまだ距離があるが、冒険者の活動範囲なので空を飛ぶわけにも行かず、2人でとことこと歩いていた。
そんな2人が森を抜けた所で、前方から黒い服を着た魔族が歩いているのを見かける。男の持つ長い耳と黒い髪と黒い瞳は魔族の証とも言える。冒険者かと思ったが、男は足を止めてレヴィアとダンタリウスの2人を見ていた。
男は堂々と背にある銀翼を広げている為、ダンタリウスもレヴィアもその姿を見て驚くのだった。
「お前達は魔公で良いんだな?」
銀翼の魔族を一目見て、レヴィアは冷たい汗を背筋に流す。
「………どちら様でしょう?………」
ダンタリウスは素性を尋ねる。当然だが、見た事が無い魔族である。魔族において翼があるという事は魔公である証拠でもある。
ルーシュは魔公とその他の魔族の間に線引きはないと答えていたが、魔公とその他の魔族の境界は翼の有無である。つまり、目の前に男は明らかに魔公である。そして魔公の数は300人に満たない少数である為、レヴィアやダンタリウスのように顔の広い魔公は、知らない魔公はいない筈だ。それが目の前に存在している。
「我が名はシルヴィオ・ルシフォーン4世!シャイターンの預言の御子である」
男の言葉にレヴィアは普段の朗らかな表情から一転して口を真一文字に結んで相手を隙無く見る。
「預言の御子…ねぇ」
ダンタリウスはこれまた珍しく機嫌悪げにチッと舌打ちをする。
魔王家に接している時の好々爺然とした表情が消えうせ、戦国の世からシャイターン二世を守り続けてきた大魔公ダンタリウスの顔へと戻る。
レヴィアはダンタリウスに借りていた、ルーシュへ渡す予定の手紙と指令書を懐に入れつつ、銀翼の魔公を見る。
2人は目の前の銀翼の魔公が只者ではない事を直に理解していた。むしろ、近付くまで気づかなかった事に驚いてたほどだ。魔公は魔力を感じる事が出来る。但し、高い魔力は自分と同格程度までしか感じない。つまり2人はこの目の前の銀翼の魔公を見て自分達以上の魔力と感じ取っていた事を意味する。
「で、その御子様が何の御用でしょうか」
「貴様らは中立派として魔王に使えているのであろう。ならば我が軍門へと下れ。私は正統なる魔王の後継である」
「ははっ……ご冗談を」
ダンタリウスは笑いとばす。
レヴィアはちょっと関係ないことを考えて逃避していた。
(預言の御子という事は14歳……。魔公は成長が早いから、まあ見た目は大人であろうなぁ……むしろ、魔人の様に成長の遅いルー君の方が珍しいのじゃが……やはり普通は14歳だとこのくらい成長するよなぁ。子供だと言うのであれば、)
「冗談ではない」
銀翼の魔公は袖を捲り、左の二の腕を露にする。肩に近い位置には『202‐S‐36』という焼印が押されていた。これは東の大陸等でよく行なわれている奴隷の生年月日を示す焼印である。これは同時に奴隷である事も示されてしまう。
そしてこの生年月日はつまり智暦202年聖なる月の36日生まれを意味する。
ルーシュと同じ誕生日、つまり大魔王が亡くなって約202年、シャイターンが亡くなってから丁度1000年後に生まれたことを示している。
「残念ながら、私は現魔王様の配下、故に貴方様につく事は敵いません。それと………どこぞの誰とも知れぬが…ルシフォーン4世を名乗るのは不敬かと。寝言ならば寝ながら言うのが良いかと」
「つまりは貴様もまた暗き底で雌伏する軟弱な魔族と言う事で良いのだな。同胞を見捨てた卑怯者共が、王の前に頭も垂れず、随分な立場よの、魔公」
銀翼の魔公は憎しみに満ちた瞳をダンタリウスへと向ける。
「14のガキ風情に王を気取られるとは、私も耄碌したものですなぁ。レヴィア殿、その書状、ルーシュ殿下にお渡し下さい。私がそちらに辿り着くまで代理を立てたいのですが構いませぬでしょうか?」
ダンタリウスは淡々と話しながらレヴィアに頼む。
「ジジイ。正気か?」
「レヴィア様は正式な魔公ではありませぬ故、内輪の話に巻き込むのはお門違いかと。それに………銀翼の魔公ですか……」
レヴィアはダンタリウスを見るが、ダンタリウスは厳しい表情で銀翼の魔公を見る。レヴィアは魔公の枠に数えられているが、正式には魔公ではなく魔神の同志の末裔である。子孫を残す間に魔公と交わっているので魔公となっているが、本来はまったく別の王族なのである。魔族のゴタゴタにつき合わせるのは、シャイターンより命を頂いた24魔公の1人のダンタリウスにとっては、それはお門違いだと分かっている。
「1つお聞きしたいのですが…よろしいですか?」
ダンタリウスは銀翼の魔公に尋ねる。
「冥府への道か?それとも雇われる条件でも付けるか?」
銀翼の魔公は半眼でダンタリウスを睨む。
「……イヴェール王国北方にある村を滅ぼした事は?」
ダンタリウスは確認する事がある。勇者クロードの言う銀翼の魔族がこの魔族で間違いないのかと言う点である。
「イヴェール……北方?ああ、あの忌々しきクラウディウスが大陸に作った自身の末裔を帝国以外に残す為に作った村の1つか。無論、亡き祖先と同じ轍は踏まぬ。帝国を滅ぼす前に後から刺されては厄介だから、先に滅ぼさせてもらった」
銀翼の魔公はニィと口元を歪めて笑う。
これで目の前の魔公が銀翼の魔公であると確定した。
それ以上に…ダンタリウスさえつかんでいなかった情報をこの銀翼の魔公は掴んでいた。
それは仕方ない事かもしれない。さすがに魔公達でも帝国に長期滞在できないので、帝国の機密情報を手に入れるのは困難だ。奴隷として西の大陸に長期滞在していた、眼前の男ならそういう情報をつかめていた可能性はある。
「私は寛大だ。我々を見捨てた貴様ら魔公は従うならばよし、従わざるば死せよ。選ぶが良い」
「と、言うわけですので、レヴィア殿。ここは私に任せて、ルーシュ様にその手紙を」
「早まるなよ、ダンタリウス卿」
「はははは、齢1000のジジイにいう台詞ではありませんな」
レヴィアは翼を広げて逃亡する。
「逃がすか!」
「全てを受け止め跳ね返す盾なり、我が声に応え、全てを映し出す鏡と成せ」
ダンタリウスは普段のゆっくりした口調とは異なり、早口で瞬時に呪文を唱え、普段の老人のような遅い動きとは異なり右手で描く魔方陣は銀翼の魔公が何かをしようとする前にすべてが完成していた。
「水鏡障壁<ウォーターミラー>」
「光撃<レーザー>」
レヴィアの背中に撃たれたのは閃光であった。水の障壁は閃光にぶつかり一瞬で消し飛ばされる。だが、光が屈折して辛うじてレヴィアの翼を掠める程度に済み、ダメージになるレベルではなかった。
逃げていたレヴィアはその攻撃に戦慄する。
光の魔法、人間世界では聖なる属性とも呼ばれるこの魔法の使い手は魔族には存在しないからだ。シャイターン以来、これを使ったのは魔族においてルーシュ以外にいない。だからこそルーシュは一部の魔族達にシャイターンの再来と呼ばれている。
(シャイターンの預言の御子を自称するだけはあるという事か……あるいは本当に)
ダンタリウスはレヴィアが無事に逃げれたのを確認してから、目の前の銀翼の魔族を睨む。
「逃がして増援でも頼むつもりか?」
「まさか。………理由は2つ、万一の事を考えての情報を有力魔公へ渡す為。そしてもう1つは………私が本気で戦うと、レヴィア様も巻き込みかねないからです」
「ほう」
「万物の根源たる火の精霊よ、生命の母たる大地の精霊よ、世界に恩寵を齎す水の精霊よ、天より流転せし風の精霊よ、新たなる命を与えたまえ、汝らの名は火兵、水兵、土兵、風兵、我が契約者として顕現せよ」
ダンタリウスはは呪文を唱え魔方陣に魔方陣を重ね掛けする。その描いた魔方陣は分裂し、大地に凄まじい数の魔方陣が展開される。
「千兵創造<サウザンドエレメンタルゴーレム>」
ダンタリウスの魔法詠唱が終わる。
同時に大地に浮かぶ魔方陣から千にも及ぶ体長10メートルはありそうなゴーレム集団が現れる。
巨大はゴーレムの群れは陣を組み、山野を埋め尽くすように現れる。炎のゴーレム、水のゴーレム、風のゴーレム、土のゴーレムという四属性のゴーレムはダンタリウスの命令を待つようにそこに現れ、銀翼の魔族に相対する。
「これだけのゴーレム集団を使役するのは難しいので、……こういう命令になってしまうんですよ。目の前の敵をとりあえず何でもいいから殺せと。シルヴィオ様と言いましたか、所詮はシャイターン様より力を賜っただけのしがない末端魔公の魔法ですが……どちらかが死ぬまでご相手差し上げましょう。さしも、我が主君の名を騙る者には、この命を持って対するのは、24魔公の末端たる私の義務なので」
ダンタリウスは右手を挙げ、そして銀翼の魔族へと振り下ろす。
直ちに千にも上る巨大なゴーレムの群れは、野獣の様に滑らかな動きで一気に銀翼の魔族へと襲い掛かる。
「なるほど、これが上位魔公の力か。俺の知ってる魔公とは桁違いだな」
地鳴りを上げて山野を轟かせて迫り来るゴーレム軍を見上げながら、しかし銀翼の魔族は不敵に口の端を吊り上げて笑っていた。
「その程度で怖気づくと思うなよジジイが!」
銀翼の魔族は翼を広げて、体に光の障壁をまとって一気にゴーレムに襲い掛かる。
魔公の操る千のゴーレムと銀翼の魔族の戦いの巻くが切って落とされた。
これが、地上に現れた新たなる魔王と、暗黒世界の魔王勢力との間に起こった最初の戦闘であった。
やっと出てきたレヴィア様。彼女は数少ないルーシュの理解者なので、初期構想段階から登場人物として存在していました。しかし、紆余曲折して、第1章のラストに登場という何とも悲しい出番でした。
そして、銀翼の魔公シルヴィオ・ルシフォーンとダンタリウスの戦いが始まります。
勝手にルシフォーン4世を名乗られています。ルーシュは元ルシフォーン4世でありバエラス3世ですが、各所で勝手に名乗られていて形無しですね。きっとそういう星の下に生まれているのでしょう。
これにて1章は終了となります。2章はルーシュ達がダンタリウスが暗黒世界に戻っている間に、イヴェール王国の首都シャトーに移動する所からの活動となります。
この勇者諜報員~は、随分と昔に書いた作品です。それを書き直していたら、ストーリーの矛盾を直すだけで大変な上に、ルーシュやハティやスコールが勝手に動き出して、1章の内容が倍くらいになっていました。困った連中です(矛盾だらけにした物語に疲れて、しかも、第2章では彼らに勝手に動かれて、ストーリーを見失い、諦めて長々と放置していた自分を棚に上げつつ)。
ちなみに、黙示録という題名ですが、つまり公式文書として残された内容に対して、隠された内容を明らかにした話です。預言の勇者が、諜報員の所為で活躍したとか、目にも当てられないので、グランクラブの遠い未来では、それらを覆い包まれて世に出てしまうのでしょう。




